97.結納品は機動要塞
痛みが強すぎると、痛みから解放されるなら死んでも良いと思うようになる。
少なくとも俺はそうだった。
(治療がまだなのに痛みが消えましたか。本当にまずいですね)
直前までの痛みが強すぎて五感も痛覚も麻痺している。
体が今どんな状況なのかも分からない。
【お父さんは?】
【猿谷さまはお仕事中です】
【手伝うから今日はばいばい!】
遠くからトーティとリゼーレの【声】が聞こえるだけでなく、【見】える。
トーティは肉眼で見たときと変わらない。
いや、元気に揺れる尻尾が、2本あるように見える。
リゼーレは純粋に大きい。
形は目視のときと変わらないが、存在感の巨大さは最低でも恒星に匹敵する。
【猿谷さま。それ以上は鍛錬ではなく自殺になります】
リゼーレが翼を畳んで俺を直視する。
それだけで俺の意識も存在も後ろに吹き飛ばされそうに……いや実際吹き飛ばされている。
俺の体がどうなっているのかは分からない。
ただ、思考はできるので『まだ』死んではいないと思いたい。
【今そちらに向かいま……あっ】
白く輝く巨大な翼が一度上下しただけで、俺の吹き飛ばされる速度が爆発的に加速した。
(お気になさらず。人間誰でも失敗しますよ)
このまま家族から離れた場所へ飛ばされて2度と戻れなくなるかもしれない。
だが、この飛ばされる感覚は悪くない。
この生々しさは、ベリル号を操縦しているときには感じられなかったものだ。
【ひょっとして】
俺の第一【声】は間の抜けた【声】だった。
はるか遠くまで響くが、俺を構成するものの一部を消費した感覚がある。
痛覚が残っていれば、痛みか喪失の恐怖でショック死していた可能性すらあった。
【ふむ】
どこかに届くならエネルギーだ。
エネルギーなら移動に使えるかもしれない。
俺は無意識に、リゼーレとの相対速度がゼロになるよう減速する。
【お父さんどこー?】
トーティの【声】が、リゼーレとは違う方向から聞こえる。
【リゼーレさま。リゼーレさまとトーティの現在位置を教えて頂けますか】
【私は猿谷さまのご実家、トーティとペットは土星の近くです】
【ありがとうございます】
【声】を出すたびに俺が削られるので小さな【声】にしたが、リゼーレはしっかり聞き取ってくれた。
【もっと音量を落としても聞こえま……あっ】
リゼーレが無意識で動かしたらしい【ぱたぱた】というゆっくりした上下が大きな流れを生み、俺を再度うしろへ吹き飛ばす。
【お父さんどこー!? お父さーん!】
ちょっと泣きそうな感じになったトーティの【声】が聞こえる方向とリゼーレの位置から現在位置を割り出し、母港の方向を計算し、俺の精神は根性で母港にある治療ポッドの中の俺の体へ帰還した。
☆
目が覚めると、俺は治療台の上に寝かされていた。
「今度こそ死ぬかと思いました」
「先輩。マジで心肺停止してたっすよ。回復できたのはほとんど奇跡っす。今の先輩の立場で命を粗末にするのは大勢への裏切りっすよ」
スッスの言葉は冷静で、しかもとても冷たい。
艦隊戦に勝つために危険をおかしたのは事実なので、俺は反論できない。
【申し訳】
切り替えに失敗した。
スッスの光翼が驚愕で広がり、護衛の拿捕猫耳たちが何度もまたたきする。
「申し訳ありません。正式な謝罪は改めてします。戦闘はどうなったか、先に教えてください」
この状況で【見】る勇気は、俺にはない。
スッスの翼の硬直がとける。
スッスの視線の温度がさらに低下する。
「拿捕できたのは約半数っす。敵が、自力センサー持ちを全員殺された時点でばらばらになって逃走した結果っす」
「なるほど。高速船だと自力センサー持ちがいなくてもそれができますか」
「で、拿捕できた半数も、地球人奪還社の捕虜を取り返すためにかなり返還したっす。地球人奪還社の生き残りは戦争前の6割から7割に回復したっすけど、財政的には大打撃っす」
猫飛行機も猫攻撃機も、建造コストも運用コストも非常に高い。
データを確認すると、拿捕して返還しなかったのは30隻と少しだった。
高速船がこれだけあって大赤字というのは、覚悟はしていたが正直つらい。
【お父さん!】
