88.銀河規模の成り上がり
冷静になって思い出すと(相手の地位が雲の上すぎて)震えてくる名刺を渡された翌日。
ベリル社長(賓客への対応中)を母港に残し、俺たち第1攻撃艦隊は新しい仕事に励んでいた。
「きゃぁぁぁっ!?」
悲痛な叫びで耳が痛くなった。
清楚な中性的美形が目を見開いて涙をポロポロこぼす姿は、一部には需要があるのは分かる。
「にゃっ、にゃっ!?」
「あたし、まだセキュリティホール対策の治療受けてないんですよ!」
俺の護衛も兼ねている拿捕猫耳たちを混乱させるレベルの悲鳴なのは、本当に勘弁して欲しい。
外からの通信はフィルターで有害情報を弾けるが、艦橋でそういう音や光を出されると大迷惑なんだ。
「で、ですがっ。貴重な資料をあれほど乱暴にっ」
光翼を眩しく光らせて超お偉いさん(銀河帝国文化庁副長官)が俺に急接近する。
護衛として同乗している銀河通商の陸戦隊(1名)がなんとか抑えようとしているが引きずられている。
こいつら、地位が高くなるほど物理的に強くなる種族なんだろうか。
「トラクタービームを普通に使っているだけですよ?」
なお、俺たちが乗っているベリル号には、トラクタービームは搭載されていない。
第1攻撃艦隊に所属する猫巡洋艦8隻には搭載されているが、4隻は周辺への警戒に集中しているので、稼働中のトラクタービーム(の発生装置)は4つだけだ。
「たいへん貴重な資料なのですよ! せめてEVAでの回収を!」
「不発弾の回収なんて超危険な仕事に、身内の人材を使えるかぁっ!」
俺は本当に久しぶりに、他人を怒鳴りつけていた。
☆
5回目になるとかなり慣れてきた。
「今回回収したのは、弊社の猫巡洋艦と同サイズの宇宙船の残骸です。可能な限り発見時点の状態を保つようにというご依頼でしたので、特大デュプリケーターで生産した保護ケースに入れて運びました」
依頼人だけでなく、複数の光翼人間が光翼を輝かせた。
直後に始まる高度なマウント合戦と買取交渉&貸出交渉&データ買取交渉。
もう、俺には何がなんだか分からない。
そっと気配を消して、情報と物理で戦う場所から距離をとった。
「ねえサルくん。お金がすっごい勢いで増えてくけど、せっかく買った特大デュプリケーターがこの人たちの専属になってるんだけど」
銀河帝国の高官や有力者とのやりとりで鍛えられたベリルが、今だけは以前のままの態度で愚痴をこぼしている。
「割がいい依頼ではありますよ」
「でもさー。こんな特需、ずっとは続かないよ? 1つ目の特大デュプリケーターも一度止めてキン姉に整備してもらいたいし、いいことばかりじゃないかなって」
見た目は若くても老獪さが全く隠せていない光翼人間(確か銀河帝国クラシック兵器保存会会長だ)が、非常に愛想よく、しかし【見】るまでもなく分かる危険な気配を撒き散らしながら俺たちに近づいてきた。
「いやぁ、さすがベリル運送さん! 素晴らしい仕事ですね! 実はそんなベリル運送さんを見込んで……」
俺とベリル社長は、お互いを盾にしようとして肩がぶつかってしまう。
猫耳としては貧弱なベリル社長だが、俺は頑張って踏ん張らないと倒れていたはずだ。
「わあ、すごい報酬」
「社長。一時的な特需といったのは社長ご自身ですよ。意識をしっかりもってください。かなりの遠出ですから条件はそれほど……いやそれでもすごい報酬ですけど」
札束でぶん殴るスタイルの光翼人間たちに、俺たちベリル運送(特に第1攻撃艦隊)は便利使いされている。
猫輸送船の注文が増えているのに納品までの期間が延びたり、食料品配達のための分遣艦隊が足りなくなって地球艦隊が食糧事業に進出してきたりと、さまざまな問題が起きているのに問題を先送りする羽目になっている。
クラシック兵器保存会会長だけでなく、(評判を聞きつけて遠くからやって来た)大勢の光翼人間が、900年前から800年前の地図を携え、ベリル運送をこき使うため列を作っていた。
☆
そして、遺物回収が50回を越えた。
