30.襲撃の失敗と迎撃の成功
俺は遠征には慣れている。
母港(建設中)は星系外縁にあるので、少し移動すれば光速の千倍やそれ以上の速度を出しても安全に、遠くまで行けるからだ。
しかし今回は様子が違う。
まだ目的地の星系に到着していないのに、広大な範囲に薄くデブリが撒かれている。
今の速度で突っ込めば、かなりの確率で衝突事故を起こして死ぬ。
1つ1つのデブリは小さく間隔も広いが、これほどの数を撒くために、どれだけの宇宙船が必要だったか想像もできない。
「ベリル社長。これはいったい……」
「サルくん。母港がある星系はすっごい辺境で、ブラックマーケットがある星系も含めて、これまで行ったことのある星系はすごい辺境か普通の辺境なんだ。今向かっているのはちょっとだけ辺境だよ」
「な、なるほど」
俺は少し動揺してしまった。
この銀河を少しは知った気になっていたが、まだまだ認識が甘かったらしい。
目の前に広がるデブリを偶然や事故ではなく『守るための罠』と認識して、デブリを避けて進むときも罠に注意する。
「えっと、どう言えばいいかな。今回の標的がいるのは、サルくんの出身地で言うなら『レンタルオフィス』が盛んな星系なの」
「貸しオフィス? 星系規模で?」
ベリル社長が何を言っているかよく分からない。
意識の半分以上は進行方向に敵やデブリがあるかどうかの確認に使っているから、深く考えるのも難しい。
「宇宙船の停泊場所とか、遠くの星系に通信を送る設備がある宇宙港とか、小惑星とかを企業に貸し出してるの。海賊のフロント企業や、すっごく評判が悪い警備会社とかも借りてたりするらしいよ」
ベリルは憂鬱な表情になっている。
そんな連中でも借りられるのに、真っ当な商売をしているベリル運送が『レンタルオフィス』を借りられずに自力で母港を建てるしかない。
猫耳の社会的地位は、それほどに低い。
「なるほど。では目標だけを攻撃する必要がありますね。残骸がどこに向かうかの計算も、普段以上にやる必要がありそうです」
俺も憂鬱な気分に襲われた。
あの計算は心底面倒くさいんだ。
星系外での超光速戦闘や、星系外縁での亜光速戦闘なら、まだマシなんだが……。
「無理せず一撃離脱でいこうよ。相手を倒しきれないのは面倒だけど、必要以上の危険も冒せないし」
「……言葉による警告だけで十分になるほど強くなりたいですね」
「それは銀河通商くらい強くならないと駄目じゃないかな」
「確かに」
雑談というには少々重い内容の会話をしていると、星系の奥から光速の千倍で突っ込んで来る反応があった。
戦意はあっても殺意はなく、俺たちが攻撃をしかけようとするなら邪魔になる、絶妙の進路を選択している。
「社長。凄腕が生体パーツ搭載機に乗っているかもしれません」
「運が悪いなぁ」
ベリル社長から許可が出たので、俺は標的への一撃離脱ルートから様子見のルートへ切り替える。
それから数秒して、超光速通信網ではなく、高出力の高性能通信装置による通信が届いた。
『こちら地球防衛艦隊。この星系の防衛を請け負った警備会社である。そちらの所属と目的を明らかにせよ』
「えっ」
ベリルは猫耳でも尻尾でも驚愕しているが明らかにやる気だ。
既にタキオン砲にエネルギーの注入を開始していて、次の瞬間には攻撃が始まりそうだ。
「社長! 賞金額の確認を!」
俺が言えたのはそれだけだ。
ベリルは『はっ』として攻撃を中止。
それを気配で感じた俺も、相手に『攻撃する気がない』のが伝わる、大きく迂回するルートへ変更した。
「賞金なし! 海賊としての登録もなし! ああもうっ! あの卑怯者、嫌みなくらい巧くやってる!」
