第1話 赤との出会い
999%。やり込み尽くしたゲームの中で、自らが決断した一つ一つの選択が、どんな結末を呼ぶのか。それを知る頃には、世界はもう、取り返しのつかないところまで来ていた。
*
「やっと……終わった……」
風間 律、都内のIT企業でディレクターとして働く、28歳。
10年間の歳月をかけ、貴重な週末のほとんどを捧げたゲーム画面を見つめる。
(……苦節10年。ようやく、ここまで来た)
ゲームタイトルは『Dark Lore Chronicle』。通称「ダークロ」。
画面に表示された達成率は「999%」。メインストーリーをクリアすると、達成率は100%に達し、そこから隠し要素や伏線を回収していくと、最大1,000%に到達できるという、異常なやり込み度を誇るオープンワールド・ダークファンタジーRPGだ。
(残すは最終エピソードかぁ……)
視界がかすむ。心臓の鼓動が耳障りなほど大きく聞こえる。社会人になってからは平日は深夜まで働き、週末もモニターにかじりつく生活。徹夜してゲームを続けていたせいか、体力は限界をとうに超え、頭の中はひどい泥の中に沈んでいるようだった。
(ふぅ……とりあえず、一旦寝るか……)
疲労で頭が回っていないながらも、「この達成率でクリアした人いるのかな、SNSで書いたら取材でも来たりして...」などと、ついどうでもいいことを考える。
達成感と疲労感で、立ち上がるのも面倒だなとぐったりとしていると――その時。
急に、ピコン、とシステム音が脳を刺激した。
◆――――――――――――◆
【 新規ストーリーを検知しました。 】
『The Last Thread』
◆――――――――――――◆
「おぉ……最終ストーリーはこういう感じで始まるのか」
◆――――――――――――◆
参加しますか?
100……99……98……
◆――――――――――――◆
「……え。なに。このタイミングで、勝手に始まるの」
もう今日は休ませてくれよ……と本能が叫ぶが、ゲームシステムの身勝手さに文句を言っても仕方がない。とはいえ、この疲労のピークに、突然始まったカウントダウンには不快感を覚えるが、もちろん参加しないという選択肢はない。
体制を立て直して「はい」のボタンを押し込むと、矢継ぎ早に次のウィンドウが割り込んできた。
◆――――――――――――◆
【 ロード中 】
◆――――――――――――◆
◆――――――――――――◆
持っているスキルから【3つ】選んでください
100……99……98……
◆――――――――――――◆
またしても理不尽なカウントダウンが始まる。
「3つだけ!? 待て、どういう系統のシナリオだ……?」
先程まで濁りきっていた頭が、身勝手すぎるウィンドウによって強制的に再起動させられた。
(なんだこれ……なに用のスキルを選ぶんだ?このまま最終ボス戦とかなら、状態異常無効や特級魔法などの戦闘特化がいいに決まってるけど…。このゲームだからな…そんな安易な選び方させるか?)
(あとは、よくある「初期状態から再スタート」とかか?残り最後のストーリーでそんな事あるかな……いやあり得るか…。なら、『経験値◯倍』みたいな成長系がいいけどな…)
様々な可能性を模索するゲーム脳はこのゲームでしっかりと鍛えられている気がする。そんな事を考えながらスキルが乗っているリストをスクロールしていく。
「は?なんだよこれ、ソートどうなってんだよ、ぐちゃぐちゃじゃねえか。」
一人なのに愚痴が声になってこぼれる。リストには膨大なスキルが整然と並んでいるが、特にカテゴリなどが振られていないため非常に見づらい。疲労と焦りで指先を震わせながら、スクロールを繰り返し続ける。
(やばい! えーっと……真理の目、裁縫、投擲術(初級)、投擲術(中級)、投擲術(上級)、糸使い、土魔法(初級)、土魔法(中級)、土魔法(上級)、土魔法(特級)……なるほど、取得していない投擲術(特級)はないわけか……)
「だめだ、並び順がやべえ……! 魔法系……どこだ……あー? いや、もし初期化イベントだったら魔力もほとんどないだろうし意味なくなるな……いや、でも可能性を考えたら……」
ブツブツ言う声が止まらない。
《 30……29……28…… 》
「だめだ、時間がない。とりあえず目についた中で決めていかないと。……とりあえず強い技か……MPが空になるかもだから魔法よりは……武術系……あっ、いや、でも先にこれ」
目当ての一つ目を決め、安堵する間もなく次を探す。
《 20……19……18…… 》
「あとは……武術系と分析系……どこだ…………………あった」
《 10……9……8…… 》
「だめだ、武術系が難すぎる! 目についた一番いいやつ」
そう言いながらもスクロールを続けてしまう。
「あーーー、いや、待てよ。特級魔法にしたら初期魔法から使えるのか……?
