27.小さな母港の第一歩
現状を把握させ、実際に手が届く目標を持たせ、互いの譲れないものを把握させる。
そのための資料を頑張って作っていた俺に、ブルネットは申し訳なさそうに首を左右に振った。
「駄目かな?」
「駄目ではないけど、それでは時間がかかりすぎると思うの」
分厚いオブラートに包まれてはいるが『完全に駄目』という意味だ。
俺は、結構な労力を投じた資料を今の状態で保存し、小さく息を吐いた。
「他の女に見せたくはなかったけど……。サルさん、私のすぐ後ろに海賊がいると思って。そして、あなたがベリル号に乗っていると思って」
ブルネットが奇妙なことを言う。
「間接的でも、ブルネットにぶっ殺す……失礼、殺意の目を向けるのは、俺自身に精神的ダメージがくるのですが」
一歩前に出てブルネットをかばった体勢なら、いくらでも殺気をばらまけるんだが。
「お願い」
軽くウィンクされるだけで躊躇が消えるんだから、俺はかなり単純な性格だと思う。
「分かりました」
実際には手に何も持っていないのを確認する。
さらに、うっかり手や足が出ないよう、即座には体が動かないよう手足の力は抜いておく。
そして、海賊を想像する。
好きにさせれば故郷を襲い、ベリル運送の宇宙船を破壊し、ブルネットたち猫耳を殺すか奪うかする宇宙の害悪を想像する。
「っ」
ブルネットの猫耳が伏せられ、尻尾が下がって足の後ろへ隠れる。
そうなったのは数秒だけで、猫耳はいつもよりピンと立ち、尻尾が高く上がって先端がくるんと曲がった。
「あの、ブルネット? いつまで続ければ?」
戦闘と会話を並行するのはベリル号の操縦で慣れてはいるが、安全な猫の巣号の中でするのは違和感がすごい。
ブルネットは何故か、心底満足そうに熱い息を吐く。
俺は、今は仕事中と、自分自身に言い聞かせる必要があった。
☆
「俺はサルだ。ベリル社長の代理として、今後のことを話す」
あのまま俺は、母猫耳たちが集められた会議室へ連れて行かれた。
「これがベリル運送の現状で、これが数年後のベリル運送だ。後ろの猫耳、見えるか? よし。しっかり見て頭に叩き込め」
すごい勢いで首を上下に振られた。
もともと『群れに大量の餌を運んで来る雄』として尊重はされていたが、今はそれ以外の感情も向けられている。
「どんな状況でも生きることには困難が伴う。しかし、生き延びるために必要なものは、状況によって異なる」
母猫耳たちの視線が妙に鋭く、熱い。
一番近いのは寝室でのブルネットかなと、ブルネットの演技指導と台本通りに演説をしながら俺は思う。
「学べ。今のお前たちには時間と食料と安全がある。学べ。遠回りに思えても、それがお前たちとお前たちの子が生き延びるための力になる」
演説というより扇動かもしれない。
俺に体力的な余裕がなくなり、母猫耳が『獲物を前にした猫』になりかけたところで、俺の後ろに控えていたブルネットが俺に寄り添った。
途端に、空気が冷えた。
まるで泥棒猫でも見るような視線が俺のすぐ近くというかブルネットに向く。
俺の位置からではブルネットの顔は見えないが、なんとなく『勝ち誇った顔』をしたような雰囲気がある。
「今のことを頭に刻んだ上で、もう一度、下僕どもと話してみろ。いいか、利用できるものは利用しろ。俺はそうやって今まで生きてきた。お前たちにもできると信じている。……以上だ」
俺はブルネットを伴い、壇上から去る。
緊張で脈拍が早くなっていて、颯爽と去るなんてことはまったくできていなかった。
☆
「サル、おつかれにゃ」
猫の巣号全体を監視中のキンが軽く挨拶してくる。
俺にぴったり張り付くブルネットは相変わらず得意げで、それに気付いたキンが呆れた表情になる。
「ブルネットおめー、男を自慢するにもほどほどにするにゃ。闇討ちされたら助けられねーにゃ」
「襲撃には慣れているから大丈夫よ」
「以前のおめーならともかく、最近の脳味噌ピンクなおめーで本当に大丈夫にゃ?」
本気の喧嘩になる寸前の気配を感じ、俺は咳払いした。
「キンさん。あの後どうなりました?」
「また喧嘩だけど今度の喧嘩は健全にゃ。まー、悪いことにはならねーと思うにゃ」
キンの前には大量の画面が展開されていて、母猫耳と下僕の話し合いあるいは議論あるいは口喧嘩がそれぞれに映っている。
一部にはなんとか仲介しようとしている猫耳幼児もいるが、ほとんどの猫耳幼児は行儀良く食事中だったり就寝中だ。
「ところでサル。それ、いつまで続けるにゃ? その目で見られるとにゃーもなんかムズムズするにゃ」
「ベリル号に乗っているときは、降りた時点で解除されるんですけどね」
