71.差別主義者は上客です
予定時刻になっても銀河帝国の船は現れなかった。
とんでもない長距離を飛んでくるので予定が前後するのは当たり前だが、少し嫌な予感がしたので、俺は『銀河帝国の船がやってくるはずの方向』に意識を向けた。
基本的に何もない空間とはいえ、これだけ広い空間を【見】ると、結構な数のものが【見】えてしまう。
「デブリや宇宙船の残骸が、結構な数、ただよっているんですね」
俺の延髄から伸びるケーブルを通して、ベリル号全体に情報が共有される。
「今のデータを銀河通商に売るだけで一財産になりそうだね。その代わりに、本当の能力がばれたサルくんが誘拐されそうな気がするけど」
船長席にいるベリルが、冗談を飛ばしながらAIとともに分析を行う。
まだ『生きている』宇宙船が2隻、強調表示された。
『先輩。どっちか帝国の船か分かるっすか?』
ベリル号の護衛である猫巡洋艦の1隻から、スッスの声が届いた。
「この距離では無理ですね。しかし……」
「うん。遅いよね。銀河通商の輸送船はもっと速かったのに」
『帝国は列強っすけど、国が大きな分、古い船も普通に使われるっす。第7営業艦隊より古い船は滅多にないっすけど』
「第7営業艦隊はトレーニング目的で古い船を使っているんでしたっけ?」
『トレーニングができるのを売りにしてパイロットを集めてるっす。最近は、ベリル運送のシミュレーターを使えることも売りにしてるらしいっすよ』
「社長?」
「うん。銀河通商からの要求なら突っぱねることもできるけど、あいつ(星系管制)は大口出資者だから断り切れなくて」
「大変ですね。……迎撃とキャッチの計画を立てたので確認してください」
雑談をしながら書いていた計画書を2人に送信する。
少し前には遠くにあった2隻は、今ではかなり近付いている。
ただし、進行方向は母港からも地球からもズレている。
『こっちが帝国の調査船っすね。型式は……古っ!? 金に困っている大学でも、とっくに退役させてる古さっすよ!』
「でも調査装備は充実してるみたいだよ? 僕らが安全を確保した星系なら問題ないと思ったんじゃないかな。僕らとは関係ない場所で海賊に襲われてるけど」
『またお前たちか! だがこの距離では間に合わんぞ!』
なんとなく聞き覚えがあるような気がする声が届いた。
俺の自力センサーに2隻映っていた『生きている』宇宙船の、もう1隻だ。
『こちら第2741調査船っ! 至急救援を、ひぅっ』
こっちは聞き覚えのない声だ。
声はとても若いが、見た目が高校生の人間が大組織の幹部をしている連中(光翼人間)もいるので、珍しくはあるが驚くほどではない。
『社長。星系管制から通信要求っす』
「言われなくても助けに行くって返事をしておいて。救難要請に応えるのは宇宙船乗りの義務だし。サルくん?」
「間に合うように飛ばしますね。猫ボート(ベリルがつけた新造タグボートの名前だ)もついてきてください」
加速を開始する。
猫ボートの加速力は、猫巡洋艦やベリル号には劣るが、猫駆逐艦と同程度にはある。
艦隊に問題なくついてきてはいるが、今操縦しているのが船長猫耳のひとりだから、なんとかなっているだけかもしれない。
『たっ、たすかっ』
逃げているのは鋭角的な形状の大型船だ。
性能は平凡で塗装は古びているが、船の構造はしっかりしている。
昔はハイエンドだった宇宙船という感じだ。
『まとめて死ねやおらぁ!』
無数のミサイルをぶっ放したのは大型の海賊船だ。
ミサイルを大量に発射した後はミサイルが入っていた発射筒を放棄して、小型船に近いサイズの高速船に変わった。
「敵ミサイルはタキオン砲で狙って! 残骸は意識しなくていいよ。万一母港に向かっても迎撃してくれるからね」
ベリル社長が命令する。
地球や他の惑星に向かっても同じだ。
俺が自力センサーで得た情報をほぼリアルタイムで共有しているので、残骸がそちらへ向かった場合でも迎撃が間に合うはずだ。
射撃開始はその直後だった。
ベリル号の特大タキオン砲1門と、猫巡洋艦3隻のタキオン砲各1門、合計4門が敵ミサイルを狙ってタキオン粒子を連射する。
お互いに光速の1万倍以上の速度が出ているので、当てるのは至難だ。
だが、ベリル運送が狙っているのは敵ミサイルの『無効化』ではなく敵ミサイルの『破壊』だ。
相対速度が光速の2万倍あるなら、微量のタキオン粒子を当てればミサイルは弾けて残骸と化す。