「全然いいやつがない。あーーー『経験値10倍』か、成長系ならこれだな……」
「あっ『空間魔法(特級)』も時空転移とかあるしな……『回復術(特級)』も捨てがたい……でもダメだ、MPが……」
「あー時間がない! MPあると信じて一番強い魔法にするか……」
《 5……4……3……2…… 》
「あーーー、だめだ、時間がない! これで!!」
ギリギリまで悩みが収まらず、間一髪、押せたか押せてないかのタイミングで画面が切り替わった。
《 それでは、メインストーリー『The Last Thread』を開始します 》
その表示とともに、強烈な光が視界を奪った。
「え、ちょっ、待って――」
*
*
*
ぼうっとした感覚が抜けていき、ゆっくりと目を開けると、目の前の景色が徐々に輪郭を取り戻し始めた。
(……なんだ、この感覚)
さっきまでの、疲労で泥が詰まったような頭の重さが嘘のように消えている。
霧が晴れたような爽快な思考。肌に触れる強い風、草木のざわめき、土の匂い。すべてが異様なほど「はっきり」と感じ取れた。
「……手が、小さい?」
状況を把握しようと、まず自分の手を見て硬直した。
細く、若々しい手をしている。自分の手とは少し違う感覚がする。
慌てて眼の前にある泉へ這い寄り、水面を覗き込む。
映っていたのは、慣れ親しんだ自分の記憶とは異なる、驚愕に染まった青年の顔だった。
「俺……じゃない……?」
(状況が飲み込めない。マンガとかで読んだ転生か?ありえない。)
キョロキョロと見渡しても、周りには誰もいないし、何も持っていない。自分の身一つである。
マンガなどの主人公は大体こういうときは大慌てになるが、慌てても仕方がない。
少し冷静になる中で、長年のゲーム生活で培われたファンタジー脳は、この状況を判断するために反射的に判断して呟いていた。
「スキルボード」
ヴン、と目の前に青白いウィンドウが立ち上がった。
「うわあああ……ッ!?」
非現実的な光景に、心臓が跳ね上がる。一番無さそうな選択肢を声に出したつもりでいたが、それが現実になった。その状況が指し示す事実に、驚きとともに興奮と恐怖を覚えた。
◆――――――――――――◆
【 ステータス 】
名前:リツ 職業:なし Lv:1
・万象看破 ※魔力不足
・状態異常無効 ※魔力不足
・空間魔法(特級) ※魔力不足
◆――――――――――――◆
(うわ……レベル1に戻されてる……ってことは、初期状態から再スタート系か……というか……結局、選んだスキル全部使えないじゃん……なんだこれ……)
その時、ピコン、というシステム音ともに、青白いウィンドウがもう一つ出現した。
◆――――――――――――◆
【 メインストーリー 】
『赤との出会い』
◆――――――――――――◆
その表示を見て、呼吸が荒くなる。このストーリー名。
(……『ダークロ』。間違いない。ダークロの初期イベントだ……!)
「だれかっ……助けて!!」
ビューっと風が吹いたかと思うと、森の奥から必死の悲鳴が聞こえた。
バッと目を向けると、少し距離がある茂みの奥を、赤い頭巾を被った少女がガサガサと走っている。そして、その後ろには巨大な体躯の獣がゆったりとした動きで続いているのが見える。
ゲームのストーリーが展開されているのは間違いない。
そして、すぐにこのあとの展開を思い出して戦慄した。
(やばい。動かないと。ゲームオーバーになる)
このダークファンタジーは初期段階の僅かな行動選択だけで、何回も簡単に死にかねない。
すべてが突然だが、自分でも驚くほど頭は冴えていた。
社会人になってから、思ったことをそのまま口にする性格を買われたからなのか、貧乏くじのような新規案件ばかりを任されてきた。「普通に仕事をしているだけなのに、なぜこれほど問題が起きるのだ」と何度思ったかわからないが、周りが潰れたり退職していく中でも、降りかかる問題を一つずつ片付け、先を読み、最善手を取ってきた。そのやり方が、いつの間にか体に染みついている。
仕事の経験か、やり込んだゲームの勘か。どちらにせよ、先が見えるならやるべきことは決まっている。
自信はない。それでも、やるしかない。
そう自分を納得させると、意を決し、泉へ飛び込んだ。
(……これであっているはず……合っているよな……?)
