32.猫の爪号カスタム
「買ってしまった……」
ベリル社長が、爽快感と喪失感を同時に味わっている顔をしている。
賠償金を搾り取ったのに借金生活突入だから、当然ではある。
「装甲のデータ、すごい価格でしたね。……朝食はパン何個にします?」
「3個! 飲み物はいつもの温度でお願い!」
ベリルの機嫌は一瞬で直った。
現実逃避というべきかもしれない。
俺が少し遅くなった朝食を配膳していくと、お子様たちだけでなく、キンも情けない表情になっていく。
「今朝はこれにゃ?」
「焼き立てベーグルサンドとホットミルクです」
正確にはどちらも『もどき』がつくが、前者は材料を生成してから下僕たちが焼いたものだし、後者も猫耳向けに栄養と味を整えられている。
俺や下僕のような地球出身者に対しては「猫耳と同じ食事でも体に害はありません」と言い切って同じメニューで押し通す雑さがあるが、下僕たちの料理技術はたいしたものだ。
「野菜っぽすぎて食った気がしねーにゃ」
「「「かみごたえがあってうまいにゃ!」」」
猫耳幼児たちは、食べているうちに気に入ったようだ。
「サルさんは座っていていいのに」
俺の数倍の速度で配膳を終わらせたブルネットが、やんわりと忠告してくる。
なお、ブルネットが配膳したのは主に母猫耳に対してで、表面上は穏やかなのに火花を幻視してしまうような緊張感があった。
「昨日は頑張りましたが、最近はほとんど料理を作れていませんからね。この程度はさせてください」
宇宙船を交代制で動かし、緊急時は食事の途中でも仕事を優先する生活をしているので、全員揃って「いただきます」する習慣はない。
だからだろうか。
ブルネットとベリルが俺が席につくのを待ってくれていたのは、とても嬉しい。
「「「いただきます」」」
3人そろって食べだす。
密度が高めのベーグルは食べごたえがあり、栄養が必要な宇宙船乗りや整備班にも満足な内容だ。
もどきとは思えないほど新鮮な野菜が挟まれているのも、実にいい。
普段と違って肉成分がないが、昨日から今日の深夜にかけて大量に肉を食べたから問題ない。
「最後の方は意識が曖昧だったのですが、下僕連中は焼肉を食べられたでしょうか? つまみ食いの被害にあっていませんか?」
「サルくん。つまみ食いはされてないはずだけど、あの子たちが欲しがったらあげちゃうんじゃない?」
「あの下僕たち、そのあたりはしっかりしているわ。特定の食べ物の食べ過ぎは体に害があるからと言って、体を震わせながら拒否していたもの」
呆れたようなブルネットの説明に、俺もベリルもそのときの様子が容易に想像できた。
下僕連中は、内心では涙や血涙を流して耐えていたのかもしれない。
キンは食事に集中せず、よそ見をしてひとつの画面を凝視している。
猫の巣号に残されたデュプリケーターが、再利用不可能だったはずの装甲の残骸を吸い込み、しばらくして真新しい装甲を吐き出した。
これまで自動調理器として扱っていたものの新機能は、実際に目にしても衝撃的だ。
「新品の装甲を扱えるようになるなんて、サルがスカウトされてきた後も、想像もしてなかったにゃ」
キンは派手な音をたてて温いミルクをすする。
パンを噛みちぎるときはパンくずが飛び散っている。
「キン姉、お行儀悪いよ」
「いつもこんなもんにゃ」
「子供たちと一緒に食べるときはちゃんとしなよ。サルくんとブルネットお姉ちゃんみたいに」
俺は瞬きして、無意識にブルネットを見た。
視線があう。
ブルネットも少し戸惑っていて、ベーグルサンドを切る途中だったナイフが止まっている。
俺より切り方が綺麗だった。
「ブルネット。そりゃー、いくらなんでも気取りすぎじゃねーか?」
「キン。いずれは同業他社とも直接顔を合わせることになるのよ。昔ながらの猫耳マナーをするわけにはいかないでしょう?」
「キン姉は拿捕班と整備班のトップだもんね」
「今より規模が大きくなれば、現場仕事の割合より交渉とかの割合が増えるかもしれませんね」
「にゃーに無理言うなにゃ。にゃーは得意なことだけして生きていきてーにゃ」
皿の上に山積みされていたパンを食べ終え、俺のカップよりふたまわりは大きいカップからミルクを飲み干したキンが、文字通り猫のような素早さで食堂から離れて職場へ向かう。
「もう、キン姉ってば」
キンの真似をして早食いする猫耳幼児もいるが、その数は少ない。
