16.地球に向かう前に
ベリル号もどきである戦闘機型ドローンは、猫爪1号と猫爪2号と名付けられた。
外から見れば本当にそっくりでも、猫爪号にはタキオン砲も生命維持装置も載っていない。
『よけるにゃっ!』
『あまいにゃっ!』
その1号と2号が激しいドッグファイトを演じている。
小型ビーム砲はソフト的に封印されたまま、対空レーザー砲を最低出力で撃ち合うことで模擬戦をしているのだ。
「最初の演習から実機演習かあ。僕なんてライセンスとるときとその直前くらいしか乗れなかったよ」
ベリル社長がたそがれている。
「そういえばベリルちゃん。サルさんにいきなり操縦させたって、本当?」
微笑むブルネットは、何故か少し怖い。
隣にいる俺でも怖いくらいなので、直接微笑まれたベリルは『ぶるり』と震えた。
「最初から上手だったよ!」
慌てて答えたベリルを、ブルネットは微笑んだままじっと見つめている。
涙目になり俺に助けを求めてくるベリル社長に、俺は何もすることができなかった。
「サル。これ見るにゃ」
キンが猫爪1号と2号のリアルタイムデータを送ってくる。
宇宙空間で突貫工事に仕上げたにしては素晴らしい出来の戦闘機が、装甲にだけ小さな警報が出ている。
最低出力のレーザーによる、極小の被害だ。
「狙いが正確ですね。これならいつでも実戦投入できそうです」
幼児に戦わせるなんて地球の常識では論外かつ外道な行動だ。
しかし、この銀河ではそんな倫理観などない。
社会の底辺である(地球人はそれ未満である)猫耳に対しては特に。
「通信が届く猫の巣艦隊の至近なら、そのとおりにゃ。……あいつらが調子にのらなければ、とも言い換えられるにゃ」
「あぁ」
肝心なことに気付かされ、俺はため息に近い声を出す。
確かに、あの猫耳幼児たちは絶対に調子にのってやらかす。
自称お猫様の下僕たちに甘やかされまくっているからだ。
「どうしましょう」
「サルがガキどもの伸びた鼻を折るしかねーと思うにゃ」
「俺も子供には嫌われたくないんですがね」
俺が悩んでいる間も模擬戦は続いている。
猫爪号の母艦であるキャットタワーは2隻とも3交代制。
つまり6人の新人船長がいる。
1隻あたり船長をひとり決めて他を副船長にするという案もあったが、猫耳幼児たちの間で話がまとまらなかったんだ。
「サルさん。野次馬が集まってきているわ。マスコミの船も2隻」
「切り上げた方が良さそうですね。社長?」
「2機は着艦させて。サルくんは代わりにベリル号で……ごめん、今回はひとりでお願い」
「謝る必要はありませんよ。というかですね。そろそろ社長は安全な場所で指揮に専念した方が良いのでは?」
空間が限られた船内でも、俺は体力づくりに励んできた。
だから、ベリル社長に話しかけつつベリル号に乗り込んでも、あまり息を切らさない。
『僕、艦隊指揮なんて習ってないよ。指揮課程の授業料用意できなかったし』
「体の治療の後はそっちも考える必要がありそうですね。では出ます」
猫の巣号に負担をかけないよう、ほどほどの速度で発艦。
その後は衝突に気をつけながら加速する。
『ベリル号が消えたにゃ!』
『なんか見られてるにゃっ!?』
『いいから早く戻るにゃ!』
騒いでいた幼児パイロット(本人たちはキャットタワー号から遠隔操縦している)は、キンに怒られて少し涙目になりながら、多少操縦は荒いが事故を起こさず着艦に成功させる。
「あの歳で見事なものですね。……しかし社長。測距レーダーか何か分からないもので見られている感覚があります」
猫の巣艦隊の周辺にいる宇宙船は、ざっと見て20隻から30隻。
