6.食事チートと猫耳と
『ご覧くださいっ。長年、第3惑星周辺を支配していた宇宙海賊が、虐殺されています!』
BGM代わりに流していた星系ニュースが騒々しくなった。
猫耳をぴくりと動かしたベリル社長が、おそらく無意識の動きで『うっとうしそうに』音量を一番下まで下げた。
「虐殺できてるんですかねえ」
機関砲を一瞬だけ使い、左にいくとみせて思い切り右に回って海賊船と距離をとる。
結構な大きさの海賊船が、ざっと数えただけで20を超えるレーザー砲で迎撃しようとする。
合計8つ撃ち出されていた弾の半数が沸騰して弾けて明後日の方向へ向かい、残りの半分がレーザーというエネルギーの圧に負けて海賊船直撃コースから逸れる。
残りは弾がふたつ。
強力なシールドに致命的な亀裂を入れるのにひとつ。
シールドを粉砕して居住区画を中心に船体に大穴を開けるのにひとつ。
直前まで殺意と恐怖にまみれた悪口雑言を垂れ流していた海賊艦隊旗艦は、無惨な残骸と化して何もない方向へ流れていった。
「海賊の生死より回収できるかどうかだよね。キン姉、回収いけそう?」
ベリル社長は、星系のあちこちからの問い合わせに応じたり無視したりしながら身内と連絡までしている。
『無茶言うなにゃ。あの速度で船外活動したらにゃーでも事故して死ぬにゃ』
ベリル運送第2の船である、猫の巣号からの連絡だ。
武装もないし操縦もほとんど自動操縦だが、海賊に襲われてもベリル号の救援が間に合う程度には頑丈だ。
「頼りにならないなあ」
『ベリルおめー、サルの奴で感覚麻痺してるから自覚しろにゃ。おめーの船で海賊団ひとつぶっ殺すのは、腕も頭もイカレてる奴にしかできねーにゃ』
「俺は頭はイカレてませんよ。最近は睡眠不足も解消されてますし」
俺は頭をほとんど使わずコメントしながら、海賊の生き残りを追撃する。
威圧的な塗装の小型船が2隻、猛烈な勢いで加速中だ。
砲塔式のレーザー砲のレンズがこちらを向いて、文字通り光速のレーザーがベリル号を狙う。
100パーセントの回避は無理だ。
しかし、レーザーの狙いを修正するより早く動き続けるのは簡単だ。
光速の2割で飛んでも機能する俺の勘は、1光秒先のレーザーがどこに向かっているかくらいは簡単に分かる。
ベリル号の向きを少し変えると、塗装がわずかに剥げただけでレーザーによる被害が止まった。
「距離の割に威力が強いですね」
「使い捨てのつもりでレーザー砲を使ってるみたい。……どうしようサルくん。惑星の近くでは戦うなって、惑星の政府が文句つけてきてる」
『第3惑星の政府は海賊とずぶずぶにゃ』
「このまま戦うと仕留めるのに時間がかかりそうです。タイパ重視なら別の海賊を狙うのもアリだと思います」
惑星に被害を出さずに海賊船だけ仕留める自信はあるが、短時間で仕留める自信まではない。
『ちょっと待つにゃ。2番目の大きな残骸、おめーの腕なら回収できないかにゃ?』
「キン姉! 社長は僕だよ!」
ベリルの尻尾が激しく動き、俺の操縦席を背後から何度も叩く。
壮絶なGも受け止める操縦席が揺れるのを感じ、俺は海賊艦隊と戦っているときより緊張した。
「社長、判断するのは社長ですから。えーとですね、残りの海賊と、何か言っている惑星政府を無視していいなら、今から追いついてアンカーワイヤーで引っ張れます」
『じゃあ頼むにゃ』
「キン姉!」
ベリルが落ち着いて命令が出せるようになるまで、俺は生き残りの海賊船に近付いては離れるのを繰り返して嫌がらせを続けていた。
☆
『すっげー! 戦闘機に載せられるサイズのアンカーワイヤーでマジで引っ張ってきやがったにゃ!』
残骸を牽引しながら猫の巣号と合流すると、注意して聞かないと『にゃーにゃー』としか聞こえない興奮した声が出迎えた。
『こうしちゃいられねーにゃ! おめーとおめー、にゃーについてくるにゃ!』
猫の巣号にはベリル号とは違ってEVA(宇宙船外活動)用のハッチがある。
そこから大人ひとり、幼児ふたりの宇宙服着用猫耳が、ここまで牽引されてきた残骸めがけて飛び出した。
「ちょっ!?」
俺の顔面がひきつり、胃が強いストレスに苛まれる。
ワイヤーに巻き込んだり、ワイヤーが外れてしまったら、EVA中の3人が死んでしまう。
大人なら自身の決断の結果だと割り切ることができるが、子供どころか幼児な2人が死ねば、俺は間違いなく死ぬまで引きずる。
「どしたのサルくん。ひょっとして心配してる? 僕らみたいな猫耳にとっては簡単なことだから、心配しなくていいよ?」