ブルネットほどではないが綺麗に食べるベリルを真似する猫耳幼児は多いし、ブルネットよりさらに綺麗に食べる下僕の影響を受けている猫耳幼児たちも多いのだ。
「社長。将来のことも大事ですが、近い予定のことも決めておきましょう。母港では何を優先します?」
「んー。おうちとしての機能は一通り揃ったから、次は防衛?」
「ベリルちゃん。港としての機能を拡充して、外部との取り引きを盛んにする選択肢もあるわよ。今朝から作れるようになった装甲なんて、地球人の艦隊から見れば喉から手が出るほど欲しいものでしょうし」
考えてみると、地球人の艦隊が『海賊からの戦利品』だけで艦隊を維持できるという考えには無理がある。
「ブルネット。連中はどこと取り引きしてるんですか? 通商の品は高すぎて買えないとは思いますが……」
「零細より小さな行商レベルの商人との取り引きがあるみたい。悪質な商人ばかりではないけど、質は期待できないわ」
「取り引きが行われているのは星系の外だね。かなりボラれているみたい。通商があの惑星以外の開発を黙認してるけど、全然進んでないみたいだし」
それは初耳だ。
「惑星開発ですか。当たれば大きそうですが、軌道に乗ってから海賊相手の防衛戦が大変そうです」
「うん。問題はそれなんだよ。特に僕らは海賊に恨まれてるでしょ? お金もすごく大事だけどそれ以上に守りを重視するしかないから……」
話しているうちに、猫耳幼児は食事を終えて仕事や遊びや勉強に出かけている。
猫の巣号も大きくはあったが、母港で生活に使える空間は桁が違う。
俺から見ると『移動だけで疲れる』距離を、嬉々として走って移動中だ。
「うん! 決めた! 装甲がどのくらい作れてどのくらい作れそうか分かってから考える!」
「臨機応変ね。いきあたりばったりと言うべきかしら?」
「まあまあ。デュプリケーターで装甲を生産するのは初めての試みですし、やってみないと分からないこともありますよ」
『うひょー! サル、ベリル! ちょっと来るにゃ! これすげーにゃ!』
興奮したキンの声が大音量で響く。
食事しながらの相談はそれで終わりになり、俺たちは素早く片付けて猫の巣号へ向かう。
「あの食洗機、とんでもない高性能ですね。俺も地球にいる頃に欲しかったです」
「あれ結構高いんだよ、サルくん……」
文明の利器は偉大だが、とても金がかかるのだった。
☆
「これを見るにゃ」
組み合わせた装甲をキンが持ち上げる。
隙間がないだけでなく、何故か安心感に似たものを感じる。
「キン。装甲の性能は見ただけでは分からないわよ?」
「ブルネットお姉ちゃん、これは、ちょっと分かるかも」
「錯覚の可能性はありますが、一度詳しく性能を測ってみたいですね。とはいえ」
俺は『こほん』と咳払いする。
「既存の装甲と入れ替える余裕はないと思います。猫の爪号はまだいくらでも欲しい状況ですよね? 母港の装甲もまだ最低限ですし」
「それはそうね。キン、他に何か伝えることはある? ないなら仕事に戻るけど」
「おめーら夫婦、ロマンとかそういうのはねーにゃ? ベリル号を強化したいとか思わねーにゃ?」
キンが悔しげに言う。
俺とブルネットの意見が正しいことは認めている感じだ。
「光速の千倍を超えると、被弾は死亡と同じ意味ですし」
「サルさんが操縦するなら被弾しないわよ」
「信頼は嬉しいですが、万一は有り得ますからね? 万が一を億が一にする努力は続けていますけど」
新しく手に入った装甲についての会話はこれで終わった。
今後が楽しみになる話だが、すぐに何かある話とは思わなかった。
俺の予想が外れたのが分かるのは、その日のうちだった。
『にゃっ!』
誇らしげに通信してくる新人船長は、予想外のデータを送りつけてきていた。
「このデータ、本当に猫の爪号6番機のものですか? キンさんがこっそり新型機を開発したとかではなく?」
『にゃーにそんな技術はねーにゃ。にゃーがやったのはそいつ専用にカスタマイズしただけにゃ』
新人船長やキンが映っているのとは別の画面には、旧ベリル号じみた機敏さで、模擬弾を躱していく6番機の姿がある。
搭乗しているのは新人船長と下僕だ。
ベリル社長と俺のように、非常に息のあった操縦をしている。
これは『たまたまうまくいった操縦』ではない。
同等の模擬戦のログが、10以上まとめて届いている。
「キン、素晴らしいわ」
ブルネットが珍しく手放しで称賛する。
『お、おう。ブルネットに褒められると調子が狂うにゃ』
