25.海王星の外側で
「サル! すまねーにゃ! ちょっと顔だしてくれ!」
ゆさっ、ゆさっ、と力強く揺さぶられる。
「んん……ブルネット、そういう甘え方は寝る前だけって言っただろ?」
俺は完全に寝ぼけた状態で、最も近くにあった高い体温に触れる。
「サル!? ちょっ、やめるにゃっ!? にゃぁ……」
疲れ切った頭は、相手が誰かをまったく判別していなかった。
ただ、ブルネットが甘えてきたのだと思い込んで、いつものように頭を撫でてしまう。
「あなた。キン。何をしているのかしら」
目が覚めた。
何故か俺に撫でられて目を細めていたキンが、一瞬で真っ青になって次の一瞬で俺から跳んで離れる。
「何をしてたんだろうな?」
寝起きなので普段の半分も頭がまわっていない俺は、キンが離れた後も優しく手を動かしている。
「……今回だけは、悪意がなかったと判断してあげるわ」
俺の位置からは、ブルネットがキンにどんな目を向けているか分からない。
キンが本気で怯えているから、見ないで済んだのは幸運かもしれない。
「ブルネット。俺が今知っておくべきことはありますか?」
「猫の巣号とは合流済み。あの惑星に向かって飛行中。あなたが記録した航路データに従い光速の500倍で移動中よ」
「ありがとう。顔だけ洗って……タオルで拭いてから自力センサーを使います」
ブルネットが渡してくれた蒸しタオルで念入りに顔を拭く。
心地よいだけでなく、頭もすっきりしてきた。
「キンもタオルで拭く?」
「ごめんにゃ。もうしないにゃ」
キンは平身低頭だ。
殴り合いならキンが圧倒的でも、幼少時に確定した姉との関係は一生そのままかもしれないと思った。
「キンさん。何か重要な要件がある、と聞いたような気がするのですが」
寝ぼけていたときの記憶には全く自信がない。
俺に横からぴたりと張り付いたブルネットが小さく頷くと、キンはようやく頭を上げて口を開いた。
「パワードスーツのお礼を言いたいって、ガキどもが言ってるにゃ。でもそれが本題じゃなくて、ガキどもが何かを相談したがってるから、それとなく聞いてやって欲しいにゃ」
予想外の言葉を聞いて、俺とブルネットはお互い無意識に目を向け合う。
ブルネットのまつ毛が長いな、と俺はぼんやり考えていた。
☆
「「「サルおじさん。パワードスーツ、ありがとうございますにゃ」」」
全員揃って頭を下げてくる。
その所作が予想外に整っていて、それに加えて初めて聞くレベルの丁寧な言葉遣いに、俺は驚愕と感動に襲われる。
「丁寧なお礼、確かに受け取りました。っ……。次のパワードスーツは君たち自身が購入することになります。必要以上の危険は冒さず、しっかり稼いでお金を貯めるように」
俺は途中で、熱い涙をこぼしそうになってしまう。
「「「はいっ!」」」
元気な返事に、俺はもう耐えられなくなった。
「キンさん! いったいどうしたんです!?」
「こいつらだっていつまでもガキじゃねーにゃ。それより、こいつらの話を聞いてやれにゃ」
キンが、俺に猫耳幼児たちに向き直るよう指示する。
ブルネットは常温の麦茶と甘いクッキーの準備をしていて、猫耳幼児たちがそわそわとしだしている。
いつもの様子に近付いていて、俺は少しの残念さを感じた。
「えっとね。かーちゃん……お母さんと下僕がね。ずっと喧嘩してて……」
猫耳幼児のひとりが、全員を代表して説明してくれた。
ブルネットが、猫の巣号の監視カメラの映像を要約して、猫耳幼児たちが目にしない位置の画面に表示してくれる。
「……なるほど」
俺はだいたい察した。
猫耳の下僕たちは、宇宙海賊に地球からさらわれて生体パーツにされる前は、幼少時から手間と金をかけられて丁寧に養育されて高度な教育も受けてきた。
猫耳幼児たちの母親たちは、生まれてから銀河の最下層で必死に生き抜き、孤児院に子供を預けたまま死ぬ寸前だった。
一か八かでベリルに賭けた結果が、奇跡のような大成功になるまでは。
「社会のどの階層向けの教育をするかで揉めているわけですね」
「そうにゃの?」
「はい。もう少し分かりやすく、図も使って説明しますね」
AIが適切かつ妥当な資料をまとめてくれる。
視覚で表現されると俺も分かりやすい。
「私も今から不安になってきたわ」
「ブルネット。子育て未経験なのは俺も同じです。お互い、使えるものは何でも使って、子供のために頑張りましょう。ブルネットと俺ならできますよ」
「……ええ」
不安げに伏せられていたブルネットの猫耳が、少し普段の猫耳に近付いた。
「おっちゃん?」
サルおじさんからおっちゃんに戻ったようだ。
それでも、いつもよりは成長して見える。
