18.裏切り者の帰還
猫の巣艦隊は地球の静止軌道で物資輸送。
俺はベリル号で太陽系中を飛び回っている。
趣味でもサボりでもない。
ベリル運送が銀河通商から請けた『物資搬入』の一環だ。
光速の数倍や数百倍で飛んでいても機能する自力センサーで異常を感じ取り、この星系を支配する艦隊に通報するだけの単純な仕事だ。
「こちらベリル号。反応があった座標を送ります」
『こちら星系管制。3カ所の座標を受信した。……またですか!?』
声だけの返信で、かなり若い声だ。
光翼を除いて感情らしいものがほとんどなかった光翼人間とは、ずいぶん印象が違う。
「はい。お疑いなら俺が直接調査に向かいますが」
『えっ、そ、それには及びません。こちらの艦を向かわせます』
声が若いだけでなく、言葉選びにも発音にも不慣れさが目立つ。
新入社員というより、研修中の社員候補やアルバイトじみている。
(こいつは……まさかな)
自力センサーではなく、俺の地球時代の経験がアラートを鳴らしている。
俺は、次の調査領域に向かう前に速度を亜光速まで落とす。
それから数分して、俺がベリル社長にスカウトされたその日に初めて見た十字架型の大型船が、超光速で現れた。
主要な武装は砲塔型のタキオン砲が一門。
装甲とシールドは艦のサイズの割には薄く、しかし機関砲は機関砲でも亜光速で弾幕を張れる機関砲まで搭載されていて、純粋な火力はベリル号の数倍はある。
何より恐ろしいのがその加速力だ。
猫の巣号よりも大きな船体で、ベリル号と同等以上の加速力がある。
ベリル号なら一度被弾すれば高確率で撃墜されてしまうのに、この十字架型大型船なら少なくともパイロットは死にはしない。
ダメージに耐えて反撃するのも可能だろう。
(さて、お手並み拝見……んん?)
超光速で華々しく登場した4隻の銀河通商艦が、キャットタワーの新米船長を思わせる雑な飛行をしている。
今地球近くにいるキャットタワーが地球の宇宙船並みの速度で、銀河通商艦が減速しても亜光速という差はあるんだが、根本的なセンスや反射神経では差がない。
相対速度ゼロでの戦いなら俺より強いんだが、亜光速や超光速では『情報不足のまま』飛んでいる。
俺のような自力センサーがないのは間違いない。
攻撃が始まる。
タキオン粒子の狙いは俺が報告した位置とはずれてしまっている。
弾幕ではなく3点バーストで狙って放たれる機関砲の弾も、少しだけずれているというか自船の操縦の雑さが悪影響を与えている。
それでもベリル号とは数も砲門数も違う。
1分近くかかって、俺が報告したすべての位置から『嫌な感覚』が消えた。
十字架型の4隻は、まるで安堵でもしたかのように加速して飛び去る。
地球の静止軌道に向かう進路をとってはいるが、宇宙海賊による奇襲や襲撃に備えた進路だとは思えなかった。
『こちら星系管制。ベリル号、応答してください』
管制の声は明らかに慌てている。
「こちらベリル号。用件を」
『戦果確認を依頼します』
「了解。クロスチェックですね」
悪意はなくなっても飛行の障害なのは変わらない。
俺は残骸の位置を推測し、自力センサーを研ぎ澄ませてベリル号を向かわせる。
『いえ、クロスチェックでは……と、とにかくよろしくお願いします』
その後、俺は通信ドローンやビーコンの残骸を発見した。
銀河通商から即座に報酬は支払われたが、銀河通商の戦力に不安を感じざるを得ない出来事だった。
☆
『そっちもかあ』
俺の報告を聞いたベリル社長は頭を抱えた。
猫耳と尻尾を見れば、困惑が9割で恐怖が1割といった感じだ。
『この惑星の防衛のために16隻残ってるけど、みんな操縦が下手なんだよね』
「仮にそうだとしても、あの大型船の戦力は圧倒的です。4隻で真っ直ぐに突っ込んできたら、俺は2隻と刺し違えるのが限界ですよ」
『つまり、サルくんなら一騎打ちなら確実に勝てるってことでしょ? 僕とサルくんがあの星から逃げだした日、あの船に乗ってたのは今とは別のパイロットじゃないかな』
「……否定できませんね」
銀河通商という圧倒的強者の陰でぬくぬくしたかったが、残念ながらそういう旨い話はなさそうだ。
「新兵でしょうか?」
『窓際部署のパイロットかもしれないよ。どっちだとしてもこのままじゃ海賊が襲ってくるよ。サルくんの出身惑星だもん』
