2.社畜と高速戦闘
「しゅっぱつしんこー!」
「待ってください、社長」
元気に宣言するベリルに、俺は待ったをかけた。
「でもサルくん。ここにいたら、サルくんが辛いものを見ることになるよ」
「お心遣いには感謝します。ですが、このまま出発しても稼げません。社長、運転資金に余裕はあるでしょうか? 金がなければ、今逃げても俺も社長もすぐ詰みます」
会社の帳簿を見せてもらったわけではないが、仕事場であり仕事道具でもある宇宙戦闘機の状況を見れば推測はできる。
俺の予想通りに、ベリル社長は動揺して露骨に目を逸らした。
まるで叱られるのを怖がるかのように、猫耳を伏せて体を縮こまらせている。
「ええっと……」
「まあ聞いてください」
ベリルの態度に気づかないふりをして話を続ける。
宇宙戦闘機の向きを反転させると、遠くに地球の姿が見えた。
拡大表示させる。
ベリル号とは比較にならないサイズの宇宙船が、地球の空を飛んでいる。
どれも宇宙海賊か、宇宙海賊並みに罪を重ねている宇宙船だ。
宇宙船と重なる形で表示されている賞金額は、どれもとても高い。
「サルくん。気持ちは分かるけど、僕の船じゃ勝ち目はないよ? 宇宙海賊は恨みを忘れないから、途中で逃げても追いかけられちゃう」
「いえ、正面から戦うつもりはないです。漁夫の利を狙いたいんですよ」
俺たちが話している間に、地球は次の段階へ移行する。
人狩りを行っていた宇宙船同士が接近し、交戦を始めたのだ。
分かりやすい色付きのビームで撃ち合ったりはしない。
どちらもうっすらと光るシールドを船の外へ展開して守りを固め、最低でも音速の数十倍の質量弾や、大気を熱して気象を狂わせる高出力レーザーによる撃ち合いを行う。
巻き込まれたビルが両断されて倒れ込む。
質量弾が当たった区画だけでなく、余波を浴びただけの区画も潰れていく。
誰かがあの場所にいれば、確実に死んでいるはずだ。
「……ひどいよ」
ベリルは俺よりも落ち込んでいる。
俺も腹は立つし悲しくもあるが、俺は他人を憐れんだりできるほど強い立場ではない。
片方の宇宙船が非常識な速度で上昇を開始する。
離陸の瞬間も周囲を破壊しないよう細心の注意を払っていたベリル号とは対照的に、噴射炎がクレーターを作って衝撃で大地震を引き起こす。
宇宙船に押しのけられた大気も天変地異級の災害を引き起こし、ひとつの都市だけではなく地域全体が死の大地と化した。
「追いましょう」
そっと手を伸ばしてベリルの視界を遮る。
今の地球で起きているのは、俺はもちろんベリル社長でも介入できない……正確には介入しても無意味か無駄死になる規模の悲劇だ。
見続けても誰も助けられない。
少なくとも、ベリル社長まで心を削る必要はない。
俺は、目標の宇宙船との距離と速度を一定に保って追跡する。
シールドが喪失し、強靱だった装甲がビームやレーザーで何度も焼かれた海賊船は、それでも宇宙戦闘機とは比較にならない戦闘力を持つ。
そしてそれは、地球に向かっている同業者(宇宙海賊)には勝てない程度の戦闘力だ。
新手の宇宙海賊が逃走中の宇宙海賊に気付く。
ベリル号の表示によると、海賊が賞金首を倒しても賞金は支払われるらしい。
だから海賊は、狙えるときは同業者でも狙う。
ビーム、ミサイル、レーザーがぼろぼろの海賊船に向かう。
シールドが復活するが、薄い。
次々に被弾して、巨大な船体から小さなパーツが血のように宇宙へ流れ出した。
新手の海賊船から宇宙戦闘機が2機発進する。
2機を送り出した海賊船は、急速に加速して地球を目指す。
地球の大気圏内には、ほんの数分前の倍近い数の宇宙船が活動している。
これ以上時間を無駄にすると生体パーツ争奪戦に乗り遅れると判断し、移動を優先したのだ。
「……よし!」
俺は自分自身の拳を握る。
俺は、宇宙戦闘機2機とぼろぼろの宇宙海賊船1隻のどちらにも賞金額が表示されていることを確認し、歓声をあげたくなった。
「えっ……えっ!? どういうこと?」
ベリル社長は混乱している。
だが、地球を見ていたときとは違い、おびえてはいない。
「社長。漁夫の利狙いです。弱ったところを攻撃すれば、最小の労力で最大の利益を得られると思います」
「う、うん。あれだけ賞金があれば借金も返せる……ううんなんでもない!」
必死に誤魔化そうとするベリルの猫耳が、気弱そうにぺたんとしていた。
☆
逃走中の海賊船の武器は、光速の数パーセントに達する弾を撃ち出す大砲だ。
多数の大砲があらゆる方向を向いていて、その攻撃力は大砲ひとつでもベリル号以上の攻撃力だ。
しかし、対空砲として機能していたレーザー砲塔群は、大気圏での戦いでほとんど喪失している。
