3.絶望の値段
『あの惑星の原住民を助けに来たんだな!? 正義ぶった若造がやりそうなこった。こいつらの命が惜しいなら売ってやるよ! お前の全財産でな!』
「サルくん駄目!」
俺の殺意に気づいた社長が、俺の手を操縦桿ごと握りしめる。
速いだけでなく力が強い。
俺の口から「ほげぇ」と情けない声がもれた。
操縦にベリルが参加したことで、宇宙戦闘機の動きが不安定になる。
ベリルは俺ほど遠くは見えないんだが、とにかく判断と動きが速く、俺と息をあわせられない。
海賊船のまばらな対空攻撃がベリル号をかすめるようになり、これまではなかった警告表示が増えていった。
「交渉を持ちかけられる前に一発攻撃したかっただけなんですが……」
「そんなことしたらサルくんの友達が死んじゃうよ!」
「俺に友達は……いえ知り合いならいますけど、多分あの中にはいないですし、いてももう助けられませんよ」
事実で本音でもあるが、実際に口にすると胸の奥が冷たい痛みを感じた。
ベリルの手から力が抜ける。
これでふたり揃って破滅という展開は避けられた。
なのに、とても気分が悪い。
『てめぇ無視すんな!』
海賊船からの通信が届ける怒鳴り声に、ベリルが怯えて体を縮める。
『へっ。今なら命だけは助けてやるよ』
こちらからの通信は切っているのに、ベリルの怯えを察している。
まだベリル社長の手が操縦桿に添えられているから、だな。
「社長に責任はないんです。無理に背負う必要はありませんよ」
ベリルの手を操縦桿から彼女の膝の上に移動させる。
指も手のひらも、少し荒れていた。
『ちっ』
舌打ちが響き、ゆっくり向きを変えていた10以上の大砲がこちらを狙う。
だが遅い。
砲撃と周辺に散らばるデブリを勘で躱しながら、俺は一旦距離をとる。
「個人的なお勧めは母港への帰還です。宇宙戦闘機2機だけですが海賊を倒して賞金は手に入れました。借金の返済と、ぐれーとベリルちゃん号の装備更新をするのも良いと思いますよ」
俺の言葉に、ベリル社長は少し照れた表情でもじもじする。
「え、ええっと、ぐれーとベリルちゃん号は、そのまま言わないでいいかなって」
ひょっとして、宇宙の文化的に恥ずかしい船名なんだろうか。
気合いと根性が籠もったロックな船名だと思うんだが。
「分かりました。ベリル号なら奴らを撃沈するのも、動けなくするのも、このまま無視して逃げるのも、どれでもいけます」
「足止めも?」
「もちろんです」
ベリル号が海賊の戦闘機2機を撃破するまでの時間で、海賊船は応急修理を実行できたようだ。
装甲が壊れた部分も含めて、海賊船全体をうっすら光るシールドが覆う。
これで戦力は急上昇したわけだが……。
「何度か加速して機関砲の弾を当てれば、装甲と推進系……跳躍系でしょうか。とにかく動けなくなる程度に削れると思います」
ベリル号が分かりやすく『この攻撃ならこの程度のダメージになりそう』と、簡単な絵と数字で教えてくれる。
直感的に分かるのは非常に助かるんだが、便利すぎて頼りすぎると今より馬鹿になる気もする。
「削る?」
ベリルの緑の目がきらりと光る。
頭と上半身を後ろに引いて、まるで猫パンチを繰り出す寸前の猫のようだ。
「ええ。倫理も法律も通用しない相手には力を使うしかありません。社長は殺しを好まないように感じたので、海賊の財産である船ごと痛めつけて、心を折ろうかと」
「うん、それでいこう!」
「了解!」
ベリル号を加速させる。
綺麗な動きや高度な動きはしない。
俺の『なんとなく危険かどうか分かる』能力に頼り、限界まで加速して光速の10パーセントに到達する。
不規則な進路変更を込みでの速度だ。
乗組員や火器管制装置にもダメージがある海賊船では、どれだけ撃ってもまぐれ当たりすら期待できなくなる。
「社長。降伏勧告、します?」
戦闘中なので俺の被っている猫も薄くなる。
敵に対して酷薄で、そのブザマを嘲る態度が表に出てしまう。
「んー。僕、そういうの苦手なんだ。妹たち相手の喧嘩ごっこでも、勝った後に負けを認めさせるのが苦手だったし。サルくんにお願いしていい?」
「了解です。……おいクソども。デカイ口を叩く割に手も足も出ないのかよ。海賊の看板を下ろして大道芸でも始めたらどうだ」
『こっちには人質がっ』