厳重なセキュリティを施されたドアが強引に開けられる。
外部からの……トーティのペットからのクラッキングだ。
わずかに開いた隙間をトーティが『するり』と抜けて、涙をそのままに俺に対して飛び込んで来た。
「お嬢。そのままぶつかると一生もののトラウマになるっすよ」
スッスは自身の光翼を実体化してトーティを宙でキャッチする。
トーティは「にゃあにゃあ」と元気に騒ぎ、俺はようやく、まだ生きていると実感できた。
「ただいま、トーティ」
「にゃ!」
実体を持つ光翼の感触に喜んでいたトーティが元気に返事をする。
が、すぐに真剣な表情になり、俺の顔だけでなく足の先から頭の天辺まで何度も見た。
【お父さん、大丈夫?】
「大丈夫、と言いたいですが、スッス先生の意見次第ですね」
俺はスッスから殺気じみた怒りを感じ、慌てて言い直した。
「絶対安静っす。自宅で子供の相手をするのも駄目っす」
「はい」
「にゃあ」
トーティは、俺の隣に寝転ぼうとして、スッスに再度捕獲された。
足音が外から近づいて来る。
ベリルやキンから通信要求が届いているがブルネットはまだなので、誰の足音かは簡単に分かる。
「あなた」
「ブルネット」
俺は目と口しか動かせない。
それでも、また会えて、本当によかった。
☆
翌日。
義妹ふたりから軽蔑の目で見下されていた。
「で、そのままおっぱじめたにゃ?」
「姪ちゃんはスッスが連れ出してくれたみたいだよ」
「おめーらも災難だったにゃ」
キンは拿捕猫耳に声をかける。
俺が死ぬと本当にまずいので、万が一が起きないよう、交代で24時間俺を警護しているのだ。
「参考になりました」
「本格的に始まる前にブルネットおばちゃんに追い出されました」
「それ以降はドアの外で警備しました!」
あのときは盛り上がっていて周囲の状況に気付いていなかった。
俺は詫びのプレゼントとボーナスを、自分の金を使って手配する。
「んー。ほとんど体が動かないって聞いたけど、指を使った入力は大丈夫っぽいね」
「はい陛下。数日休めば日常生活には戻れます。ただ、艦隊勤務はベリル号でも難しいようです」
「……うん。そっか」
ベリルは、俺が戦えないという事実を、真正面から受け止める。
キンの方が慌てて、動揺した尻尾が激しく床を叩いている。
「これからは僕らで戦うよ。お疲れ様、サルくん。母港での指揮はとってくれるよね?」
「それはもちろん。ただ、俺の予測が正しければ……」
俺が詳しく話す前に、ブルネットからの通信が届く。
画面に映ったブルネットは、これまでで最悪級に機嫌が悪い。
『通商の第2営業艦隊からの至急便よ。ハイパーレーン。機動要塞。この機動要塞そのものがサルさんに対する贈り物のようよ』
「わ、わあ」
予測よりデカイものが来た。
俺は恐怖で震えてしまう。
【うわき?】
この場にいないはずのトーティから【声】が届いた。
1秒ごとに、俺への愛情が1割以上減っている気がする。
【違います! 俺の予測では、俺と神聖猫耳王国に恩を売るために、ベリル号を上回る居住性の宇宙船を送りつけてくるはずでした】
コランダムまたは銀河通商からの『大きな借り』になると予測していた。
しかし、骨董品ではない現役の機動要塞が贈り物なら、『大きな借り』というより『受け取ったら臣従するのが当然』な代物になってしまうかもしれない。
なお、贈与契約そのものには対価も臣従義務も存在しないことをブルネットが確認済みだ。
だからこそ、法的な問題ではなく文化的な意味の方が怖い。
『居住性が馬鹿みたいにいい機動要塞って、武人の婚約者に贈る結納品の定番っすよ。大昔の、皇族や星系首長レベルの文化っすけど』
スッスが解説してくれた。
ブルネットが明らかにヤる気になっている。
『『『サルさま。大変お忙しいとは思いますが、ハイパーレーン方向から海賊らしき反応を感知しました』』』
下僕たちからの通信は、言葉遣いは控えめでも緊急性は非常に高い。
俺は弁解を諦め、ハイパーレーンに沿って【見】る。
顔までは【見】れないが、これまで何度も戦った海賊の気配が【見】えた。
『うっそだろなんだよこれ!? すっげ! 乗り込んで奪うぞ! 今乗ってる船は突入艇として使い潰す! それだけの価値はある!』
