第10話 緊急要請
空間収納から武器を取り出し、今朝来た道を戻る形でダンを先頭に櫓に向かった。
移動中に、お互いにおおよそ必要な範囲のできることだけを伝えた。
ビルノードンは斧と盾を使う戦士で、クマのような耳がついている亜人だった。一緒に来た仲間は、ゲイルという短剣を使う斥候とミントという魔法使いで、どちらも深紅だった。
「もうすぐだな」
さすが微色の探索者というだけあって、リツが座標感知で検知するよりも早い段階から、ビルノードンは敵の補足を始めた。
「たぶん1人は生きてるぞ。大きく動いてもなさそうな状況だ。あとは感知がないな。そして、魔獣の数がすごいな……30体はいそうだ」
「……ちょっと見てくる」
先んじてゲイルがより詳細な気配察知で状況を見に行くことになった。
森の端に近づく頃には、ゲイルが神妙な顔で戻ってきた。
「フープル、ドラムとゴブリンが大量にいるな。そして、……恐らく生きているのは2人だ。ビルノードンが感知できなかった方の1人はレイアだろう。隠蔽魔法で隠れているみたいだな。反応がかなり鈍い。もう1人はゼシィーだ。目視で見えた」
「ゼシィーは!?無事か?」
「いや……生きているが……」
ゲイルはそれ以上は話さなかったが、誰もそれ以上深堀りはしなかった。
(どういうことだ? 目視で見えるようなところにいて生きているというのがよくわからない、隠れてるのか?)
座標感知で詳細に探ってみると、確かに、櫓の下部に弱々しい反応があり、櫓の上には魔獣に囲まれるような形で人の反応があるのが分かった。
その瞬間、点と点が線でつながり、ヒュッと心臓が浮き、強いめまいがした。バクバクと、こめかみの血管に血が流れていくのが分かる。
「大丈夫?」
ルアに支えられる。
この世界の魔物は知性を持つ。知性を持った魔物は邪悪だ。ゲームの設定として知っていた言葉が、改めて確かな重さで迫ってくる。
「見世物か……」
「……おう、小僧。その通りだ」
ビルノードン、ミント、ダンは、ゲイルの話を踏まえておおよその状況は察しているらしい。苦い顔をしながらも至って平静であるのは、現代とは秩序が大きく異なることを示していた。
「おまえらはここで待っておけ。小僧、これは別に特殊な状況ではない。初日から厳しいとは思うが探索者をしていればすぐに慣れる。お前ら3人はここから見ているだけでいい。俺たちが出てきたら逃げるから着いてこい。もし万が一、30分ほどして出てこなかった場合、または俺たちが全滅したのを確認できた場合は逃げろ。坊主が気配察知使えるんだろう? それだけ使っておけ」
「それから、ダン。思ったより魔獣の数が多すぎる。もう一度ギルドに戻って報告しろ。どこかの部隊を早く派遣させろ」
わかった、とダンが急ぎ戻ろうとし、最後に「いけそうか」とビルノードンに聞いた。
ビルノードンは「なんとかするよ」と答えた。
*
それぞれ別行動になり、ビルノードンたちが見えなくなって5分ほどしたあと、座標感知で2つの動きを補足した。
1つは櫓でゼシィーを取り囲んでいたゴブリンの大半が死んだこと。もう1つはほぼ同時のタイミングで、ビルノードンたちがゼシィーと一緒に地上に降り、こちらに向けて走り出したのが分かった。追って、敵も動き出している。
「成功だ。少なくとも4人はこっちに移動してきている!魔獣も動いているから逃げる準備をしよう」
ビルノードンたちの姿が視認できるレベルになったが、先頭を走っていたゲイルが突如方向を変えた。
「なんだ、あっちに行ったら危なくないか?」
スルギが疑問を投げる。
「物理透壁だ! 櫓の外にまで罠を仕掛けてやがったのか!」
物理透壁とは、物質を通さない透明な壁のことだ。近づけば空間が歪んで見えるため壁の存在は分かるが、迷路のように仕掛けられると非常に厄介になる。この壁は物質は通さないが、魔法は通す。
「やばい、フープルが来てる」
フープルの名前にもなっている、フープという魔法は投擲型で、光の玉を飛ばし対象に当たると魔法陣が構築され、構築が終わると転移が発動する仕組みだ。玉自体を避けるか、構築までの間に抜ければ回避できる。ただし、罠にはまって動けない状況だと致命的になる。フープルとドラムが共存して厄介と呼ばれるゆえんがそこにある。
2匹のフープルがビルノードン一行に向けて光の玉を練り始めた。
「助けよう!」
弓矢を構え、見えていたフープルに狙いを定めて矢を放った。フープルはギャという声を出し、魔法を使うのをやめこちらを見る。
「危ない!!!」
ビルノードンが叫んだ。
狙撃したフープルの後ろの死角にいた3匹目のフープルが、狙いをこちらに変えてフープを投擲してきた。素早く回避したが、先にはルアがいた。
「ゔぅぅ」
投擲魔法が当たった衝撃でルアがその場に屈んでしまう。威力はないが、痺れがくるのがこの魔法の特徴だ。その間に魔法陣が素早く構築されていく。
(やばい……!)
