36.地球人の惑星
隣接星系への地球人植民計画が公開されると、艦隊だけでなく地球人全体が大騒ぎを始めた。
宇宙人が隙を見せたと判断して策を練る者。
これぞ救いの手と信じ込んで猫耳信仰へ走る者。
宇宙人など信じられないと叫んで怒りと恨みをつのらせる者。
銀河通商が雑に投げ与える資源を『己の権利』と勘違いし、今こそが真の平和な時代と考え、数十年後に地球から退去させられる現実から目を逸らす者までいる。
それでも、限られた選択肢を冷静に検討し、家族や部下を連れて移住する準備を始める者もいた。
「なんか、悪意強すぎないかな?」
式典用の金属服の上にマントを羽織ったベリルが、頑張ったのに期待した反応がなかったような顔になっている。
「世の中こんなものですよ」
俺は、最初にベリル社長に会ったときとは別のスーツ姿だ。
猫耳用金属服は俺の体型にあわないので普段はパイロットスーツや作業着で暮らしているが、今日の分は銀河通商から購入した。
「ベリルちゃん。植民の初期段階なら10万人もいれば十分よ。植民完了時点で1億人もいれば成功の部類だし、計画賛同者だけ参加すればいいと思うわ」
ブルネットにとって地球人の行く末は他人事なので、かなり気楽な態度だ。
なお、以前の交渉で地球の指導層を殺しかけたので、ブルネットは今回お休みだ。
「いいのかなあ」
「社長。会談の相手は百戦錬磨という表現でも足りない政治家連中です。一方的に計画を伝えるだけでいいですからね。仏心を出したら確実に利用されると思って下さい」
「同じ種族のサルくんにそこまで言われるの? ちょっと怖いかも」
銀の猫耳と尻尾が気弱になっている。
「社長の左右に、ハイレベルパイロットの先輩と、銀河通商の主要種族の自分が控えていれば、よほどの馬鹿じゃない限り馬鹿はしないっす!」
スッスが光翼を『ぱたぱた』させている。
かつて地球人は、自分たちの有力者が海賊を招き入れるのを阻止できなかった。
その結果が地球の所有権の喪失であり、人権の喪失だ。
俺は地球人が馬鹿だとは思わない。
だが、こんな状況で賢明でい続けられるほど強いとも思えない。
(うまくいけばいいんですが)
猫耳幼児の教育のために演じていた穏やかな口調が、思考にも反映されていることに、ふと気付いた。
「ブルネットお姉ちゃん、通信を繋げて! 気は進まないけど、一度くらい顔をあわせて説明しないとね。サルくんは戦闘モード! スッスはなんかそれっぽくお願い!」
「了解です」
「了解っす!」
地球出身の俺と光翼人間のスッスを従えて正面を見据えるベリル社長は、本当に威風堂々としている。
社長を銀河最底辺種族と舐める奴がいるとしたら、それは馬鹿か命知らずだ。
ベリルを舐めたら俺が報復するからな。
「うん? サルくん化粧とかした?」
「いえ。それより、すぐに通信が繋がりますよ」
戦闘モードの俺を見上げようとするベリルを、俺とブルネットがふたりがかりで正面に向かせていた。
☆
会談は2時間もかかった。
「みゃあ」
通信が切断された直後、ベリル社長はマントを毛布のように扱いその場で寝転がる。
俺は己の両膝に手をついて何度も深呼吸して、スッスは「終わったっすか?」と言って『無』だった表情をいつもの表情に戻している。
「本当にお疲れ様」
ブルネットが食べ物を運んで来る。
ベリルにはチューブ状容器に入った猫耳大好き食品。
俺やスッスには麦茶とサンドイッチだ。
「いやー、聞き流してても性格の悪さが分かるってすごいっす! 先輩、結局あの人たち何を言ってたっすか?」
「自称地球防衛艦隊を亡命政権扱いしている連中がそこそこいる、くらいですね」
俺の親戚に間接的に言及された気はするが、俺も親父たちも『特に利益は与えないが俺たちを理由に危害を加えられたら報復はする』という方針だ。
そのために銀河通商に安くない金を払っているので、地表の政府や政治家に払う金も便宜もない。
「めんどくさいー! かかわりたくなーい!」
容器をいくつか空にしたベリル社長が、少しだけ回復した。
「あなた。今日はベリルちゃんを連れて行ってくれないかしら。今のベリルちゃんには気晴らしが必要だわ」
今日のブルネットは、珍しく優しい姉の態度だった。
「ですが、ベリル社長なしだと話が進まない件がいくつもあるはずです」
心身のどちらかが壊れそうならベリルを優先するが、現状だとベリルにもう少しだけ頑張って欲しい。