俺は本気で困っている。
「あら。私は24時間そのままで構わないわよ」
ブルネットは冗談めかした口調だが、これは明らかに本音だ。
母猫耳と同じ目をしている。
「にゃーはともかく、ベリルの好みまで変な方向にぶっ壊しそうだから早急にやめるにゃ。ところでサル、おめーの親から通信要求が届いてるにゃ」
「親父たち……父たちからですか? 珍しいですね」
ブルネットの気配が一瞬で上品な猫耳に戻る。
俺は、改めて戦闘モードを解除しようとするがどうにもならないので諦めて通信に出た。
『よう、久しぶ……なんだお前。極道映画でも見たのか?』
「見てねーよ」
久しぶりの親子の会話で、戦闘モードが解除された。
ブルネットは表情は変えないが残念そうな気配になり、キンは露骨に安堵している。
『まあいいや。ところで、実家に置きっぱなしのお前の荷物なんだが』
「捨てて構わないって言ったろ? あのときのゴミの処分費用を出さなかったのはすまないと思うけど」
いかんな。
親父との会話では息子としての言葉遣いになってしまう。
『いやそうじゃなくてだな。なんか、俺の上司がお前のあれこれを買い取りたいって言ってるんだよ』
親父は困惑している。
俺も困惑した。
『あなたー! 話が終わったら早く手伝ってちょうだい!』
お袋の声も聞こえて来た。
「サルさん。お義母様とお義父様以外の声も聞こえるわ」
ブルネットが声を潜め、真剣な表情で俺に囁く。
もっとも、親父たちは隠す様子はないようだ。
『分かってる分かってる! すいません、ここはお願いしても?』
『はい、お任せ下さい!』
何故か星系管制が親父と代わった。
光翼はいつもの通りだが、超大企業の威信を感じる服装ではなく、緩いジャージっぽい姿だ。
「……そこ、俺の実家ですよね?」
『はい。猿谷さんのご両親が副業で経営されている下宿でもありますね!』
見覚えのあるパック牛乳をストローですする星系管制。
明らかに休暇モードだった。
「お義母様とお義父様がお元気そうで何よりだわ」
「あの、ブルネット? それでいいんですか?」
嫁さんが精神的にどっしりしすぎていて、俺の困惑が継続する。
「ええ。脅されているならああいう顔色にはならないもの。それよりあなた、お義父様の用件がまだ終わっていないわ」
「……どういう話でしたっけ?」
俺にとって衝撃の展開過ぎて、一部の記憶が頭から消えている。
『この家屋に残っている猿谷さんの所有物の買い取り交渉です』
星系管制はパック牛乳を飲み終え、何かを食べ始めた。
……イワシの骨せんべい(骨揚げ)か。
懐かしいな。
「サル! あれなんにゃ!? すっげー美味しそうにゃ!」
「キン、恥ずかしいから騒がないで」
キンが騒ぎ、制止しようとするブルネットも動揺を隠せていない。
俺にとっては家庭の味だが、宇宙船暮らしの猫耳には珍しいのだろう。
「実家には教科書と制服くらいしか残っていないはずですよ?」
他にはエロ本くらいか。
金銭的価値なんて、紙資源としての価値しかないと思うぞ。
『ハイレベルパイロットの生活を真似て、少しでもパイロットとして成長したいという者は珍しくないんですよ。現役のハイレベルパイロットが生まれ育った部屋をそのまま使える権利は、とても高く売れますし』
『お前は地球にいないし、俺や母さんが持っていたら盗難の恐れがあってな。だったら全部上司に投げちまおうと』
親父が、揚げたての骨せんべいを紙で包んで運んで来る。
星系管制が鷹揚な態度で受け取り、平然と食べ続ける。
『天然食材の調理実演記録をハイペースでしてくれている部下からの頼みですから、業務外でも多少の頼みなら聞きますよ。……いかがでしょう。貴重な資料として、すべて第7営業艦隊で保管させて頂きますよ?』
「……すべて?」
『はい。猿谷さんの個人的な趣味が分かる資料も、すべてです』
ブルネットが微笑んだ。
その表情は『後で話があるから逃げないでくださいね』だ。
星系管制が送りつけてきた買い取り希望価格が旧ベリル号を買える額なので、話をなかったことにもできない。
「勘弁してください」
顔が熱い。
今思い出したが、エロ本はファンタジー猫耳が登場する内容だった気がする。
『さすがにこれ以上は出せませんよ?』
「物納でお願いできませんか。カイパーベルトで飛ばすための有人戦闘機を量産する予定なんですが、パイロットの安全のための装備を星系外から取り寄せるのが大変なんです」
『それなら、買い取り価格の半分の予算でプランを組んで見積もりをお送りします。半分はご両親に渡しますね!』
「よろしくお願いします……」