つまり、秒間数千発を連射して1射あたりの威力が激減しても、一度当てればミサイルは破壊できるのだ。
「社長。敵ミサイルの6割を破壊しました。7割。今、8割です」
「練習のために、僕が参加せずあの子たちに任せた方がいいかな?」
命中率は、ベリルと船長猫耳で5倍以上、ベリルとスッスでは10倍以上違う。
「この距離だとスッスは撃つだけ無駄ですね。任せて、練習になるのでしょうか?」
「どっかなー。……スッスは射撃中止。猫ボートといっしょに銀河帝国の船をトラクタービームで減速させて」
この時点で敵ミサイルの撃破率は10割に達した。
いくつかステルス機能つきのミサイルが混じってはいたが、一度敵意や殺意が込められた武器は目立つので、俺がしっかり見つけてベリルが仕留めている。
ベリル号と猫巡洋艦が、即座に狙いと射撃モードを変更する。
微量のタキオン粒子を大量にばらまくのではなく、『当たれば確実にシールドと装甲を貫き、内部を破壊できるだけのエネルギー』を込めたタキオン粒子を発射する。
骨組みじみた外見の海賊船は、猫巡洋艦に匹敵する加速力をフルに使ってタキオン粒子を回避し続ける。
しかし多勢に無勢だ。
タキオン粒子の奔流がシールドをかすめてその一部を破壊した直後、球状の艦橋がとんでもない勢いで射出された。
『ちくしょう、またか!』
複数の奔流に貫かれた敵船が爆散する。
しかしそのときには、敵の艦橋はタキオン砲の有効射程の外だ。
「サルくん。意見」
「追いかけても待ち伏せをくらう恐れは小さいと思います。ただ、消費するエネルギーと時間を考えると……」
軽く計算した結果を送信する。
ベリルの猫耳がぴくりと動く。
「あの海賊は遠くから来たみたいだし、安全重視でいこう」
ベリル号と猫巡洋艦2隻が最後の攻撃を行う。
『ふんっ! この距離が当たるわけが……当たったぁ? クソ高い装甲に傷つけやがって!』
直撃した2射が、艦橋の装甲で受け流されて明後日の方向へ消えていく。
艦橋に傷はついたが、艦橋内部に損害はない。
「社長、あの装甲」
「興味はあるけど後にまわそう。今は人助け、いいよね?」
「はい」
『にゃ!』
『了解っす!』
調査船をトラクタービームで捕捉することに成功した2隻と合流。
新しいトラブルが発生する前に、かつては立派だった調査船を牽引して母港へ帰還した。
☆
母港の港湾区は賑やかな場所だ。
補給に訪れた地球艦隊の地球人や、墓参りに来た地球人奪還社の地球人。
休日にシミュレーター目当てで訪れる光翼人間もいる。
それに加えて他区画から猫耳や下僕が来ることもあるし、他種族の学生が地表から手続きに訪れることもある。
OJT中の新入社員だって働いている。
身内が大部分なので【見】はしないが、見ていて楽しい場所だ。
そこに、調査船の乗組員が調査船から下りてくる。
「この臭い。それに、猫耳が放し飼いされてるなんて」
先頭にいるのは白い翼を持つ女性だ。
服装は『高そう』ということしか分からない。
外見年齢は小学生程度だが、言動はもう少し上の年齢に見えた。
「「「おっちゃん、やっちゃう?」」」
俺の護衛をしている拿捕猫耳がヤる気になった。
俺が頷けば『不幸な事故』が起きてしまいそうだ。
「うわ、態度わるいのが来たっすね。つーか、リゼーレさまが残した気配に気付かないって、帝国人として駄目駄目っすよ」
スッスの声が上から聞こえた。
「「「おっちゃん、見たらブルネットお姉ちゃんが怒るにゃ」」」
「あ、やばいっす!」
スッスが急降下して俺の隣に着地する。
背中の光翼が、激しい運動をした直後のように高速で上下していた。
白い翼を持つ人間が、スッスを見て固まった。
彼女の後ろにいる人間も、形の違いはあるが、みな翼を持っている。
ただしスッスや星系管制のような光翼ではなく、鳥の翼を大きくしたような翼だ。
「何故、高位の方が、このような場所に」
「同国籍のよしみで一度だけ忠告するっすけど、それ、国の外じゃ通用しないっすよ。ちなみに自分はベリル運送の社員で、先輩の弟子っす」
スッスの言葉遣いは普段と同じなのに、白翼人間に対する態度は、かなりの上から目線だ。
「弟子? で、ですが、ここには低位の人間しか……」
スッスを畏れ、慌て、見た目通りの子供じみた態度で周囲を見ている。
なお、子供は子供でも差別意識が強烈な子供だと思う。