「ベリルちゃんの判断が絶対に必要なこと以外は私が処理しておくわ。……それでいいかしら?」
ブルネットが優しく尋ねると、ベリルが猫耳幼児にそっくりな仕草で頷いた。
「サルさんは急いで戦闘モードを解除してね?」
そう囁くブルネットは、ちょっと怖い。
俺は慌てて咳払いをして、ブルネットとのふたりの時間を思い出して戦闘モードを解除……できない。
最近、ふたりきりのとき、ブルネットにリクエストされて戦闘モードにすることが多かったからかもしれない。
「先輩、先にベリル号に行って準備するっす!」
スッスは戦闘モードのときの俺を直視しても、猫耳と違って普段通りだ。
「そうしましょうか」
俺はブルネットとベリルの視線から逃げるようにして、母港の至近に浮かぶベリル号へ移動する。
途中で宇宙服を着てEVA(宇宙船外活動)を行う必要があるので、結構な時間と体力を消耗することになった。
☆
地球人との関係は複雑だが、ベリル運送と地球人の艦隊との関係はかなり単純だ。
俺たちベリル運送は生存と利益を追求している。
地球人の艦隊は、国籍や派閥で争う余裕も手段を選ぶ余裕もなく、生き残りを優先しないとまず酸欠で死にかねない。
だから、ベリル運送の物やサービスが売れている。
ベリル号が元海賊船の船団を護衛しているのも、護衛というサービスを売っているからだ。
『こちら地球艦隊第2集団。貴艦の指揮に従う』
彼らにとっての正式名称は地球艦隊のようだ。
地球人の政府との関係が複雑なので、俺にはどの呼称が正しいのか分からない。
「こちらベリル号っす! 超光速移動中は慣れないとストレスヤバイっすから、乗組員の体調には特に気を付けて欲しいっす!」
『了解した』
スッスと向こうの司令官が話している間も、俺は周囲に意識を向けている。
敵がデブリを攻撃的に使ってから、自力センサーが必要な場面がとても増えた。
「ベリル。いい加減、ガキみてーに拗ねるのやめるにゃ」
今日は珍しくキンが同乗している。
「拗ねてないもん!」
普段は身内に甘えるときも控えめにしか甘えないベリルが、子供っぽくなってしまっている。
どうやら俺の予想以上にストレスを感じていたようだ。
俺の判断が間違っていて、ブルネットが正しかったな。
「目的地に到着する前には気持ちを切り替えるにゃ」
キンはベリルに毛布をかけてから、俺に振り返って俺がまだ戦闘モードであることに気付いて目を逸らした。
「お疲れ様です。ところでキンさん、社長が心配なのは分かりますが、母港を離れて良かったのですか?」
艦載機や離着艦施設の拡充だけでなく、母港に宇宙船を停泊させるための施設の建設など、母港ですべきことは多数ある。
宇宙船にエネルギー補給するときも、母港から極太のケーブルを伸ばして無理矢理補給しているくらいだしな。
「あの星系ででかいもの建てられるのはにゃーだけにゃ。通商は除いてだけどにゃ」
「高度な技術は高く売りつけるべきだと思いますが」
「そりゃもちろんにゃ。でもあの艦隊の連中には余裕がないにゃ。母港を見学させろってうるさかったにゃ」
「それは」
俺の声が冷たく響く。
多少の協力関係や取引関係があるとはいえ、ベリル運送の最重要拠点への出入りを望むなど論外だ。
「先輩先輩。殺意は抑えて欲しいっす。先輩の怒りは当然っすけど、連中も『実際に動いている宇宙港』を見たかったんだと思うっす。それでも正当化できないっすけど」
「……そうですか。面倒をかけてすみません、スッス」
「感謝は次の訓練のときにお願いするっす! ずっと前から、限界まで加速したかったんっす!」
「おめーもよくやるにゃ。光翼人間も遭難すりゃ死ぬにゃ?」
「長期間遭難すればっす! 自分が失敗する確率が10パーセントくらいで、先輩が救助に失敗する予想確率は1パーセントくらいっす! この程度のリスクは、ハイレベルパイロットを目指すなら安全すぎっす!」
キンの疑問に応えるスッスは、俺の目には100パーセント本気で本心にしか見えない。
「にゃー……。サルくん、そろそろじゃないかな?」
「そうですね。スッス、地球艦隊に減速の指示を。俺は目標地点周辺の海賊を狙います」
「っす!」
スッスの指示により地球艦隊が減速したのを確認してから、タキオン砲で恒星近くの惑星周辺を狙う。
俺は、ブルネットやベリルのように射撃は得意ではない。