ゴボゴボという音の中で不安になり、目を少しだけ開けてみると、体の周りが光に包まれて行くのが分かった。すぐにそのまま泉から引き上げられると、周囲は見渡す限りモノクロの世界になっている。赤頭巾の少女やその後ろを駆けている獣の姿も見えたが、彼らの動きは完全に静止していた。そして、宙に浮いたまま、泉の中心部にある女神像の前へと浮遊していく。
(やっぱり…当たってた)
『選択の泉へようこそ。どの力を手にするか選択してください』
◆――――――――――――◆
【 職業選択 】
▶ 強固な肉体、叩き込む力
▶ バランスの取れた器用さ、振り下ろす力
▶ 素早さと観察力、飛ばす力
◆――――――――――――◆
機械的な音が聞こえたかと思うとウィンドウが立ち上がった。
最初の能力を選ぶ選択画面である。
ユーザーの好みに合わせた能力を得られるように見えるが、実際はこの選択は一択であり、それ以外を選ぶと少女とともに獣に殺されゲームオーバーとなる。
「……飛ばす力」
そう声を出すと、再び光に包まれる。気づくと、腰に短剣、背に弓矢が装備されていた。
そして、徐々に世界の色が戻っていき、ゆっくりと周囲が動き始める中で、泉の縁に降り立たされた。
「よし……これで……!」
降り立つとともに、すぐに弓と矢を構えた。現実ではもちろん触ったこともないが、補正がかかっているのか、手慣れた様子で弦を引くことができる。
ギリギリと手を引き、狙いを定めると、矢はまっすぐに飛び出し、獣に当たった。
しかし、毛皮のように見える獣の身体はかなりの硬度のようで、矢は先が少しだけ刺さったあと、ポロッと無惨に落ちてしまったが、矢があたったことで獣は動きを止めた。赤頭巾の少女とリツを交互に見て、そして最後にこちらを見てニンマリと笑った。
(魔獣ヴルド……。この世界の魔獣は、一定の強さになると知性を持つ。そして……知性を持った魔獣の発想は邪悪そのものだ。人間の心が絶望するところを好む)
大きく吠えながら突進してくる巨体。足がすくむ。
(っ、本当にこれであってるんだよな……!)
「ううぅ……うわぁあああああ!!」
確信が持てずビビりながら叫んだ。
……その時。はるか後方、倒れていた少女からボソボソとしたつぶやきが聞こえた。
「……塵に……なれ……」
ゴォオオオオオオオッ!!
その言葉とともに、少女から轟炎が放たれた。
一直線に獣に向かい、爆発的な炎が直撃する。獣は大きな声で叫んだが、一瞬で身動きをしなくなり轟々とした炎でその形が見えなくなった。
「やっぱり……シナリオ通りだった……」
恐怖から解放されて安心したからか、ドッと力が抜けて、地面に尻から倒れ込んだ。
ふぅ……と一息をつくと、燃え続けて黒い塊のようになった獣の後ろのほうで、座り込んだままの少女が見える。
(……っ、このままじゃだめだ。早く動かないと……!)
気力を振り絞って立ち上がり、バチバチと燃える炎の横を通り抜け、座り込んだままの少女へと駆け寄った。
気がつけば、熱風に煽られて、獣がいた場所から周囲の森に猛烈な勢いで炎が燃え広がり始めていた。
「大丈夫ですか!? 早くここを離れましょう」
赤頭巾の少女は俯いたまま、呆然とした様子で、動こうとしない。
徐々に森全体が熱を帯びてきて、煙も充満し始めた。
「やっぱりだ……くそっ、早くっ!」
これ以上は待てないと、赤頭巾の少女の腕を強引に掴み、引っ張って走り出した。
(早く……あそこまで……!)
ずっと吹いている強い風が、二人を追いかけるように森全体を焼きながら迫ってきているが、赤頭巾の少女を引っ張って枝々の間を走り続ける。
無我夢中で走り抜け、森の切れ目から振り返ったときには森全体が燃え上がっていた。
「なんとか……なった……。動き出しが遅かったら、ここでゲームオーバーだったな……」
先ほどと同じように、地面に尻から倒れ込んだ。気づいたら腕が少し切れていて真っ赤な血が垂れている。
森から上がる熱と、火に飲み込まれそうになった緊迫感とで、汗だくになりながらゼエゼエと息を切らしていると、少しして、赤頭巾の少女が自分からそばに近づいてきた。
「………あ、あの……ありがとう……ございました。私、おばあちゃんの家までお遣いに行ってたんです……。さっきの獣のようなのがいたでしょう……? あの獣、人に姿を変えられるみたいで……おばあちゃんに変装していたみたいなんですよ。そうとも知らず一緒に食事なんかしちゃってて……」
俯いたまま取り留めもなく、ボソボソと話し続ける少女。赤頭巾を外しながら話し続ける。
「それで、襲われそうになったんですけど、その直前に、獣に言われたんです。
『君がさっき食べたのは、おばあちゃんのお肉だよ』
って」
少女は顔を上げ、ニンマリと笑った。
焦点の合っていない狂気の瞳。口の端からは涎が垂れ、完全に正気を焼き切られたような笑顔をしていた。そして、その瞳は――血のような、鮮烈な赤色に染まっていた。
「私、ルアって言います」
赤い炎で燃え盛る森を背景に、状況に似つかわしくない自己紹介をした少女は、恍惚とした表情をしていた。
そうして、こちらを見つめる真っ赤な瞳が、この世界がゲームではない、過酷な物語の始まりを告げていた。
ピコン、とシステム音が鳴り響いた。
◆――――――――――――◆
【 チュートリアルストーリー 】
『赤との出会い』 クリア
◆――――――――――――◆
本日19時〜23時の間に、5話まで順次公開します。
6話以降は毎日21時更新です。よろしくお願いします。




