86.文明崩壊案件
第1攻撃艦隊に所属する猫巡洋艦8隻の指揮と、ベリル号1隻の操縦を同時に行うベリルは、本当に大忙しだ。
操縦のためのデータは俺が渡しているんだが、指揮も操縦も俺から見てわけの分からないほど高速だ。
「サルくん。なんかデブリ多くない?」
光速の5万倍で移動してるので、はるか彼方に浮かんでいる胡麻未満のゴミですら脅威になる。
だから、パイロットには反射神経に優れた種族が向いているんだ。
「近くに栄えた星系がない割には多いですね。速度を落としますか?」
「んー。日帰りで済ませたいから速度を上げよう!」
普通の船乗りは、星系の外に出てからは次の星系まで暇らしいと聞いたことがある。
ベリル運送の常識とは正反対すぎて、想像はできても実感できそうにない。
「ねえ」
「これひょっとして」
「一応報告しよう。おっちゃん! ベリル姉!」
何やら話していた拿捕猫耳が進言する。
俺もベリルも非常に忙しいのが分かっているので、ひと目で分かるデータも送ってくれた。
具体的には、俺が自力センサーで【見】たデブリのひとつが、大きな『丸』で囲まれている。
「ただのデブリでは?」
「デブリの形が分かるってことは結構大きいよね。一応調べておく? 残滓はまだ続いてるけど」
「まあ、議論に時間を使うより調べた方が早いですね。行きましょう」
減速のためにエネルギー残量が10パーセント近く減るが、これはそういうものなので仕方がない。
1光秒の距離で相対速度をゼロにすると、そのデブリのすべてがはっきりと【見】えた。
「「「シリアルナンバーを確認」」」
拿捕猫耳たちが完全に仕事モードに切り替わる。
大量のエネルギーを与えられた艦載コンピュータがデータベースを検索し、該当するパーツは見つけられなかったが類似するパーツを複数表示した。
「サルくん。これ、特大デュプリケーターを複数動かせそうな動力源のパーツだよ」
「一部のパーツだけでこの値段ですか」
「おっちゃん。これだと骨董品としての価値の方があるかも」
「骨董品? 俺は知らない世界ですが、よく勉強していますね。素晴らしい!」
俺は積極的に褒めるように心がけている。
しかしこれは演技ではなく本心からの賞賛だ。
「サルくん、もう一度広範囲を【見】て! 最優先はこのデブリに似た奴!」
「了解です!」
使えば使うほど疲れるのが自力センサーだが、今はリスクを冒す価値がある。
「そういえば、デブリを拾えばそのまま自分のものになるのでしょうか」
「所有者がはっきりしているものだと分からないけど、星系外で、しかも長い間放置されてるものだから大丈夫だと思うよ」
雑談しているうちに、より大きなデブリ、より多くのデブリが見つかる。
俺たちは、猫巡洋艦のトラクタービームで回収しながら進む。
最終的に見つけたのは、猫巡洋艦に匹敵する大きさの『何か』だった。
無理矢理似ているものをあげるなら『剥き出しのCPU』だろうか。
俺が知っているCPUとは大きさが違いすぎて、距離や大きさの感覚が狂いそうな気までする。
もちろん単独のパーツではなく膨大なパーツが組み合わさった存在だが、壊れている今の状態でも、金と技術が大量に投入された雰囲気が感じられた。
「おっちゃん、これたぶん曳航可能!」
「自動防御兵器なし!」
「強度、たぶん問題なし!」
「たぶんじゃ駄目だから、拿捕班で調査よろしく!」
「「「了解! いってきます!」」」
一度決まれば仕事は早い。
ベリル号だけでなく猫巡洋艦から拿捕班が出発し、『剥き出しのCPU』の調査と補強を並行して行う。
「サルくん。これなんだと思う?」
「用途が分かっているパーツだけでもかなりの額です。取り外しも時間をかけて行った方が安全ですし、このまま持ち帰りましょう」
「うん。それしかないかあ……。高く売れるといいんだけど」
この時点の俺たちは、この『剥き出しのCPU』の価値に気付いていなかった。
☆
俺たちが母港に到着する前に、星系管制代理(星系管制が遠方に連れ去られたので貧乏くじをひかされた光翼人間)により星系丸ごとの通信妨害が行われた。
さらに、顔なじみである、銀河通商第7営業艦隊の陸戦隊の面々が、緊張しきった表情で臨検を要求してきた。
非常に敵対的な行動だ。
理不尽な要求には基本的に暴力で報復してきた俺達ベリル運送は、いつもなら即座に反撃している。
だが戦力の総量が違いすぎる。
