19.新たなる力
『サルくん、意見』
「社長は地球の近くに残って銀河通商との連携を維持して下さい。ベリル号に同乗してもらえると心強いですが、今は通商との連携の方が重要です」
『ん。負担を押しつけることになるけど、ごめん』
ベリルが神妙にしていたのはそこまでだった。
『ごめんついでに交渉もお願い!』
両手を合わせてウィンクするのが妙に可愛い。
ベリル社長の背後からブルネットのドスの利いた声が聞こえた気がしたが、気のせいと思うことにする。
『こちら星系管制です。猿谷さんにご相談があります』
今回は映像付きでの通信だ。
言葉だけなら落ち着いた企業人なんだが、声も表情も完全に追い詰められたそれだ。
『敵船を半数撃墜してください。規定の上限の報酬はお約束します』
「不可能です」
俺は、解釈の余地を与えない言葉を返す。
『どうしてっ、いえ、猿谷さんのパイロットレベルなら、辺境星系の海賊程度鎧袖一触でしょう!? うちの標準型巡洋艦なら墜とせますよね! こっちのシミュレーターではそういう結果が出てますっ!』
通商の人間が慌てれば慌てるほど、もう地球は駄目なんじゃないかと思えてくる。
俺が許可を求めてベリル社長を見ると、『任せた!』という感じで親指を上げる社長が見えた。
「仮に墜とせたとしても、すぐにエネルギー切れで動けなくなります。海賊相手の迎撃でも同じです」
ベリル号の性能は極端なんだ。
タキオン砲という速度と長射程を兼ね備えた高級兵器と高速高加速を兼ね備える代わりに、装甲もシールドも紙同然で航続距離もエネルギー容量も小さい。
俺が乗らないなら片道飛行確実な産廃だ。
『それは、ベリル運送の船で随時補給すれば!』
「猫の巣号は流れ弾1発で沈みますよ。高く評価して頂けるのは嬉しいですが、俺たちベリル運送は零細企業でしかないんですから」
これは俺の本音であり事実でもある。
猫耳たちが妙に戦闘に向いていたり、俺が超光速戦闘限定で異様に強かったり、奇跡的な幸運でタキオン砲が1門あったりはするが、人材でも宇宙船でもベリル運送は零細企業でしかないのだ。
『うあぁ……。こっちの評価だと脅威度高めの有力企業になってるのにぃ……。自認が人間なら上位存在目線で仕事しないでよクソ上司ぃっ』
怨嗟にまみれた愚痴を吐く光翼人間の背中では、翼が禍々しく変色して脈動までしていた。
「社長、違約金はいくらになります?」
俺はこっそりベリルに尋ねる。
キャットタワー1号2号と打ち合わせをしていたベリルは、俺をちらりと見る。
『サルくん、出身惑星を見捨てるのはもうちょっと後で良いと思うよ?』
一応秘匿回線を使ったんだが、星系管制は盗聴していることを隠さず通信に割り込んできた。
『助けてくださいよぉっ! ベリル運送の評価が不自然に高いの、どう考えても猿谷さんが原因でしょ!? 驚異の操縦技術でなんとかしてくださいよぉっ!』
情けない泣き落としに見えて、実際は高度な説得術なのかもしれない。
ベリルが同情しかけて、同じ猫の巣号にいたブルネットに阻止されていた。
「ご都合主義が使えるなら最初から使っていますよ。……こういうのはどうです?」
俺は、いくつかの案を示した。
断られても当然の要求がほとんど受け入れられてしまい、俺は『会社ごと逃げておけばよかった』と後悔することになった。
☆
『地球の諸君! 邪悪な異星人から諸君を解放するため、我々地球防衛艦隊が今帰還した!』
地球の国家にも受信可能な形での放送だ。
銀河通商が使っている船より大きな葉巻型宇宙船の映像も添付されている。
しかも戦闘機サイズの護衛が複数だ。
地球人から法の保護を剥ぎ取って海賊の前に放り出したという事実を知らない奴なら、救世主と勘違いできるのかもしれない。
『サルくん。地表の動きが活発化してる。サルくんのご両親は猫の巣号に避難してもらったから』
「ありがとうございます。……そこまで深刻ですか」
『ご両親のことは、これまでが幸運だっただけだと思う。それと、地表からこちら側の船を撮影して海賊に情報を送っている気配があるの。妨害はしてるけど覚悟はしておいて』
「了解です」
地球人を生体パーツにするのが目的の海賊の群れと、それを率いる自称地球防衛艦隊。
今は大型船と戦闘機(最小サイズの宇宙船)からなる艦隊ではあるが、地球を売り飛ばした奴が地球防衛と名乗るのは、恥知らずを通り越して頭がおかしいと思う。
『猿谷さん。構いませんか?』
星系管制の光翼人間が最後の確認をしてくる。
俺は今、8隻の十字架型船と速度と方向をあわせて飛行中だ。
「始めて下さい」
十字架型の大型船が船倉を開放する。
輸送船ではないので船倉容量は控えめだが、猫の巣号と同程度の容量はあり、ベリル号の船倉とは数桁違う。