休みの日以外は毎日日帰りで出かけていたので、遺物回収事業開始からほぼ2ヶ月が経過している。
急激に増えていく口座残高に、俺を含む第1攻撃艦隊は、攻撃艦隊であることを忘れて回収に精を出していた。
「そろそろ潮時ね」
遺物回収業の中断を決断したのは、ベリル社長ではなくブルネットだった。
なお、上記発言は朝食を終えた直後のブルネットの発言だ。
「今が稼ぎどきにゃ? あの金持ち連中から金をとるために、無理をして商業区を完成させたにゃ?」
母港の規模がまた一段階拡大した。
維持費も相応に上がってしまったが、桁違いの金が入ってくるので問題ない。
そう、俺自身は思っていたんだ。
「相手の都合で簡単に終わってしまう事業より、相手が終わらせたくなってもなかなか終わらせられない事業に注力すべきよ。食料生産プラントと配送業は後者だけど、今のまま手入れを怠っていたら前者になりかねないわ」
ブルネットは身内を大事にする猫耳だが、身内相手でも厳しいことを言える猫耳である。
そこが頼もしく、好ましい。
「なんかサルが冷静になったにゃ」
「冷静になったのではなく、いつもの精神状態に戻っただけね。……サルさん。改めて聞くけど、遺物回収事業は中断で構わない?」
「はい。しかし、違約金をとられる可能性はありませんか?」
「もともと『ベリル運送の本業の邪魔にならない限り』という条件での契約よ。それに、あの人たちはトーティのペットに夢中よ」
ブルネットは、ベリル号の画面に機動要塞を表示させた。
相変わらず装甲部分は色あせているが、俺たちが交戦したときと違って、機動要塞のあちこちが活発に光っている。
「そういうことであれば、俺も中断に賛成します。……拿捕猫耳がいますね。4、6……10人以上?」
機動要塞の表面で、装甲保護のための塗装をしている拿捕猫耳が大勢【見】えた。
「給料がめちゃくちゃいいから休暇中の連中は全員参加してるにゃ」
「そろそろ本格的な治療を受けて欲しいのだけどね。全員お金は貯まっているのでしょう?」
「1番稼げるタイミングで治療しろとは言えねーにゃ」
キンの反論には力がない。
治療を受けて欲しいとは思っているからだ。
「あの機動要塞、ずいぶんと加速していますね。それに、回収した遺物が複数とりつけられています」
拿捕猫耳たちの内心を【見】ないように注意しながら、機動要塞全体を【見】る。
修理はまだ完全ではないのに、戦闘力は俺たちが戦ったときより明らかに強い。
『『『不快な視線を向けるのは止めなさい。野生動物』』』
極めて攻撃的な通信が、機動要塞から届いた。
予想外の口撃に呆気にとられる俺とは対照的に、キンとブルネットが冷たい笑みを浮かべて反撃を開始する。
「光翼人間にパーツを恵んでもらったペットの分際でえらそうにゃ」
「初期化されたいの?」
『『『何故人工生物が我々の管理者権限を持っているのです。それはマスターのものです。返しなさい』』』
「まったく。トーティがサルさんと私の子供だという事実を認識できないのかしら」
『『『人工生物と野生動物の間に人間がうまれるわけがありません』』』
これはひどい。
機動要塞のAIは、事実を事実として認められないようだ。
「トーティの顔を見れば血の繋がりは分かるにゃ?」
『『『人間の真似をするために整形までするとは、哀れな野生動物です』』』
ブルネットと俺とキンが、大きなため息を吐いた。
「ポンコツね」
「ポンコツです」
「ポンコツにゃ」
『『『人工生物と野生動物に言われても何も感じません! 我々は主を得た超AIなのです!』』』
(これが演技でないなら、感情豊富な上に挑発に乗りやすいポンコツですね)
俺は念のため、ポンコツ機動要塞の現状を確認する。
修理に使われたパーツは、約800年の間、宇宙を漂っていた元デブリだ。
現役時代と比べればその性能は低下している。
ベリル運送の攻撃艦隊が『破壊するつもりで』攻撃すれば、人的な被害『は』なしで勝てる自信はある。
しかし機動要塞の強みは要塞であることだ。
