28.ブラックマーケットの悪魔
「ブラックマーケットですか?」
「うん! 猫の巣号は母港建設の警護で動かせないでしょ? だから、賞金を一番稼げるところに行こうと思って!」
ベリル社長が立案した作戦は極めて豪快だ。
俺の自力センサーを活かして、光速の千倍どころじゃない速度でブラックマーケット近くまでベリル号で接近。
その後、高額賞金首の海賊を仕留めてそのまま逃走という内容だ。
そんなことをすれば海賊の報復にあうので普通の企業なら絶対にしないが、ベリル運送は既に海賊から憎悪されているので、してもしなくても同じ。
つまりやるだけ得ということだ。
「本当はブラックマーケットに乗り込みたいんだけどね」
「おそらく海賊の同類でも、表に証拠が残っていないなら手を出すのはまずいですから」
俺は、結構好戦的なベリルを宥める。
「ベリルちゃん。余裕があるなら何人か新人船長を見学させるのはどう? 何事も、見て覚えるのは有効だと思うの」
「っ……。そっか。僕、もう教える側なんだね」
ベリル社長が目をきらきらさせる。
戦利品の売却益や賞金が口座に振り込まれたときよりも喜びが強く、それ以上に誇りを感じているようだ。
「まだ新人船長より船の方が少ないから、できるだけ大勢を連れて行くね!」
ベリルは上機嫌でベリル運送の全員に伝えた。
その結果、誰がベリル号に同乗するか揉めに揉めて、出発は丸一日予定より遅れることになった。
☆
「「「乗船を希望しますにゃ!」」」
「乗船を許可するよ! 今日は船長ではなく乗組員として頑張ってね」
「「「はいにゃ!」」」
新人船長(今回は乗組員)たちがベリル社長に敬礼をしようとして、猫招きのようなポーズになる。
その背後には3人の下僕がそれぞれの主の後ろに控えている。
安価な作業着姿であるのに、姿勢と所作と目から感じる知性と品位が強すぎて、主に仕える執事にしか見えない。
「えー、みなさんにも乗船許可を出します。次からは自分から乗船許可を申請してくださいね」
自称お猫様の下僕たちは恭しく頭を下げる。
そこに本心からの敬意と熱意を感じ、俺は表情をひきつらせ、ベリル社長は猫耳をぺたんと伏せた。
「サルくん。やっぱ止めよう?」
ベリルは既に涙目だ。
乗船許可を与えていたときの凛々しさはどこかにいっている。
「今からは無理です。今、ベリル号から降ろしたらお子様たちの落胆が酷いですよ」
ベリル社長と俺が小声で話しあっている間に、新人船長3人とそれぞれの下僕が行儀よく予備操縦席に座った。
俺やベリル社長が許可しない限り操縦も攻撃もできないが、俺たちと同じ情報に触れることができる、見学には最適の席だ。
「下僕だけ降ろすとか……」
「連中はシッター兼家庭教師兼パイロットです。連中なしでお子様たちを大人しくさせる自信、あります? 俺にはまったくありません」
「にゃあ」
ベリル社長は肩を落とし、しょんぼりとして船長席に向かった。
☆
手下の宇宙船に厳重に守られていたはずの大物海賊の船が、膨大なタキオン粒子に飲み込まれて爆発もできずに四散する。
『きっ、旗艦撃沈?』
『何が起きている。報告しろぉっ!』
『わ、分かりません。いきなり探知範囲外から攻撃がっ』
『まさか、タキオン粒子? クソっ。タキオン粒子です!』
『馬鹿を言うな! 1門でいくらすると思っている! タキオン砲を何十門も積んだ船が襲ってきたとでも言うつもりか!』
戦力だけを考えれば2割程度しか失っていない海賊艦隊が、完全な混乱状態に陥った。
「「「すっげー!」」」
それをベリル号の中で聞いた新人船長たちが興奮している。
猫耳と尻尾が立ち、まだ小さな拳が風切り音とともにふりまわされている。
ただし席にも計器にも操縦桿にも当てない。
しっかり教育されているのだ。
「もう計算いやぁ」
「自力センサーの使いすぎで頭が痛いです」
ベリル社長と俺は、それぞれの席でうめいている。
タキオン粒子の速度が発射時点で変更可能なのを利用して、着弾のタイミングが重なるように延々計算しながら延々と射撃と移動を繰り返したのだ。
その結果が一撃での旗艦撃破だが、代償として非常に疲れた。
「ベリルねーちゃん! ぼくにもできる?」
「センサー性能で勝っている状況なら使える……じゃなくて、計算で当てられるようになるのが先だよ」
「「「けーさん!?」」」
新人船長が3人ともショックを受けている。
下僕たちは戦闘ログを精査しながら、教育プランの修正を考えているような雰囲気だ。