「未加工の生体パーツが人質になるとでも思ってるのか。頭の中がどうかしてるんじゃねーか?」
口にするだけで穢れそうな言葉だ。
だが、こっちが地球人を助けたいと思っていることを悟られるわけにはいかない。
ろくなことにならないからな。
そこまで言ってから、俺は向こうへ音声が届かないようにした。
「社長。あの惑星の住人を生体パーツにしたらどの程度の値がつくんです? 脅し……んんっ、交渉のために知りたいのですが」
「え? うーん……。あのサイズの船いっぱいに詰め込んだら、ベリル号が買えるくらいになるかも。でも……」
ベリル社長が俺をじっと見る。
俺は、ベリル号を急接近させて海賊船を脅かしながら、撃沈しない程度に速度を落としてから弾を3発撃ち込む。
「サルくんの活躍が知られたら買い取り価格が上がるかも」
2発の着弾でシールドが砕けて消えて、3発目が狙い通りに後部の大型エンジンをかすめる。
不安定な回転を始めた海賊船が、慌ててエンジンを使って回転を止めようとしていた。
「知られる前に決着をつけたいですね。警察でもいれば引き渡すんですが」
「んー」
ベリルが考え込む。
表情も耳も尻尾も、恐怖ではなく思考モードへ移行している。
「可住惑星がこれだけ派手に襲われてたら、大手企業が出てくると思う。大手ほど評判を気にするから……」
「海賊も、目立つやり方で殺しや環境破壊はしなくなる、でしょうか」
「たぶんそう。このまま放っておいたら、修理が終わる前に大手企業の遊撃艦隊が現れるんじゃないかな」
ベリルは気楽な調子で発言する。
目の前の海賊船など敵ではないと分かり、安心したのだろう。
「……社長。何か来ます」
星系全体を映す画面ではなく、『この進路のままだと危ない』という感覚が俺に異変を知らせた。
迷わず進路を変えた数秒後、進路変更なしならベリル号がいたはずの空間を多数の銃弾が通過する。
「さっすがサルくっ!?」
俺が慣性制御以上の加速をさせたのと、ベリル号が大音量で警告音を出したのと、ベリル社長がシートベルトごと操縦席に押し付けられて言葉が続かなくなったのは、ほぼ同時だ。
『我は地球防衛艦隊提督である。地球を襲う侵略者よ。大人しく降伏せよ』
若く、威厳に満ちた、地球にいた頃の俺なら縁がなかったはずのエリートの声が響く。
ベリル社長は圧倒されて、直前まではふてぶてしかった態度が大人しい子猫のようになってしまっている。
「にゃぁ……。サルくん。あの惑星、宇宙で使える艦隊を持ってたの?」
「しっかりしてください、社長。まだ戦闘中です。あの自称『地球防衛艦隊』、海賊と同じ種類の宇宙船を使っています。違うのは色だけです」
自称地球防衛艦隊から戦闘機が発進する。
ベリル号で撃墜した2機と完全に同じ形だ。
「えっ!? でも……」
「地球の情報か、どっかから保護される権利を売り払った金で、宇宙船を買ったんじゃないですかね」
2機の戦闘機が左右から挟み込む形で接近してくる。
俺は速度を上げる。
2機の戦闘機は追ってこない。
エネルギーを節約するためか、俺のような五感以外の感覚がないのか、どちらが正しいのかは分からない。
ただ、俺が攻撃を仕掛けるなら使うだろう進路のすべてに、ひとつひとつは小さいが光速の1割以上の速度で飛ぶなら致命的な重さのデブリをばらまかれる。
海賊のときとは違って、高速で向かえば確実にどれかに当たる。
「社長、すみません。殺さないと離脱できないかもしれません」
「あの人たちの勘違いじゃないの? だって、地球って、サルくんが住んでた惑星だよね!? そこを防衛する艦隊って言ってるよ?」
「その自称地球防衛艦隊が海賊船を援護してるんですよ」
艦隊という割に船は1隻のみの自称防衛艦隊が、ベリル号が追い詰めていた海賊船と合流する。
自称防衛艦隊が前に出て盾になるつもりらしい。
「うーん……。毛並みはちょっと違うけどサルくんと同じ種族だよね。そんなことある?」
ベリルが覗き込んでいる画面に、金髪碧眼の長身女性が映っているのがちらりと見えた。
もっとも、見られたのは一瞬だけだ。
俺は、『どこが危険か』の感覚を操縦に反映するので精一杯だ。
この感覚を除くすべてが、自称地球防衛艦隊に負けている。
言葉で煽って敵の動揺を誘うのも無理だ。
