60.銀河に響く産声
成り上がりを誓ったあの日から数カ月。
ベリル運送の母港で、新たな産声があがった。
【み゛に゛ぁぁぁっ!】
耳を塞いでも届く【声】が、とんでもない大音量で母港だけでなく周辺宙域に響く。
居住区にキャットタワーじみた寝床をつくっていた拿捕猫耳たちが驚いて転落しかかり、カイパーベルトをパトロールしていた船長猫耳たちが驚いて操縦をミスって慌てて進路をもとへ戻し、自力センサーがあるぶん【声】をまともに聞いてしまった猫耳の下僕たちが薄れる意識の中で歓喜の祈りを捧げた。
そんな混沌とした状況で、俺は医務室に向かって走っている。
もちろん医者兼産婆から許可は得ている。
許可というより、緊急呼び出しを受けたんだ。
ドアが自動で開く。
【声】で頭がくらくらする。
しかし、元気な泣き声の源を肉眼で見た瞬間、腹の底から頭のてっぺんまで感動が突き抜け、目から熱い涙があふれた。
「うまれてきてくれてありがとう! 本当に、ありがとう!」
「そういうのは後でして欲しいっす! 赤ん坊は超健康! 奥方さまは【声】を至近で浴びて逝きかけてるっす!」
それはまずい。
ブルネットと共に生き抜きたいとかそういう思い以前に、『この瞬間にブルネットが満足して命を諦めかねない』からだ。
俺に置き換えると『ブルネットと子供の邪魔になるものすべてを滅ぼした代わりに死にそうになっている』状況だ。
格好良い死に様を迎えられそうで、死の恐怖ではなく安堵と喜びを感じている可能性まであった。
「ブルネット!」
家族一緒に生きたいという思いを込めて呼びかける。
ブルネットは汗びっしょりの疲れ果てた顔で、優しく、満足した微笑みを浮かべた。
「まずいっす!」
出産直後の赤ん坊に必要なことを手際よく終わらせたスッスが、顔色をさらに悪くする。
赤ん坊は、あの大出力の【声】が嘘のように、高度技術で作られた新生児用ベッドで熟睡している。
病室に、いや、母港全体に、清らかな光が満ちていく。
俺とブルネットの結婚式で加護を与えてくれた存在が、新しい命を祝福するために姿を現したのだ。
生身で宇宙に出ても傷ひとつつかない体も、生身のまま超光速を出せる光翼も、人間と比べて明らかに上位の存在だった。
【ようこそ、この銀河へ】
歓迎されたのは俺とブルネットの子だが、母港にいる人間も母港の周辺にいる人間も拒絶はされていない。
歓迎の余波である、うっすらとした祝福だけで、健康寿命が1年は伸びた気がした。
【……完璧です】
俺の隣に降り立った上位存在……ただし自認は人間であり銀河通商に勤めているリゼーレが、無表情のまま得意げに【ぱたぱた】と光翼を動かした。
その光翼が俺の肩に当たって、全力疾走と出産への心配で心身ともに疲労していた俺がよろけてリゼーレに寄りかかってしまったのは、単なる偶然と断言できる。
【っ!】
リゼーレが俺を立たせて離れようとする。
俺も気付いて離れようとするが、体に力が入らず、逆に体重をかけてもたれかかってしまう。
【ちがっ……そういうつもりでは】
我が子の産声に比べれば控えめな音量だった【声】が、リゼーレの焦りを示すように急激に大きくなる。
そして、ブルネットが目を見開いた。
いつ息絶えてもおかしくなかったのに、『燃え尽きる前のロウソク』ではなく『着火直後の極太の松明』のように輝いている。
「他の女に、サルさんを、渡せるかぁっ!」
ブルネットが『俺に』飛びかかる。
リゼーレが両手をあげて降参と不介入を宣言する。
俺はブルネットを抱きとめはしたが勢いを殺すことはできず、ブルネットごと転倒して病室内で転がるのだった。
☆
母港とベリル運送を混沌に叩き込んだ『誕生日』の次の日。
疲れ果てたスッスが、株主総会の会場によろよろとやってきた。
「とりあえず、奥方さまは治療カプセルに放り込んで治療を始めたっす。ほっといても根性で生きる気はしたっすけど、普通の人間なら確実に即死してる状態だったっすから」
「あれ治療カプセルなの? スッスが脳への知識焼き付けに使ってたから、そっちの装置だと思ってた」
社長兼CEOの席に座っていたベリルが席から離れ、蒸しタオルと麦茶(正規輸入品)をスッスに渡す。
「どもっす」
