62.猫耳社長、潜入失敗
「僕に任せて! 学校に通っているときから襲撃計画を考えてたんだ!」
ベリルはあまりに自信満々なので、俺もキンもベリルにすべて任せてしまった。
後で聞いたブルネットが、治療ポッドでも消えない疲労に耐えながら、すぐに追いかけるよう言ったが既に遅かった。
一日に一度は『無事だよ!』という連絡が届くのだが、それ以上の連絡がまったくない。
母港に残った俺たちは、巨大学園への襲撃準備を中断してベリル社長の捜索を始めようとした。
「先輩、奥方さま! 通商の第2営業艦隊から通信要求っす!」
そんな状況でスッスが報告してきた。
大きな画面に、光翼と星2つが映っている。
銀河通商の一部門であり、第7営業艦隊より(少なくともトップの権力は)非常に大きい組織である艦隊からの通信要求だ。
「ベリル社長が不在のときはブルネットとキンさんが責任者ですが……」
『この体調で大組織の権力者とやりあうのは無理よ。キンはどこ?』
治療ポッドが全力稼働しているので、ブルネットの口は動かず、この発言と声も文字入力とAIによる音声出力だ。
『ただいま留守にしてるにゃ』
明らかな肉声で、しかしふざけている気配のない、苦手な仕事の回避に全力になっているキンの声が通信で聞こえた。
「えーっと、どうしましょう。総司令を待たせるのは怖いっす」
「そういえばスッス。なんでコランダム司令ではなくコランダム総司令なんです? 艦隊のトップなら、司令か提督だと思うのですが」
俺は現実逃避ぎみにスッスに質問する。
「今はそんなこと聞いている場合じゃないと思うっすけど……。第1営業艦隊は大昔からの顧客の相手が中心で、通商の艦隊は第2営業艦隊が実質のトップなんっす。それを対外的に分かりやすくするために司令じゃなく総司令って呼んでるっす」
『サルさん。申し訳ないけど、ベリルちゃんが帰ってくるまでベリル運送の指揮をお願い』
「謹んでお受けします。社長代理として最初の命令です。ベリル社長がどこに行ったか教えていただいても?」
「あの、先輩」
スッスが本当に困った顔をしたので、俺はまず通信要求に答えることにした。
『えへへ』
何故か、ごまかし笑いをするベリルが映し出された。
ベリルと一緒に出かけたはずの船長猫耳や拿捕猫耳(どちらも全体の7割程度は母港に残っている)も、いたずらがバレたときのような顔をしている。
「社長。お元気そうで何よりです」
ベリルの顔色にも目の動きにも異常を感じない。
服装が普段の金属服ではなく、オーダーメードされたのかと思うほど似合っているお洒落な服で、肌や髪がつやつやと生気にあふれているが変わっているのはその程度だ。
……ずいぶん変わっているな。
『う、うん。母港はだいじょうぶ? こっちはだいじょうぶだよ! ね、みんな!』
『『『にゃ!』』』
ベリル社長より年下の猫耳の方が、面の皮が厚いことに初めて気づいた。
『そろそろよろしいでしょうか』
聞き覚えはあるが、このタイミングで聞くことになるとは思わなかった声が聞こえた。
「これはコランダム総司令。ご無沙汰しております」
俺は深く頭を下げてから、正面から向かい合う。
コランダムに少し赤面され、恥ずかしげに光翼を上下されてしまい、俺は表情を引きつらせそうになる。
ブルネットの機嫌が急降下したのが、『見』る必要もないほどはっきり分かったからだ。
『はい。再びお会いできて嬉しいです。このような再会でなければ、両手をあげて喜べたのですが』
コランダムは困った顔をする。
ベリルは冷や汗を流す。
他の猫耳たちは、艦橋スタッフらしい光翼人間たちにお菓子やお茶をふるまわれている。
「事情を、お聞きしても?」