もとは地球の地表に搬入される予定だった資源の塊は、自称地球防衛艦隊を追い越して直進してくる海賊船へ近付く。
小さく刻まれているので数は膨大で、速度を出している海賊船にとっての致命的な罠となる。
『ご武運をお祈りします』
その言葉が聞こえてきたときには、俺は十字架型とは分かれて加速を開始している。
デブリと化した元資源が、薄く疎らな『雨』となって海賊どもに降り注ぐのが『見え』た。
『航路上にこんなにデブリをばら撒くなんて正気か!?』
『どけっ、邪魔だっ!』
海賊船同士で揉めたタイミングで仕掛ける。
1光秒という、超光速戦闘では近すぎて衝突事故が起きて当然の距離まで迫って『大型海賊船のエンジンのひとつ』を狙う。
総エネルギーの5パーセントを使ったタキオン粒子は、重厚な装甲で守られている大型海賊船に深く小さな穴を開ける。
その装甲が守っていたのはエンジンだ。
ダメージコントロールにも優れた大型海賊船はエンジンの爆発に耐え、しかし推力のバランスが崩れて他の海賊船に危険なほど近付いた。
『てめぇっ!』
『よせっ、敵襲だ!』
『あのボロい小舟っ、あの悪魔めっ!』
十分離れているのに、対空レーザーの豪雨がシールドと装甲をかすめた。
襲撃を何度も繰り返せばいずれはまぐれ当たりもある。
だから俺は、最小限の加速と進路変更でレーザーを躱しながら、活発に回避している大型海賊船のエンジンを狙い撃つ。
言うまでもなく、片側だけだ。
バランスを大きく崩した海賊船が他の海賊船に衝突しそうになり、小競り合いも始まる。
『卑怯者がぁ!』
『てめぇのせいで何人食い詰めたとっ』
エネルギー残量が50パーセントを下回る寸前なのに、海賊船は1隻も撃沈していないし大破した船すらいない。
既に『雨』は止んだ。
これからは、数で圧倒する海賊たちと、一度当たれば終わりのベリル号との戦いが始まるかと思われた。
『着弾します』
星系管制が告げる。
十字架型による機関砲攻撃だ。
ただし砲弾の速度は亜光速。
1隻あたり1門しかないタキオン砲とは違い、1隻でも弾幕を張れる攻撃を8隻分だ。
俺が海賊の注意を引きつけていたので、十字架型8隻は回避をせずにじっくりと狙いをつけた上で、最大の火力を叩きつけることに成功した。
「うわ危なっ」
エネルギーの使用を節約しすぎていたようだ。
『あと1秒で当たる』と自力センサーが告げた瞬間にベリル号を最大まで加速させる。
エネルギーは速度の2乗に比例するので、亜光速砲弾の威力は1発でも凶悪だ。
分厚い装甲の上から強力なシールドで守られている大型海賊船が、さらに巨大なハンマーで殴られたかのように揺さぶられ、形が崩れ、壊れていく。
特に悲惨なのが、俺にエンジンを破壊された船だ。
デブリが通り過ぎた今なら超光速まで加速して砲弾を躱せるはずなのに、エンジンの数が足りずに加速しきれない。
砲弾1発でシールドが歪み、続く2発でシールドが砕かれ、止めの3発で装甲ごと凹まされて中身が押し潰される。
単独で星系間を飛べる宇宙船にふさわしい、激しく巨大な炎が宇宙に5つ出現した。
『こちら星系管制です。8隻とも機関砲がオーバーヒートしましたが撃破5、大破7です。これまで協力ありがとうございました』
星系管制からの通信は唐突に切断される。
『ちょっとぉ!』
ぶち切れたベリル社長が猛抗議する。
ピンチを脱したら自己利益優先なのは普通のことなので、俺は特に怒りは感じない。
「社長、報酬は振り込まれましたか」
『報酬は振り込まれてるけどっ……多いね。ひょっとしてこれで依頼が全部完了?』
社長の猫耳がピンと立つ。
「猫の巣艦隊を一旦惑星から離すね。……サルくん、銀河通商は勝てると思う?」
『難しいでしょうね。通商は残りの8隻を地球から動かせないのに、海賊にはまだ戦力があります』
俺の自力センサーが、10光秒ほど先を横切る反応を捉えた。
それは、俺が大型海賊船に対して行ったのより巧く、十字架型大型船のエンジンひとつを一撃離脱で潰す。
サイズはベリル号と同じで、形まで似ている。
タキオン砲の代わりに積んでいるのは、先ほどの攻撃を見る限りビーム砲だ。
「社長、通商に恩を売ります?」
『こちら星系管制! 助けてくださぁい!』
『割増料金で前払いなら考えたげる』
ベリル社長の声は冷たく、提示された額は特大だ。
ひきつった表情で合意信号を送る光翼人間を横目で見ながら、俺は敵機には近付かず、加減速による回避を徹底しつつ速度を上げたタキオン粒子で狙う。
当然のように当たる。
そして、速度を上げるのにエネルギーが使われた結果、破壊には至らない。
