99.敵主星系にデリバリーを
宇宙船の航続性能は、厳密には違うんだが『推進剤の量』と思えば感覚的にはだいたいあってる。
俺たちが乗る機動要塞(猫の巣号)は飛び抜けた航続性能を持っているので、光速の10万倍まで加速した後に、停止するまで減速することまでできる。
「サルくん。ひょっとして、猫の巣号って敵と直接戦えないの?」
俺が提出した作戦案に目を通したベリル陛下が、驚いた顔で俺を見た。
艦隊勤務が不可能なはずの俺も、猫の巣号の中なら体調が安定するため、スッスの許可付きで長期遠征に参加できている。
「小国とはいえ、銀河輸送からの配当金で潤っている強国です。主星系の防衛力は、神聖猫耳王国の母港より強力と予測して作戦を立てています」
「新しい猫の巣号は加速力もあるよ?」
「獲物としての価値が違い過ぎます。今の猫の巣号はタキオン砲を搭載していませんし、今回は運搬と指揮に集中すべきだと思います」
ベリルは俺の説明を理解はしてくれたようだが、納得はしてくれないようだ。
ただ、俺に対して反論するための内容を思いつかないようで、猫耳と尻尾を神経質に動かしている。
「「「おっちゃん。勝てるのは分かったにゃ。でもどうやって儲けるにゃ?」」」
いつもの猫巡洋艦とは違って、非戦闘時は猫の巣号で休憩できる船長猫耳たちは、全力でだらけている。
猫の巣号から飛び立ったあとは、光速の10万倍以上の速度で敵主星系に突入という壮絶な危険飛行に挑むことになる。
今はだらけてもまったく問題ない。
「先行しているノワールの交渉次第ですが、拿捕のリスクは普段より高いと思って下さい。相手国の企業への空売りと、攻撃直後の買い戻しが『稼ぎ』の中心になる予定です」
「「「にゃ?」」」
船長猫耳たちはまったく分かっていない。
せめて1人くらいはと思ったんだが、理解できそうな船長猫耳は興味を示さず欠伸をしている。
なお、拿捕猫耳たちは理解した上で『この人数で狙えそうな獲物』を熱心に探し、なさそうなのに気付いて落胆していた。
「サルくん。それで儲けるならブルネットお姉ちゃんも連れてくるべきだったんじゃないかな?」
「使える船長をほぼ全員引き抜きましたから、射撃が得意なブルネットは母港にいてもらわないと危険過ぎます」
「うん……。しかたないかあ」
ベリルが姿勢を正す。
特に号令などかけていないのに、環境全体の空気が引き締まった。
「全員持ち場について。いきあたりばったりになっちゃうけど、基本は作戦通りでいくよ! ノワールの合図が届き次第攻撃開始! 脅迫は僕とサルくんがするから、みんなは攻撃と拿捕をお願い。油断しちゃ駄目だよ?」
「「「にゃ!」」」
「「「はい!」」」
「はいっす?」
仮眠をとっているスッスまで目を覚まして、寝ぼけながら唱和していた。
☆
『猫耳ごときに過ぎた扱いであろう。文句があるなら実力に訴えるのだな』
『ではさっそく。開戦理由は著しく不平等な条約の強要未遂および脅迫。武力行使の開始は、現時点から20秒以降とさせていただきます』
『狂ったか?』
以上が、即時通信で送られてきた内容だ。
ノワールはこちらの希望通りに『悪者にならずに戦争を始める』大義名分を手に入れてくれたようだ。
『『『にゃっ!? にゃぁ』』』
「サルくん、20秒は無理だって言ってる!」
「10分くらい遅れても問題ありませんよ。ノワールがうまいことするはずです」
俺は、宇宙船で逃走を開始したノワールと、少し混乱と困惑はしたがノワールを捕まえようと動き出した艦隊を【見】る。
ノワールの船はかなりの加速が可能なように改造されているし、追いかける艦隊は主力艦隊ではないらしいのに性能と練度が高い。
だが、どちらも予測の範囲内だ。
『『『にゃぁっ!』』』
1分なんて舐めてんのか、か、1分で十分、かな?