「人権なしってのはデカイですよね。雑に攫って使える奴だけ使えばいいんですから」
猫の巣号をベリル号のセンサーで捕捉。
地球人製のデブリはあちこちに飛んでいるが、この程度の体積と密度なら対空レーザーが自動で迎撃してくれる。
俺が操縦するなら躱すから迎撃不要だけどな。
『にゃー! おっちゃん! どうしよ!?』
キャットタワー2号から緊急の通信が届く。
猫の巣号艦載機パイロットの俺ではなく、猫の巣艦隊の司令官であるベリルに報告や連絡や相談するよう出発前に教えたはずなんだが、完全に忘れてしまっているようだ。
自称下僕に『何をやっている』と詰問調でこっそり通信をしようとして、猫耳新米船長の隣で同レベルに慌てているのに気付く。
通信越しにベリルと視線を交わす。
指揮系統について指摘するより情報収集と行動が優先、と伝わってきた気がする。
「おう、おっちゃんだぞ。どうした」
言葉の内容より態度が重要だ。
いつも通りに落ち着いて、ベリル号の操縦席にいる俺の映像が、新米船長に届いたはずだ。
『うん! あのね! えっと』
まだ慌ててはいるが、言葉が落ち着いてきた。
下僕は既に落ち着いて、俺とベリル社長に短いが正確な報告を送ってくる。
『にもつおとすばしょ、人がいるの!』
(物資搬入予定地で政治活動かよ!)
銀河通商が地球に対して一方的に予告した場所に、プラカードを掲げた民衆が集まったり、地球人の権利を求めるメッセージを地面に書いたりしている連中もいるらしい。
武力的には地球の第2勢力とはいえ、協力企業(下請け)でしかないベリル運送にできることなどほとんどない。
「社長」
『うん。今回の投下は中止! 荷物はもう落とした?』
『にゃぁ』
猫耳が倒れ、尻尾が力なく垂れた。
「地表に影響が出る前に一部を破壊し、地上に影響の出ない海上に落下させます」
既に計算は終えている。
地球の大気に大穴を開けない速度と角度で大気圏へ突入開始。
地球とは別次元の性能のセンサーは、突入中でも詳細な情報を伝えてくる。
『サルくん、実は亜光速未満の戦闘、苦手だよね』
「肉体の性能が足りませんからね。社長、遠隔操縦お願いします」
『にゃっ!』
新米船長が挙手する。
『今回は駄目だよ。依頼の成否に直結するからね』
俺が手を放しても、ベリルの操縦に従い操縦桿が動く。
使い捨ての反重力装置の影響下にある『荷物』の下に回り込み、エネルギー残量の1パーセントにも満たないエネルギーでタキオン粒子を発生させる。
中身は各種鉱物資源なので直撃すれば吹き飛ぶはずだが、箱の形をした装甲に防がれて『荷物』はまだ7割が残っている。
『こちら星系管制。大気へのダメージは極軽微です。攻撃はあと3回以下でお願いします』
俺は、いざというときはベリル社長から操縦を引き継げるよう待機しながら、大気圏外の通信を確認する。
光翼人間に助けを求める祈り。
ベリル運送を猫耳至上主義の差別主義者と決めつけ非難する通信。
単に混乱したり敵意や殺意を撒き散らしているだけの通信まで様々だ。
ほとんどが俺にとってどうでも良い情報だが、星系管制を名乗る銀河通商社員の所在地が、静止軌道に浮かぶ巨大な衛星であることは気になった。
『ベリルねーちゃん、こわしちゃっていいの?』
『いいのいいの。でも、よくないこともあるから、契約や命令をよく聞いて判断する癖をつけるんだよ?』
『うん!』
銀河通商にとって、地球は少々壊しても惑星改造で直してしまえる星であり、地球人は気紛れで構っているどうでもいい相手だ。
仮に物資搬入が半減しても、ベリル運送にペナルティはないくらいだ。
だから『政治運動中の地球人』を殺すのを嫌がって『多数の地球人が生き延びるために必要な物資』を消し飛ばしても、銀河通商はベリル運送を問題視しない。
「社長。地上からの雑音は聞こえないように通信を設定してやってください」
『んー、了解。聞いてて気持ちがいいものじゃないもんね』
猫耳幼児たちは、地球に渦巻く悪意に、まだ気付いていない。
☆
「「「ともだち、つれてきていい?」」」
社交的な猫耳幼児たちのおねだりに、つい頷いてしまったのが良かったのか悪かったのか。
「あの、お邪魔します」
「先ほどの任務ではお世話になりました」
「ひえぇっ。ハイレベルのパイロットと直接会えるなんて……」
