94.猫耳の国を作ります
「「「その言葉を一日千秋の思いで待っておりました」」」
猫耳の下僕たちが恭しく頭を垂れた。
緊張して話しかけたベリルが、ほっと息を吐いて胸をなでおろす。
「「「我ら一同、ベリルさまのもとに集った猫耳のみなさまのため、一層の忠誠を誓います」」」
宗教がかった格好をしていないのに、その態度と所作だけで敬虔な信者に見える。
「この人たちの中では、先輩がいちばん敬虔で熱心な信者だと思うっすよ?」
俺と一緒に隅に控えていたスッスが、小声で話しかけてくる。
「人間なのに猫耳をたぶらかせた罪人って扱いにならないんですかね?」
俺が(下僕たちに対して)うんざりしてつぶやくと、スッスではなくこっそり近くへやってきたキンが答えた。
「サル。おめーは猫耳の男の駄目さを知らないにゃ」
男女間の分断かな、と俺は思ったんだが現実は分断とかそういうレベルの話ではなかった。
「漏れ聞こえる分だけで、かなりアレっすからね」
「種だけ残してどっかいくならまだマシにゃ。同じ量を食って同じだけ鍛えるなら男の方がつえーから、ろくな奴がいなかったにゃ」
キンは嫌そうな顔でデータチップを取り出し俺へ押し付ける。
「サルは海賊以外には甘いにゃ。でも、猫耳の男に甘い顔をするとろくでもないことになるからこれでも見とけにゃ」
「あの、割合は低いですが男の猫耳も産まれてますよね? 元気さも暴れっぷりも、男女同程度だったと思うんですが」
俺の家で面倒を見たときのことを思い出す。
男女問わず、すごく元気ではあった。
「おっと」
最近は機械を【見】る機会が(主にペットな機動要塞のせいで)増えたので、データチップから【見】てしまいそうになった。
【見】るのは結構疲れるから、タブレットで読み取った情報を普通に見たい。
「……今のベリル運送がスペースオペラなら、こっちは宇宙ポストアポカリプスですね」
トーティをこんな環境に置くくらいなら、迷わず環境ごと焼き払ってしまうくらいにひどい。
「まーた妙な単語使ってるにゃ。けどこれで分かったにゃ? 基本的に猫耳の男はお呼びじゃねーし、赤ん坊の男の扱いも正直困ってるにゃ」
キンはこう言っているが、猫耳幼児(男)に対する悪意は感じられない。
「サルみてーに育てるにはどうすればいいにゃ?」
「あの、キンさん。俺は社長にスカウトされるまで鳴かず飛ばずでしたし、見本にしない方がいいですよ」
咳払いが聞こえた。
いつの間にか、ベリルたち猫耳と、猫耳の下僕たちとの、儀式めいた会話は終わっていた。
「サルくん。キン姉。話をするなとは言わないけど、すっごく重要な話をしているのに大声でおしゃべりはどうかと思うよ」
猫耳と尻尾を見なくても、苛立っているのが分かる。
「すみません」
「ごめんにゃ」
「申し訳ないっす」
俺、キン、スッスが、素直に頭を下げた。
「謝れてえらい、けど、男の子の教育に困ってるひとが多いんだよね。もともと猫耳って男の子がうまれにくいから、男の子を育てる方法が伝聞でも伝わってなくて……」
ベリル社長のテンションが右肩下がりで落ちていく。
何か言ってやりたいが、俺も子育てはトーティが初めてだ。
男児を育てる方法は、伝聞でしか知らない。
そのとき、下僕のひとりが控えめに手をあげた。
古参の下僕ではあるが控えめな性格であり、拿捕猫耳の何人かが心配そうな顔をしている。
「発言を許可するよ」
精一杯重々しく言うベリルだが、期待で目がきらきらしているのを隠せていない。
「は、はい。地球人の育児と教育に基づく判断になりますが、現在の環境で猫耳の男児が著しく暴力的になる可能性は低いと思われます」
猫耳の大人組だけでなく、拿捕猫耳たちも露骨に安堵する。
だが俺は、発言者の下僕が、まだ『とても言いづらそう』にしていることに気付いて『発言内容を責めないと約束するから言って欲しい』とジェスチャーで伝えた。
「ですが、他に重大な問題が起きるかもしれません」
そのあまりの真剣さに、俺は生唾を飲み込み、猫耳たちは緊張に耐えきれずに尻尾で床を叩いた。
「今、母港にいる男性は、サルさまを筆頭に稼ぎが良く人格もまともな方ばかりです」
