87.海賊、三度目の正直
キンは最近の食生活のせいで太った。
もとが戦闘兵器じみた『筋肉質なのに軽量』の体だったので、『しっかりした筋骨に適度な脂がのった』体に変わっただけともいえる。
学園区に少数いる男子学生や、港湾区には大勢いる男性船乗りからは熱い目で見られることも多い。
ただ、俺の自宅の一室(を勝手に占拠して自室にしている)から出てきたときの『髪はぼさぼさで服はよれよれの下着のみ』を見れば、熱い視線の数も減るかもしれない。
「キンさん。子供に悪い見本を見せないでください。今日着る下着が見つからないならデュプリケーターを使えばいいでしょう」
「サルおめー、にゃーの体を見た反応がそれにゃ?」
キンがグラビアモデルじみたポーズをとる。
素材の良さと手入れの雑さの落差がひどすぎて、俺は大きな息を吐いてしまった。
【キンおばちゃんおはよー】
トーティはまだ少し眠そうだが、顔はしっかり自分で洗った後だし、自分の朝食の載った小さなお盆を自分で運んできている。
なお、髪や服装は下僕の有志が頑張ってくれているので、このまま記念撮影してもいいレベルだ。
「ベリルはお姉ちゃんなのににゃーはおばちゃんにゃ?」
【おばちゃんはおばちゃんだよ?】
「悪意がねーのがにゃー……」
悪気なく答えるトーティに毒気を抜かれ、キンも朝食をとりにいった。
☆
「デュプリケーターが足りねーにゃ」
分厚い鶏肉(食料生産プラント産)のサンドイッチをパン一斤ぶん食べ、通商のカートリッジと自動調理機で作った牛乳もどきをジョッキ1つ飲み干したキンは、完全に目が覚めて仕事の話を始めた。
「まだ食事中ですよ」
【私はもうおわりー! お母さん起こしてこよっか?】
「昨日は残業でしたので今日は寝かせてあげてください」
父と子の会話をしているうちに、起床直後のキンのような態度でベリルがゆっくりやって来る。
キンとは違って可愛らしい寝間着姿だが、だらしなさのレベルは同程度だ。
「ぎゅーにゅーちょーだーい」
【はい!】
「ありがとー!」
トーティが高速で運んできたジョッキから牛乳もどきをゆっくりと飲み、かなり飲んでも空にならないことに気付いてベリルの意識が覚醒していく。
「おっきいジョッキだね?」
【いっぱい飲めるよ!】
「にゃあ……」
善意でしたトーティを責めるわけにもいかず、ベリルはジョッキを片手で持って朝食をとりにいった。
「ごちそうさまでした」
【ごちそうさまでした!】
いつもなら食器を片付けに向かうんだが、仕事の気配を察した下僕によって食器が片付けられる。
超未来版の食洗機というべきものを導入しているので、運ぶ以外の手間はほとんど必要ない。
「で、なんでしたっけ」
「デュプリケーターにゃ。宇宙船を作ってる特大デュプリケーターから食材や料理を作ってる家庭用デュプリケーターまで、ほとんどが24時間稼働中で整備の時間もとれねーにゃ」
キンはなんでもないことのように言うが、俺は告げられた内容の重さに表情がひきつった。
「そこまでですか」
「通商製だから1年やそこらで故障はしねーだろーけど、長い間酷使したあとに故障すると、修理に金も時間もいっぱい必要にゃ」
「キン姉。ごはん中に仕事の話しないでよ」
今日のベリルは和食だ。
もともと器用なので、箸の使い方もうまいものだ。
「直接顔を合わせて伝える機会が朝飯くらいしかねーにゃ」
「以前は宇宙船の中で四六時中顔を合わせていたのに、今ではこうですからねえ」
俺は、スカウトされてからの宇宙船生活を思い出して、懐かしさを感じた。
「整備部門と艦隊部門の意見を今まとめますか? 事務部門からの意見は、ブルネットが起きてからで」
「サルくん。僕、社長」
「はい。社長らしくどっしり構えてゆっくり食事をとってくださいね」
俺がそう言うと、ベリルは「にゃあ」と鳴いてから、半熟タマゴの上に少しのマヨネーズもどきを載せて、美味しそうに食べ始めるのだった。
☆