ベリルが牙を剥き出しにする。
『繰り返す。そちらの所属と目的を明らかにせよ。星系および星系内の各社に損害を与える可能性のある行動は許容できない』
俺の自力センサーが相手の船の姿を捉える。
大型のセンサーを搭載した様子はなく、特大レーザー砲と見まがう大きさの大型通信機が搭載された、ベリル号より一回り小さな涙滴型宇宙船だ。
ふと気になって自動翻訳機を切って先ほどの通信を再生すると、流暢な発音の英語だった。
「社長。交渉でも戦闘でも、誰何を無視するのはまずいです」
「……こちらベリル運送所属ベリル号。企業間紛争の解決のため移動中だ」
ベリルの言葉が平坦に響く。
自称地球防衛艦隊への嫌悪が隠せていない。
『っ……。こちら地球防衛艦隊。星系および星系内の各社に損害を与える可能性のある行動は許容できない。即座の退去を要求する』
相手も予想外だったようだ。
一瞬だけ声に驚愕が滲み、今も自力センサー経由で混乱と、後方の星系と通信している気配を感じる。
「んぐぐっ。サルくん、あの船を突破か破壊して標的まで行けそう?」
「あの星系に連中が何隻いるかによります。自力センサー持ちが標的に情報を流すだけでもかなりまずいですよ」
目の前の1隻だけならタキオン砲の一撃で潰せるだろう。
今情報を標的に送られたとしても、敵が標的だけなら敵船を全滅させることも可能だろう。
しかし、自称地球防衛艦隊の主力があの星系にいるなら、飛んで火に入る夏の虫になってしまう。
『我を見つけ出すとは見事!』
見たくなかった顔が画面に映った。
美人ならブルネットたち猫耳で慣れてきたが、この金髪碧眼女を見ると猫耳が宇宙人であり地球人とは人種が異なるのがよく分かる。
俺は、中身はもちろん外見も、猫耳の方が好みだけどな。
「ふふん!」
ベリルが得意げに鼻で笑うのは、もちろんはったりだ。
星系奥から、特大宇宙船(葉巻型だ)と、その護衛らしい涙滴型宇宙船4隻がこちらに向かって超光速で接近中だ。
理由も何もないが、通報や通信に関係なく、俺に気付いている気がする。
『銀河通商と組んで追って来たかと思ったが……。もしや、偶然か?』
金髪女が、あり得ないものを見たような顔になった。
実際偶然ではある。
俺たちにとってだけ不利な偶然だがな!
「社長、撤退しましょう。あれを躱して標的を潰すのは困難です」
「でもっ、ここで逃げたら馬鹿にされちゃうっ!」
そろそろ標的が俺たちに気付いているかもしれない。
今気付かなくても、後で俺たちが逃げ帰ったことに気付いて、俺たちの無様さを吹聴するかもしれない。
そうなれば俺たちは舐められる。
戦闘で敗北するより多くのものを失う可能性まであるだろう。
だが、俺の意見は違う。
「勝てる相手と戦うのが鉄則ですよ。勝っても満足感しか手に入らない相手と戦う余裕は、今のベリル運送にはありません。……追って来たら話は別ですが」
最後の言葉はベリルにだけ伝える。
以前の『パルティアンショット』と考え方は同じだ。
状況を俺たちの有利な形に変えて、拿捕で稼ぐ。
勝利は単体では、金を生まないんだ。
付き合いの長さはともかく付き合いの濃さは半端でない社長は、俺の意図を即座に把握し、合意した。
「くっ。ここは退くよっ。サルくん!」
ベリルは完全に棒読みだ。
「了解、撤退します」
このままでは策は失敗すると思った俺の予想は、大きく外れた。
まず、葉巻型特大宇宙船の護衛の1隻が、いきなり飛び出した。
『地球人であるにも関わらず陛下の元に集わぬ不忠者が! 恥を知れ!』
若く、響きの良い、この画像だけ猫耳幼児たちに見せれば、地球のアニメの実写版と思えるような声と顔だ。