『うひょー! 密閉が破れてない船倉パーツにゃ!』
『にゃっ!』
『にゃーっ!』
『分かってるからおめーらも手を動かすにゃ!』
残骸が崩壊を始める。
溶かさない限り再利用できない装甲が遠方へ流れ、形を保った船倉パーツが宇宙に対してむき出しになる。
その周囲を、微かな噴射炎で加速する猫耳3人が飛んでいる。
『ベリル! 猫の巣号で回収するからそっちはテキトーに飛んで野次馬を追っ払うにゃ!』
「もうっ! 後でお姉ちゃんに叱ってもらうんだからね!」
怒鳴りあっていても信頼関係がある人たちを、俺は初めて知った。
☆
「「「にゃ~」」」
キャノピーを開けないと降りられないベリル号から、苦労して猫の巣号にやってきた俺を出迎えたのは、力なく地面に転がる猫耳たちだった。
特に金毛猫耳がひどい。
「キン姉?」
一発猫パンチをかましてやると息巻いていたベリルが、本心から心配そうにする。
「積み荷はサイボーグ用の特濃食料にゃ。まともに食えないにゃ」
「船倉パーツは売って良し、利用して良しの良品だったのだけどね。ベリルちゃん、サルさん、これが詳細なデータよ」
唯一転がっていない猫耳である栗毛猫耳さんが、ベリル社長と俺に1枚ずつタブレットを渡す。
ベリルの猫耳がぴんと立ち、尻尾が上機嫌に振られた。
「賞金より高い!」
「運送業で稼ぐなら売らないのもアリだと思います。買えばもっと高いですから」
「そうなんだよねえ。サルくんならどうする?」
社長の上機嫌は続いている。
新しいパーツや、まとまった収入は、どう使うか考えるのが楽しいよな。
「次の仕事次第です。この星系の海賊はだいたい狩りましたから、他の星系で賞金稼ぎを続けるか、運送業に力を入れるかで変わってきます」
「そうだよねー」
うんうんと楽しげにうなり始めるベリルから少し離れる。
後のことを栗毛猫耳さんに任せ、俺は船倉パーツ以外のチェックを始めた。
「機関砲用の弾薬はさすがにないか」
あれば弾を節約せずに済んだんだが。
俺はそんなことを考えながら、金毛猫耳が特濃食料と言った代物を確かめにいく。
猫の巣号の既存の船倉の隅に大量のカートリッジが積み上げられ、その一部が破損している。
そこから漂う香りは、塩と脂の蛋白質の濃い香りだ。
酸化しきった揚げ物のにおいともいう。
「おっちゃん! 力ないのにちかづくとあぶないにゃ!」
幼児がひとり走ってきて、俺を舐めてはいるが善意で声をかけてくる。
確かに、カートリッジが崩れると逃げる前に巻き込まれそうだ。
「ああ、気をつけるよ。ところで、このカートリッジはどう使うか知ってるかな?」
「じどーちょーりきでつかうにゃ! ついてくるにゃ!」
一般的な幼児がこれほど元気かどうかは知らないが、一般的な運動部の男子生徒並の速度で走っているので俺ではまったく追いつけない。
脇腹を痛くしながら走って追いつくと、猫耳幼児は『こいつよわいにゃ』という顔で俺を見上げていた。
「これにゃ!」
よく分からない機械を指さしている。
一番近いのは、ファミレスのジュースサーバーだろうか。
ただし、印刷されているのは華やかな飲み物ではなく、ディストピアなマズ飯だ。
「なるほど」
タブレットを操作すると機械の詳細が表示された。
自動調理器という名前の、3Dフードプリンタらしい。
元海賊船の備品であり、海賊どもはジャンクな味の『おかゆ』を作って食べていたようだ。
新しく登録されたのは孤児院で食べた『おかゆ』だけだが、長い間使われなかった結果、非表示になっていたメニューがあった。
「……なるほど?」
俺は、久々の自炊の時間だと直感する。
色も形も悪い鶏肉。
臭いも色もひどい生米。
正確には鶏肉や生米に似せた代替食品が、非表示だったメニューだ。
同じくもどきだが、野菜もどきと調味料もどきも質は低いがいけそうだ。
「ひょっとしてなにかつくれるにゃ!?」
俺の様子から察した猫耳幼児が鼻息を荒くする。
可愛らしさと獰猛さが両立するということを、俺は改めて知った気がする。
「君が協力してくれたら、確実にね。鍋と水はどこにあるか知ってるかな?」
「こっちにゃ! さいしょにたべさせるにゃ!」
最初に食べようとはしても独り占めはしそうにない部分に、俺は躾のよさを感じた。
☆
「いいにおいにゃ!」
「まだ加熱途中だ。もっと美味しくなるから待てよー」
「にゃー……」
鶏肉もどきは肉団子に加工して、野菜もどきは刻んで、生米も使って雑炊にする。
食材の質はサラリーマン時代よりずっと下だが、そんな食材を素人な俺が料理しても『おかゆ』よりはずっとマシな味になる、はずだ。
