第13話 死人の集会所
センテがカバンから取り出した扉をくぐると、外からは想像もつかない、八畳ほどの空間が広がっていた。その壁いっぱいに、きちんとディスプレイに収められた商品が、整然と並べられている。
「ふぅん、中は普通なのね」
警戒しきっていたルアが、拍子抜けした声を出す。
「あの辺りの地区は子供が歩いていると怖いだろう? あ、念のため言っておくけど」
センテが、こちらを振り返った。
「うちの店では、嘘はつかないほうがいいから、気をつけてね」
「え……なんで?」
「そこの人が、知ってて来たんじゃないの?」
センテが、少し驚いた様子でリツを見た。
「うちの店は、探索者の遺品を中心に扱う店だよ」
「あっ、遺品って……ってことは、呪いがつくんじゃ……?」
ルアが、青ざめて声を上げる。
「うーん、ちゃんと説明しようか」
センテが、棚にもたれた。
「そう。だから普通、遺品は神聖教会に持ち込まれる。解呪されて、そのまま処分。それが、まっとうな末路さ。――でも、もったいないと思わない? 探索者が命がけで握っていた品だよ。性能は、その辺の市場に並ぶものとは桁が違うものだってある。それを、ただ砕いて捨てる」
センテが、棚を手のひらで示した。
「僕は、そういう遺品を見つけて収集しているんだ。死体漁りだの遺品師だの言われてるんだけど、まあ、ただのソロで潜れる道具師なんだけどね」
センテが、棚の奥へ目をやる。
「拾ってきて、解呪して、次の持ち主に渡す。だから――まともな店じゃお目にかかれない業物も並んでいたりする。そのぶん、店じゅう呪い物だらけってことでもある。だから、嘘をついちゃいけない」
センテが、ルアを見て続けた。
「嘘は、人の弱みだからね。嘘をつくと、呪いが反応して、遺品の側から見初められてしまう。そして、弱みを握られて、呪われる。……気をつけてね」
「……っ!!」
ルアが、両手で口を押さえた。これ以上うっかり喋ったら呪われる、と思ったのだろう。何か言いたげに口をパクパクさせながら、必死で声を呑み込んでいる。
スルギが、店の奥にいる、さっきの白い顔を指さした。
「これは、なんなんだ?」
「ゼロは精霊だよ」
センテはこともなげに言った。
「代償を渡すと解呪してくれる。買い上げて、その場で解呪までできるのが、この死人の集会所の特徴ってわけさ」
「せ、精霊……? 本当に、いるんだ……」
口にした直後、ルアが、はっと口を押さえた。喋らないと決めたそばから、つい声を出してしまったらしい。だが、精霊は超希少種だ。声を漏らしてしまうのも、無理はない。
「で、予算はいくらなの? もう一度言うけど、嘘はつかないようにね」
*
「俺たちの持ち金は、全部で300万ベルクなんだ」
正直に答えるしかなかった。
「できれば少しだけ残したいから……280万ベルクくらいまでで、見繕ってもらえたら嬉しい」
「いいよ。揃えられるのだと……このあたりを、持ってみるといい」
センテが示した一角を、万象看破で順に見ていく。
壁にかかった短剣には、毒と麻痺の二重付与。隣の大盾には、属性ダメージの大幅軽減。その下の指輪にいたっては、詠唱速度の上昇に魔力回復まで乗っている。普通の市場なら、どれもひとつで予算を軽く超える代物ばかりだ。
ルアとスルギも、おっかなびっくり棚の品を手に取っている。ルアにいたっては、半泣きで指先だけで触っていたが、その手が、一本の手甲に触れた瞬間――ブゥーン、と微かな振動が伝わったらしく、「ひゃっ」と手を引っ込めた。
「あぁ、やっぱりあったか」
センテが言った。
「それは、武器が共鳴してるんだよ。遺品は、次の持ち主を選ぶんだ。その武器がいい」
リツもいくつか手に取ってみると、一振りの弓に、同じ振動を感じた。スルギも、一本の刀で同じ反応を見たらしい。
「いい引きだ。剣士の君には、その赤蜂の刀。これは鎧もセットであるから、着られるよ。――パンチの強い女の子は、珍しいな、魔導グローブだね。――君は、その音無鳥の弓みたいだね」
センテが、満足そうに言った。
「じゃあ、解呪しようか」
センテが、ゼロを示した。
「君が全部持って、ゼロの前で『オーダー』って言ったあと、『解呪契約』って言って、お金を払ってみてよ」
三つの品を抱え、ゼロの前に立った。
(……そういえば、ゲームでもこんなセリフ回しがあったな)
懐かしさすら覚えながら、口を開く。
「オーダー。……解呪契約」
ゼロの面の眼に、光が灯った。ジロリ、とリツを見る。