それにしても、地球人の若い男を見るのは久しぶりだ。
「うわぁ。頭の中大丈夫?」
ベリルは馬鹿にはせず、本音で心配している。
美少年と美青年の中間の男には目も向けず、葉巻型の特大宇宙船にいる金髪碧眼女に憐れむ視線を向けた。
『民には物語が必要だ。貴様たちなら不要であろうがな』
うっすらと浮かんだ冷たい笑みは、俺たちではなく部下の男に向いている。
「社長。そろそろ」
「くっ。おぼえてろよー」
ベリル社長の再びの棒読みは、ほとんどの人間を勘違いさせた。
怯えていないのに器用に猫耳を伏せたり尻尾を移動させたりとベリルの工夫もあるが、最大の理由は『猫耳が舐められている』からだ。
猫耳であるベリル社長が逃げれば怯えていると判断される。
罠と思う者はほとんどいない。
この場だけなら俺たちの有利に働くが、ベリル運送という組織のトップとしては非常にマズイ。
「標的の組織はほとんど動いていません。海賊のフロント企業が数社……いえ、今増えて十数社が追撃してきています。自称地球防衛艦隊の船のパイロットは、自力センサーで得たデータを渡しているようです」
「ここに猫の巣号がいれば今すぐ攻撃できたんだけどね」
「自称地球防衛艦隊の特大宇宙船が手に入っても母港を壊されたら大損です。ここは欲張らずにいきましょう」
追って来る数十隻をすべて獲物にする俺たちは、平和な雑談をしていた。
☆
『『『しかけるにゃ!』』』
母港(建設中)から発進した猫の爪号1機と猫の巣号から発進した猫の爪号4機が合流し、常識的に考えれば衝突必至の速度で海賊船の群れに迫る。
海賊船からの反撃は少ない。
正面からは反転して光速の数千倍まで加速したベリル号が迫り、2門の機関砲の砲身が灼熱するほど連射しているからだ。
これが当たれば死ぬ。
あの星系に留まった自称地球防衛艦隊の重装旗艦でも、砲弾に一度耐えることができれば奇跡だろう。
『ブラックマーケットの悪魔め!』
『ちくしょうっ。ちくっ』
ここまで加速した砲弾相手に、常識的な強度のシールドも装甲も無意味だ。
接触すれば消し飛ぶ。
飛沫程度に残った残骸でも極めて危険なので、母港(建設中)からも星系からも離れたここでないと絶対にできない攻撃だ。
「サルくん、切り札を使っちゃったけどいいの?」
「俺と同等以上の自力センサーの持ち主なら、誰でも使える戦術です。対策手段を用意するのも大変ですし、使える場面では積極的に使っていきましょう」
なお、猫の爪号5機は、混乱する海賊船の群れから数光秒の距離で方向を変えて戦場から離脱した。
敵を恐れたわけではない。
光速の数千倍の弾が怖かっただけだ。
実際、俺もあれは怖い。
『『『おっちゃん! 攻撃したかったにゃ!』』』
「みなさんに怯えた海賊の回避行動が雑になった結果、ベリル号の攻撃が海賊に当たったんです。共同撃破ですよ」
『『『ほんとー?』』』
疑われてしまったのが、つらい。
『なんて危険な真似を!』
地球人の男はまだ生きていたようだ。
まず間違いなく自力センサー持ちだ。
俺未満、下僕たち以上の距離で攻撃に気付き、おそらく情報を伝えるより自分が生き残ることを優先して海賊の群れから離れたのだ。
「残った敵は十数隻! 混乱してるし、やっちゃう?」
ベリル社長はわくわくしている。
新人船長たちもやる気は十分だ。
俺も同意したいんだが、今はそれより重要なことがある。
「いえ、母港の防衛を優先しましょう」
「もったいなくなくない?」
「地球人に任せても半分はこっちの取り分ですから。それに、子供たちに必要以上に血生臭い戦いをさせるのもどうかと」
「いずれはすることになるのに?」
