90.脅威の名は人材不足
俺がベリル号で次回の飛行計画を立てていると、キンからの通信要求が届いた。
特に操作しない限りキンの要求を受け入れるように設定しているので、手元の画面にキンの上半身が映る。
『港湾区の係留スペースが足りないにゃ』
少しふっくらしたのに以前の作業着のままなので『ぱつんぱつん』だ。
「キンさん。作業着も更新してください。キンさんはベリル運送の大幹部ですよ」
『めんどくせーにゃ』
乱暴に頭をかく姿は、治安の悪い場所で低賃金で働いている労働者じみている。
しかしキンの仕事は母港の拡張、維持、宇宙船の設計、製造、艦隊規模での維持など、人間離れした質と量だ。
だからこそ、後進があこがれるような猫耳であって欲しい。
「面倒くさいなら専門家に任せてくださいよ」
『ブルネットに頼んだら嫌味言われたにゃ』
「ブルネットはスタイリストでも家政婦でもないです。そこは下僕か商業区の店に依頼してください」
俺は雑談をしながら港湾区の現状と予約状態を確認する。
港湾区建設直後と比べると船がとても多い。
ベリル運送だけで数十隻、他企業船籍や他国家船籍の船を含めると100を越えている。
「あと10隻くらい停泊可能に見えますが」
『全部銀河帝国が予約済みにゃ』
「特大船を停められるスペースですよ!? 予約後にキャンセルなんて舐めた真似は……」
俺は無意識に自力センサーに注意を向ける。
母港の近くではなく、銀河通商の本社(銀河帝国領土で『最も俺たちの母港の近くにある』拠点)の方向へ意識を向ける。
【見】る範囲を直線上にすると、銀河通商の本社は無理だが母港と本社の中間地点あたりまで【見】えた。
「特大船が9隻こっちへ向かっています」
『あ゛ー。マジで来るならもうどうしようもねーにゃ。飛び入りの客や遭難者が現れても停められるよう、母港の外へ停めるためのビーコンとか展開しとくにゃ』
「港湾区なしで宇宙にそのまま停めていた時代を思いますね。大変ですがよろしくお願いします」
『にゃ』
華々しい艦隊戦など滅多に発生しない。
俺たちの日々の仕事は、地道で面倒くさいことばかりであった。
☆
ベリル号に乗った俺が誘導し、猫ボートの群れがトラクタービームで客の船を受け止める。
見た目は派手で受け止められる側には好評でもあるんだが、これは自力センサー持ちが結構な時間拘束される作業なので、ベリル運送としては美味しくない仕事だ。
「もっと交通量が増えればハイパーレーンを使っても採算がとれるようになるのでしょうか。確か加減速の効率が良くなるのですよね?」
「サルくん。今の1000倍くらいに増えないと無理だし、ハイパーレーンができた後も『受け止める』仕事はなくならないと思うよ」
船長席のベリルが、身も蓋もないツッコミをした。
そうしているうちに特大船が港湾区へ入っていく。
特大船は、円筒型の特徴のない形状だが、装甲、シールド、加速能力のすべてが高レベルの、非常に高性能な『旅客船』だ。
「非戦闘の仕事があるのは素晴らしいことではあるんですが……」
「船が増えるスピードに人材育成のスピードが追いついていないもんね。人材募集、する? 今の僕らなら、いい人材が集まってくると思うんだけど」
今のベリル社長は気合いが入りすぎている気がする。
身内以外の猫耳から新人を採用しようとして失敗した過去へのリベンジのつもりだろうか。
「それは否定しませんが、スパイも入り込み放題になると思いますよ?」
「そ、それはサルくんに【見】てもらえば!」
「人間の内心なんて基本的にグロ画像です。戦闘に負けるよりはマシですから戦闘中なら【見】ますけど、それ以外は勘弁してください。……まあ、最終面接には付き合いますよ」
ベリルが涙目になったので、俺は仕方なく付け加えた。
「うー。でも、ほんとまずいかもだよ? 商売が広がれば広がるほど分遣艦隊を増やす必要があるけど、分遣艦隊1つに船長猫耳を最低1人配属する必要があるから……」
「攻撃艦隊が増やせない?」
