8.タキオン砲
母港の中にある工場に改修を依頼した。
今より貧乏だった頃のベリル社長に、金を騙し取りもせずにベリル号を作ってくれた工場だ。
技術料も安くはないが、安全であるはずだった。
「襲撃にゃ!」
足場がレーザーに焼き切られる。
塗装の仕上げを行っていた作業員は推進機を使って慣れた動作で避難して、残った足場が工場の床に激しく衝突した。
作業員に混じって作業していたキンが工具を持って騒いでいる。
しかし襲撃者が使うコイルガンの発射音がうるさすぎ、ほとんど聞き取れない。
「サルくんこっち!」
「子供が先です!」
「サルくんがいたら邪魔なの!」
ベリルが俺を両手で抱え上げて走る。
ベリル号の装甲を足だけで駆け上がって俺ごと操縦席へ飛び込む。
「ぐへっ」
「サルくんベルトつけて!」
シートへ投げつけられてうめく俺とは対照的に、ベリルはキャノピーを下ろす操作とベリル号の立ち上げ操作を並行して行っている。
俺の『危険を感じる』感覚は麻痺している。
治安が悪化した母港にいる時点で強く反応してしまっていて、生身での襲撃が行われる前と後とで感覚が変わらないのだ。
「子供はっ?」
俺が焦って聞いても返事はない。
工場に侵入した海賊がコイルガンで撃ちまくり、ベリル号の装甲に着弾して大きな音をたてている。
詳しい情報を呼び出す方法もあるんだろうが、俺がこれまで自主訓練してきたのは宇宙での戦いばかりだ。
慌てている今は、一度マニュアルに目を通しただけの内容を思い出せない。
『サルさん。子供たちは全員、猫の巣号に乗り込みました』
既に改修を終えていた猫の巣号は加速を始めている。
外部に通じる大型ハッチは閉じたままだが、工場側が海賊に占拠されたと判断してそのまま加速を継続する。
「確かに全員……いえ、数が増えてませんか?」
映像が届く。
見慣れた猫の巣号の船内には、栗毛猫耳さんといつもの幼児たちがいた。
それに加えて、いつもの幼児と比べると毛並みと血色が悪い幼児たちが10人ほどいる。
『少額出資者の子供たちです』
ポーカーフェイスを維持できていない栗毛猫耳さんを見て、俺も察した。
「俺はサル。こっちはベリル社長だ。今日からよろしく」
精一杯平和的な表情を作り、幼児たちへ語りかける。
ベリル社長は警察に通報しながら、手を振って挨拶している。
新顔の幼児たちが少し緊張を解いたことに気付いて、俺と社長の安堵のため息が同時に出た。
『にゃーを置いていくにゃにゃー!』
猫の巣号の加速は止まらない。
猫の巣号が止まると思っていた海賊たちが大型ハッチ周辺から逃げる。
武装が皆無のはずの猫の巣号は、ベリル号とは比べものにならないほど厚い装甲を活かして大型ハッチに体当たりした。
『俺の工場がっ!?』
工場や宇宙船係留施設の一部を所有する男が悲鳴をあげている。
「おっちゃんごめん!」
『クソっ。割増料金に釣られるんじゃなかったぜ。おい嬢ちゃん! 今度は儲け話を持って来いよ!』
「うん……」
「横から失礼します。うちのキンが殴り倒した海賊を売れば結構な値段がつくと思いますが」
『ちっ。嬢ちゃんが知恵をつけたのはテメェが原因か。まあいい。次に戻ってきたときはもっと儲けさせてくれよ!』
猫の巣号が母港から飛び立つ。
数隻の小型海賊船が待ち受けてはいたが、人が大勢住んでいる場所で宇宙船を撃沈するという蛮行は海賊でもしない。
だから、いくつかの装甲がレーザーで傷ついただけで、海賊の包囲の突破に成功した。
「キン姉! あれだけ前に出すぎるなって言ってたのに!」
ベリルは焦っている。
囮になったキンが、武装した海賊に囲まれている。
「キンさん。あれを使います」
俺は返事が届く前に行動する。
角度によっては宇宙船の装甲に刺さるアンカーワイヤーを、宇宙服や装甲服を着込んでいるとはいえ基本生身の海賊めがけて撃ち込んだ。
『サルぅ! おめー射撃へたくそにゃーっ!』
猫じみた電光石火の加速で『海賊の残骸』を回避したキンが、温存していた推進剤を使って強烈に加速。
空中で器用に回転して、ベリル号のキャノピー脇に見事に着地した。
「つい最近まで地表で事務仕事していた奴に無茶言わんでください」
俺はベリル号を加速させながらアンカーワイヤーをベリル号から切り離す。
物は惜しいが今は時間の方が惜しい。