小破以上中破未満の敵艦載機は、猫耳新米船長や十字架型の新兵パイロットが経験を積めばこうなるだろう見事な操縦で、葉巻型の特大宇宙船に着艦した。
なんとなく、空母に着艦する戦闘機を連想させる動きだった。
『壮健なようで何よりだ』
見覚えのある金髪碧眼の女からの通信だ。
地球が宇宙海賊の狩り場となった瞬間、既に宇宙船を乗り回していた、おそらく地球を売り払った女。
「こっちは会いたくなかったですよ。そちらもお元気そうで」
『我が見込んだ通りに成り上がったようだな』
「ついて来いと言わないのは好評価ポイントですよ。もし言ったら我慢できずにぶち込んでました」
エネルギー残量が45パーセントしかない。
せめてあと10パーセントあれば、一撃離脱程度はできたんだがな。
『こちら星系管制。飛行禁止空域への侵入を理由とし、排除します』
星系管制の命令に従い、十字架型8隻がタキオン砲で攻撃する。
葉巻型の宇宙船はサイズがサイズだけに加速能力は低いようだ。
1隻分は外れたが、7隻分のタキオン粒子が葉巻型宇宙船のあちこちに着弾する。
『えっ』
星系管制が呆然とする。
滑らかな装甲に重なるように展開されたシールドが、タキオン粒子を受け流している。
装甲も船の内部も、ダメージを受けた様子は全くない。
『人権も持っていない生き物が、どうして……』
『末端の部隊とはいえ、銀河の列強にも通用するか。順調だな』
豪快な笑いは、まさしく覇王だ。
ただし、命がとんでもなく軽かった時代の覇王でしかない。
『サルくん!』
「相手の得意分野につきあう必要はありません。銀河通商への援護依頼が完了すれば、この星系での依頼はすべて終了です」
『でもっ、あの惑星で好き勝手されちゃうよ!』
ベリルは、俺よりも地球を大事に思っている。
相変わらず人が良すぎる。
だから、従う気にも、助力する気にもなる。
「さすがにそろそろ第7営業艦隊の本隊が戻ってくると思いますよ」
事実ではなく、相手を誘導するための言葉だ。
俺の言葉を聞いた金髪碧眼女が、笑いを止めて口元を歪めた。
「星系管制、撤退するなら援護します。この場で勝つのは無理です」
『……分かりました。損傷した艦からはパイロットを離脱させます。猿谷さんは回収をお願いします』
俺の言葉に、星系管制はしぶしぶ頷き指示を出した。
敵味方の距離が離れていく。
ベリル号は銀河通商のパイロットを回収する。
葉巻型の特大宇宙船から出撃した宇宙戦闘機が、十字架型宇宙船の残骸を……おそらくタキオン砲塔も回収する。
『無念だ。だが、我は必ず、地球解放のため戻ってくる!』
金髪女が地球に対して放送する。
悲痛な表情に見えるのは事情を知らない奴だけだ。
クソ女は、まだやる気たっぷりの海賊どもを放置して星系を離脱する。
それを追う戦力は、こちらには存在しない。
『サルくん。あいつ、周辺星系にこの星系の情報を流してる。たぶん、最初の襲撃くらい海賊が集まってくると思う』
社長は、本心から沈痛な態度で伝えてくる。
「足止めのためだけに、ここまでしますか……」
俺と社長だけでなく、ベリル運送全体が『撤退するしかない』と考え始める。
それに気付いた星系管制が真っ青になる。
『ちょっ。あの方、もう惑星がピンチにならない限り戻って来ないんです。えっと、そうだ! ベリル社長、猿谷さん。今なら特別に売れる船があるんですけど、興味、ありませんか?』
この星系に存在する銀河通商の船は、十字架型大型船だけだ。
それに気付いた俺とベリルが、ごくりと生唾を飲み込んでいた。
◆ BERYL THE GREAT
船体:1 / 跳躍:3 / 航続:1 / 装甲:0 / 居住:0 / 船倉:0 / 兵装:4
◆ CAT'S NEST(1/1)
船体:2 / 跳躍:2 / 航続:3 / 装甲:2 / 居住:2 / 船倉:2 / 兵装:0
◆ CATS TOWER(1/1) *2
船体:2 / 跳躍:2 / 航続:2 / 装甲:1 / 居住:1 / 船倉:1 / 兵装:1
◆ CREW
ベリル |船長Lv1 [財産Lv7]
サル |操縦Lv4 [疲労Lv2]
ブルネット|射撃Lv1 [事務Lv1]
キン |白兵Lv1 [整備Lv1]
妹猫耳ズ |白兵Lv1 [未熟Lv2]
新人猫社員|船長Lv1 [未熟Lv3]
猫耳の下僕|操縦Lv2 [疲労Lv2]
◆ IMPERIAL STANDARD CRUISER
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:2 / 居住:3 / 船倉:2 / 兵装:4
◆ King of the Earth(?/?)
船体:4 / 跳躍:3 / 航続:3 / 装甲:5 / 居住:2 / 船倉:2 / 兵装:3