「増やせないどころか縮小する一方になるよ。どうしよう?」
『ベリルちゃん。あなた。重要な話をしているのは分かるけど、商業区へ向かってちょうだい』
「列強から名指しで呼びだされることになるとは、スカウトされた当時は想像もしてませんでした」
気は進まないが仕方がない。
「サルくん、僕の代理で出てくれない?」
「俺も名指しされているんですよ」
俺たちはベリル号を停泊させてから、商業区にある高級ホテルへ向かう。
そこは、俺が定期的に【見】てスパイを狩っている(殺しはせずにもといた場所へ叩き出すだけだが)、俺の家を除けば母港で一番安全な場所だった。
☆
当初予定されていた『広域開拓を開始するかどうか』の議論は、10秒もかからず終わった。
セキュリティを考えると通信では送れなかった航路データを開示すると、広域開拓を開始するかどうかの議論から、具体的にどう開拓を進めるかの議論に切り替わったのだ。
「サルくん。どういうこと?」
「銀河帝国の中でも派閥があることくらいしか分かりません」
社長も俺も議論についていけないので置いてけぼりだ。
ベリル運送でただひとり、ブルネットだけが、ハイパーレーンのコスト負担割合や通行料について激しくやりあっている。
非常に頼もしいが、今の俺には直接助ける方法はない。
せいぜい、ベリルと一緒にブルネットの左右に控えて『社長とハイレベルパイロットが支持している』ことしかできない。
「猿谷さんなら分かると思うんですけど」
何故か議論に『参加していない』星系管制が俺たちに近づく。
星系管制の代わりに星系管制代理が議論に参加していて、星系管制よりかなりまともに議論を誘導しているように見える。
「もとは一介の労働者で、社長にスカウトされた後もパイロット一筋の俺に理解できるわけがないでしょう。まあ、開拓なら『貧乏人』や『異民族』や『少数派』を本土から送り込むのが基本というのを、子供の頃に習った気はしますが」
歴史の授業で学んだのか、当時は生きていた曾祖母の昔話で学んだかは、よく覚えていない。
何故か、議論が止まった。
ベリル運送の人間を除けば全員の背中にある光翼が、警戒するかのように『ぱたたたっ』と上下している。
「……猿谷さん。敵でもないのに【見】るのは、礼儀正しくありませんよ」
珍しく星系管制が真剣な表情で言ってきた。
「誤解です。俺の出身惑星で、昔いろいろ実例があったんです」
「本当ですかぁ? ……本当なんですね。猿谷さんが住んでた地表、思ったより物騒だったんですね」
星系管制が、自分のタブレットで地球の歴史を調べて納得した。
今調べたということは、こいつ、地球の歴史とかまったく調べず、考慮もせずに、地球人に接していたのかもしれない。
議論が再開される。
なんとなく俺が警戒されているような気もするが、軽視されるよりはマシと考えて気にしないことにする。
「そういえば、猿谷さん的には、母国から追放するような形での植民は許容できるんでしょうか」
「ろくな支援を与えず殺す気なら嫌な顔はしますけど、開拓者が多少苦労する程度なら何も言いませんよ。他の組織の方針に口を出すなんて、戦争になりかねない行為ですし」
「僕には聞かないの?」
ベリルが少し怒った顔で星系管制を見る。
「ブルネットさんは許容するでしょうし、猿谷さんも許容するなら、ベリルさんが反対しても賛成2、反対1、棄権1になるだけでは?」
「うん、まあ、キン姉はそもそも気にしないだろうし、そうなっちゃうかな」
ベリルは大きな息を吐く。
「ベリルちゃん。ハイパーレーンのコスト負担割合と通行料だけど、これでいいかしら」
ブルネットがタブレットを見せると、ベリルが驚いて猫耳と尻尾がピンと立った。
「えっ? すごく条件がいいけど、詐欺?」
「母港周辺で起こる可能性があるトラブルを考慮すれば適正な価格設定よ」
「うーん、でも、広域開拓が始まったら、特大デュプリケーターで作ったパーツ販売や、艦隊での護衛依頼とかでも儲けられるよね? 僕らに有利すぎると後で揉めない?」