それでも、宇宙船ではなくただの衛星なら、何度か撃てば当てることもできる。
「減速します」
ベリル号のエンジンが逆噴射する。
慣性制御は限界ぎりぎりまで作動中だ。
「にゃー。たぶん海賊全滅」
「地表には稼働中の基地があるにゃ。ぜんぶちっちぇーにゃ。大気圏が薄いから対空攻撃はできるけど、たぶん威力は弱いにゃ」
「地球艦隊でも占領可能でしょうか?」
なお、ベリル運送の場合、貴重な人材を危険な陸上戦に投入する気はないので占領自体不可能だ。
「にゃーに分かるわけねーにゃ」
「キン姉。あの惑星について分かっていることをまとめて、地球艦隊へ送ってあげて。僕らはあと数日護衛すれば依頼完了だけど……」
ベリル社長がいつもの調子に戻りつつある。
「うん。ここは恩を売るのとお金稼ぎの両方をしよう。サルくん、近くに海賊がいたらエンジンだけ狙い撃って。その位置情報を地球艦隊へ売ろう!」
「さすが社長」
油断していない海賊船のエンジンだけを狙い撃つのは、俺には無理だしスッスでもかなり怪しい。
だが俺なら簡単に退路を絶てるし、ベリル社長が撃ちやすい距離と方向を維持するのも簡単だ。
「さすがなのはサルくんだよ。……星系内の海賊船結構多いね。小さいから撃沈させずにエンジンだけ潰すのめんどくさいよ」
それでも命中率は100パーセントだし、エンジンだけ壊せた率も80パーセント超えだ。
「地球艦隊から返信があったにゃ。今から惑星に上陸して、採掘基地を建設するみたいにゃ。……動力は太陽光発電? 正気にゃ?」
通信を続けていたらしいキンが目を剥いている。
スッスもドン引きしている。
「本社や列強が持ってるようなとんでも技術の太陽光発電じゃないっすよね? それでいいんっすか?」
「スッスも操縦技術のためなら危険を冒すでしょ? 地球人は、避難場所の確保のためなら危険を冒せるんだと思うよ」
小型の海賊船のエンジンを破壊し、その船からの命乞いを平然と無視しながら、ベリル社長がしんみりと言う。
極薄の大気しか持たない惑星の地表に、この銀河基準では極めて原始的な採掘基地の建造が開始される。
零細企業や零細海賊と比べても見劣りする基地ではある。
キンの意見がなければ、建設途中で崩壊していた基地でもある。
しかしその基地たちは、現在の地球人が持つ技術のみで建設されている。
「ベリル運送にとっての優良顧客になってくれるといいですが」
「装甲の需要は山ほどあるにゃ」
「エンジンを潰した海賊船の需要もね!」
地表では、海賊の小さな拠点を相手に、地球人の軍人たちによる攻略作戦が始まっていた。
◆ BERYL FLEET
規模:2 防衛:4 遠征:3 ※母港防衛に戦力を割いているため
◆ BERYL THE GREAT MK2
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:2 / 居住:2 / 船倉:2 / 兵装:4
◆ CAT'S NEST MK2(4/4)
船体:4 / 跳躍:2 / 航続:4 / 装甲:4 / 居住:2 / 船倉:4 / 兵装:1
◆ CAT CLAW *5
船体:1 / 跳躍:2 / 航続:1 / 装甲:2 / 居住:0 / 船倉:0 / 兵装:2
◆ CAT CLAW CUSTOM *1
船体:1 / 跳躍:3 / 航続:1 / 装甲:2 / 居住:0 / 船倉:0 / 兵装:2
◆ BERYL THE GREAT
船体:1 / 跳躍:3 / 航続:1 / 装甲:0 / 居住:0 / 船倉:0 / 兵装:4
◆ CREW
ベリル |船長Lv2 [財産Lv2]
サル |操縦Lv4 [疲労Lv6]
ブルネット|射撃Lv2 [事務Lv2]
キン |白兵Lv2 [整備Lv2]
妹猫耳ズ |白兵Lv1 [整備Lv1]
新人船長ズ|船長Lv1 [猫語Lv1]
猫耳の下僕|操縦Lv2 [信仰Lv2]
スッス |操縦Lv2 [医療Lv1]
◆ CREW IN TRAINING
母猫耳ズ |学生Lv1 [衰弱Lv2]
◆ CAN BE PRODUCED
装甲:2
◆ BERYL HOME PORT(3/3)
権利:1 / 規模:1 / 装甲:1 / 修理:0 / 居住:1 / 備蓄:0 / 兵装:1
◆ EARTH FLEET
規模:3 防衛:2 遠征:1