海賊のやる気がこれまでとは別物だ。
俺たちと2度戦って2度生き残れた凄腕が、失敗すれば死ぬ覚悟で仕掛けるつもりだ。
【こちら神聖猫耳王国。そこの海賊、聞こえるか】
俺を止めようとするスッスを目で制す。
これは自己犠牲ではない。
凄腕の海賊をビビらせて判断を狂わせるために【声】を使う。
そこまでしないと、機動要塞が危ないのだ。
『上位存在、じゃねえな。なりかけか。あんたと戦う気はねえがこの船は貰う!』
ビビったな。
後は即時通信で構わないだろう。
「今退けば退去料を払う。そのまま仕掛けるならこちらも迎撃と、必要なら奪還する。そのときはお前の部下と協力者、海賊稼業に関わっている身内全員に賞金をかける。以上だ」
海賊を【見】る。
強く、しぶとく、海賊嫌いの俺でも惹きつけられるカリスマまで持っている。
これ以上海賊として強くなる前に、殺してしまいたい相手だ。
だが、今殺そうとすると、コランダムからの贈り物(非常に高い居住性を持つ機動要塞)が壊れる恐れがある。
今後も俺が戦うためには、万が一にも失うわけにはいかない。
『なりかけらしくない脅し文句……っておい! 俺の情報をどこから!?』
【声】でデータを送るのはまだ無理なので、即時通信で名前と住所のデータを送った。
「まだ賞金はかけていないし、銀河通商でも解読に苦労する強度の暗号をかけている。このまま戦うか、退去料を受け取るか、選べ」
『クソが! 退去料の代わりにあんたとの手打ちを要求する! 俺だけでなく、部下と家族と身内もだ!』
この条件を受け入れたら、こいつの部下を狙って、こいつを引っ張り出して仕留めるのは無理になる。
俺は舌打ちを我慢できない。
だが、この条件を拒否すれば、極めて貴重なものを戦いに巻き込むことになる。
万一があれば、俺はまともに戦う術を失う。
「……契約成立だ。次はまともな客として現れることを期待する」
『二度と会うかバーカ!』
海賊は鮮やかに進路を変えて撤退する。
俺も、ブルネットも、ベリルもキンも、皆そろって下品なジェスチャーを海賊に向けていた。
☆
巨大兵装や居住区などが大量に組み合わされたのが普通の機動要塞らしいが、コランダムからの贈り物は怖いくらいに滑らかな『一枚板』だった。
俺たちは、ベリル号に乗って、非常に低速で接近する。
低速なのは、俺の体調悪化を少しでも食い止めるためだ。
【この船すごい!】
『『『マスター!? 我々の方がすごいです!』』』
トーティの【声】は至上の音楽に等しいが、ペットからの通信は海賊より少しマシ程度の騒音だと思う。
ベリル号が近づくと、『一枚板』が巨大なシールドを展開してベリル号を巻き込む。
シールドの厚みも強度も凄まじい。
タキオン粒子に短時間耐えることもできそうだ。
『銀河通商第2営業艦隊輸送隊です。今ハッチを解放します』
『一枚板』の一カ所に切れ目ができる。
そこから大量の空気が噴き出し、シールドで守られた空間すべてを、人間が生存可能な空間に変えた。
「こ、これ、維持費どのくらいかかるの?」
ベリルが戦慄している。
キンは無言で頭を振って、床に寝転び不貞寝を始める。
ベリル号が切れ目を通過すると、中は緑の森で囲まれた美しい湖だった。
ただ金をかけるだけでは絶対に成立しない、ひとりの人間の美意識が濃厚に反映された世界が、そこに存在していた。
「あの女っ」
ブルネットの歯ぎしりの音が聞こえてしまった。
護衛のはずの拿捕猫耳たちだけでなくキンやベリルまで、俺を盾にしてブルネットから隠れていた。
☆
「そーっとっすよ」
「「「了解です。そーっとします」」」
神聖猫耳王国最精鋭の兵士に、おっさん一人の人力輸送をさせるというのは、正直、とても申し訳ない。
俺は、湖に着水したベリル号から、湖畔に建つ重厚な、しかし鮮やかな白で染め上げられた城の中へ運ばれた。
出迎えたのは、真面目な雰囲気の光翼人間たちだ。
「猿谷さまですね。マスター登録を……はい、これで完了です。我々は、神聖猫耳王国の母港で降りてから輸送便に乗って帰還予定です」
「御苦労様です」
俺たちと彼らは敬礼を交わしあう。