しばらく待って、火を止めてから、鍋からオタマ(として使っている洗浄済み工具)ですくって味見をする。
火は通っている。
米もどきは米っぽい味がするし、鶏肉もどきで作った肉団子は肉団子っぽい味がする。
「……及第点か」
お袋が味見をしたら無言で頭を抱える気がするが、独身の自炊飯ならこんなもんだ。
だらだらとヨダレを垂らしている猫耳幼児に急かされ、俺は鍋からオタマですくって『おかゆ』用の容器に入れる。
道具がないので、衛生面には少し目をつぶってもらおう。
「熱いからゆっくり食べろよー」
猫耳幼児は残像が見えそうな速度で何度も頷いてから、容器に顔を突っ込もうとしたので俺が慌てて止める。
悲しいことに、レンゲもスプーンもない。
「んっ、んんっ」
猫耳幼児の猫尻尾がピンと立つ。
それだけでなく、先端がプルプルと震え始める。
爛々と目を輝かせ、容器の端から肉団子を噛み取り、咀嚼して飲み込み、喉をごろごろと鳴らす。
肉団子を飲み込んだ後も機嫌はそのままだ。
雑炊を少しずつ、惜しむように少しずつ味わい、涙まで浮かべていた。
「調理の知識が失伝してたのかねえ」
富裕層は料理らしい料理を食べているらしいので、人間の手で料理する技術が一般的でないだけかもしれない。
俺は肩をすくめて自分の分を器に入れようとして、殺意と表現してしまいそうになる、強い視線を多数感じた。
「サルくん、それ何かな?」
「おめー、それ、全員分なけりゃ戦争不可避だにゃ」
「サルさん。私がお手伝いしますので、大至急調理を始めてください」
3人の猫耳の後ろには、獰猛な肉食獣の表情をした猫耳幼児たちが、どう考えても人数分の雑炊が残っていない鍋を凝視していた。
☆
「腕が上がらん」
普段の食事の倍以上の量を料理した後、俺に残ったのは疲労だけだ。
体のあちこちが筋肉痛で痛い。
「ごちそうさま! サルくん! 食べないなら僕が食べるよ!」
俺の分の雑炊を前にしているのに、調理の疲労で手が動かない俺に、ベリルは無情な言葉をかけてくる。
今食べないと栄養不足で倒れそうだ。
俺が雑炊を死守すると、ベリルは露骨に落胆した。
「次の食事当番もサルさんにお願いしてよいかしら?」
「勘弁してください。作り方は教えますから」
海賊相手に戦っているときより、命の危険を感じる。
「ベリルのじゃなきゃにゃーの料理番にしてたにゃ」
金毛猫耳が腹を大きくして床で寝ている。
言葉だけなら偉そうかもしれないが、実際は単なる大食いの駄目猫耳だ。
金毛猫耳よりマシだが、幼児たちも食べすぎでダウンしている。
「キン姉!」
「妹のものを盗む趣味はねーから安心するにゃ」
金毛猫耳は自堕落に振る舞うが、目だけは真剣だ。
自分のタブレットを操作してから、目立たないよう俺に渡してくる。
タブレットに表示されているのは、星系内のニュースだ。
「強化パーツが高騰?」
「そっか。サルくんと同郷のひとたちが……。サルくんの活躍が広まって、評価が急増したんだと思う。この星系の海賊が購入したら、どうしよう」
気づいたベリルが顔色を悪くした。
「いえ、おそらく期待ほどの性能はないはずです」
自称地球防衛艦隊の戦闘機パイロットは強かった。
おそらく元戦闘機パイロットで、パイロットとしての素質も技術も俺とは比較にならないほど上だった。
しかし、俺のような勘はなかった。
もし俺のような勘があるなら、俺もベリル社長もベリル号も逃げられずに撃破されていたはずだ。
「だったらいいのかな?」
「助けられないのは無念ではありますがね。生体パーツを購入した海賊を優先して潰せば、海賊ではない購入者もびびったりしますかね?」
「どうだろ? やる価値はある、かな?」
「海賊は大量にいますし、獲物を選ぶときの判断材料に加えてもいいかもしれませんね」
俺とベリル社長の雑談によって、次に破滅する海賊が決定した。
◆ BERYL THE GREAT
船体:1 / 跳躍:3 / 航続:1 / 装甲:0 / 居住:1 / 船倉:0 / 兵装:2
◆ CAT'S NEST
船体:2 / 跳躍:2 / 航続:2 / 装甲:2 / 居住:2 / 船倉:1 / 兵装:0
◆ CREW
ベリル |船長Lv1 [借金Lv2]
サル |操縦Lv3 [疲労Lv4]
栗毛猫耳|射撃Lv1 [借金Lv1]
金毛猫耳|白兵Lv1 [借金Lv2]
妹猫耳ズ|白兵Lv1 [未熟Lv3]
◆ SALVAGED ASSETS
船倉:1