「社長」
俺は慌てて止めた。
そう思考するのは構わないが、交渉相手が聞いている場面で口に出すべき内容ではない。
もちろん、ベリル社長は意図して言ったのではなく、思わず言ってしまうほど動揺しているだけのはずだ。
俺も好条件に動揺しているから、気持ちはよく分かる。
「帝国の本音は、リゼーレさまと繋がりのある会社を、リゼーレさまが怒らない程度に利用しつくしたいのだと思いますよ」
「また身も蓋もないことを言って……」
俺は星系管制に呆れながら、予想の上限を上回る速度で、広域開拓が進みそうだと確信する。
(このままでは人材育成が間に合いませんね。ハイパーレーンの維持や警備にも人材や艦隊が必要です。ベリル運送の人材や艦隊が足りないなら、広域開拓での役割と、それに付随する利益を手放すことになりかねない。……社長の言う通り、人材募集をするしかありませんね)
嫌なものを【見】ることになりそうで気は進まないが、他に選択肢はなさそうだった。
☆
「俺に任せておけよ!」
精一杯のおしゃれ着を着た男猫耳が、拿捕猫耳に露骨な色目を使っている。
面接官である俺は、笑顔を浮かべたまま『不合格』のボタンを連打した。
「おっちゃん、落ち着いて」
「こいつ、びっくりするほど裏表がないにゃ。少なくともスパイじゃないにゃ」
「結婚するならおっちゃんくらい……は無理でも、僕より稼げるひとがいいな」
「あなた一生結婚しない気?」
船長猫耳と拿捕猫耳が好き勝手にコメントしている内容は、目の前の男猫耳の内心が【見】えてないと出てこないものだ。
彼女たちが自力センサーに目覚めたわけではない。
俺が【見】たものを、俺の延髄から伸びるケーブルを通じて画面に表示させているのだ。
「他人の心を【見】すぎると、心を病んでしまいますよ」
「おっちゃんの考えすぎにゃ」
「おっちゃんにとっては僕らはみんな子供かもしれないけど、働いているうちに嫌なこととか経験したからね? ほとんどが外でだけど」
「詳しく教えてください」
俺から漏れた殺気に、船長猫耳と拿捕猫耳が気付いてシリアス顔になり、男猫耳が腹を見せて降伏した。
「おっちゃん。そこまでの目にはあってないから」
「嫌みはちゃんと言い返してるにゃ」
「はい面接終了! 合否は明日中に伝えるから、港湾区の宿舎で待機していてね!」
ベリル運送の新規採用は、俺が考えていたよりずいぶんと順調に進んでいる。
好事家たちが5つの機動要塞(既に無人星系に移動済み)を見物に行ったので、(余暇の時間は)暇になった拿捕猫耳が、船長猫耳も連れて手伝いに来てくれたのだ。
「推薦枠で採用するつもりのようですが、いいのですか? 外の猫耳の中ではまともでも、あなた方とは価値観が大きく異なる猫耳ですよ?」
娘とまではいかないが、姪くらいには可愛がっている猫耳たちに性欲を向ける男というのは、俺としては許容しづらい。
「「「おっちゃん」」」
感激ではなく呆れの視線を向けられてしまった。
「もう適齢期にゃ」
「治療を受けたから適齢期が長いけどね」
「今後仕事が増えるんだから、部下を増やしておかないと過労死しちゃうじゃないですか」
その言葉は被保護者としての言葉ではなく、俺の同僚としての言葉だった。
「……すみません。皆さんをまだ甘く見ていたようです」
悔しくはない。
ただただ、彼女たちの成長が嬉しい。
「ではあと100人ほど、面接につきあってもらいましょう」
「「「えっ」」」
冷や汗を流せるとは器用なものだ。
俺は、ようやく修理が始まったハイパーレーン発生装置を【見】ながら、あの男猫耳を学園区に新設された『価値観を文明人として通用するものへ矯正しつつ船乗りとして最低限の技術を教える』コースへ叩き込むことを、心に決めていた。
◆ CREW
ベリル |司令Lv3-[財産Lv8]
↓
◆ CREW
ベリル |司令Lv3-[財産Lv3] ※ハイパーレーン発生装置の修理費を負担