艦隊を停泊させられる要塞を遠方に派遣できるという圧倒的な強みは、艦隊には真似できない。
「にゃあ」
奥の部屋で猫耳幼児の相手をしていたはずのトーティが、落ち込んだ顔で食卓に戻ってくる。
下僕から連絡はないので深刻なトラブルではないはずだが、娘のこんな顔を見るのは自分が負傷するよりも辛い。
「どうしました?」
俺とブルネットの間を示したのに、トーティは俺の膝の上に座る。
普段より高い視点に上機嫌になって「にゃぁっ!」とはしゃぎ始めた。
『『『マスター。人間は動物の言葉を使うべきではありません』』』
【黙りなさい】
冷たい【声】が響いた。
トーティ誕生時から【声】を聞き慣れていて、トーティが頑張って『シリアスなときのリゼーレ』の真似をしていることが分かっているのは俺たちだけだ。
通信の向こうの機動要塞だけでなく、【声】が響いた母港のあちこちで動揺と沈黙が広がる。
『『『わ、我々はっ、マスターのためを思って……』』』
【猫語も私の母語です。その事実を認めないペットなど不要です。しばらく反省しにゃ……しなさい】
『『『マスター!?』』』
なお、通信を切ったのも、機動要塞のエネルギーを『超AIがまともに思考できなくなるほどまで低下させた』のも、ブルネットがやったことだ。
トーティは優れた素質を持つとはいえまだ3歳児。
周囲の助けがまだまだ必要なのだ。
「にゃあ」
トーティがシリアス顔をやめてごろごろし始める。
集中力が切れたようだ。
「ペットの躾は非常に大事です。よくできました」
「にゃ!」
トーティは得意げに猫耳と尻尾を立てて、尻尾の先端を上機嫌に震わせていた。
☆
それからしばらくして、母猫耳たちが訪ねてきた。
彼女たちが猫耳乳児を俺の家に預けていたのは、絶対に育児放棄ではない。
血縁が子供しかいない母猫耳たちに対し、ブルネットと下僕たちが組んで『実家』として俺の家(というより居住区画)の一部を提供しているのだ。
色々と企みはあるのだろうが、母猫耳たちはベリル運送の最初期からの小口出資者という大恩人だ。
俺は毎回、心から歓迎している。
「「「お世話になりました」」」
子供を連れ帰る母猫耳たちは数日じっくり休んで快調。
猫耳乳児たちは、スッスによる診察や、天然食材も使われた食生活で万全の体調だ。
母親たちの腕の中でぐっすり眠っている猫耳乳児たちに、トーティが少し複雑な目を向け、しかし最後には笑顔で手を振っていた。
「おっ」
振り返った俺は変な声を出してしまった。
ほんの少し前まで猫耳乳児たちが遊んでいた場所に、見覚えがある球体が転がっていたのだ。
「これ、何っすか?」
慎重に持ち上げたスッスが小首を傾げる。
地球が襲われる20年以上前に作成された、地球儀(正確には球体の部分のみ)だ。
かつてあった国(一応現存する国もある)ごとに派手な色で塗り分けられているので、地表の地図とは気付けなかったのかもしれない。
「にゃ!」
「お嬢のっすか。古そうだから修理した方がいいっすよ」
「にゃぁ」
「なるほど、乳児たち興味を示して断りきれずに、ですか。おじいちゃんやおばあちゃんはそんなことで怒りはしませんよ。年下を大事にできてよろしい! と褒めると思いますよ」
「サルくんって姪ちゃんの猫語なら分かるんだね。ところでこれ何?」
「地球儀です。地表では平面の地図が一般的でしたが、球形だと見る角度を変えるのが容易で、なかなか面白かったです。横にすると『この国とこの国は確実に揉める』とか、直感的に分かることもありましたし」
「横にすると……横?」
ベリルは近くの画面を操作する。
画面への直接表示ではなく、この家では使われる機会が少ない立体映像で、母港周辺の星系を表示させる。
「実は、ハイパーレーンをどこからどこへ繋ぐか悩んでたんだよね。利権を確保したいから片方の端は母港で確定だけど、もう片方の端をどこにするか……」
立体映像の『地図』がくるくると回る。