「船長もパイロットも素晴らしいです。力を引き出したのはキンさんですが、もとの力が優れていなければ引き出すことはできません」
機長と呼ぶのが正しいのかもしれないが、艦載機サイズでも宇宙船ではあるので間違いではない。
ただひとり、ベリル社長が渋い表情になっている。
「ここまでカスタマイズしちゃうと、別の人が乗ると普通の猫の爪号未満の性能になっちゃうよ」
『ぬぐっ』
『にゃぁ』
キンも新人船長も、言葉に詰まる。
新人船長の背後に控えている下僕は『そうですよね』と困った表情になっている。
おそらく『どうなるか察してはいたが主があまりに楽しそうだったので止められなかった』とかそういうことだろう。
「でも魅力的なんだよね。メーカーに直接改造を依頼しなくても、母港で船がパワーアップするんだよ。すごくない!?」
「はい。非常にすごいです」
言葉としては間抜けな返答だが、実際、とんでもなくすごいことだ。
船長とパイロットに必要なものだけを残して他を取り去った『だけ』なんだが、その『だけ』にどれだけ技術とセンスが必要かを考えると、圧倒されてしまう。
『にゃっ♪』
『褒めてもなにもでねーにゃ!』
猫耳ふたりがはしゃぐ。
ブルネットもベリルも、新人船長に対しては優しい目を向けたが、キンに対しては厳しい目を向ける。
「相談なしでほとんど新型の船を作ったのは減給ものだよ!」
「成功したら成功したで、戦力整備の順番や母港の建設予定をどれだけ変える必要があるのか理解していたのかしら。現在の『数時間ごとにパイロットと船長を交代』というやり方ができなくなるのよ? キン。あなたは使われる側ではなく、拿捕班と整備班のトップなの。もっと自覚をもってちょうだい」
『にゃぁ』
感情ではなく理詰めで説教するブルネットの前に、キンはしおれることしかできない。
(本当に素晴らしい)
ブルネットの言うとおり、問題は山ほどある。
これまでの『1つの艦載機を複数のグループで交代で動かす』体制から『大量の艦載機をそれぞれ別のグループの専属にする』体制へ変更すると、必要な艦載機の数も必要な格納庫の数も増える。
だが材料が安価だ。
カスタマイズ済の猫の爪号と同じ性能の艦載機を購入しようとすれば、先代の猫の巣号(艦載機より1つ上のサイズ)並の金がかかるのと比べれば、その辺の海賊から奪ったパーツと自作可能な装甲で作れる猫の爪号は、まさに価格破壊だ。
もちろんリスクはある。
少し小型化されて加速力が上がっても装甲の厚さはそのままなので安全。
ただし航続距離もそのままなので、操縦ミスでエネルギーを無駄遣いすれば、母港や母艦に帰還不能になる危険性もあわせ持つ。
このリスクは、新人船長や下僕達と協力して、可能な限り小さくする必要がある。
「サルさん。楽しそうね?」
「もちろんです、ブルネット。戦力拡充ターンは最高ですよ」
まだ1機しかないカスタマイズ済の猫の爪号を通して、俺は、宇宙を支配する大編隊を夢想していた。
◆ BERYL FLEET
規模:2 防衛:3 遠征:4
◆ BERYL THE GREAT MK2
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:2 / 居住:2 / 船倉:2 / 兵装:4
◆ CAT'S NEST MK2(4/4)
船体:4 / 跳躍:2 / 航続:4 / 装甲:4 / 居住:2 / 船倉:4 / 兵装:1
◆ CAT CLAW *5
船体:1 / 跳躍:2 / 航続:1 / 装甲:2 / 居住:0 / 船倉:0 / 兵装:2
◆ CAT CLAW CUSTOM *1
船体:1 / 跳躍:3 / 航続:1 / 装甲:2 / 居住:0 / 船倉:0 / 兵装:2
◆ CREW
ベリル |船長Lv2 [借金Lv2]
サル |操縦Lv4 [疲労Lv1]
ブルネット|射撃Lv2 [事務Lv2]
キン |白兵Lv2 [整備Lv2]
妹猫耳ズ |白兵Lv1 [整備Lv1]
新人船長ズ|船長Lv1 [猫語Lv1]
猫耳の下僕|操縦Lv2 [信仰Lv2]
◆ CREW IN TRAINING
母猫耳ズ |学生Lv1 [衰弱Lv2]
◆ CAN BE PRODUCED
装甲:2
◆ BERYL HOME PORT(1/1)
権利:1 / 規模:1 / 装甲:0 / 修理:0 / 居住:1 / 備蓄:1 / 兵装:1