咄嗟に身体が動き、タックルしてルアを押し出すと、自分が入った時点で魔法陣の構築が完成した。
眼の前が真っ白になるとともに、景色が変わる。
眼の前には槍を持った1匹のゴブリンが今にも振りかざそうとしていた。
(空間固定——)
段超え試練を突破し、王都までの道すがらで覚えた、空間魔法の新しい感覚に意識を集中させた。指先から魔力が広がる感覚があり、眼の前の槍の穂先を含む狭い空間が、ガラスの中に閉じ込めるようにピタリと静止した。
ゴブリンは力いっぱい振り下ろそうとした槍が途中で止まり、驚いた反応を見せる。その隙に腰の短剣を引き抜いて首に一撃を加えた。
ゴブリンが力尽きるとともに、空間固定が切れた槍がカランと落ちた。
「……危なかった」
膝が笑っている。新しい魔法が使えるようになってなかったら対処のしようがなかった。
魔法を使った倦怠感もあるが、気を抜くことなく、周囲を確認する。どうやら、櫓内に飛ばされたらしい。飛ばした先ですぐに槍を突き刺すように準備されていた部屋のようで、ちらりと見ると、隅に槍の刺さった人間が倒れているのが分かった。生命反応はない。
座標感知をするまでもなく、魔物がすぐ近くにたくさんいるのが分かり、複数の足音がこちらに向かっていた。
(やばい……複数を相手にできるわけがない)
決死の覚悟を決めて構えると、突如、ドンドンドンと銃撃音と、ゴブリンの叫び声がした。
座標感知を使うと、近くの魔獣の反応が次々と消えていく中に、人の反応があった。敵の位置を把握しながら部屋を出ると、女性が銃を撃ち終わるところだった。
「レイアさん……ですね!」
「そう……あれ、行きにあった子だね。なんであなたが? ビルノードンたちが来てたと思ったけど」
「僕たちは荷運びのサポートでついてきました。ビルノードンさんはゼシィーさんを救出したあと、外で物理透壁の罠を避けながらフープルから逃げています。援護しようとして、私が飛ばされました」
「なるほど、助けに来てくれたってわけだよね。私も魔獣が少なくなるのを待ってたから、ようやく動けるようになったのよ。逃げよう」
さすが微色の斥候というだけあって、軽やかな身のこなしで罠を次々と回避していく。
「うん、ビルノードンたちは全員生きてるね」
櫓の囲いの外に出ると、仲間のいる方角めがけて別の銃を1発打った。
バヒューーーーと音がして煙が上がる。
「これでビルノードンたちにも撤退合図が分かると思う。私たちも逃げ切ろうか」
座標感知で4人と2人の塊が道の方へ移動するのを確認して、レイアについて森に入っていった。
座標感知の端で、櫓の中がまだ忙しく動いているのが分かった。
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