キャノピーの上げ下げはベリルに任せ、壊れた大型ハッチを通過して宇宙へ出る。
「……ふぅ」
ストレスが激減する。
宇宙に出る前は、脳内に警報が鳴り続けていたようなものだった。
母港から少し離れると、多少うるさい程度まで落ち着いた。
「サルくん!」
「倒しても拿捕できません。このまま突破しましょう」
「うん!」
機関砲を惜しまず使う、いや、使ってもらう。
ベリルは俺より圧倒的に巧いし、キンもベリルには劣るが俺よりは巧い。
反射神経だけでなく、戦闘センスが根本的に違う気がする。
「海賊は死ねにゃ!」
「拿捕できないなら派手に壊していいよね!」
光速の1パーセント未満なら猫耳たちと息を合わせることができるんだが、10パーセントを超えると連携どころではなくなる。
「サル! 雑に飛ぶなにゃ!」
「勘弁してください。猫の巣号と合流もしなくちゃならんのです」
ベリル号の現在の速度は光速の5パーセントだ。
にゃーにゃーと文句を言うベリルとキンを宥めながら、俺は猫の巣号に追いつき相対速度をゼロにする。
「うん? サルくん、着艦しないの?」
「何十キロメートルずれてもたいした影響のない高速戦闘とは違うんです。少し集中させてください」
「おめー、才能と能力が偏りすぎにゃ。そこまで苦手なら自動操縦でも使うにゃ」
「僕が操縦するよ。サルくん、深呼吸して。鼓動が早くて怖いよ……」
「うっす」
俺は肩を落とし、近付いてくる甲板を眺めていた。
☆
地球でブラック労働に従事していた頃のストレス解消はゲームだった。
この宇宙でも別のゲームはあるんだが何故かストレス解消には繋がらず、俺は今、料理をしている。
「食後に歯磨きしないならお菓子はなしだ」
俺の言葉に、食べる気満々だった猫耳幼児たちが憤慨する。
「「「にゃーっ!」」」
「威嚇しても変わらないぞ。歯の治療費がいくらすると思ってるんだ」
揚げたパンもどきの上から、初任給の一部を使って買った砂糖を振りかける。
白い粉に加工したそれは、茶色い揚げパンもどきに適度な色をつけた。
「ガキどもー。うちの稼ぎガシラに手を出すならにゃーが相手にゃー」
キンがボクシングじみた構えをとって、ゆらりゆらりと上体を揺らす。
脅しにも聞こえるが動きはコミカルだ。
元気な猫耳幼児たちが、キンの真似をしようとして転がったり猫パンチを始めたりする。
「サルさん。いいのかしら。甘味は安いものではないでしょう?」
「子供のイベントには甘いものが必要ですよ。将来の新入社員かもしれませんしね」
後半は半分ほど冗談だ。
母港にいる殺意や悪意でうるさい連中とは違い、欲はあっても悪意は薄い猫耳たちへの俺の好感度は高い。
「ひとり1個はあるから焦らなくていいよ」
母港で買った皿にひとつずつ置いて渡してやる。
落としても割れないし、猫耳幼児が全力で壊そうとしても変形はしても割れはしない。
欠点は、質素を通り越して雑なデザインだ。
「あいあとう!」
舌がまわっていない感謝の言葉を聞いて、俺は嬉しくなった。
「こちらこそありがとう。まだ熱いから気をつけてね」
「「「新入りゆーぐーでずるいにゃ!」」」
猫の巣は今日も騒がしい。
その騒がしさは、母港や戦場とは違い、快適な騒がしさだった。
☆
母港から十分離れた後は亜光速まで速度を上げ、星系外縁に到達した後は光速をはるかに超えた速度まで加速する。
宇宙船のセンサーで捉えた情報は、文字通り一瞬で過去の情報になってしまう速度だ。
だから、まともな宇宙船なら『奇跡がいくつも重ならない限り他の宇宙船とは衝突しない』進路を選ぶし、『万一接近されても相手が気付くよう大出力で船籍を知らせる』ようにしている、とベリルから聞いた。
「あそことあそこですね」
俺は3次元表示されている地図の数カ所を指差す。
数光秒の誤差はあるが、ここまで何もない場所で目立つ宇宙船がいるとだいたい分かってしまうのだ。
「うっわぁ……。星系内でも十分強かったけど、サルくんって星系外だと反則だよ」
ベリル社長は猫耳と尻尾の両方で驚いている。
「えーっと、進路と速度から逆算して……」
驚きはしても思考は鈍らない。
ベリルが必要な情報を読み取って艦載コンピューターへ入力すると、それぞれの反応の出発地と目標地がかなりの精度で予測される。