母親と再会して精神がおちついたのと、下僕という『高度な教育を受けた人材』からの影響の両方だろう。
「俺の話を聞くのは食べながらでいいですからね。……君たちの親御さんも、下僕が伝えてくるやり方も、どちらも間違ってはいないんです。親御さんのおかげで生まれて生きてこれたわけで、しかし今後ベリル運送が拡大成長していくにつれて、その生き方を変えないままでは大きな問題が起きるんです」
何故かキンも真剣な表情で聞いている。
ブルネットは言うまでもなく、操縦中のベリルも猫耳をこちらへ向けている。
俺の話だけでは伝えきれなかった可能性はあるが問題ない。
社会の下層で金を稼ぐ生き方と、勢いのある企業の社員としての生き方を、AIが生成した映像で見比べることになった猫耳幼児たちは、自分たちがなんとなく感じていた違和感の正体に気付いたようで目を丸くした。
「安全な場所に寄港したときに、一度全員で話をしましょう。結論を出すための話ではなく、お互い何を考えているか伝えるための話です。……ブルネット。今出したお茶とお菓子、ここに来ていない子たちにも出せますか?」
「もちろんよ。でも、サルさんは私を手伝うことより操縦を優先してね。ベリルちゃんも気になって仕方がないみたいだから」
俺は既に立ち上がっていたんだが、ブルネットの指示に従って操縦席に座り直してベリル社長と操縦を交代する。
自力センサーを使えるので、一気に加速して地球の方向へ進む。
ベリルは、AIが作成した資料を、星系政府を脅すときより真剣な表情で精査していた。
☆
地球がある星系の外縁部まで来たところで、ベリルが発言する。
「あの子たちの教育内容も、母港をどこにするかも問題だけど、今いちばん問題なのは戦利品をどこで換金するかなんだよね。サルくん、意見は?」
「それも大事ですが、海賊対策も重要ですよ。……妙に多いな」
銀河通商第7営業艦隊の一部が駐留する地球に近づく海賊は、少なくとも今はいない。
だが、星系外縁には海賊艦隊の偵察のような小型船が何隻かいる。
小さな小惑星には、採掘をしているらしい船までいた。
『こちら星系管制です。話は聞きかせていただきました』
「盗聴、賠償……」
ベリルがじっとりした目と、冷たい声で囁く。
星系管制は勢いで誤魔化そうとする。
『今なら格安で租借権をお売りできます! 最初は10年契約ですが、海賊排除の実績しだいで優先更新も可能です!』
一方的に送られてきたデータを見て、俺は驚いた。
「星系外縁の一部宙域が10年? ほぼ無料じゃないか」
資源を採掘可能な小惑星も宙域に含まれている。
零細と中小の中間あたりのベリル運送に対する提案としては、破格の好条件に感じられた。
『海賊がうっとうしいんですよ。パイロットの安全を考えると最低2隻、できれば4隻で向かわせたいですけど、そんなことをすると機材も人材も消耗するわけで』
「優先更新があるといっても、確定じゃないよね。母港を建てるにはちょっと怖いかな。海賊の相手だって、毎回拿捕に成功するとは限らないんだよ?」
『そこをなんとか!』
ベリル社長と、銀河通商で地球の管理を任された中間管理職が交渉を始める。
「ここを母港にして、成り立つのでしょうか?」
「サルさんが分からないなら、私にも分からないわ」
俺とブルネットは、海王星軌道の外側にある宙域を見る。
そこには、数だけは膨大な小惑星と、何かの狙いをもって行動する海賊船だけが、存在していた。
◆ BERYL FLEET
規模:1 防衛:2 遠征:3
◆ BERYL THE GREAT MK2
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:2 / 居住:2 / 船倉:2 / 兵装:4
◆ CAT'S NEST MK2(4/4)
船体:4 / 跳躍:2 / 航続:4 / 装甲:4 / 居住:2 / 船倉:4 / 兵装:1
◆ CREW
ベリル |船長Lv2 [財産Lv5]
サル |操縦Lv4 [疲労Lv7]
ブルネット|射撃Lv2 [事務Lv2]
キン |白兵Lv2 [整備Lv2]
妹猫耳ズ |白兵Lv1 [未熟Lv1]
新人猫社員|船長Lv1 [未熟Lv2]
猫耳の下僕|操縦Lv2 [信仰Lv1]
母猫耳ズ |白兵Lv1 [衰弱Lv2]
◆ SALVAGED ASSETS
船体:2 / 跳躍:3 / 航続:5 / 装甲:1 / 居住:1 / 船倉:2 / 兵装:3
◆ BERYL HOME PORT
規模:0 / 装甲:0 / 修理:0 / 居住:0 / 備蓄:0 / 兵装:0