「社長。追撃しますか?」
「んー、念のため一旦距離をとってから、広い範囲で探ってみて。海賊もプロだから襲われたときの対策もしてると思うんだよね」
『まさか、ブラックマーケットの悪魔か?』
『奴らは零細企業だろうっ!? タキオン砲を大量に揃えられるわけが』
傍受中の海賊の通信は混乱しきったままだ。
「了解。少しの間、操縦をお願いします」
敵がいきなり加速しても反撃や回避可能な位置まで離れ、俺は操縦を社長に渡す。
そして注意を敵だけでなく全周囲へ薄く広げる。
いくつかデブリはあるが敵は海賊だけ……いや、とても遠くに、薄い敵意がいくつかあった。
「反応がありました。生体パーツであるかどうかは不明です」
「了解。無理せず退こう。追いかけてきたら返り討ちで!」
にやりと笑ったベリルに、俺もにやりと返す。
(いずれ、救出か荼毘に付すかしてやりたいがな)
反応があった方向に向かって一度だけ目を伏せてから、俺はベリルから操縦を受け取り建設中の母港へ飛ぶ。
「サルくん、今、賞金の振り込みがあったんだけど……」
「大物海賊でもこの額ですか。拿捕なしだと厳しいですね」
母港を建設中の俺たちは、大金を大金と認識できなくなりつつあった。
☆
『お久しぶりっす!』
建設中の母港や猫の巣号が見える前に、十字架型の大型船と遭遇した。
銀河通商第7営業艦隊が愛用している宇宙船であり、現ベリル号のもとになった宇宙船でもある。
「「「にゃっ!」」」
『そっちも元気そうで何よりっす!』
お子様たちとのコミュニケーションが俺よりとれていそうで、嫉妬の炎が俺の心で燃え上がる。
「サルくん、殺気漏れてるよ? 気づかれる前に抑えて」
「うっす」
俺は即座に反省して操縦に専念。
微妙に崩れた隊列の、4隻編成の十字架型宇宙船に速度と方向をあわせた。
『いやー、猿谷さんと一緒に飛べて光栄っす』
「この船は僕のだからね!」
『そりゃそうっすけど、ベリル社長の腕は普通じゃないっすか』
超大企業のパイロットの基準で普通というのは、一般的には凄腕という意味だ。
『むぐぐ』と反論できずに機嫌をそこねたベリルに代わって、俺が通信に出る。
「社長は若いですからまだ成長しますよ。ところで、どこかからの帰りですか? 機密にあたるならこれ以上聞きませんが」
『本隊に資料を届けてきたんっす!』
「んんっ」
昔持っていたエロ本のことを思い出し、俺は思わず咳き込んでしまった。
「「「にゃっ?」」」
『資料は資料っすよ!』
「「「にゃっ!」」」
『いやいや、猿谷さんみたいなハイレベルパイロットなんて滅多にいないんっす』
銀河通商で使っている自動翻訳機が高性能なだけなのか、このパイロットがお子様たちと心を通わせているだけなのか、怖くて聞けない。
「僕が初めてあの惑星で見た通商のパイロット、すごく操縦上手だったよ?」
ベリルが不思議そうな顔で聞くと、通商のパイロットは困った顔になった。
『えーっと、これって機密レベルいくつだっけ。えっ、多分大丈夫?』
パイロットは身内と話して確認していたようだ。
こほんと咳払いをして俺たちに向き直る。
『あの人たちすっごいお年寄りなんっす。うちは正規艦隊とはいえ第7っすから、ハイレベルパイロットが足りなくて無理言って現場に出て貰っているんっす。俺らが見習おうにも世代が違い過ぎて参考になんないんすよ』
「「「にゃぁ!」」」
『そうそう、その意気っす。俺も負けないっすよ!』
盛り上がる通商パイロットと猫耳幼児たちを見ながら、置いてけぼりの俺たちは視線をあわせて肩をすくめていた。
☆
賞金を稼ぎにブラックマーケット近くまで往復しても、10時間ほどしか経っていない。
それなのに、建設中の母港はすっかり姿を変えていた。
塗装もデザインも違うパーツが巧みに組み合わされ、違法建築じみた外見になっている。
もとは海賊船なので、色合いはかなり攻撃的だ。
『前衛的っすね! 次来るときはこの船でも停泊できるようにして欲しいっす!』
十字架型の4隻は、別れの挨拶のために船を一度揺らしてから、地球方向へ加速して立ち去る。
加速直前に『ぽいっ』と放り出されたコンテナからは、『置き配』であることの信号が出ていた。
「前衛的、かなあ」
「社長。バラした海賊船をそのまま使っていますから、俺も前衛的な外見だと思います」
ベリル社長と話しながら、トラクタービームでコンテナを回収する。
宛先はキン、というより整備班だ。