俺は、緊張で胃に痛みを感じながら、頑張って営業スマイルを維持した。
『実は、ブラックマーケットの情報網に、猫耳の新規入荷の情報が流れたのです』
巨大学園の新入生と書いて、新規入荷と読むわけだ。
そんな場所に通って無事に戻ってこられたベリルは、ブルネットの知恵や本人の努力がもちろんだが、本当に幸運だったのだと思う。
「それは、もしかして、ベリル社長が変装して新入生として潜入しようとした、と?」
ストレスで顔がひきつり、胃が痛む。
コランダムは申し訳なさそうな表情で、こくりと頷いた。
「コランダム総司令。義妹と仲間たちを助けてくださり、本当にありがとうございます」
俺は深く、全力で頭を下げる。
機嫌を損ねていたブルネットも、向いていないので外交に近い交渉とは関わらないようにしていたキンも、最大限の感謝を行動で示す。
『3人とも顔を上げてください。飛び抜けて優秀な若者が暴走するのは珍しくありません。それを助けるのは、力を持つ者の権利です』
とんでもない上から目線だが、そんな態度でも問題視されないほどの実力差がある。
ベリル運送で、光速の1万倍で戦える船は6隻のみ。
銀河通商第7営業艦隊は、本隊64隻に加えて分遣艦隊が十数隻。
コランダムが直接支配している第2営業艦隊は、星系管制いわく『第7営業艦隊より数が多く船の性能も高い』らしい。
『ですがひとつだけ言わせてください。これほどの若者たちに、十分な医療を与えないのは先達として恥ずかしいことです。貴重な才能と能力が寿命で早く失われてしまうことは、人類社会全体の損失です』
可能な限りオブラートに包んだ反応であることが、『見』るまでもなく分かる。
「はい……」
俺は反論できないし、ブルネットもキンも同じだ。
ベリルは『身につけている技術と知識が高度すぎるため、それらに悪影響を与えない治療が高額すぎる』という理由があるし、若い猫耳たちは『寿命が来るのが十数年は後なので本人たちが治療を後回しにして他のことに金を使っている』という理由があるが、俺が強く説得しなかったのも事実だ。
画面の中の光翼人間たちが位置を変えている。
反省と後悔を噛みしめる俺たちの姿を、若い猫耳たちが目にしないよう、巧みに誘導していた。
『そういうわけですので、誠に勝手ながら、第2営業艦隊で治療を行いました』
「み゛っ」
スッスの変な声が聞こえた。
光翼が動揺して『ぱたたたっ』と上下している音まで聞こえる。
「改めて感謝いたします。治療にかかった費用は我々が責任をもって……」
『猿谷さま』
上品で、清楚で、そして底なし沼のような甘さを持つ声が、俺の耳をくすぐる。
『直接お会いできる日を、楽しみにしております』
潤んだ瞳のコランダムを最後に、通信が切断される。
翌日。
光速の1万倍で飛ぶのが普通の俺たちから見ても驚くような速度で、ベリルと猫耳たちが全員無事に母港へ届けられた。
☆
「「「にゃあ」」」
反省するベリルと猫耳たちの前で、俺たち大人組は頭を抱えていた。
「潜入に最初から失敗したベリルちゃんたちが海賊に捕まえられる前に、第2営業艦隊がベリルちゃんたちをまとめて確保した、ということ?」
「海賊の運び屋がフロント企業へ社長たちを引き渡す寸前に、第2営業艦隊が介入した形になります。その後受けた治療が……これは、どうにも」
生命力が強化され、予想寿命と予想健康寿命が100年以上伸びている。
副作用といえるのは、生命力がありすぎて年齢よりずっと若く見えてしまうことくらいだろう。
「第2営業艦隊は人材育成の一環として、優秀な人材の寿命を延ばす技術も持ってるっす。機材も人材もすごくて、身内価格でも、とんでもない額になるっすけど」