銀河通商第7営業艦隊第1分遣隊の十数隻と、地球の静止軌道に浮いている巨大衛星だけなら、攻撃艦隊だけで撃破は可能だろう。
しかし第7営業艦隊本隊64隻や、他の営業艦隊に対抗するのは不可能だ。
「何がどうなっているんです。ここまでうまくやってきたのにいきなり手切れですか?」
俺は必要なら殺してきた。
第7営業艦隊が相手でも必要なら殺す。
だから、戦闘を避けようとするのも時間制限つきだ。
それは相手(陸戦隊)も分かっているはずなのに、焦った表情はしているのに俺たちベリル運送に要求をつきつけるだけだ。
「ブルネットお姉ちゃん! まだ撃たないで! 姪ちゃんもペットを呼び寄せようとしちゃ駄目!」
ベリル社長は身内を宥めるのに忙しいので、俺が矢面に立って対応することになっている。
母港のタキオン砲が第7営業の船に照準をあわせ、エンジンだけが最低限修理された元殺戮機動要塞が加速を始めている。
通信妨害が強くて、大量のエネルギーを使っても、こちらの通信は途切れ途切れだ。
もう殺し合うしかないのかもしれない。
俺が半ば覚悟を決めたとき、俺の手元の画面にコランダム総司令が映った。
『猿谷さま!』
画像は乱れてはいるが、声は辛うじて聞こえる。
『すぐに戦闘を……始まっていない? なんとか引き伸ばしてください!』
普段の余裕がまったく感じられない。
「申し訳ないですが、通商との関係より俺たちの命が優先です。できる限りは粘ってみますが……」
『違います! リゼーレさまがっ!』
コランダムからの通信が唐突に途切れた。
第7営業艦隊からの妨害かと思ったが、その第7営業艦隊(正確にはその第1分遣隊)が混乱している。
はるか遠く、俺の自力センサーでは【見】ることのできない距離に、巨大な輝く何かが【見】えた。
【見】てしまった。
「ちょっとサルくん!?」
俺の延髄から伸びるケーブルが熱を持つ。
膨大な情報を流し込まれたベリル号が『処理落ち』してベリルが悲鳴をあげる。
【私がそのようなことをせよと、命じましたか?】
リゼーレの【声】が高圧的に響き渡る。
どちらが上かを本能に直接分からせる、まさに天からの声だ。
拿捕猫耳たちが尻尾を後ろ足の間に巻き込み、耳を後ろぺたんと伏せ、体を小さくして降伏のポーズをとってしまう。
「サルくん。どうする?」
「これはもうどうにも……」
ベリルと俺は腹に力を込めて耐えているが、もう一度同じ【声】が響けばおそらく耐えられない。
母港を【見】てみると、辛うじて持ちこたえたのはブルネットとキン、そして慌てて発進した第2攻撃艦隊のスッスだけだ。
トーティは……耐えているのかいないのかよく分からない。
にゃあにゃあ鳴いている。
『おっ、恐れながら、申し上げます!』
光翼を消え入るように明滅させた星系管制代理が、命を振り絞るようにして声を出す。
まだ遠くにいるリゼーレが冷たい目で【見】ていることが分かってしまい、俺は胃に痛みを感じる。
『文明崩壊案件です! ハイパーレーン発生装置、兵器への転用を封じられていない古い型が、本星系に運び込まれました!』
言い終えて力尽きた光翼人間が、白目を剥いて気絶した。
【あっ】
圧倒的な気配が、それまでが夢だったかのように弱くなる。
【猿谷さま。トーティ。もうすぐ着きますから、通信妨害は続けるように第7営業艦隊に伝えてください。……どうしよう】
最後の5文字からは、比喩的にも物理的にも頭を抱えるリゼーレが感じられた。
☆
リゼーレが星系に到着するまで戦闘可能なほどに回復した者はおらず、到着しても出迎える元気がある奴はひとりもいなかった。
俺も、トーティもだ。
【本当に、昔のハイパーレーン発生装置ですね】
リゼーレは『剥き出しのCPU』のまわりを何度かまわってから、光翼を大きく広げて、外部の目から隠すかのように『剥き出しのCPU』を覆った。
俺は覚悟を決めて語りかける。
「リゼーレさま。お願いがあります。今日の騒ぎはなかったことにしていただけませんか。銀河通商と揉めたという評判は、ベリル運送にとって最悪のスキャンダルになりかねません」
俺の背後でベリル社長が勢いよく頷いている。
今回の件は善悪で言うなら俺たちが善かもしれないが、力の差がありすぎるので善悪をはっきりすると『両方にとって大損』になってしまう。
【ありがとうございます】
リゼーレは安堵したようだ。