白翼人間が商業施設として利用中の元ブラックマーケットや、地球人奪還者が医薬品を製造して地球艦隊や周辺星系に輸出している工場や、複数の開拓星系が次々に強調表示される。
「維持に必要なエネルギーの膨大さを考えると、かなり儲かる場所と繋がないと、ハイパーレーンが赤字製造機になりそうですね」
「うん。だから迷ってたんだけどさ。よく考えると、普通の場所と繋げる必要がないって気付いたの」
『地図』が非常に広い範囲を映す。
俺たちの母港が中心。
左側にはこの2ヶ月で訪れた星系や空間があちこちにあり、右の端には銀河通商の本社がある星系が表示されている。
「今、800年前の兵器とかを回収してるんでしょ? このままいけば、母港を中心に『開拓に向いた星系』が増えると思うんだ」
「それはまあ、そうですが」
「あっ! 社長、すごいこと考えるっすね」
スッスがベリルに畏怖の視線を向ける。
俺はよく分からないので、素直にベリルに聞く。
「つまり?」
「僕たちの母港と銀河通商の本社をハイパーレーンで結んだら、僕らの母港が、領域規模の大規模植民拠点になるかもって思ったの。通商ではハイパーレーンは殆ど廃れた技術らしいから、ハイパーレーンを使うなら僕らのハイパーレーン発生装置の価値が跳ね上がると思うんだ」
俺はメリットとデメリットを考える。
メリットは、銀河通商や銀河帝国が大規模な植民を開始した場合に得られる巨大な『通行料』。
デメリットは、俺たちが銀河通商や銀河帝国に飲み込まれるリスクと、地球の『分譲価格』上昇により地球艦隊に恨まれることだろうか。
「どうかな、サルくん」
ベリルには覚悟と少しの迷いがある。
野心あふれるベリルでも即決できないほど、壮大な計画だからかもしれない。
「話が大きすぎて実感が湧かないというのが正直な感想です。ですが」
俺たちはこれまで受け身だった。
敵が襲ってくるので倒して拿捕して自分たちを強化する。
それはもちろんすごいことなんだが、受け身でしかなかった。
楽しい。
全身の血の巡りがよくなり、思考の速度と精度が一段階上がった実感がある。
まるで戦闘中だ。
それも、強敵を相手に、絶好調で戦うときの。
【お父さん楽しそう!】
「分かりますか」
地球儀を両手で抱えたトーティを抱っこする。
いつまで抱っこできるかという思いが一瞬だけ浮かぶ。
「俺たちはこれまでずっと受け身でした。ですが、ベリル社長は、こちらから攻めることを考えています。相手は海賊でも企業でもない。銀河全体……は言いすぎですが、銀河通商の影響圏は確実に巻き込む巨大な領域です」
遺物回収のついでに情報と安全を確保。
それを使って銀河通商を巻き込んで巨大開拓事業を発動させる。
人口の少ないベリル運送が星系を支配するのは不可能に近いが、重要な拠点を確保してそこから膨大な収益を得ることは……おそらく、可能だ。
「まず、租借権ではなく領有権が必要だと思います。多数の星系の開拓は、数十年程度で終わるものではありません」
「うん」
「後はもう、やってみるしかありません。成功すればとんでもなく長期かつ巨大な利権が手に入ります。是非やりましょう」
ベリル社長はその日のうちに、この2ヶ月で稼いだ金を使って、カイパーベルトの領有権を購入した。
◆ PET
◆ RUIN STATION ※損傷で能力低下
船体:6 / 跳躍:1 / 航続:5 / 装甲:5 / 居住:0 / 船倉:0 / 兵装:4
↓
◆ PET
◆ RUIN STATION ※修理中
船体:6 / 跳躍:3 / 航続:5 / 装甲:5 / 居住:0 / 船倉:0 / 兵装:4 ※光翼人間高官による支援
◆ BERYL HOME PORT(7/7)
権利:2 / 規模:4 / 装甲:0 / 修理:5 / 居住:3 / 備蓄:0 / 兵装:3
↓
◆ BERYL HOME PORT(7/7)
権利:5 / 規模:5 / 装甲:0 / 修理:5 / 居住:3 / 備蓄:0 / 兵装:3 ※カイパーベルト領有権獲得。商業区新設