大人組の中では多少マシな精神状態のキンが、俺とスッスが見ていたタブレットを覗き込む。
「でも全部支払いずみにゃ? 結果として得したにゃ?」
「キンさん。これはデカイ借りですよ。金銭を要求された方がマシだったかもしれません。ベリル運送の立場も戦力も、これからどんどん強化されていきます。コランダム総司令が持っている『白紙の小切手』は、時間経過で急速に価値が上がるはずです」
「いいえあなた。ベリルちゃんたち個人が、あの女に借りがあるのは悪いことばかりではないわ。借りがたまりすぎれば飼い猫にされかねないけれど、並の海賊では『コランダム総司令が直接便宜を図った猫耳』には手を出せないわ。ベリルちゃんから手を出した海賊なら、反撃はできるでしょうけどね」
「ほんとにそうかにゃ? あの総司令が便宜をはかったっつーか、狙ってるのは、どう考えてもサルにゃ」
「サルさんのことは、あの女も外に対しては隠すはず。これ以上競争相手を増やしたくないでしょうしね。ベリルちゃんたちは、海賊には『コランダム総司令が直接便宜を図った猫耳』に見えるはずよ」
ブルネットの言葉の内容は穏やかだが、声も態度も怒りに満ちている。
今日は、母乳ではなくミルクになりそうだ。
「……あの」
ベリルがおそるおそる挙手する。
「反省してます。しばらく大人しくします」
猫耳も尻尾も反省モードだ。
俺は、ベリルの失敗ではなく、ベリルが体を小さくしているのに、本気でムカついた。
ベリルに任せたのは俺とキンなんだ。
もっとデカイ顔をすべきだ。
「いいえ、大人しくはしないでください」
ベリルと目の高さを合わせる。
怒りを向けられて『いない』ことに気づき、ベリルは少し落ち着く。
「ベリル運送も、ベリル社長自身も、今は攻めるべきです。一度失敗したからこそ、外に対し弱気を見せてはいけません。……キンさん」
「おう! これ、ベリルが出かけている間に、にゃーのダチに作ってもらった作戦にゃ。……いけるにゃ?」
キンが手書きの書類の束を渡す。
最初は借りてきた猫のように大人しく、それを受け取り目を通していたベリルは、失敗して気弱になっていた猫耳から、野心あふれる猫耳に急速に変化する。
「2隻の船を使い捨てちゃうけど、いい?」
「ベリルが社長にゃ」
「私は最初からベリルちゃんに賭けてるわよ?」
「社長が決断したら全力で実行するだけです。派手にやりましょう」
ベリル運送の首脳陣は、俺を含めて基本的に好戦的だ。
その日のうちに、攻撃艦隊が出撃した。
☆
ベリルの失敗は、海賊の運び屋の関係者(運び屋は第2営業艦隊に処分されたので既にいない)により広く知られることになった。
海賊どもは嘲笑し、ベリルを猫耳の希望と考えていた猫耳社会は消沈した。
そんなベリルが、海賊のフロント企業が経営する巨大学園に、小型のステルス船と特大輸送船を差し向けた。
嘲笑はしても警戒はしていた海賊が、学園の正規の戦力である武装衛星ではなく、海賊自身の船でステルス船と特大輸送船を拿捕する。
武装衛星では破壊しかできないので、経済的には妥当な判断だ。
同時に、政治的には最悪な判断でもある。
「社長。無人のまま先行させた2隻が拿捕されました。拿捕の際に複数の賞金首の海賊を確認。情報はリアルタイムで銀河通商と共有中です」
「うん」
俺の報告に、ベリル社長が静かに頷いた。
「作戦通りだね。海賊船は学園の港湾区から出撃した。これで『海賊に占拠された学園を救うために、一時的に学園を拿捕する』ための大義名分が成立したよ」
社長の笑みが濃くなる。
「いいね。すごくいい。……キン姉、準備は?」
「ばっちりにゃ。実はにゃーも、一度学校に行ってみたかったのにゃ」
「今のキンさんなら講師として就職できると思うっす」