ここまで機動要塞を運んで来た彼らは、艦橋にして司令部として機能する城から、近くにあるゲスト用の屋敷へ移る。
「サル。この機動要塞、オプションがついていない素の状態にゃ。タキオン砲でも新装甲でもいくらでもつけられるけど、何を優先するにゃ?」
「……そうですね」
俺は城の中を見渡す。
特殊な趣味が徹底されているとはいえ、艦橋としての機能も十分に備えている。
城に入る前から急速に改善している俺の体調を考えると、病院としての性能の方が高そうだがな。
「可能なら空母機能が欲しいです。列強国の主力艦隊を撃破できるくらい、猫攻撃機を大量に搭載できれば最高ですね」
巨大勢力と真正面からぶつかり合うのは時間と資源の無駄だ。
可能なら一撃で決着させて、できれば拿捕で金を稼ぎたい。
列強国の主力艦隊を構成する船なら、すさまじい価値があるはずだ。
「空母機能にゃ? 値段も性能もぜんぜんちげーけど、猫の巣号を思い出すにゃ」
俺の頭にひらめきが生じた。
自力センサーに関係のない、俺にとっての大事なものを思い出すひらめきだ。
「この機動要塞の船名は未登録でしたね? 猫の巣号で登録してください」
「あなた、それでいいの?」
ブルネットだけでなく、猫耳のほとんどが戸惑う。
巨大な資金と高度な技術が惜しみなく投じられた機動要塞には不似合いな名前と思ったのかもしれない。
【猫の巣号!? あの猫の巣号!?】
母港うまれのトーティにとっては、猫の巣号は伝説的な存在だ。
孤児院から脱出した猫耳たちが生活し、母港を得るまでは故郷でもあった船。
それが猫の巣号だ。
2代目は母港に保管されていて、この機動要塞に名付けるなら3代目猫の巣号が正式名称になる。
「サルくんいいの?」
「サル、マジでいいのにゃ?」
ベリルもキンも聞いてくるが、俺の答えは変わらない。
「俺はベリル陛下にスカウトされ、ブルネットと結ばれ、トーティと出会えました。もう、これ以上望めないほどのものを受け取っています」
新たな猫の巣号は、母港から逃げ出したりはしない。
すべての敵を討ち滅ぼし、さらにその後に、母港に収まりきらないほど増えた猫耳を別の住処にも連れて行く。
猫耳のために使う機動要塞なのだから、猫の巣号の名がふさわしいのだ。
「猫攻撃機とこの猫の巣号を組み合わせれば、派手に戦えると思いませんか?」
正規艦隊や重要星系を奇襲攻撃して拿捕したり、列強国家相手に通商破壊を仕掛けたりな。
「にゅふ」
ベリルが、美味しそうな獲物を見つけた猫の笑みを浮かべる。
「あの女の船を猫の巣号に……ふふっ」
ブルネットが色気のある笑みを浮かべる。
「でけーから改造がめんどくさそうにゃ」
「まあまあ。自分は気に入ったっすよ。主治医としてつきそいながらトレーニングにも付き合って貰える、自分としては最高の環境っす!」
キンとスッスも異論はないようだ。
【お父さん! 私、一番上の席に座りたい!】
『『『マスター!? マスター!』』』
神聖猫耳王国は、侵攻作戦の準備を開始した。
ベリル |司令Lv3-[財産Lv7]
サル |操縦Lv6-[衰弱Lv3] ※深刻な過労状態
↓
ベリル |司令Lv3-[財産Lv3] 今回の戦闘のコストを負担
サル |操縦Lv6+[衰弱Lv4]
◆ CAT'S NEST MK3 ※追加装甲・追加兵装は未装備。各種装備を追加可能
船体:6 / 跳躍:4 / 航続:6 / 装甲:3 / 居住:5 / 船倉:3 / 兵装:3
◆ OTHER SHIPS
船体:4 *1 / 船体:2 *4 / 船体:1 *37 ※猫飛行機と猫攻撃機を生産
↓
◆ OTHER SHIPS
船体:4 *1 / 船体:2 *8 / 船体:1 *40 ※猫飛行機と猫攻撃機を生産
◆ BERYL HOME PORT(37/40) ※猫飛行機を生産
権利:5 / 規模:6 / 装甲:0 / 修理:5 / 居住:3 / 備蓄:0 / 兵装:3
↓
◆ BERYL HOME PORT(40/40) ※猫飛行機を生産
権利:5 / 規模:6 / 装甲:0 / 修理:5 / 居住:3 / 備蓄:0 / 兵装:3