左手で気絶した星系管制(こいつが自業自得で連れていかれたことで星系管制『代理』が必要になった)を抱えていることに、俺はそのとき初めて気づいた。
「よければトーティに会ってやってください」
俺は、母港にリゼーレがいれば、少なくとも攻め込まれることはないという下心で提案する。
【はい!】
俺の魂胆など【見】えているだろうに、リゼーレは上機嫌で俺の提案を受け入れた。
☆
「つまりですね。800年前に流行していたハイパーレーンは、強力すぎる兵器に転用可能だったんです。すっごく早い速度が出せますから悪用がいくらでもできちゃうので。結局、追い詰められた側が兵器として使ってご覧のありさまですよ」
気絶から回復した星系管制は、宇宙服を脱いで掘りごたつに座る。
星系管制がデータベースを机に触れさせると、800年前の『地図』が表示され、崩壊した星系が強調表示された。
「やはり通商には800年前の情報が残っていましたか」
「まさか昔の『地図』だけで、ハイパーレーン発生装置を見つけてしまうとは思いませんでしたよ。猿谷さんが宝探しをしたら、今より儲かると思いますよ?」
星系管制は疲れた顔をしていて、光翼もしおれている。
よほどリゼーレに酷使されたらしい。
【誠に申し訳ありませんが、ハイパーレーン発生装置は、兵器へ転用できないよう処置させていただきます】
【嫌われたらどうしよう】という顔でトーティをちらちら見ている。
そのトーティは、リゼーレが広げた光翼を相手に『登山』を試みている。
「……社長」
俺はため息をつきたい気持ちを我慢して、ベリルを促す。
「あのさー。僕ら、超兵器なんてあっても困るだけだよ? 僕ら、警戒されてあんなことされたわけ?」
ベリルはかなり怒っている。
リゼーレが体を小さくして、光翼が揺れたことでトーティが歓声をあげた。
「非常時用のマニュアルに忠実に動いたんですよ。私がいれば猿谷さんに話を通して穏便にすませたんですが」
星系管制の言うことは事実だろう。
こいつは性格は悪いし私欲も追求するが、それでも地位にとどまれる程度に有能ではあるんだ。
【本当に申し訳……】
「リゼーレさま。あなたに頭を下げさせると、あなたではなくあなたを尊ぶ人間の反応が怖いので、これ以上は勘弁してください」
「そうそう。僕らはそんなに野心がないからね! せいぜい、ハイパーレーンを使って大儲けするくらいだよ!」
胸を張るベリルに、リゼーレからは申し訳なさそうな視線が、星系管制からは哀れなものを見る目が向けられた。
「ハイパーレーンは起動にも維持にも膨大なエネルギーが必要ですよ。あと修理費も」
星系管制が具体的な数字をあげる。
ちょっと、いや、かなり、今のベリル運送には膨大すぎるエネルギーと修理費だ。
「ベリル。売っちまってもいいと思うにゃ? ペットの機動要塞を完全修理できるくらいの額はでけーにゃ」
技術担当のキンがこういうくらいの数字なんだが、ベリルは頷かない。
「だめ! こんなの、将来お金がたまってから同じものを買おうとしても絶対に買えないもん。ベリル運送は地球艦隊や白翼人間と違って人口は限られてる。大きな機械で稼がないと、近いうちに拡大が頭打ちになっちゃう」
「……確かに」
俺は心から感嘆する。
いつの間にか、戦略を考える思考でも、ベリルは俺を上回っていたようだ。
「以前から思っていましたが、ベリル社長は野心家ですね」
星系管制が揶揄するように言う。
手元には酒瓶が届けられていて、近くにリゼーレという上司兼上位存在がいるのに、平然とグラスに酒を注いでいる。
「サルくんや姪ちゃんの能力と比べると、ささやかな野心だと思うよ? 姪ちゃんがペットのつもりでいる、勝手に動く機動要塞を戦力化して、ハイパーレーンを使って稼ぎを今の何十倍にもして、艦隊も強化しないと、家族の安全を守れないもん」
野心という言葉では足りない大望を、ベリルは平然と口にする。
ブルネットはベリルに優しい目を向けて、キンは無言で肩をすくめる。
そしてリゼーレは、本当に久しぶりに、ベリルという個を認識してベリルに意識を向け……トーティに羽をくすぐられて困った顔になる。
「ありがたい話です」
俺は、ベリルにスカウトされた幸運を改めて実感する。
俺だけではブルネットにもトーティにも巡り会えなかったし、俺だけではトーティを守るための戦力を揃えることはできない。
次は何で稼ぐか、俺は800年前の『地図』と今の『地図』を見比べ、考えていた。
前回から変化なし