この闘争心が身内に向いていないのは、彼女たちが善良な証拠だと思う。
「えーっと。自分、最近うっすら【見】えるようになった気がするっすけど、先輩の目って身内限定で節穴にしか見えなくなってるっす」
「スッス。あなたの役目は戦闘が終わったあとが本番です。今は休んでおくべきです。それと、俺が節穴なのはそうかもしれません。猫耳の皆の成長は、俺の予想以上ですから」
「節穴なのはそっちの方向性じゃないっす。あと、先輩の自力センサーとその使い方を見て覚えたいっすから、意地でも起きてるっす!」
「はい。頑張ってください」
猫耳たちの成長も素晴らしいが、スッスの成長と向上心も素晴らしい。
妻と娘を得て守りに入っている俺には、とても眩しく見える。
「先輩。今、人生守りに入ってるって感じの思考したっすか?」
スッスの美麗な顔が『極めて悪趣味な冗談』を聞いたかのように歪んでいる。
俺たちの会話に気付いたベリルの猫耳と尻尾が、勢いよくピンと立つ。
「スッスの自力センサーが成長したの!? すごい! おめでとう!」
「どもっす陛下! 先輩の顔を見るとマジでこう思ってたみたいっすけど……。えー? 自分、こんなので成長したっすか? 上位存在やその卵の近くでの修行は、ハイレベルパイロットになるための定番行動っすけど……」
「スッス。『こんなの』呼ばわりされると、俺でも傷つきますよ?」
「『こんなの』呼ばわりは先輩のしょーもないときの思考に対してっす。ひょっとしてこのしょーもなさも、ハイレベルパイロットの条件だったりするっすか?」
スッスには俺に対する悪意はない。
悪意がないから余計に、精神的なダメージがあった。
『ベリル陛下! サルさま! ちょっとわたくし危ないですわよっ!?』
ノワールの悲鳴じみた救援要請が届いたので、俺たちは雑談を止めた。
猫の巣号が光速の12万倍まで加速する。
固定装置が解除され、巨大な甲板から20隻の猫攻撃機が『ゆっくり』と離れる。
高速戦闘では、光速の1パーセント未満の相対速度など『ゆっくり』でしかないのだ。
「これより猫の巣号は光速の5万倍までの減速を開始します。予測進路は共有できていますね?」
俺が問いかけると、了解信号が20人分、ほとんど即座に返ってくる。
良い反応だ。
「陛下」
「作戦開始! 初の国家間戦争でも、いつも通りにいくよ!」
俺は猫の巣号の減速を開始させる。
相対速度が光速を超えたので猫攻撃機が見えなくなる。
だが、俺の自力センサーは、猫攻撃機20隻だけでなく、ノワールの船も、敵国の艦隊すべても、把握できている。
「猫攻撃機の動きが速すぎて指示が間に合いません!」
「即時通信を全力で動かして情報共有を維持するっす! やっぱ下僕さんたち連れてきた方がいいっすよこれ!」
『『『にゃっ! にゃっ! にゃぁっ!』』』
野生に帰ったとしか思えない言動をしているのに、船長猫耳たちが操る猫攻撃機の操縦は鮮やかで、何より連携が神がかっている。
猫攻撃機6隻が追撃艦隊に各1本の『棒』を撃ち込む。
自動で行われたタキオン砲による迎撃は、エネルギーも貫通力も足りずに『棒』に受け流される。
『棒』はかなりの質量があるので『押しのけ』られたりはせず、タキオン砲を搭載する6隻すべてに当たって、船もろとも粉微塵に砕けた。
「残骸は無人の方向へ飛散」
「先輩、近くのは自分が【見】るっす!」
「了解」
【見】る対象が少し減るだけでも有り難い。
俺は猫攻撃機の進路にのみ意識を集中させる。
そういえば、俺もスッスも音声で話しているのだろうか。
光速の12万倍なんて速度なら、一瞬で星系を横断できてしまいそうだ。
まあ、今は時間については後回しだ。
俺の仕事は猫攻撃機に乗る船長猫耳たちに情報を届けること。
船長猫耳たちは、下僕が一緒に乗っているときと比べて情報の更新が『遅い』ことに少し苛立ってはいるが、敵国にとって最も大事な戦力で、今ぶっ壊しても『軍人しか死なない』船や要塞を選んで『棒』を撃ち込む。
その数14本。
光速の12万倍という高速戦闘では、恐るべき身体能力を持つ猫耳でも、連射するほどの余裕はない。
「報告します。猫攻撃機20隻が敵星系を通過しました。敵船12隻と、武装宇宙港と要塞をあわせて6つ破壊。その破壊に巻き込まれた船の損害は……」
「サルくん! これ以上【見】るのは中止! さっきから健康についての警告が画面に出てる!」
ベリルに指摘されて初めて、画面の中央近くで激しく点滅している文字列に気付いた。
【見】るだけで精一杯で、目に意識が向かっていなかったようだ。
「スッス。後は任せます」
「了解っす! 猫攻撃機はぐるっと回って猫の巣号と合流してくださいっす! ノワールはそのままじっとしてるっす。船ごとトラクタービームで母港まで牽引するっす」
スッスの仕事は正確で、しかも速い。
自力センサーが強力なのはもちろん、脳にスキルを焼き付けなくても医者になり銀河通商に就職できる頭脳の持ち主だからだ。
『『『にゃぁっ!』』』
「申し訳ないっすけど、自分、猫語わからないっす」
「僕も訛りが強すぎると無理かな」