大砲やレーザー砲の砲口は向いていないが、即座に戦闘を開始できるよう、戦闘に必要な情報を集めている気配がある。
『サルくん。その距離なら自力センサーに頼らなくてもベリル号のセンサーで分かると思うよ。今データ送るね』
どさっと、周辺の宇宙船の情報がまとめて送られてくる。
戦利品から使える部品を流用したのか、マーケットでアップデートのための部品やプログラムを調達したのかは分からないが、これまでより情報の質が良い。
少なくとも、ベリル号のセンサーで得られる情報の数倍は詳しい。
「一瞬でも隙を見せると難癖をつけてきそうな連中ですね。この、星系防衛隊というのは?」
『半民半官みたいな感じの軍事組織。これ、かなり怪しいよ。海賊の船から潜入捜査がどーとかの通信があったでしょ? あれって実際は逆で、海賊側が星系の軍や政府に浸透してるみたい』
「……もう出発しませんか? 地球の近くなら、銀河通商が怖くて海賊どもも活動しないでしょうし」
『僕も同感なんだけど、あの子たちがお出かけを楽しみにしてるんだよね。だからサルくん、護衛よろしく!』
「了解です。若い頃は色々経験させた方がいいらしいですしね」
高級リゾートに行く金はないし、海賊もいそうなマーケットに子供たちを連れて行くのは論外だ。
だから、行ける場所は自然と限られる。
『『『じめんにゃ!』』』
惑星だ。
テラフォーミングをしても多くの宇宙人にとって厳しい環境であり、だからこそ星系外や宇宙船暮らしの者たちに開放されている惑星へ向かう。
俺にとっては初めての単独での飛行なんだが、子供たちのはしゃぐ声が頻繁に聞こえるので孤独感は皆無だ。
なお、星系政府や軍との折衝は、ブルネットを中心に進めている。
それでも最終判断はベリル社長の仕事らしく、ときどき「ぎにゃあ」と鳴く声が聞こえた。
☆
銀河通商の設備を使って改修しただけあり、猫の巣号は大気圏に突入するのも滑走路に着地するのも、危なげが一切ない。
元海賊船をそのまま使っているキャットタワー1号2号は大気圏に突入できるかも怪しいので、静止軌道上で下僕どもと一緒にお留守番だ。
「「「ほあぁ」」」
年長も年少も、猫耳幼児たち全員が遠くの海に見入っている。
緑は少なく、生き物も少ない。
呼吸も苦しく、微かに嫌な臭いもする。
それでも、ここでは酸素を買わなくても生きることができるのだ。
普段は冷静だったりふてぶてしかったりするブルネットやキンまで、興奮を隠せていない。
「……社長」
「うん。あの星を見た後だと、ね」
俺とベリルは頷き合う。
環境破壊について深刻に語られていた地球の方が、すごく環境が良いのだ。
「この星が観光地になるのなら、俺の出身惑星はどうなるんでしょうか」
「僕がサルくんをスカウトした時点でも、富裕層専用リゾート惑星になれたと思う。銀河通商が本気で惑星環境の保護と回復をしたら……うーん」
ベリルは腕を組む。
猫耳と尻尾も長考モードだ。
「サルさんの出身地の話?」
ブルネットが俺とベリルの間にやって来る。
キンは、興奮して駆け出した猫耳幼児たちの進行方向に回り込んで追い返すという、わけの分からないレベルの運動能力を発揮している。
「うん。臭いは強かったけど、生き物の種類はすごく多いみたいだった。あの後海賊が暴れたけど、銀河通商の正規艦隊が常駐するくらいだから、あの惑星、銀河通商が本気で直すと思うんだよね」
「雲の上の話ね。超大国の特権階級の物になるのかしら」
「少なくとも地球人の物にはなりそうにありませんね」
俺は肩をすくめた。
地球が地球人の物ではないというのは衝撃的な事実のはずなんだが、地球人には人権がないという現実の方が重要に感じられる。