艦橋の空気は適度に引き締まっている。
油断はなく、自信過剰もなく、実力を出せる状況だ。
「じゃあ始めるよ! 第一目標は巨大学園のデブリ網および武装衛星! 戦術『いつもの』でいくよ!」
ベリル号と猫巡洋艦4隻が加速する。
光速の1万倍ちょうどで等速飛行へ移行し、膨大なデブリと、結構な数の武装衛星に対し、微量のタキオン粒子を撃ち出していく。
「先輩、普段より射撃の狙いがいい感じっす!」
「これも治療の成果ですか」
俺たち5隻が減速する。
既に撃ち出したタキオン粒子はそのままの速度で目標へ向かう。
「サルくん、拿捕させた船を2隻とも自爆させて。同時に僕の『宣戦布告』を巨大学園全体に対して放送開始!」
「了解です!」
船の自爆による2つの爆発が、多数の海賊船を大破に追い込む。
多少破片は飛び散ったが、ベリルたちの計算通りに、巨大学園を覆うシールドで防御可能なサイズと速度の破片ばかりだ。
もともと距離が離れているから、巨大学園にいる一般人に被害はない。
船の爆発よりも大きな爆発がデブリ網のあちこちに生じる。
巨大学園の盾として機能していたデブリの大群が、爆発とデブリの破片に『押されて』、ゆっくりと巨大学園から離れていく。
既にタキオン粒子を食らって動きの鈍った武装衛星が、デブリに巻き込まれて小さな爆発を起こして散っていく。
「母校への表敬訪問のついでのスカウト、始めるよ!」
満面の笑みを浮かべたベリルが、半壊状態の海賊船に襲いかかった。
◆ BERYL ATTACK FLEET
規模:2 防衛:5 遠征:9
◆ BERYL THE GREAT MK3
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:0 / 居住:4 / 船倉:0 / 兵装:5
◆ CAT CRUISER *4
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:2 / 居住:1 / 船倉:1 / 兵装:4
◆ CREW
ベリル |船長Lv3 [財産Lv2]※治療完了
サル |操縦Lv5+[衰弱Lv3]
キン |整備Lv2+[白兵Lv2]
スッス |操縦Lv3-[医療Lv2]
船長猫耳ズ|船長Lv2 [猫語Lv1]※治療完了
拿捕猫耳ズ|整備Lv1+[白兵Lv2]※治療完了
猫耳の下僕|操縦Lv3-[信仰Lv2]
◆ BERYL DEFENSE FLEET
規模:3 防衛:6 遠征:5
◆ BERYL THE GREAT MK2
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:2 / 居住:2 / 船倉:2 / 兵装:4
◆ OTHER SHIPS
船体:4 *1 / 船体:2 *8 / 船体:1 *7
◆ CREW
ブルネット|射撃Lv2 [事務Lv2]※治療中
拿捕猫耳ズ|白兵Lv2-[整備Lv1]
船長猫耳ズ|船長Lv2-[猫語Lv1]
猫耳の下僕|操縦Lv3-[信仰Lv2]
ブラン |秘書Lv1 [衰弱Lv1]
◆ CREW IN TRAINING
母猫耳ズ |市民Lv1+[衰弱Lv2]
救助猫耳ズ|学生Lv1+[衰弱Lv1]
新人猫耳ズ|船長Lv1 [従順Lv2]
猫耳幼児ズ|学生Lv1 [猫語Lv1]
新人下僕ズ|操縦Lv1-[信仰Lv1]
◆ GUEST
野良猫耳ズ|白兵Lv1-[衰弱Lv2]
◆ CAN BE PRODUCED
装甲:2
◆ BERYL HOME PORT(3/3)
権利:1 / 規模:2 / 装甲:0 / 修理:3 / 居住:3 / 備蓄:0 / 兵装:3