スッスは蒸しタオルで顔を拭いて顔の上に蒸しタオルを置く。
「あ゛ー。生き返るっすー」
力なく垂れていた光翼がもとの角度に戻ったので、効果はあるのだと思う。
「ところでリゼーレさんは?」
「有給が終わったのに出産待ちで出社してなかったので、通商の第7営業艦隊がトラクタービームで捕獲して連行していきました」
俺は素直にベリルへ報告する。
普通の人間だろうが上位存在だろうが社員は社員。
リゼーレを上位存在ではなく人間の社員としてみれば、有用すぎて解雇できない存在なので、第7営業艦隊は難しい現場に連行したのだと思う。
「会社からのお礼をしたかったんだけど、それならしかたないね。じゃあ今から株主総会を再開するよ。ブランせんぱ……んんっ、ブラン秘書官、スッスに説明をお願い」
金属服ではなく、地球人風の女性用スーツを隙なく着こなした成人猫耳が、礼儀正しく頭を下げてから説明を開始しようとした。
「もう体調いいんすか? 無理しちゃだめっすよ」
が、発言前にスッスに割り込まれる。
「はい。ご心配いただきありがとうございます、スッス先生」
スッスはベリル運送における唯一の医者なので、世話になっている人間はそれはもう多い。
銀河通商から『速達』で送りつけられた(知識の焼き付けにも使える)治療カプセルで医療知識と技術に磨きがかかった今、本当に欠かすことのできない人材だ。
「説明の邪魔してごめんなさいっす。続けてくださいっす」
周囲からの視線に気付いてスッスが頭を下げる。
自分自身の欲望に関係ないことに関しては、とても礼儀正しくはあるんだ。
「ありがとうございます。こちらをご覧ください。現在のベリル運送の戦力と人材は、このようになっております」
母港の全景やデータ、ベリル運送の構成員全員の氏名や能力評価の一覧が、複数の画面に分割して表示される。
人数的にはぎりぎりで中小企業と言い張れるかもしれないが、戦力もそれを支える生産力も、既に大企業の域にある。
「宇宙船は、修理待ちの船を4隻を修理しただけっすか? 他の10隻はどうしたっす? キンさんや整備班なら、ベリル運送の専用船を作る余裕もあったと思うっす」
スッスに煽る意図はないはずだ。
普段からキンや整備班を高く評価している。
「居住区の拡張に、学校区や港湾区の新造までしてたからにゃ」
「あー、そういうことっすか」
スッスは納得してキンに頭を下げて謝罪した。
「気にすんにゃ。つーか、これだけ拡張すると維持費も馬鹿にできねーにゃ。アテはあるにゃ?」
「キン姉。無理をすることになるかもしれないけど、海賊の賞金と拿捕で食いつないでも続けるつもりだよ。……これを見て」
ベリル社長は、複数の企業の戦力データを表示させる。
どれも大企業といえる規模であり、最も戦力が少ない企業で100隻近く宇宙船を保有している。
猫巡洋艦ほどの加速力はない船が大部分とはいえ、これだけ多いと大戦力だ。
「社長、これは?」
「ケモ耳プラントに出資した会社のリスト。銀河通商に『急がなくていいから安くして』という条件で依頼した調査の結果が、昨日届いたの」
ベリル社長の表情が怒りと嫌悪で歪む。
「ケモ耳プラントに地球人『ガチャ』をさせ、最後に証拠隠滅までした黒幕は、この中にいると思う。……サルくん、これがぜんぶ敵にまわったら、倒すのにどれだけの戦力が必要?」
「少し待ってください。計算します。……母港の防御を一切考えない場合でも、猫巡洋艦が16隻は欲しいです」
「サルくん。戦死者ゼロで勝つつもりなら、どう?」
「その場合は32隻です」
「おいサル。32隻なんて古参のパイロットや船長全員あわせても足りねーにゃ。コストも問題にゃ。戦闘一回でとんでもねー金が必要だし、維持するだけでもきついにゃ」
孤児院時代の金の苦労を知るキンが、心底嫌そうな顔になっている。
「キン姉。サルくんが必要と判断したなら本当に必要なんだよ。予想より必要な数がちょっと多いけど、今のままじゃパイロットも船長も足りないって予測は当たってた。だから人材を増やす必要があるし、戦力も増やさないとだし、戦力を支えられるだけの定期収入も必要なの」
熱心に語るベリル社長は、俺と出会った頃の頼りない零細企業猫耳ではない。
(……うん?)
