20.ベリル号MK2
「うに゛ゃあ」
断末魔めいた声を残して、ベリル社長が白目を剥いた。
「これなら買えますよね! 今すぐ出撃できますよね!」
光翼がうっすら濁った状態の光翼人間が、ベリルにぐいぐい迫っている。
ベリルと体格に差がないので、光翼人間と猫耳人間がぴったりくっついてどちらも倒れない。
「破格ではあるのだけどね」
急遽駆けつけたブルネットが、詳しい契約内容(料金も当然含んでいる)を精査中だ。
「サルくん……。動かしてみた感想はどう? 使える? 種族が違うと使えないってことは普通にあるから……」
復活したベリル社長が、精神的ダメージを負った状態で俺に話しかけてくる。
「なんとも言いづらいですね」
俺はまだ十字架型大型船には乗っていない。
明らかに社外利用不可のシミュレーターに『乗り込んで』、実機同然の操縦ができている。
もちろん、俺の自力センサーはシミュレーターと連携していないので、光速未満の模擬戦闘でも超光速の模擬戦闘でも負けっぱなしだ。
「シミュレーターで勝てないのはっ、ハイレベルパイロットにはたまにあることですからっ!」
必死に誤魔化そうとする光翼人間の翼は、動揺で『ぱたぱたっ? ぱたたっ!』と不規則に動いている。
「いえ、勝ち負けではなくてですね。癖はありますがいい船ではあります」
俺が愛用するタキオン砲は、ベリル号と同じ1門だけ。
他にも兵器は積んでいるが亜光速以下なので、超光速戦闘時の攻撃力はベリル号と同程度にも見える。
しかし、内蔵可能なエネルギーの桁が違う。
ベリル号ならあの戦闘機には5パーセント、あの船のエンジンに対して10パーセントと節約していた面倒くさい戦いが、常時『タキオン砲が壊れないぎりぎりまでエネルギーを込めてぶっ放す』簡単な戦いに変わるのだ。
「問題は船倉のサイズと維持費です。これだけ大きいのに船倉は猫の巣号と同程度です。維持費もおそらく、桁違いなのでは?」
俺の言葉にブルネットが頷く。
「独自規格のパーツは一切使われていないから、補給はどの場所でも受けられるのだけど……」
ブルネットが出撃ごとの整備費用と、定期的な本格整備にかかる費用を計算して送ってくる。
「に゛ゃあ」
ベリルが再び白目を剥く。
俺は動揺してシールド操作に失敗。
AIが動かす仮想のベリル号に、タキオン粒子で仮想の操縦席を吹き飛ばされて敗北した。
「サルさん」
「ありがとうございます」
ブルネットに補助してもらいながらシミュレーターから出る。
「じゃあそういうことで。行きましょう、ブルネット」
途中でベリル社長を回収して猫の巣号に向かおうとして、星系管制からタックル……にしては軽く、腰へ抱きつかれた。
「助けてくれてもいいじゃないですかぁっ! 猿谷さんの出身地じゃ『同じ釜の飯を食べた仲』は特別でしょぉっ!」
ブルネットがかなり容赦なく引き離そうとしているのに、この光翼人間は必死の表情で俺から離れない。
「……割引してくれたら考えるかも」
再度復活したベリルが、冷たい口調で星系管制に囁いた。
「これ以上は無理ですぅっ!」
「本当かにゃ?」
ベリル社長の緑の目が輝く。
惨めに乞うてくる光翼人間に嗜虐心が刺激されているのかもしれない。
「んぐぐっ。だったら現地採用枠です! 2人までなら通商で雇います! 地上居住権付きです! ……人権があるの前提ですよ? そこまでサービスできませんっ!」
ブルネットの猫耳がぴくりと動く。
俺もポーカーフェイスを維持できない。
ベリル運送には宇宙船生活に向いていない人間が2人いる。
俺の両親だ。
猫耳の大人組3人は、寿命は迫っているが体力は十分にある。
猫耳幼児たちも、食生活からもストレスからも解放されて、俺より体力がある奴も珍しくない。
体力の回復速度まで考えると、俺は猫耳幼児たちに宇宙船生活適性は劣る。
そして、俺より、親父たちの方がさらに劣る。
「最初から、サルくんに首輪をつけるのが狙いだったんだ」
「やられたわね。サルさん本人が断っても、ベリルちゃんは助けようとするもの」
ベリルとブルネットが軽蔑の目を星系管制に向ける。
星系管制は得意げな表情……はせずに、表情も体も固まっている。