俺は自力センサーとベリル運送への出資で金を稼げるし、僻地の宇宙港へ来れる上に滞在許可をもらえる男は財力でも人格でもかなりの上澄みだ。
「ベリル運送の猫耳女性が猫耳男性にもこの水準を期待するようになると、ベリル運送の猫耳男児へのプレッシャーが大変強いものになる恐れがあります」
「えっと、つまり、どういうことかな?」
ベリルは分かっていないし、キンも分からず首を傾げているし、驚いたことにブルネットも俺に目で聞いてきている。
「先輩。念のために言っておくっすけど、先輩の第2子が自力センサー持ちである確率は、甘めに見て5割っす。リゼーレさまも、次回は自重するはずっす」
今、【ぱたっ】と、動揺した羽ばたき音が聞こえた気がする。
「これは、口で言って納得してもらえることでしょうか」
「先輩が男の子を鍛え上げるという案もあると思うっす!」
「スッス。俺も自力センサーなしではこの『期待』に答えられないですからね?」
俺に息子ができたときのためにも、手を打っておく必要がありそうだった。
☆
建国についての相談が、建国についての決定になってしまった日の次の日。
ベリル運送の主要メンバーが、悪名轟く新興宗教の本部に招かれていた。
もっとも、悪名が轟いているのは地表だけ(他星系に知られるほどの知名度はない)で、俺やベリルたちからは特に警戒されていない。
猫耳を裏切ることだけはないと、これまでの行動と実績から判断されている。
「にゃーはこんなの建てた覚えねーにゃ!?」
艦載機用の離着艦施設の近くにある、目立たないデザインの小型居住区だ。
武装は皆無で不用心とすらいえる。
彼女たちの自力センサーの能力はスッスに劣るが数は圧倒的だ。
ベリル運送の中で最大勢力は何かという議論がされるとき、最初に名前が出るのが彼女たちだ。
だからもっと厳重に自衛すべきなのに、彼女たちはベリル運送への恭順を示すかのように非武装だ。
『僕たちが作ったよ?』
第2攻撃艦隊を率いて、母港と白翼人間の星系を結ぶ航路を哨戒中の司令猫耳から、何故か即時通信で連絡があった。
「教えてくださりありがとうございます。とはいえ、何故、仕事中のあなたから通信が?」
『ややこしい話になりそうだから説明して、って古巣から連絡が』
護衛の拿捕猫耳が控えめに同意の頷きをしている。
「どうしてここを本部にしたの?」
ベリルが下僕の代表に聞く。
「艦載機で練習中の方が操縦に失敗した際、できる限り早く通報と救助を行うためです。サルさまにも休みは必要ですから」
事実なので反論しづらい。
実際、これまで演習中の死亡者がゼロなのは、下僕たちのおかげでもある。
「……こちらです」
下僕の代表は微笑みを浮かべ、厳重な金庫から分厚いデータチップを取り出した。
「辞書、ですか?」
暗号化がまったくされていなかったので、無意識に【見】て分かってしまう。
「はい。いずれ必ず必要になると判断し、少しずつ作成し、更新して参りました。猫語の辞書です」
載っている情報が『にゃあにゃあ』とうるさかった。
「数が10までしか数えられなかったり、高次の概念を表現する単語がない猫語をアップグレードするつもりなのね」
タブレットに繋げて内容を確認したブルネットが、本心から感心したようだ。
「でも今さら猫語を覚え直すのはめんどくせーにゃ。猫語は今のままで、猫語とは別の言語も覚えればいーんじゃねーか?」
「んー。確かにそうだけど、このアップグレード版猫語、どっかで聞いたことがある気がする」
ベリルが目を細める。
俺にはよく分からな……いや、これ、まさか。
「トーティの猫語じゃないですか、これ?」
響きと言葉の癖が酷似している。
「確かにそうね。なら私は反対しないわ」
ブルネットはあっさり賛成派にまわる。
キンと拿捕猫耳たちは『一個人の猫語に全員があわせるのはちょっと』という顔と雰囲気になった。
「結果としてそうなりましたが、トーティさま個人にあわせるつもりはありませんでした。当初から【声】の単語と猫語の単語が一対一で対応する言語を目指しておりました」