「いずれは、ですよ。急がなくてもいいでしょう」
ベリル社長は少しだけ悩んで、小さく頷いた。
「分かった。あとは地球人の艦隊に任せるよ。……あれはどうするの?」
ベリルは冷たい目を男へ向ける。
生まれ故郷を海賊に差し出した連中への評価は、とてつもなく低い。
「よほどの馬鹿でない限り逃げるはずです。情報を持ち帰るだけで最低限の功績にはなるでしょうし。……万一この場に留まっても、地球人の艦隊がどうにかするでしょう」
俺は言いながら猫の爪号に情報と指示を送る。
ベリル号の速度を光速の100倍まで落とすと、猫の爪号5機が2機と3機に分かれてベリル号を中心にVの字を作る。
いわゆる雁行飛行だ。
『近視眼的視点で人類を滅亡に追いやる愚か者どもめ!』
地球人の男が逃げだす。
ベリルの機嫌が急降下する。
「サルくん。地球人の中にはあんなのもいるの?」
「どの種族にも無能はいるでしょうが、あれは知性ではなく品性がないんですよ。情も倫理も品性もすべて投げ捨てて、損得だけを考えれば、才能持ちだけを連れて宇宙進出という選択も悪くはありません。商売に成功して地球を買い戻すことに成功すれば、人類史に刻まれる大英雄です」
「サルくんは、そのやり方、嫌みたいだね?」
「これでも知り合いが何人も海賊にやられてますしね。ベリル運送の損にならない状況で機会があれば、奴らは全員殺します。そのときは面倒をかけてしまうでしょうが……」
「いいっていいって。僕もああいうの本当に嫌いだし。でもこのことは先にブルネットお姉ちゃんに話して、その次に僕に話したことにしてね。……最近、お姉ちゃんが怖いの」
「妻がご迷惑を……申し訳ない」
涙目の義妹に謝罪しながら、俺は猫の爪号5機とともに母港(建設中)を目指す。
その日、地球人の艦隊は新たな宇宙船を手に入れ、ベリル運送は艦載機隊の運用を開始したうえで、母港建造用に使える残骸を確保した。
そして、複数の海賊がベリル運送に高額の賞金をかけた。
ベリル運送の力も、ベリル運送の敵も、拡大する一方であった。
◆ BERYL FLEET
規模:2 防衛:3 遠征:4
◆ BERYL THE GREAT MK2
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:2 / 居住:2 / 船倉:2 / 兵装:4
◆ CAT'S NEST MK2(4/4)
船体:4 / 跳躍:2 / 航続:4 / 装甲:4 / 居住:2 / 船倉:4 / 兵装:1
◆ CAT CLAW *5
船体:1 / 跳躍:2 / 航続:1 / 装甲:2 / 居住:0 / 船倉:0 / 兵装:2
◆ CREW
ベリル |船長Lv2 [財産Lv5]
サル |操縦Lv4 [疲労Lv4]
ブルネット|射撃Lv2 [事務Lv2]
キン |白兵Lv2 [整備Lv2]
妹猫耳ズ |白兵Lv1 [整備Lv1]
新人船長ズ|船長Lv1 [猫語Lv1]
猫耳の下僕|操縦Lv2 [信仰Lv2]
◆ CREW IN TRAINING
母猫耳ズ |白兵Lv1 [衰弱Lv2]
◆ SALVAGED ASSETS
船体:3 / 跳躍:1 / 航続:1 / 装甲:3 / 居住:2 / 船倉:2 / 兵装:1
◆ BERYL HOME PORT(1/1)
権利:1 / 規模:1 / 装甲:0 / 修理:0 / 居住:0 / 備蓄:0 / 兵装:1
◆ EARTH FLEET
規模:3 防衛:2 遠征:1
◆ Pawn of the Earth
船体:2 / 跳躍:2 / 航続:3 / 装甲:2 / 居住:1 / 船倉:1 / 兵装:2