『2つ目の特大デュプリケーターとは、思い切りましたね』
通信の向こうの星系管制は、ジャージ姿で畳の上に寝そべっている。
『そろそろ焼けますよ』
何故かその横で、お袋がお好み焼きを焼いている。
専用ソースとマヨネーズとマスタードも机の上に準備済み。
刻み海苔、粉末海苔、各種漬物なども完璧だ。
さらにその横では、やけ酒中の星系管制代理を親父が慰めている。
【お父さんあれ何!?】
トーティが目を爛々と輝かせ、尻尾を興奮で震わせながら聞いてきた。
「お好み焼きです。おばあちゃんの得意料理ですね」
大量のキャベツを使った、材料費の時点でかなり金がかかる料理だ。
削り節粉も生地に大量に使っているので、おそらく猫耳にとっては大ごちそうのはずだ。
『トッピングもお願いします』
星系管制の指示に従い、お袋は丁度良い加減で焼けたお好み焼きを大皿に移し、ソース、マヨネーズ、マスタードで作った鮮やかな線を組み合わせる。
仕上げは薄く切ったかつお節だ。
湯気をあげるお好み焼きの上で『踊る』かつお節は嫌いな人間にはすごく嫌われるが、星系管制やトーティにとっては見ていて楽しいものらしい。
星系管制は起き上がって姿勢を正し、できたてのお好み焼きと正面から向き合った。
『いただきます』
コテではなく箸で切るのが俺の実家のやり方だ。
満足そうに食らい上機嫌に光翼を上下させる星系管制を見ているうちに、俺もお好み焼きを食べたくなってしまった。
『んんっ。既に発注は行っています。例の機動要塞を修理するためのパーツと同じ便で送られてきます』
【おいしそう】
「まだ晩御飯まで時間がありますよ。……トーティの『密航』に手を貸したらペナルティですからね」
後半は船長猫耳に対しての言葉だ。
懲りずに俺を監視している猫耳たちから、恨めしげな鳴き声が聞こえた気がした。
☆
何事もなく数日がすぎた。
『密航』ではなくリゼーレに(宇宙服は着て)運んでもらって俺の実家にお泊りしたトーティのことは、『何事もなく』に含まれると思いたい。
「今度はかつお節ブームだね。密輸はできないから通商への支払いがまた増えちゃう」
「俺たちも、他社から利益を吸い上げる立場になりたいですね」
ベリル社長が今指揮している艦隊は、普段とはまったく違う。
第2攻撃艦隊を母港に残し、第1攻撃艦隊と防衛艦隊を連れてきたのだ。
『『『母港から離れるのは久しぶりで緊張します』』』
防衛艦隊には下僕と新人下僕も多く、光速の5万倍で母港から離れるのに不安を隠せていない。
「大丈夫! 防衛艦隊の仕事は遠くから飛んでくる輸送船をトラクタービームで受け止めることだけだから!」
『ベリル姉。こっちには猫ボートの護衛の仕事もあるにゃ』
防衛艦隊の司令官的ポジションにある、先代ベリル号の船長猫耳が婉曲的な表現でベリルを諌める。
非武装船である猫ボートが16隻も含まれているのが防衛艦隊なので、この船長猫耳のように緊張感があるのが当然だ。
「そこは任せるよ。デブリとか普通の海賊とかが出てきたら対処よろしく。……サルくん、また出ると思う?」
「例の海賊ですか。銀河通商の船を複数回襲って生きている化け物ですからね。俺たちが2度撃退したとはいえ、もう2度と会いたくは……出ました」
俺の自力センサーの有効範囲ぎりぎりに、特大の輸送船1隻と、それに今にも追いつこうとする小型宇宙船1隻が現れた。
「防衛艦隊は輸送艦に対するトラクタービームに集中! 第1攻撃艦隊は海賊退治! いくよ!」
言葉で言い終えたときには、全ての船が行動を開始している。
「サルくん。なんで銀河通商は護衛をつけてないのかな?」
「既に撃破されているのかもしれません」
『またテメェらか!』
海賊船から、悲鳴とうめきの中間のような大声が聞こえてきた。
『俺はこれまでとは違うぞ! 俺はクレバーなんだ』
海賊船が特大輸送船と接触する。
宇宙での接触事故は、悲劇や大規模破壊に繋がり易い。