「ベリルちゃん、これ」
ポーカーフェイスが得意な栗毛猫耳さんが、猫耳でも尻尾でも驚いている。
「お姉ちゃん。これって海賊、それも大規模な海賊の船だと思う。最近、海賊による大規模な襲撃があった星系が出発地、ブラックマーケットがある星系が目的地だから」
「やべーにゃ」
キンは、幼児たちを寝かしつかせたあとのせいか、シリアス顔だ。
「うん。でも、超光速移動でも有効なセンサーを積んでいる確率は低いと思う」
ベリルの緑の瞳には焦りはなく、冷たく計算する光がある。
「……ボスはベリルにゃ」
「キン、それは」
ベリルを止めないと宣言したキンに、栗毛猫耳さんが何かを言おうとする。
「サルは宇宙では最強にゃ。でも港では最弱にゃ。今のままで、にゃーたちはサルを守り切れるにゃ? だったら賭けるのもアリにゃ」
栗毛猫耳さんは言葉に詰まった。
そのやりとりの間も俺は計算を続けている。
襲撃して勝利して拿捕して終わりではない。
本来の目的地まで安全に到着して初めて成功だ。
「サルくん、いける?」
「もちろんです。センサーをパッシブのみにして敵船から1光分の距離まで接近、その後、敵戦力が無傷で倒せるかどうか確かめた後、攻撃か撤退か決定する、というのはどうでしょう?」
「サルくんが言うと簡単に聞こえちゃうね」
「得意分野ですから。賞金を手に入れると、倒した相手の仲間にも知られてしまうかもしれません。賞金が駄目なら収入は拿捕からのみです。今回は拿捕班が主役ですよ」
「ふふんっ。任せておくにゃ!」
調子に乗るキンは、顔は違うが表情はベリルそっくりだった。
☆
「サルくん。目標は小型の海賊船。僕らが戦ったことのある船とは種類が違うけど、有名なタイプだからデータはあるよ」
「装甲がベリル号と同程度に薄い……。密輸船だとしても、極端な性能ですね」
少なくとも俺は、この船には絶対に乗りたくない。
「基本はこっそり近付いて奇襲。サルくんが操縦、僕とお姉ちゃんが機関砲、突入はEVA班で」
「今回はにゃーだけで突入するにゃ。ガキどもを海賊と会わせたくないにゃ」
「うん。分かった」
打ち合わせは短時間で終わった。
そして、襲撃はそれ以上の短時間で終わってしまった。
「弱っ。ほんとに海賊だったの?」
「油断しきってたらこんなもんにゃ。それよりベリル、これ何にゃ? 船倉に見たことねーのがあるにゃ」
海賊船の中でただひとりの生者であるキンが、強いて言えば砲塔に見えないこともない何かをつついている。
大きさは、ベリル号に搭載するには少しだけ大きい。
数は1つだけ。
船倉のスペースの10分の1も使っていないのに、他の積み荷は皆無だ。
「型番とかは無いんだよね? 僕が持ってるデータの中には一致するものがないし……。けどどこかで見たような気が……」
ふと、思い付く。
「ベリル社長。銀河通商の船に載ってた装備に、似てませんか」
「げっ。まさか、タキオン砲っ!?」
緑の目が見開かれ、猫耳がピンと立つ。
「にゃぁ……」
キンが白目を剥く。
「軍事に疎い私でも知ってる名前ね。1門で、ベリル運送の資本金の何倍だったかしら」
「俺を含めて、ここにいる全員と全部の船を買い取って大量にお釣りが余る額ですね」
積み荷の価値と船の格が釣り合っていない。
どこかの海賊が極秘に運ばせていたものを、俺たちが横からかっさらった形なのだろう。
「あら、どうしましょう」
売るにしても使うにしても大きすぎる物を手に入れてしまった俺たちは、途方にくれていた。
◆ BERYL THE GREAT
船体:1 / 跳躍:3 / 航続:2 / 装甲:0 / 居住:0 / 船倉:0 / 兵装:2
◆ CAT'S NEST(1/1)
船体:2 / 跳躍:2 / 航続:2 / 装甲:2 / 居住:2 / 船倉:1 / 兵装:0
◆ CREW
ベリル |船長Lv1 [借金Lv3]
サル |操縦Lv3 [疲労Lv5]
栗毛猫耳|射撃Lv1 [事務Lv1]
キン |白兵Lv1 [借金Lv1]
妹猫耳ズ|白兵Lv1 [未熟Lv3]
◆ SALVAGED ASSETS
兵装:4 / 船倉:1
◆ Small Transport Pirate Ship
船体:2 / 跳躍:2 / 航続:3 / 装甲:0 / 居住:1 / 船倉:3 / 兵装:1