聞き覚えのある声の光翼人間を先頭に、総勢10人ほどの光翼人間が、ふよふよ浮かびながら俺の実家に降下してきた。
俺の両親は既に思考を放棄して料理に専念中で、キンと一部の猫耳幼児は再び野生に帰って狩りに出ている。
これだけの数を招く場所が他にないから仕方がないとはいえ、次に会うのは葬式だと覚悟して別れた次の日にこれというのは、正直とても申し訳ないし、気まずい。
「ずいぶんと、その」
俺は光翼人間を出迎えながら考える。
通信で見たことのある光翼人間と比べて感情豊かだ。
知り合いというより友人らしい猫耳幼児と「いえーい!」と言いながらハイタッチする連中を見ると、見た目も中身も中学生か高校生のように思えてくる。
「あはは。ベリル運送の皆さんと交渉していたのは、通商の超エリートですから。わたしたちだと感性は皆さんに近いですよ」
体型からも声からも性別がよく分からない星系管制が、誤魔化すような困り顔をしている。
「近いのは肉体もです。あの方は自認が人間の上位存在ですから」
「この星のひとたち、全部知ってるのかと思いたくなるほど完璧に地雷踏んだよね。これもらっていいんですか? やったー!」
以前の日本なら庶民の家庭で出てくる飲み物や食べ物が大好評だ。
炭酸飲料をこれほど旨そうに飲む人間は初めて見た。
「わたしたちは普通の勤め人ですよ。給料に釣られて艦隊に志願しただけの社員です」
「貴重な経験ではあります。高給の職でもありますし」
「普通の生まれでパイロットを目指そうとしたら実質これしか……おいしい!」
この場の光翼人間は全員、ストレスから一時的に解放された若者にしか見えない。
「ええっと、サルくん?」
「この方々は銀河通商のメンバーです。親しくするのはいいですが、節度は守るべきだと思います」
「う、うん。そうだよね?」
ベリルは混乱している。
緊急時に頼りになるはずのキンは狩りに出かけ、いつも頼りになるはずのブルネットはお袋の手伝い中なのだ。
『サル様、星系外縁に所属不明の艦隊が確認されました。監視ドローンは既に破壊されているためこれ以上の情報はありません』
下僕からの通信に、俺の表情がひきつる。
同じような連絡を受けたらしい光翼人間たちは、余暇の精神状態から仕事中の精神状態に切り替えることに失敗して混乱している。
「場所は? 分かった」
俺は意識を一点に集中する。
遠すぎるためにドット絵じみた映像も出ないが、強烈な殺意と、それ以上に強烈な物欲があれば、地球から星系外縁の距離でもはっきりと『見える』。
「特に大型の1隻を中心に20隻以上。自称地球防衛艦隊が先導している」
「サルくん! ベリル号を今呼んでる!」
「地球の防衛と敵の撃退を両方成功させないと、銀河通商からの依頼に失敗することになります。……不利です。最悪の場合に備え、逃げる準備も進めておいてください」
光翼人間に聞こえないように小声で囁くと、ベリル社長は静かに頷いた。
◆ BERYL THE GREAT
船体:1 / 跳躍:3 / 航続:1 / 装甲:0 / 居住:0 / 船倉:0 / 兵装:4
◆ CAT'S NEST(1/1)
船体:2 / 跳躍:2 / 航続:3 / 装甲:2 / 居住:2 / 船倉:2 / 兵装:0
◆ CATS TOWER(1/1) *2
船体:2 / 跳躍:2 / 航続:2 / 装甲:1 / 居住:1 / 船倉:1 / 兵装:1
◆ CREW
ベリル |船長Lv1 [財産Lv6]
サル |操縦Lv4 [??]
ブルネット|射撃Lv1 [事務Lv1]
キン |白兵Lv1 [整備Lv1]
妹猫耳ズ |白兵Lv1 [未熟Lv2]
新人猫社員|船長Lv1 [未熟Lv3]
猫耳の下僕|操縦Lv2 [疲労Lv3]
◆ IMPERIAL STANDARD CRUISER
船体:3 / 跳躍:4 / 航続:4 / 装甲:2 / 居住:3 / 船倉:2 / 兵装:4
◆ King of the Earth
船体:4 / 跳躍:3 / 航続:3 / 装甲:5 / 居住:3 / 船倉:2 / 兵装:3
◆ Pirate Ship *19
船体:3 / 跳躍:2 / 航続:2 / 装甲:3 / 居住:2 / 船倉:3 / 兵装:2