特大デュプリケーターまで含めて失われたことを覚悟した俺たちは、意外なものを目撃する。
特大輸送船の装甲に開いた穴から、小型宇宙船サイズの人型兵器が、巨大な袋に多数のコンテナを詰め込んで、出てきたのだ。
『うっひょー! さすが通商、いいもん持ってるじゃねえか! うわぁっ!?』
ベリルの狙撃が人型機械の頭部をかすめる。
人型機械は巨大な袋を勢いよく投げることで反対側に加速して、ぎりぎりで直撃を回避する。
よく【見】れば、頭の部分が艦橋になっている宇宙船(人型)だった。
「ちっ」
ベリルは舌打ちしながら次の攻撃を行う。
特大タキオン砲にエネルギーを大量に注いで射程を伸ばしてようやく届く距離なので、猫巡洋艦のタキオン砲による攻撃はまだできない。
宇宙船(人型)が、進路から真横へ向けて加速を開始する。
そのついでに、袋から漏れたコンテナひとつを掴んでいる。
全力で追いかければ追いつくとは思うが、俺たちが依頼した品は特大デュプリケーターなので、わざわざ追いかける意義は薄い。
『今回は俺の勝ちだな! あばよ!』
「このっ!」
地団駄を踏むベリル社長にも、追わないで味方の護衛を優先する理性は残っていた。
取得コストも維持コストも高そうな宇宙船(人型)を使って、小さなコンテナひとつというのは割に合っていない。
実質的には海賊の敗北という気もするが、俺は荒ぶるベリルが落ち着くまで見守っていた。
☆
移動性能とトラクタービームに特化した猫ボートが16隻。
トラブルがあっても確実に輸送船を受け止めることを目指した『戦力』だった。
特大輸送船の受け止めには問題なく成功し、16隻という数を活かして港湾区まで短時間で曳航を完了した。
「ここまで見事な減速は初めての経験です!」
そして、輸送船の船長から絶賛されて、対応していたベリルが戸惑っている。
「今回は乗客が多いですね」
「800年前の機動要塞が稼働状態で見つかったっすからね。好事家から銀河帝国の役人まで、いっぱい乗ってきてるっす」
俺とスッスが(自分たちの意識としては)気配を隠してベリル社長を眺めていると、乗客の一部というには数も割合も多すぎる光翼人間たちが、『絶対に逃さん』という目で俺へ向かってきた。
殺意は感じない。
殺しに慣れた船乗りや海賊にも見えない。
己の欲望のためなら金でもコネでも何でも使う、蒐集家に見えた。
正直かかわりたくないんだが、俺の足では逃げ切れない。
護衛の拿捕猫耳たちも、殺気を感じないのと、『とても金を持っていそうな』光翼人間ばかりなのに気づいた後は、商談と察して動かない。
「「「あなたが猿谷さんですね!」」」
差し出された名刺(に相当するカード)を見て、俺は逃げ切れないのを悟る。
銀河帝国文化庁副長官。
銀河帝国クラシック兵器保存会会長。
その他、スッスが『無視したいけど無視できないっす』というレベルの企業や団体のお偉いさんばかりだ。
「「「是非わたしと失われたロマンの回収を!」」」
(ほぼ)同じセリフを言った光翼人間たちが、光翼を威嚇するように点滅させ、己の立場も忘れて乱闘を開始する。
「とりあえず、しばらく金とコネは稼げそうですね」
「先輩。現実逃避しないで欲しいっす。先輩の自力センサーについて知れるくらいの有力者が、先輩の自力センサーを必要としてる依頼っすよ? 絶対めんどくさい仕事になるっす」
そう言いながらスッスが渡してくれた胃薬を、俺は胃痛の予防目的で飲むのだった。
◆ CREW
ベリル |司令Lv3-[財産Lv9]
↓
◆ CREW
ベリル |司令Lv3-[財産Lv1]
◆ BERYL HOME PORT(7/7)
権利:2 / 規模:4 / 装甲:0 / 修理:3 / 居住:3 / 備蓄:0 / 兵装:3
↓
◆ BERYL HOME PORT(7/7)
権利:2 / 規模:4 / 装甲:0 / 修理:5 / 居住:3 / 備蓄:0 / 兵装:3