こうして、俺が実家に放置していたものすべてが、銀河通商の手に渡ることになった。
画面の向こうでは、半仕事モードから完全な休暇モードへ移行した星系管制が、背中の翼もだらりとさせて怠惰に家庭料理を楽しんでいた。
☆
見た目は旧ベリル号そっくりの宇宙戦闘機が、母港を建設予定の小惑星から光秒単位で距離をとって飛んでいる。
加速力は旧ベリル号に劣るが、シールドの強さも装甲の頑丈さも別次元だ。
あの宇宙戦闘機が超高性能、ではない。
旧ベリル号の装甲やシールドが論外レベルで弱すぎるのだ。
「新人船長と下僕でふたり乗りですか。飛行以外の面で不安になりますね」
俺は思わず本音を言ってしまった。
下僕の操縦はベリルにちょっと劣るだけくらいだ。
射撃や通信は新人船長である猫耳幼児がすることになるが、訓練でできていることの8割程度ができればなんとかなる、はずだ。
「超光速通信網経由で監視はしてるから大丈夫……大丈夫だよね?」
ベリルが悩んでいる。
「どうかしらね……」
ブルネットもお手上げだ。
俺たち3人は、いつでも救援に向かえるようベリル号の艦橋にいる。
なお、ベリル号の役割はいざというときの救援だけではない。
母港建設の警護も最重要の仕事だ。
『おめーら! 集まるにゃ!』
『『『にゃっ!』』』
母港建設予定地である小惑星に、キンだけでなく大勢の猫耳幼児が『着地』していく。
『おめーらの初仕事は母港の建設にゃ! 完成したら船じゃなくて、でっけー港がにゃーたちの家にゃ!』
『『『ふおおっ!』』』
猫耳幼児たち……今日からはベリル運送の新入社員たちがテンションを上げる。
全員がパワードスーツを着ていて、戦闘用と作業用でスラスターの数に差はあるが防御性能は同じだ。
『パーツに挟まれる前に逃げるにゃ! いくら装甲があっても潰れておだぶつにゃ!』
『『『にゃっ!』』』
猫の巣号の船倉からゆっくり向かって来るパーツを全員で減速させ、既に加工を済ませた小惑星にはめ込む。
接触部分には接着剤を注入して固定して、次のパーツは既にはまったパーツに接続させる。
「見事なものですね」
「うん。みんな真面目に訓練してたみたい。不注意はあるけど数で補えている」
今のベリルは社長でも3姉妹の末妹でもなく、大勢の妹を見守る姉の表情をしている。
『にゃっ!』
別方向からの通信が届いた。
出撃中の戦闘機2機のうち、1機からだ。
『にゃっ! にゃぁっ!』
念のため自動翻訳機を確認してみたが、正常動作していた。
「敵、小型船、逃げた。撃った、捕まえた。……猫耳にしか通じない鳴き声はやめなさい!」
『にゃあ……。でも、急いで伝えるの、だいじ!』
ベリル社長が新人船長に注意している間、俺は下僕から送られてきたデータを確認している。
内容はほぼ同じだ。
捕縛用の粘着弾で身動きがとれなくなった敵船が、自爆装置、あるいは遠隔操作によって破壊されたという情報も付与されている。
「勝つだけでも、捕まえるだけでも不足。自爆を止めて情報を抜く手段も必要ですか」
俺は思わずうなってしまった。
「母港の土台作りと宇宙戦闘機の新規組み立てでお金を使ったのに、まだ足りないのね」
「サルくん、ブルネットお姉ちゃんも。経営ってこんなものだと思うよ……」
黄昏れたベリルが、力なく微笑んでいた。
◆ BERYL FLEET
規模:1 防衛:2 遠征:3
◆ BERYL THE GREAT MK2
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:2 / 居住:2 / 船倉:2 / 兵装:4
◆ CAT'S NEST MK2(4/4)
船体:4 / 跳躍:2 / 航続:4 / 装甲:4 / 居住:2 / 船倉:4 / 兵装:1
◆ CAT CLAW *3
船体:1 / 跳躍:2 / 航続:1 / 装甲:2 / 居住:0 / 船倉:0 / 兵装:2
◆ CREW
ベリル |船長Lv2 [財産Lv3]
サル |操縦Lv4 [疲労Lv3]
ブルネット|射撃Lv2 [事務Lv2]
キン |白兵Lv2 [整備Lv2]
妹猫耳ズ |白兵Lv1 [整備Lv1]
新人船長ズ|船長Lv1 [??]
猫耳の下僕|操縦Lv2 [信仰Lv2]
◆ CREW IN TRAINING
母猫耳ズ |白兵Lv1 [衰弱Lv2]
◆ SALVAGED ASSETS
船体:0 / 跳躍:3 / 航続:5 / 装甲:0 / 居住:1 / 船倉:2 / 兵装:3
◆ BERYL HOME PORT
権利:1 / 規模:1 / 装甲:0 / 修理:0 / 居住:0 / 備蓄:0 / 兵装:0