俺は、移動と回避だけで既に限界が近い。
『まだ抵抗するか。よかろう。我が直々に裁きを下してやる』
2機の戦闘機がベリル号の退路を断つ位置へ移動する。
自称地球防衛艦隊と海賊船が肩を並べて、ベリル号へ大砲を向ける。
完全に包囲される前にダメージも覚悟して脱出すべきだ。
俺はそう進言しようとして、いきなりすべての画面がブラックアウトしたのに気づいた。
「サルくん、これクラッキング!」
「このまま飛ばします!」
操縦に使える判断材料が目視と感覚しかなくなった。
だから、ベリル号を追い詰める寸前だった2隻と2機の連携が崩れた隙をつき、光速の20パーセントまで加速して星系外を目指す。
それまでの戦いとは違って、まるで、目が見えていない相手と戦っているかのような手応えのなさだ。
「サルくん、通信が少し回復した。……これって」
ベリル社長が詳しく説明する前に、画面のひとつだけが機能を復活させる。
そこには、画面を補整しても目に痛い、光の翼を広げた『人間』が映っていた。
『我々は銀河通商第7営業艦隊です。この星系に展開するすべての艦に告げます。すみやかに戦闘を止めなさい』
圧倒的大出力の通信に対し、複数の宇宙海賊が大出力で返答を行う。
どれも要約すれば『クソくらえ』だ。
『繰り返します。すみやかに戦闘を止めなさい』
大気圏でも静止軌道上でもそれ以外でも爆発が発生する。
俺の感覚でも微かにしか捉えられない何かが、まだ攻撃を続けているすべての宇宙船に、光より速い何かを撃ち込み、破壊する。
宇宙海賊からの通信は、完全に途絶えた。
『止まったようですね。この星系は我々銀河通商第7営業艦隊が管理します』
『待って頂きたい。我は地球防衛艦隊の……』
自称地球防衛艦隊の至近を、何かが通過した。
これは、脅しだな。
「まさかタキオン砲? いくらするの、あれ」
ベリル社長は呆然としている。
俺は、何をどうやっても勝ち目がない相手だと判断して、ひたすら星系外へ移動中だ。
そろそろ超光速へ移行しても問題がなくなる。
ベリル号の母港がある星系まで、ベリル号からの情報を信じるなら無補給で到達可能なはずだ。
『発言は許可していません。また、惑星外にいる生物を、この星系の現住生物とは認めません。……惑星が一度自転するまでにこの星系から退去しない場合、我々は再度の実力行使を行います。以上で通信を終了します』
圧倒的な速度の何かが、地球の静止軌道上で停止する。
それは十字架に似ていた。
おそらくベリル号と同系統の技術とパーツで構成されているのに、威圧感が桁違いだ。
それが64隻。
地球に背を向け、侵入者は皆殺しすると無言で宣言していた。
☆
「怖かったよぉ」
「死ぬかと思いました」
星系を離脱して数時間してようやく、俺とベリルは言葉を発する気力を取り戻した。
「社長、あれなんなんです?」
「銀河規模の超大企業だよ。サルくんレベルの超高性能生体パーツの出身星系ってすごい価値があるけど、あの規模の企業が来る意味なんてないはずだよ!?」
ベリルに、俺を貶めたり軽視したりする雰囲気はない。
ただただ、巨大過ぎる同業者におびえている。
「特別待遇で生体パーツ以外が切り取られていない生体パーツですけどね」
「サルくんいじめないでよ。正社員待遇にするから」
ぴろん、と軽快な着信音が響く。
ベリルは席の上で丸くなっているので、俺がベリル号の表示を確認して……文字通り頭が痛くなった。
「社長。銀河通商第7営業艦隊から通信要求です」
「み゛っ」
ベリルは、髪と猫尻尾を逆立たせて白目を剥いた。
俺は、本当に仕方なく、ベリルに声をかけて反応がないのを確かめてから通話に出る。
「はい。こちらベリル運送です。ただいま社長のベリルは留守にしております。用件があればお伺いします。……申し遅れましたが、私は社員のサルと申します」
『この通信は、あの星系の出身者のうち、人権を買い戻せる可能性がある方に対して行っています』
俺の眉が寄る。
意識が戦闘中のそれに切り替わる。
「詳しくお聞きしても?」
『我々、銀河通商第7営業艦隊は、惑星環境の保護と回復を主な業務としています。対象となった惑星の現住生物には超光速移動手段の開発を認めません』
地球人を自然に減らすのが本音か?