ただ一点、血の気が引いたかのように漂白された光翼が、『あれっ? あっ、まさか、全部私の狙い通りってことに!? ち、ちがっ』という雰囲気で『ぷるぷる』と震えていた。
☆
騙していたのは誰で、騙されていたのは誰だったのか。
今となっては誰にも分からない。
ただひとつ確実なのは、俺と十字架型の相性は最高だってことだ。
『先遣艦隊の残骸を発見っ、ぜ、全滅してますっ』
『タキオン粒子接近! シールドを使えぇっ!』
海賊の断末魔と絶望の声が途切れない。
地球人という高く売れるパーツ目当てに集まった海賊船は、豪華な超光速ミサイルや、一部はタキオン砲まで使って反撃するが、当たらない。
当たるわけがないのだ。
俺が操る十字架型大型船は、射撃直後からベリル号を上回る加速で移動中だ。
俺未満の生体パーツしか積んでいない海賊船は、超光速戦闘時のセンサー性能で俺たちに劣る。
つまり、一方的に攻撃するのが俺たちベリル運送で、一方的に虐殺されるのが海賊どもってことだ。
「サルくん、僕は乗らなくて良かったんじゃ?」
「この船、ベリル運送の資産の9割以上を占めてますよ。俺に対する信頼とか関係なく、ベリル社長が常駐すべきでしょう」
「そうよベリルちゃん。誰が上か常に示しておかないと、特に若い子は勘違いしがちなんだから」
広い艦橋に3人だけというのも寂しいものだ。
地球で仕事をしていた頃は静けさもリモートワークも最高だと感じていたが、今は猫耳幼児たちの高く騒がしい声がないと落ち着かなくなってしまった。
「サルさん。私だけでは不満?」
「俺が子供好きになったってことですよ」
自然に目があい、笑い合う。
「ふたりとも! よそ見厳禁!」
ベリルが、嫉妬ではなく事故への恐怖で叫んだ。
「失礼」
「反省するわ」
いかんいかん。
脳味噌がピンクになっていた。
「もうっ。楽勝のはずの戦いで死ぬのはヤだからね! あ、高額賞金首!」
ベリルは瞬時に機嫌を直す。
数光秒の距離まで俺たちに迫ることに成功した高速海賊船が、十字架型のセンサーに捕捉されたのだ。
「いただきにゃ!」
本能が刺激された猫じみた速度で、ベリルがベリル用の操縦桿を操作する。
複数ある機関砲が1門あたり3発ずつ亜光速の砲弾を放ち、高速高加速と引き換えに装甲が脆い高速海賊船を船首から船尾近くまで押し潰した。
「純粋な身体能力では勝ち目がないですね」
残骸の数と向きと速度を船のAIとブルネットに読み取ってもらいながら、俺は次の獲物の背後につく。
「おっと」
標的からの殺意が濃くなったので一旦距離をとる。
亜光速でばらまかれたデブリが、寸前まで俺たちがいた空間を通り過ぎた。
「惜しいわね。船倉がご覧の通りだから、修理可能なエンジンが浮かんでいても回収できないわ」
「治療費と維持費を考えると、多少の無理をしてでも金が欲しいですね」
「サルくん! お姉ちゃんも! 単独で海賊の大集団に攻撃を仕掛けるのは多少の無理じゃなくてすごい無理だからね!」
ベリルは珍しく本気で怒っていた。
『あの星に向かえ! 現住生物を盾にすればっ』
十字架型の通信装置は傍受も解読も得意なので、海賊船同士の通信まで聞こえる。
「サルくん、あの船撃たないの?」
ベリルの目は、比喩的な意味で金色に光っている。
賞金額が、大人猫耳ひとりの治療費の5割もある。
「沈めるまで撃ち込むと時間がかかりすぎます。エンジンをいくつか潰すだけなら簡単なんですけどね」
俺の言葉に、ブルネットが何かを言いたそうな顔になる。
「はい、ええ、ブルネットや社長の協力があれば簡単です。はい」
俺の自力センサーは、移動でも回避でも攻撃でも素晴らしく役に立つ。
けれど、才能がない分野を補うのには限界がある。
特に射撃だ。
「サルさん。タキオン砲も私が撃つ?」
ブルネットが精一杯気遣ってくれるのが、今は苦しい。
「慣れたタキオン砲ならなんとか当てられるので、機関砲の方を担当して頂けると……」
俺だってロマンを持っている。
効率を考えると操縦だけした方が良いのは分かってはいる。
だから、今後尻に敷かれるのを覚悟の上で頭を下げる。
頭を下げても自力センサーは正常作動し、海賊の迎撃や海賊が仕込んでいたデブリを躱して次の射撃位置へ軽々到着する。
「もう。仕方ないわね」