『『『にゃぁ……』』』
船長猫耳たちがベリルに裏切られたことにショックを受けたような顔をする。
裏切られたのではなく、船長猫耳たちが猫語を過大評価していただけだが。
『『『高そうなものがいくつか吹っ飛んでるにゃ』』』
今度は自動翻訳機で翻訳可能な言葉でしゃべってくれた。
なんとなく時間の速度が速くなった気がする。
「今は合流を優先して」
『『『にゃ』』』
ベリルが一言命じれば話がまとまる。
これは、ベリルが陛下だからではなく、ベリルのこれまでの実績への信頼ゆえだろう。
「さてと」
ベリルが牙を剥き出しにして笑う。
キンの肉食獣の笑みとは違う。
ブルネットの計算高い冷酷な笑みとも違う。
大勢の命を背負って決断を繰り返して鍛え上げられた、国家元首の笑みだ。
「僕の保護下にある商人から聞いたよ。文句があるなら実力に訴えればいいんだよね?」
戦力の半分以上を失った星系から通信が届く。
星系政府『ではなく』、この星系を含む複数の星系からなる国家からの通信だ。
『蛮族め。交渉ではなく武力に訴えるとはな!』
「ふーん? 僕は最後通牒として受け取ったけど、君たちにとっては交渉なんだ。身内限定の独自ルールは他人には通用しないよ?」
ベリルは楽しげだ。
猫耳を人類あつかいしない勢力に対する意趣返しというより、理不尽に真正面から立ち向かえる充実感の方が強そうだ。
『我々と銀河輸送との関係を知らないのか?』
「知ってるよ。でも、ここには銀河輸送はいないよね? 立ち退き料を払うなら今は攻撃しないし、倍払えば終戦条約まで結んであげるけど、どうする?」
『おのれ……』
結局、立ち退き料だけが支払われた。
その日のうちに銀河輸送から神聖猫耳王国への宣戦布告が行われたが、銀河輸送の艦隊が戦場跡に到着したときには、俺たちは母港のすぐ側まで戻って来ていた。
☆
『陛下。今回の報酬についてですが』
「営業部門のトップになりたいなら国籍もこっちへ移してね」
ノワールに応えるベリルの態度は、社長時代の気軽な態度だ。
『それはいずれ。今回の褒美として、トーティさまへの紹介をお願いしたいのです』
「……してなかったっけ?」
『トーティさまと何度か同席する栄誉には恵まれましたが、陛下やサルさまから正式に紹介されたことはありません』
「つまり、どういうこと?」
俺は、ベリルとノワールの会話に割り込むことにした。
娘に関係することだしな。
「おそらくですが、トーティ個人と取り引きを行いたいのでしょう」
上位存在の御用商人の立場は、神聖猫耳王国営業部門のトップよりも権威も利用価値も高い。
こいつは、相当な野心家だ。
「なるほどね。サルくんは気が進まないんだよね?」
「はい。下僕の方がマシというのが正直な感想です」
連中は癖が強い。
猫耳に滅私奉公しはするが、猫耳を『強く正しく優しい(下僕を助けてくれる)ヒーロー』にしたがっている。
それでも、ノワールよりはマシな気がする。
「サルくんの気持ちも分かるけど、あれを見て」
ベリルが母港の近くを指差す。
俺が【見】ると、地球人奪還社が宣戦布告される前と比べて2割ほど減った宇宙船の流れと、機動要塞が5つ見えた。
……5つ?
「出発前はペットが1つと野良が2つで、今は野良が4つに増えてるよね。追い出せると思う?」
「トーティは人間とAIの区別が曖昧ですし、慕ってくるものを突き放すのは苦手です。……参りましたね」
俺とベリルの視線がノワールに向く。
機動要塞5つ分の維持費は壮絶だ。
猫の巣号の維持費と同レベルなので、既に『拿捕やカツアゲで自転車操業』している神聖猫耳王国には、機動要塞5つ分の負担は不可能だ。
今回のカツアゲと空売りによる利益など、猫の巣号(と猫攻撃機20隻)が2度ほど全力戦闘すればすべて消える。
『あ、あの?』
ノワールが顔を真っ青にして震えだす。
特殊能力もないのに察するとは、本当に素晴らしい能力の持ち主だ。
「陛下。ノワールがあれの世話係をするなら、トーティに紹介していいと思います」
「うん。そこまでの覚悟と能力があるなら、姪ちゃんに紹介しないのは姪ちゃんにも失礼かな。……機動要塞5つを姪ちゃんから借りられるなら、戦いが楽になるし」
この翌日。
トーティには初めての御用商人ができ、神聖猫耳王国に所属する機動要塞は6つになった。
◆ CAT'S NEST MK3(20/20) ※猫攻撃機20隻を搭載
船体:6 / 跳躍:4 / 航続:6 / 装甲:3 / 居住:5 / 船倉:1 / 兵装:3
◆ CAT JAVELINEER ※通称「猫攻撃機」
船体:2 / 跳躍:5 / 航続:5 / 装甲:5 / 居住:1 / 船倉:0 / 兵装:6
◆ CREW
ベリル |司令Lv3-[財産Lv8] ※カツアゲと空売りと買い戻しの成功
サル |操縦Lv6+[衰弱Lv4]
スッス |操縦Lv4-[医療Lv2] ※今回の戦闘で成長
船長猫耳ズ|猫語Lv2+[船長Lv3] ※今回の戦闘で成長
拿捕猫耳ズ|整備Lv2+[白兵Lv2]
ノワール |諜報Lv2+[霊媒Lv1] ※トーティの御用商人に就任