俺もまずいかもしれない。
「サルくんは渡さないよ! 僕の社員で、仲間なんだから!」
気絶から復活して凜々しく宣言するベリルだが、恐怖と緊張で汗まみれで、猫耳はぺたんとして、猫尻尾は無意識に体に巻き付いている。
恐怖に耐えて、立ち向かっているのだ。
『はい。我々も、人権を買い戻せる可能性がある方に敵対する気はありません。この方々は極めて特殊な才能を持ちます。我々は、敵対ではなく友好関係の構築を望んでいます』
光翼人間の表情にも声にも、感情というものが感じられない。
AIによる生成動画と言われたら信じてしまいそうだ。
「宇宙海賊どもから地球を守ってくれたら、100パーセント信用してたんですけどね」
俺は、疲れた笑いを顔に浮かべる。
まともに声を聞けたのは家族だけだし、友人らしい友人もいなかったが、つきあいのある人間は結構な数いた。
今は、その中の何人が生き残れているかも分からない。
『我々は我々の利益のために活動しています。……改めて伝達します。我々は、対象となった惑星の現住生物には超光速移動手段の開発を認めません。現地呼称『地球人』は、既に文明としての形を保てていません。我々は支援を継続する予定ですが、今後50年で人口が1千万程度まで減少すると思われます』
「……それを俺に伝えてどうする気ですか」
頭が回らない。
力の差がありすぎて、恨み言や愚痴を言うことさえ、俺ではなく家族やベリルに害がありそうで言えない。
『人権があれば超光速移動手段の開発が認められます。彼らに人権を買い与えるつもりであれば急いでください。以上です』
光翼人間はぺこりと頭を下げる。
その所作は、見た目よりずっと若く感じられた。
「サルくん」
ベリルが俺を見る。
怯えはあるが、逃げの気配はない。
「僕、いっぱい稼ぐよ! 給料もいっぱい出す。だから、だからっ」
俺ひとり分の人権だって安くはない。
俺の家族の分を、家族が生きているうちに買うなんて、限りなく不可能に近い。
それでもベリルは、涙を我慢して俺を力づけようとしている。
「ええ。ガンガン稼ぎましょう。そこの人が驚くくらいに!」
俺はやせ我慢して、にやりと笑う。
顔にも雰囲気にも感情がなかった人間が、一度だけ『ぱたぱた』と光翼を上下させていた。
◆ BERYL THE GREAT
船体:1 / 跳躍:3 / 航続:2 / 装甲:0 / 居住:1 / 船倉:0 / 兵装:1
◆ CREW
ベリル|船長Lv1 [借金Lv3]
サル |操縦Lv3 [疲労Lv5]
◆ King of the Earth
船体:3 / 跳躍:1 / 航続:2 / 装甲:3 / 居住:2 / 船倉:3 / 兵装:2
◆ Space Guard
船体:1 / 跳躍:2 / 航続:1 / 装甲:1 / 居住:1 / 船倉:1 / 兵装:1
◆ Imperial Standard Cruiser
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:2 / 居住:3 / 船倉:2 / 兵装:4