同業者の宇宙戦闘機2機が頻繁に進路を変えて近付いてきても、数少ない対空レーザー砲塔では有効なダメージを与えられない。
大砲の命中率は論外だ。
身軽な宇宙戦闘機は、発射されるのを見てから躱してしまう。
2機の宇宙戦闘機が大型ミサイルを発射する。
海賊船がミサイル迎撃に失敗する。
傷ついた装甲がミサイルの爆発に耐えきれずに大きく凹む。
ミサイルの大きさを考えると、2機の宇宙戦闘機に予備のミサイルはない。
チャンスだ。
「社長。戦いを避けるなら今が最後の機会です。……戦わずに散らばった残骸を回収しても、多少の金にはなると思いますよ」
ベリルは一瞬ほっとした表情になって、すぐに頭を振ってから真剣な表情になる。
「僕、宇宙海賊には屈しないって決めてるの! 戦う!」
気弱さが隠し切れない目に、強い光がある。
銀の髪が逆立とうとするかのように揺れて、操縦席の横から飛び出した猫尻尾が勢いよく左右にパタパタしている。
「さすが社長! かしこまりました!」
俺の周辺の画面の表示が切り替わる。
地球の大気圏内の様子については最小限に。
外惑星や星系外についての情報は削除される。
代わりに表示が増えたのは『最高速』で飛んだときに脅威になる敵と障害物の情報だ。
「ちょっ、サルくん!?」
「高速戦闘だおらぁっ!」
慣性制御を最大に、エンジンの出力は俺とベリル社長が加速に耐えられる範囲で最大にする。
「にゃー!? 当たる、当たっちゃう!」
ベリル号の速度はたちまち光速の数パーセントに到達した。
大気圏で出したら惑星環境に大ダメージかつ俺たちが即死する速度で、普通の意味では障害物がほぼない空間も障害物まみれの危険地帯に変わる速度だ。
「海賊の船や戦闘機と真正面から撃ち合うよりは安全ですよ」
速度と航続距離に特化したベリル号は、攻撃兵器は機関砲しか載っていない。
地球の戦闘機と同じく、威力も装弾数も控えめだ。
「機関砲の威力も上がりますしね!」
だが、光速の数パーセントで飛ぶ宇宙戦闘機が撃てば、それ以上の速度の弾になる。
俺は機関砲の弾を高速の魚雷として撃ち込み、衝突前に宇宙戦闘機の進路だけを変えた。
『その速度、正気かっ!?』
『イカれ野郎がっ!』
弾のひとつが命中する。
直撃を受けた海賊戦闘機Aが、着弾時の衝撃で粉砕されて残骸が何もない方向へ散らばる。
残った海賊戦闘機Bは、今のベリル号が触れると衝突事故で全壊するサイズの小型鉄球を周囲にばらまく。
光が反射せず、デブリとしては最悪の存在だ。
『素人が! 馬鹿みたいな速度を出したら避けられねえんだよ!』
「あっ。速度を出しすぎたら危険なんだった!」
ベリルが海賊に同意するような発言をする。
速度がありすぎて、近くのものは視認できない。
キャノピー越しに認識できるのは太陽くらいだ。
操縦席周辺に表示される情報も、戦闘開始直前と比べて1桁少ない。
加速を続けて光速の10パーセントに達したベリル号は、センサーの性能が足りなくなったのだ。
無論、危険は承知の上での行動だ。
この戦法は危険だが、勝率と安全を考えると最もマシなはず。
だが、その予想が今まさに外れている。
(……気のせいか?)
本当になんとなくだが、危険な方向が分かる気がする。
何もない場所に見えても、数秒後には『目立たない色のデブリ』があったことに気づけたりセンサーが知らせてきたこともある。
どの程度危険かもなんとなく分かるから、センサーによるわずかな情報をもとに、迷うことなく即決即断で進路と速度を決めることができた。
『馬鹿なっ。なんで躱せるっ!?』
「なんでだろうな?」
聞き流しながら機関砲の引き金に触れる。
宇宙での射程は無限だが、ホーミング機能はないので命中する確率はとても低い。
ただし、敵の至近で撃てば話は別だ。
機関砲を一瞬だけ使用。
直後にベリル号の進路を変更。
限りなくゼロに近かった海賊戦闘機との距離が、天文学的距離まで増大する。
『正気じゃねえっ!』
弾の運動エネルギーが、敵戦闘機のシールドも装甲も本体もパイロットも、捨て台詞ごと粉砕した。
「サルくんっ! 賞金が口座に振り込まれたよ!」
「速すぎませんか。まさか、超光速通信!? すっげえ!」
ベリル社長と俺がはしゃいでいる間も、海賊船は逃げ続けている。
俺も社長も、海賊船を賞金首としてしか見ていなかった。
そこにまだ生きている地球人がいると、海賊が見せつけてくるまでは。
◆ BERYL THE GREAT
船体:1 / 跳躍:3 / 航続:2 / 装甲:0 / 居住:1 / 船倉:0 / 兵装:1
◆ CREW
ベリル|船長Lv1 [借金Lv4]
サル |操縦Lv3 [疲労Lv4]