ベリルがブランに表示させたデータを見ていた俺は、違和感に気づいた。
「社長。社員のスキルアップも目指すのは素晴らしいことですが、スキルアップをしたあとの社員の待遇が、これでは不十分かもしれません」
「え、そう?」
ベリルに人材を買い叩く気はなかったようだ。
手元のタブレットにデータを呼び出して考え込んでいる。
「サル。教育や環境を用意した分は働いてもらう、って理屈じゃ駄目にゃ?」
「数年だけならそれでも通用するかもしれませんが、ベリル運送は俺の死後も続いてもらわないと困ります。娘の人権を守る土台になるのは、ベリル運送ですからね。それを考えると、最初からスキルに応じた待遇にすべきかと」
あれから直接会えてはいないが、警戒心皆無で乳を飲み、世話をされ、無防備なまま寝るのを回線越しに見ると、心配ばかりが強くなってくる。
「んー、でも、これ以上給料あげるときついよ?」
「通商の第7営業艦隊が取り締まりを厳しくすれば、黙認されている密輸が駄目になって生活費が高騰します。そのときに今の待遇のままなら、第7営業からの引き抜きに応じる船長が出かねません。生活水準、特に食事の水準を落とすのは非常に厳しいですよ」
個人的には、母港から引っ越す気がなくなるほど母港の住みやすさを向上させたい。
娘が歩けるほど成長したときに、のびのび遊べないような母港は嫌だしな。
「……上げるしかないか。きついなぁ」
「にゃーも贅沢に慣れちまったから、理屈は分かるにゃ」
現在治療中のブルネットを除けば、ベリル運送で最も権力を持っている猫耳ふたりが頭を抱えている。
「サルくん。意見、ある?」
「意見というほどでもないですが、とにかく金ですね。今はどこからも戦争をしかけられていないので、大企業や大物海賊との繋がりのない海賊を狙って、賞金と拿捕狙いでいくくらいしか、思いつきません」
将来の艦隊拡張を考えれば人材は不足しているが、人材になりそうな猫耳は確保している。
自力センサー持ちである下僕たちも、地表に対する布教とスカウトにより新たな下僕候補を集めている。
今は、彼女たちが人材になるまでの時間と金を稼ぐ必要がある。
幸い、あのとき母港周辺にいたのはベリル運送と銀河通商の関係者だけだった。
娘の【声】については、リゼーレが口止めと通信記録の処理をしてくれた。
運が良いのか産声が例外だっただけかは分からないが、娘は【声】ではなく普通の声で泣いている。
娘の高すぎる価値が知れ渡るまで、まだ数年の余裕はある、と思いたい。
「結局そうなるか。また遠征だね。レンタルや護衛の船は帰ったし、ベリル運送単独での仕事かー」
ベリルは口では残念そうに言っているが、口元には笑みが浮かんで牙が見えている。
「にゃーも遠征に参加するにゃ。工事ばかりだと戦い方を忘れそうになるにゃ」
キンは自然体のまま戦意をみなぎらせる。
俺たちベリル運送の生業は拿捕ビジネスだ。
散々横道にそれてしまったが、いつも通りの仕事を始めるだけだ。
「実は地球艦隊から、開拓中に星系に近づく海賊の偵察船が増えてるって相談を受けているんですよ」
俺の言葉を聞いたベリルとキンが、肉食獣の笑みを浮かべた。
◆ BERYL ATTACK FLEET
規模:2 防衛:5 遠征:9
◆ BERYL THE GREAT MK3
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:0 / 居住:4 / 船倉:0 / 兵装:5
◆ CAT CRUISER *4
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:2 / 居住:1 / 船倉:1 / 兵装:4
◆ CREW
ベリル |船長Lv3-[借金Lv1]
サル |操縦Lv5+[衰弱Lv3]
キン |整備Lv2+[白兵Lv2]
スッス |操縦Lv3-[医療Lv2]
船長猫耳ズ|船長Lv2-[猫語Lv1]
拿捕猫耳ズ|白兵Lv2-[整備Lv1]
猫耳の下僕|操縦Lv3-[信仰Lv2]
◆ BERYL DEFENSE FLEET
規模:3 防衛:6 遠征:5
◆ BERYL THE GREAT MK2
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:2 / 居住:2 / 船倉:2 / 兵装:4
◆ OTHER SHIPS
船体:4 *1 / 船体:2 *8 / 船体:1 *7
◆ CREW
ブルネット|射撃Lv2 [事務Lv2]※治療中
拿捕猫耳ズ|白兵Lv2-[整備Lv1]
船長猫耳ズ|船長Lv2-[猫語Lv1]
猫耳の下僕|操縦Lv3-[信仰Lv2]
ブラン |秘書Lv1 [衰弱Lv1]
◆ CREW IN TRAINING
母猫耳ズ |市民Lv1+[衰弱Lv2]
救助猫耳ズ|学生Lv1+[衰弱Lv1]
新人猫耳ズ|船長Lv1 [従順Lv2]
猫耳幼児ズ|学生Lv1 [猫語Lv1]
新人下僕ズ|操縦Lv1-[信仰Lv1]
◆ CAPTURED
◆ Small Stealth Ship
船体:2 / 跳躍:2 / 航続:4 / 装甲:1 / 居住:2 / 船倉:2 / 兵装:1
◆ Huge Transport Ship
船体:4 / 跳躍:2 / 航続:4 / 装甲:1 / 居住:2 / 船倉:5 / 兵装:1
◆ CAN BE PRODUCED
装甲:2
◆ BERYL HOME PORT(3/3)
権利:1 / 規模:2 / 装甲:0 / 修理:3 / 居住:3 / 備蓄:1 / 兵装:1
※母港用のタキオン砲の在庫あり