「ブルネットお姉ちゃん、そこは甘くしなくても……いえなんでもないです」
ベリル運送の新たな力は、高速の海賊船を破壊し、それ以外の海賊船のエンジンを徹底的に叩く。
速度が激減した海賊艦隊を残して立ち去ったのは、ダメージを受けたからでも、エネルギーや弾薬が不足したからでもなく、パイロットや射手の体力が限界に近付いたからだった。
☆
『こちら星系管制。ご無事でなによりです』
整備中の船を除いた十字架型すべてが、息の合ったタイミングで船を揺らす。
なんとなく歓迎の雰囲気を感じる。
光翼人間が翼を振る動作からきた動きなのかもしれない。
『次の出撃は何時間後でしょうか』
「何言ってるの? 一日ゆっくり休むよ」
ベリル社長は操縦は俺に任せ、いざというときの射手役はブルネットに任せ、自分自身は賞金額の計算をしている。
「まだ治療費1人分かぁ」
『ちょっと待ってください! 海賊、まだゆっくりですが近付いてきてるんですよ!?』
最低1基のエンジンが潰されて加速力は激減しているが、姿勢制御用のスラスターや小型エンジンを使えば低加速でも加速は可能だ。
来た道を戻ることもできなくなった海賊の群れが、生体パーツだけでなく居住地を得るために地球を目指している。
「船の値引きの代わりに海賊を撃退する契約だけど、いつまでに撃退って決めてなかったでしょ? 悪いけどそっちの都合よりサルくんの体調優先だから」
この船で戦うと、船のエネルギーが減るより俺の体力が減る方が早い。
そういう意味でも、俺ひとりで乗るのは厳禁だ。
『そんなぁ。ちゃちゃっとやらないと査定下がるんですよぅ。こっちの船で仕留めようとしたら、撃ち合いになりますから時間がかかりますしぃ』
この情けない態度が演技なら大したものだと思う。
『おうサル。戻ったか。ベリル号も猫の巣号も動けるようにしてるにゃ。……あの鈍足海賊船の群れ、捕獲とかできるにゃ?』
巨大衛星ではなく、猫の巣号からキンの通信が届く。
「危険だからやりたくないです。降伏したふりで襲って来たり、海賊船に時限爆弾でも仕掛けられていたら命がいくつあっても足りませんよ」
『そのことだけどにゃ。危険を承知で海賊相手に移乗攻撃するつもりの奴がいたら、一時的に雇うつもり、あるにゃ?』
「キン姉、いったい何を……」
戸惑うベリル社長だが、俺には心当たりがあった。
「キンさん、いつの間にそんな繋がりが?」
『にゃーが狩りに出ているときに軍人っぽいのに会ったにゃ。にゃーもベリルが成功するまで食えなかったから、情が湧いちまったにゃ』
「地球人に軽装備を与えて片道で突っ込ませるのかしら。それ、法的に大丈夫なの?」
ブルネットが困惑する。
助けを求めるように俺を見るが、俺もさっぱり分からない。
『別に問題ありません。第7営業艦隊は良質な惑星が無事なら基本的に他はどうでもいいんです。地表では暴れさせないでくださいね? 駆除って気分よくないので』
俺たちに対してフレンドリーに見えても、光翼人間は地球人を人間とは思っていない。
しかし、ここで頷けば、地球を支配する異星人に使われる俺が、同胞のはずの地球人に命の危険がある依頼を斡旋するわけか。
序盤か中盤で討たれる悪役ポジションだな。
「サルくん、ブルネットお姉ちゃんも、それでいい? 分かった。キン姉、その知り合いに連絡よろしく」
『おう! 志願者は山ほどいそうだから、EVA用の服も、運ぶための箱も、多めに用意しとくにゃ』
箱とは、宇宙船で曳航するための箱だ。
一見甘く見えるキンも、貴重な資産である宇宙船の中に、無関係の地球人を入れるつもりはない。
地球人の地位を改めて実感した俺は、ため息未満の息を吐いてしまっていた。
◆ BERYL THE GREAT MK2
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:2 / 居住:3 / 船倉:2 / 兵装:4
◆ CREW
ベリル |船長Lv1 [財産Lv1]
サル |操縦Lv4 [疲労Lv4]
ブルネット|射撃Lv1 [事務Lv1]
キン |白兵Lv1 [整備Lv1]
妹猫耳ズ |白兵Lv1 [未熟Lv2]
新人猫社員|船長Lv1 [未熟Lv3]
猫耳の下僕|操縦Lv2 [疲労Lv1]