同時に、面の口の箇所から、実体のない舌がべろりと垂れ下がる。そして、つるりとした頭の上に、五本の角がニョキニョキと生え出し――その根元から、光が昇り始めた。
一本、二本、三本。三本目まで満ちたところで、四本目が根元で止まり、五本目は灯りもしない。
少しの沈黙が、流れる。
「……センテ。それで、どうすればいいんだ?」
「ふはっはっは。やっぱりダメだったか」
センテが、笑った。
「武器は共鳴したなら、譲ってあげたいんだけどね。――そのお金じゃ、呪いは解けないよ」
「なんだよ……足りないってことか。じゃあ、何かを諦めれば――」
「……できないよ」
センテの声から、温度が消えた。
「僕のことを知ってるみたいだったから、一応警戒してたんだけど。君たち、本当に、ただの群青だね」
ぞわり、と部屋の空気が変わった。
「君、ゼロに『解呪契約』を申し入れただろう。――高位の存在である精霊に、簡単な『やり直し』なんてものはないんだよ」
「そんな!! 騙したのか!? センテは良き商人のはずだろ!?」
「騙してないよ。言わなかっただけさ。ここでは僕も嘘はつけないからね」
センテが、少し笑った。
「そもそも、そんなこと、誰に聞いたんだい? 『真なる者は良き友へ。愚者なる者は贄とせよ。』って言葉知ってるか? 僕は侵色の商人だよ。力もない群青が、こんな裏通りのお店で、なぜ対等に取引ができると思ったんだい。どこまでも愚かすぎるだろう」
並び立てられた正論を聞いて、一気に冷や汗が吹き出た。
少し間があって、センテが続く。
「世間をもっと知ったほうがいい。『ゲームじゃないんだからさ』」
返す言葉がないまま、頭の中で思考だけがぐるぐるとまわり続ける。
甘かった。ゲーム内のシナリオ通りなら、センテと会えるようになるのはもっと先のはずだった。深淵大陸に渡れるような資格と実力を積んでからこそ、信頼を勝ち取れる相手だったのだ。
「さあどうするんだい? 自己責任だからね、好きにすればいいけど、ここから出るのはやめたほうがいいよ。ゼロに、契約違反とみなされるから」
部屋に、重い静寂が落ちた。
ルアがこちらを見ているが、焦りと不安と、呪いへの恐怖が、ぐちゃぐちゃに混ざったような顔をしている。
スルギが重い口を開く。
「……なにか売れば、いいのか」
「なにか今の装備品などを代償に入れてみてもいいけど、さっき言った通り引き戻せないからね。おすすめはしない。280万ベルクでこの状況だからね、君たちが持っているものでそんな高値の道具はないだろう」
嘲るような顔をして続ける。
「ただ、幸い、ゼロはなんでも受け取ってくれるからね、お金や道具じゃなくて、『思い出や身体の一部、言葉なんかでも』受け取ってくれる。そういったものであれば足りるかもね」
スルギは一瞬感情的な表情をしたが、すぐにその感情が行き場を失ったのが分かった。
誰も答えられないのを見図ったかのように、センテが続く。
「君、なにか策があるのかい?」
センテが、棚にもたれたまま、こちらをじっと見ていた。
「一つ、渡し船を出そうか。――悪いけど」
センテがルアとスルギに目をやった。
「そうだな、交渉事は一対一が相場だろう。契約者は彼一人だから、彼と交渉しようか。君たちは外してもらえるかな」
スルギとルアがこちらを見る。解決策もないが、置いて出ていくこともできないだろう。
(……二人がいてもできることはない)
「わかった。二人とも、外で待っててもらえると」
スルギも悩んでいる様子だったが、うろたえたルアの様子と、侵色であるセンテとこれ以上渡り合うイメージも持てない中で、信じるしかないのだろう。
「大丈夫なんだな?」
「たぶんね、嘘はつけないから」
苦笑いをして答えた。
ルアが、一度だけ振り返った。何か言いかけて、やめた。スルギがその背を押して、扉の向こうへ消えていった。
部屋に、リツとセンテとゼロだけが残った。
「一応売れるかもしれないものもあるんだけれど、できれば売りたくなくてね。お願いできるかな」
「素直でいいね」
センテが、ゆっくりとこちらに近づいてきた。
「君、なにか隠しているだろう。二つの条件を飲んでくれれば、僕がこの契約、肩代わりしてあげよう」
センテの顔が、すっと近づいてきた。笑みは浮かんでいるのに、目だけが、まるで笑っていない。
「もちろん、嘘じゃない」
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