「あ、頭が痛くなってきたっす。先輩のことを知らなくても直接見れば分かるっすよ? ……あっ」
スッスが急に顔色を変えた。
拿捕猫耳に、慌てた様子で人払いを頼んでいる。
「一応、確認のために聞くっすけど、まったく【見】ることも、感じることもできないんっすか? そこにいる全員も?」
顔色を悪くしたスッスの問いに、白翼人間たちは全員、顔を青くして頷いていた。
☆
ベリル社長と、銀河帝国の調査船の船長との挨拶は、表面上は穏やかに終わった。
補給を終えた調査船が母港から出発し、全員で俺の家の居間に移動してから、ベリル社長は初めて感情を露わにした。
「僕は猫耳だから舐められるのは慣れてるけどさ。あの人たちなんなの?」
ベリルの尻尾が大きく振られている。
これはかなり怒っているな。
「社長。身内の恥なんで自分からは言いづらいっす」
スッスの光翼は力なく垂れている。
なんとなく俺に助けを求めている気がしたので、ほどほどに援護してやることにした。
「身内の恥ということは、あの連中が何かしましたか?」
「それもあるっすけど、一番の恥は帝国の失政っす。実際は種族で扱いが変わるのに、建前では国民の平等をうたっているからややこしいことになってるんっす」
建前は平等だから身分を上げる望みを捨てきれないってことかな?
「少し待って。サルさんに口説いていたあの女(コランダム総司令のこと)、サルさんにどんな扱いをする気だったの?」
ブルネットは、怒りを通り越して殺意一色だ。
「総司令はガチの権力者っす。総司令が先輩の身分を保障すれば、先輩に舐めたこと言う帝国人は、仮にいたとしてもすぐにあの世行きの馬鹿っす。それに、総司令なら種族変更手術の許可や費用も用意できちゃうっす。特権階級も普通は無理っすけど、総司令なら通るんっす」
スッスに申し訳なさそうに言われ、ブルネットは激情を堪えるために何度も深呼吸する。
俺は、自分の命を子供とブルネットのために使うと決めている。
それは偽りのない本心ではあるんだが、あまりにも力の差がありすぎる相手(コランダム総司令のこと)にどう対処すればいいかなんて、さっぱり分からない。
できるのは、ブルネットに寄り添うことくらいだ。
なお、光翼人間への種族変更にはまったく魅力を感じない。
俺は地球人という種に愛着がある。
ブルネットや娘に頼まれたら、猫耳への変更限定で受け入れるかも、という感じだ。
「あの、話を戻すっす」
スッスは、広々とした居間の、とんでもない高い天井をちらりと見る。
リゼーレが羽を伸ばしすぎて何度かぶつかったそこが、うっすらと光っている。
「白い翼の連中がめちゃくちゃ失礼なのは間違いないっすけど、今回の調査については連中は被害者っす。本国の連中、開拓にかこつけて白い翼の連中を辺境星系に追い出すつもりかもしれないっす」
『かもしれない』という部分が『高確率でそうなる』と聞こえた気がする。
自力センサーも勘の鋭さもない連中が調査船に乗ったら、事故の確率が高くなる。
事故で人員を失っても国の命令を果たすために人を補充し続け、その末に開拓が始まりなんとか成功したとしても、開拓直後の貧しい星系に集団移住、という展開になるのかもしれない。
「ああいうのがご近所さんになるのは嫌だよ」
今日の仕事は終わっているので、ベリルが個人としての感想を口にする。
「そうね」
「そうにゃ」
「「「そうにゃ!」」」
ブルネットもキンも、話を聞いていた船長猫耳たちや拿捕猫耳たちも、同じ気持ちのようだ。
俺は、スッスから受け取ったデータとベリル運送の財務状況のデータを何度も確認してから、言いたくはないが言う必要がある内容を口にする。
「しかしあの連中は金を持っています」
正確に表現するなら『銀河帝国から予算を与えられている』になる。
「調査をする上では独自の拠点も欲しいでしょうし、調査で成果が出れば星系開拓も始めるかもしれません。特大デュプリケーターを所有する民間企業は、この近くにはベリル運送しか存在しません。パーツや物資を売りつけて儲ける、絶好のチャンスです」
「「「にゃあ……」」」
心底『やりたくない』という気持ちの鳴き声が、大きく響く。
だが、俺にも俺の娘にも時間はそれほど残されていない。
娘が人間として育つための環境を手に入れるため、俺はまず、猫耳に対する説得を始めるのだった。
前回から変化なし