下僕の代表は控えめな態度で、嘘の気配がない言葉を口にした。
「それは……」
俺の表情がひきつった。
「野心的だね。上位存在の情報伝達手段を真似た……リスペクトの方が正確かな? そんな言語を使う種族は例外なく列強国を持ってるよ。光翼人間みたいにね」
全員の視線がスッスに向く。
自力センサーが前提の機材に興味津々だったスッスは、視線に気づいて俺を盾にして、ブルネットに冷たい目で微笑まれる。
下僕の代表は穏やかな微笑みを浮かべたままだ。
その目には、狂信と呼ぶには理性的すぎる光がある。
「ベリル運送の猫耳の地位を確立するためには、避けて通れないことだと思います」
「……今さらだけど、どうしてそこまでするの? 銀河帝国の名家からも嫁入り……向こうの文化だと婿入りかな? とにかく引き抜きの話が来ているのは知ってるよ。助けられた恩があるから、なんて言わないでね。あなたも、あなたたち下僕も、ベリル運送が支払った給料より1桁以上大きな功績をあげてきたんだから」
ベリルは落ち着いている。
悪意も好意もなく、誠意と理性で、強力な自力センサー持ちを多数抱える宗教のトップと対峙している。
「夢なのです」
下僕の代表の微笑みが深くなる。
俺は無意識に一歩後ろに下がりそうになり、気圧されているのに気付いた。
なお、ブルネットとキンが、ほとんど本能的な動作で俺の背後に隠れている。
「海賊に道具として使われていたときに見た夢。強く正しく優しい誰かに助けて貰える夢。私も、仲間たちも、その夢を本当にするために生きています」
他の下僕たちが頷きや態度で同意する。
みな別人なのに、思いの強さと方向が、まるで同一人物だ。
拿捕猫耳は異様な気配に気付いてはいるが、数年間連れ添った、個人つきの下僕に対する信頼でもってその場所に留まっている。
「理想と現実は違うよ?」
「はい。違うからこそ、近づける努力をしています。ベリル社長にお力添え頂ければ、とても心強いと思っております」
下僕側に悪意はない。
使いようによっては一種族の命運を左右できる力を、地球人ではなく猫耳に対して捧げ尽くそうとしているだけだ。
「……納得し辛いけど、君たちの意思は分かった。一度使ってみてからだけど、このアップグレード版はベリル運送に正式に採用させてもらうつもりだよ」
下僕全員が、ベリル社長に対し深々と頭を下げた。
「でもひとつだけ約束して。報酬を要求するって。僕も僕の家族も、奴隷も奴隷制もだいっきらいなの。だから君たちも社員で仲間。貸し借りはできるだけ対等にしたい」
ベリルの真剣な言葉に、下僕の代表は輝きを直視したかのように目を細める。
「ありがとうございます。では、国名の提案を、許可して頂けるでしょうか」
「うん。どんとこい!」
その日、国名が決まり、星間連合(既知宇宙の大部分の星間国家が参加する組織。文明崩壊案件以外ではほぼ無力)に対する建国の届出が行われた。
☆
「ここに、神聖猫耳王国の建国を宣言します!」
羞恥で真っ赤になったベリルが宣言する。
ベリル運送に属する猫耳は喜びながら首を傾げ、猫耳の下僕たちは法悦にひたっている。
【本当にこの名で良いのですか?】
上位存在としてではなく、銀河通商第7営業艦隊世話役として建国式に参列しているリゼーレが困惑している。
「最初の案は、神聖にゃんにゃん猫耳ラブラブ帝国だったんです。それに比べれば……」
俺は、よく分からないまま【ばんざい】しているトーティを肩車したまま、今後名乗ることになる珍妙な国名に慣れようとする。
トーティの才能と、その才能が子孫へ確実に遺伝することが複数の列強に露見するまで、あと2年。
◆ CAPTURED
海賊船(高級パーツ不使用) *107
↓
売却
ベリル |司令Lv3-[借金Lv1]
↓
ベリル |司令Lv3-[財産Lv7] ※拿捕した海賊船を売却
これで第5章完結です!
次話から第6章「銀河辺境大戦」が始まります!
第7章を最終章として、完結まで走ります!
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