「地表で生まれて育ったサルがあのレベルのパイロットってのは意味不明にゃ。あの変態どももサルほどじゃねーけど操縦できるし、サルみたいに稼いで人権も惑星も買い戻せるんじゃねーかにゃ?」
キンが、大勢の猫耳幼児を重ねて担いだり引っ張ったりして運んできた。
人間の幼児に対してやれば虐待なやり方も、栄養状態が改善されて頑丈さと体力と最近は腕力まで得つつある悪ガキたちにとっては、愉快な経験でしかないようだ。
「きゃっきゃ」とか「にゃぁっ!」と上機嫌にはしゃいでいる。
「そうなれば楽でいいですね」
俺の本心だ。
今は俺自身やブルネットたちが優先とはいえ、余裕ができ次第、血の繋がりのある家族くらいは助けたいと思っている。
もちろん、そんなことは奇跡がダース単位で発生しないと不可能ということは理解している。
俺も、猫耳たちもだ。
「そうだにゃ」
「サルさんのご両親に挨拶に行くためにも、頑張らないとね」
穏やかに話し合う俺たちとは逆に、ベリルはかなりのシリアス顔になっている。
「正直、僕らが関わるには危なすぎる星だと思う。僕ができるのは、サルくんの家族や友達を星から逃がす所までだよ」
「ありがとうございます。それで十分すぎます」
俺は深く頭を下げた。
なお、友人の数がゼロなのは、察せられている気はするが言わないでおく。
「にゃーも反対はしねーにゃ」
「私もよ」
キンもブルネットも頷いてくれた。
「「「にゃっ!」」」
猫耳幼児たちは、何の話か理解しないまま賛成している。
「本当に、ありがとうございます。っ……すみません。俺は今から飯を作りますね。折角の地上です。バーベキューといきましょう」
その日は調理に次ぐ調理で一睡もできなかったが、幸せな時間だった。
☆
星系から出るまでベリル号で護衛して、ようやく猫の巣号に着艦して眠れた俺が、強引に叩き起こされた。
『猿谷氏に依頼があります』
光翼を『きりっ』という感じで広げた人物が画面に映っている。
銀河通商第7営業艦隊に属する、零細企業な俺たちにとっては雲の上の存在だ。
『現地住民が地球と呼称する惑星へ向かい、惑星への物資搬入に協力してください』
俺は必死にポーカーフェイスを維持する。
嫌な予想が頭に浮かびすぎて止まらない。
分割統治。
悪趣味な見世物。
あるいは、根本的に価値観が異なる相手からの、破滅的な善意。
自力センサーが『やめろ行くな』と直接言っている気までする。
『我々が直接関与すると深刻な混乱が発生すると判明しました』
光翼人間の背中に広がる翼が『うんざりです』という雰囲気でぐったりする。
なんとか断る理由を探す俺だが、断る手段は最初から存在しない。
「サルくん! すっごい報酬だよ!」
提示された報酬額に目が眩んだベリルが、即座に依頼を承諾する。
多少の権利はあっても社員でしかない俺は、地球への予期せぬ里帰りに合意するしかなかった。
◆ BERYL THE GREAT
船体:1 / 跳躍:3 / 航続:1 / 装甲:0 / 居住:0 / 船倉:0 / 兵装:4
◆ CAT'S NEST(1/1)
船体:2 / 跳躍:2 / 航続:3 / 装甲:2 / 居住:2 / 船倉:2 / 兵装:0
◆ CATS TOWER(1/1) *2
船体:2 / 跳躍:2 / 航続:2 / 装甲:1 / 居住:1 / 船倉:1 / 兵装:1
◆ CREW
ベリル |船長Lv1 [財産Lv6]
サル |操縦Lv4 [疲労Lv2]
ブルネット|射撃Lv1 [事務Lv1]
キン |白兵Lv1 [整備Lv1]
妹猫耳ズ |白兵Lv1 [未熟Lv2]
新人猫社員|船長Lv1 [未熟Lv3]
猫耳の下僕|操縦Lv2 [疲労Lv5]