なお、拿捕班と整備班はメンバーが完全に同じなので、拿捕班と言い換えてもまったく問題ない。
『サル! 荷物は猫の巣号じゃなくてにゃーのところへ持って来てくれにゃ!』
「了解です。ずいぶん工事が進みましたね?」
『シールド発生装置や装甲の取り付けもまだぜんぜんにゃ。うお危ねぇっ』
ちょっと近付きすぎた。
キンが素早く回避しなければ、距離1メートルまで迫ってしまったかもしれない。
「サルくん……。近距離の操縦は猫耳に任せなよ。百歩譲って、下僕さんたちでもいいから」
ベリル社長の憐れむような視線が、俺の精神に大ダメージだ。
「「「おっちゃん、へたっぴにゃ?」」」
「超光速限定なら、超大企業でパイロットをしていてもおかしくない人だからね? ベリル運送にいてくれるのはサルくんの厚意だし、失礼なこと言っちゃ駄目だよ?」
「「「にゃ!」」」
今度の敬礼は、少しだけ敬礼っぽかった。
☆
キンが通商に注文した品は、母港の迎撃射撃に特化した火器管制システムだった。
「狙いづらいですね」
「サルは射撃も下手にゃ」
「ときに真実は人を殺すんですよ?」
拿捕したものの安い値しかつかず、売らずに残していた砲塔が、母港(建設中)のあちこちで旋回する。
目標に砲門を向けられたのは全体の8分の1程度だ。
「怪しいのはそこです」
俺は、自力センサーで捉えた反応を教える。
距離は12光秒。
口頭で速度と向きを伝えるのは面倒だったので、キーボードを使って入力・伝達する。
「タキオン砲も亜光速弾も使わないのは久しぶりね」
「僕たち、贅沢になっちゃったよね」
ブルネットとベリルが猛烈な勢いで数値入力を繰り返す。
小型とはいえ軍事基地用の動力源から膨大なエネルギーを供給されたコンピューターが、ベリル号を数段上回る速度で答えを返すたびに、新たな数字が与えられて計算が再開される。
「ベリルちゃん」
「うん。攻撃開始!」
合計6門による迎撃射撃が始まった。
減衰が激しいレーザー砲ではなく、『遅い』といっても光速の10パーセントに達する砲弾やミサイルの群れが、『弾幕』となって目標へ到達する。
「おそらく命中? 中身は生きて……今反応が消えました」
俺が発言すると、ブルネットはにこりと笑い、ベリルは得意げに胸を張った。
「これで戦闘機が出撃できないときでも最低限の防御はできるにゃ。問題は、サルがいねーとこの距離だと敵を見つけられないし当たりもしないってことだにゃ」
キンが、膨大な計算とその結果を確認中の下僕へ目を向ける。
俺の頭では理解に時間がかかるどころか理解することが難しい内容なのに、多少時間はかかったが理解した上で回答してきた。
「母港周辺の詳細な地形データがあれば、サルさまの半分の距離までなら、おそらく」
「近距離しか無理なのね」
「お姉ちゃん、それ、サルくんで感覚狂ってるから!」
特定の人間に頼り過ぎなど問題は多々あるが、これで母港は無防備ではなくなった。
まだ与圧区画は存在せず、宇宙船を停泊させるための設備も存在しないが、母港は少しずつ形になりつつあった。
◆ BERYL FLEET
規模:1 防衛:2 遠征:3
◆ BERYL THE GREAT MK2
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:2 / 居住:2 / 船倉:2 / 兵装:4
◆ CAT'S NEST MK2(4/4)
船体:4 / 跳躍:2 / 航続:4 / 装甲:4 / 居住:2 / 船倉:4 / 兵装:1
◆ CAT CLAW *3
船体:1 / 跳躍:2 / 航続:1 / 装甲:2 / 居住:0 / 船倉:0 / 兵装:2
◆ CREW
ベリル |船長Lv2 [財産Lv4]
サル |操縦Lv4 [疲労Lv3]
ブルネット|射撃Lv2 [事務Lv2]
キン |白兵Lv2 [整備Lv2]
妹猫耳ズ |白兵Lv1 [整備Lv1]
新人船長ズ|船長Lv1 [猫語Lv1]
猫耳の下僕|操縦Lv2 [信仰Lv2]
◆ CREW IN TRAINING
母猫耳ズ |白兵Lv1 [衰弱Lv2]
◆ SALVAGED ASSETS
船体:0 / 跳躍:3 / 航続:0 / 装甲:0 / 居住:1 / 船倉:0 / 兵装:0
◆ BERYL HOME PORT
権利:1 / 規模:1 / 装甲:0 / 修理:0 / 居住:0 / 備蓄:0 / 兵装:1




