13.お猫様の導き
デフォルメ化された光翼が銀河通商のエンブレムだ。
それに星が7つ刻まれたのが銀河通商第7営業艦隊のエンブレムであり、地球周辺の星系の海賊を文字通り消滅させた、近隣星系最強艦隊の象徴として知られている。
「これにゃ!」
「ごはんにゃ!」
その象徴が刻まれた包装が、猫耳幼児たちによって破られている。
目当ては自動調理器用のカートリッジだ。
他にもいろいろあるんだが、お子様にはそれしか目に入っていない。
「サルー! おめー無駄遣いしすぎだにゃ! あれだけあるなら会社に出資しろにゃ!」
キンがブチ切れている。
だが俺にも言い分がある。
「仕方がないでしょう。アテが外れた以上、他の手を用意する必要があります」
俺たちがいるのはいつもの猫の巣号で、猫の巣号がいるのは戦場跡だ。
2隻の元海賊船と、あわせて1隻分の元海賊船の残骸だけでなく、銀河通商の輸送船も1隻、近くに浮かんでいる。
「んぐっ」
キンが言い返せなくなる。
銀河通商の輸送船が荷物のついでに運んできた入社希望の猫耳たちが、箸にも棒にもかからない連中だったんだ。
一番ショックを受けたのは、猫耳人材の登用を提案したブルネットだ。
気にしていないように見えるのは外見だけで、俺にぴったり張り付くようにしてタブレットで事務仕事に没頭している。
「残骸を部品取りに使うとしても、大きさだけなら猫の巣号と同じ船が2隻です」
海賊を降伏させ、ベリル運送最大の拿捕を成功させたのがブルネットだ。
そこまでは良かったんだ。
その後に輸送船で運ばれてきた連中が、目を覆いたくなるレベルでひどかった。
「海賊以下の連中には任せられねーにゃ」
「ボロいとはいえ実際に動く船ですからね。ベリル運送の重要な資産です。乗組員は慎重に選ぶべきです」
「でもでもっ! 何人か良さそうな人いたよ! ブルネットお姉ちゃんが断っちゃったけど……」
ベリルは俺の前でも末っ子な態度を出すようになっている。
義理の兄になるかもしれないとはいえ、俺は社員なんだがな。
「普通の猫耳は普通の教育を受けられないの。無理矢理にでもお金を集めて教育を受けさせたベリルちゃんは例外中の例外よ」
「でも、お姉ちゃんとキン姉は……」
「私は自分のことは分かっているわ。見て覚えただけ。付け焼き刃よ」
「にゃーがした脳への焼き付けなんて金持ちの道楽にゃ。焼き付け済みの入社希望者なんて、ぜってー裏があるに決まってるにゃ」
キンへの『教育』に裏はない。
信頼できて成人している相手が他にいなかった……ブルネットは事務や交渉で忙しかったからキンしか候補がいなかっただけだ。
「やはり、海賊が送り込んだスパイでしょうか」
俺が発言すると、ブルネットが少し考えてから首を小さく振った。
髪から漂うかおりが届き、俺は誤魔化すように咳払いする。
「それも確実にいるけど、大人が4人でそのうちの3人が猫耳の会社なんて、難癖をつけて資産も人も奪うには絶好の相手よ。小さな犯罪組織から同業者まで、候補が多すぎるわ」
「お姉ちゃん、それって銀河通商も?」
「……あそこまで大きな企業だと、関心があるとしてもサルくんだけでしょうね」
「それはどうでしょうか。銀河通商がその気なら、地球からいくらでも人材なり生体パーツなりを手に入れられるはずです。私に操縦の才能があるとはいえ、何十億もいる地球人の中には私より上の才能の持ち主が大勢いると思います」
既に数億人程度に減っているかもしれないが、何十億を何億とか何千万とかに変えても意味は同じだ。
「話が迷子になってるにゃ。あの2隻をどうするか……」
普段は駄目猫耳なのに肝心なときには真面目なのがキンという猫耳だ。
しかしキンが議論を進めようとしたタイミングで、猫耳幼児たちが激しく騒ぎ出した。
「ふしゃーっ!」
「したいにゃっ!?」
「きんきゅーじたいにゃっ!」
ぱたぱたとたくさんの足音が重なりながら近付いてくる。
「「「おっちゃん!」」」
俺に背中と尻尾を向けて警戒しているのが5人。
俺の背中に回り込んで俺を盾にしているのが2人か3人か。
「……どういう状況です? わけが分からないんですが」
「ほら、サルくんって生身だと弱いから」
ベリルが悪意なく俺の心にトドメを刺している間に、キンが猫耳幼児が逃げてきた場所に向かう。
「おいサル! おめー何を買ったにゃ?」
ひょいと担ぎ上げて運んできたのは、包装が半分ほど取り除かれた容器だ。
半透明で、形は火葬用の棺だ。
つい数時間前には『体が切り刻まれ生体パーツとして扱われる地球人』だったものが『一部が機械化された地球人』に加工されて中に入っている。
胸が微かに動いているので、生きてはいるのが分かる。
「海賊船の中で見つけた被害者への治療を依頼したんですよ。まさかその場でできるとは思いませんでしたが」
こういう扱いを見ると、地球人に人権がないのを改めて思い知らされる。
俺個人の権利はベリル運送と紐付けられているため、ベリル運送が傾けば失われるだろう儚い権利だ。
「うわほんとだ。……ねえサルくん。全員女の人みたいなんだけど」
ベリル社長が俺を見る目が冷たい。
俺のことを女の敵や浮気者と認識しているようだ。
ブルネットが眉を寄せてベリルに何かを言おうとしていたので、俺は目配せして止めさせる。
「ブルネットと俺で海賊船を調査したとき、まだ生きてた生体パーツは女性だけだったんですよ」
元は男だった生体パーツが眼球と神経と脳の一部しか残っていなかったとか、女性側の状態もベリルに聞かせるには酷すぎたとか、そういう話をベリルに教える必要はない。
ベリル運送の大人組の中で、ベリルが一番若いからな。
「んー? ほんとなの?」
「本当よ。治療にお金をかけすぎと文句は言いたいけどね」
ブルネットは俺の意図を察してくれた上で、ちくりと注意してくる。
それはその通りなので、俺は平身低頭でブルネットに対して謝っていた。
☆
「ベリルちゃんに話さなくていいの?」
「毒の原液みたいな話を聞かせる必要はないでしょう。被害者の数は伝えてますから、ベリル社長もある程度は察していますよ」
疲れた体をベッドに横たえる。
ブルネットは俺の背広をハンガーにかけてから、ベッドの端に腰を下ろして見下ろしてくる。
「ねえ。ふたりきりなのに口調は崩さないの? 名前だって……」
「子供が聞こえる距離にいますからね。身近な大人は子供の教材ですよ。それに、名前も……」
今日も色々あった。
飛行、戦闘、海賊船調査、銀河通商第7営業艦隊の依頼と輸送船の受け入れと見送り(海賊と大人猫耳は連れて行ってもらった)など、ハードな一日だった。
気力を振り絞らないと、すぐに意識を失ってしまいそうだ。
「サルも俺の本名から来た呼び名です。地球時代の本名だと猫耳には言いづらいみたいですし、このままでいきましょう」
「……ええ」
いつもなら隣に寝るブルネットが、何故か今日は動かない。
1光秒未満の距離の索敵は、俺にとっての不得意分野だ。
だから、ブルネットが手で示してくれるまで、数人の猫耳幼児が不安そうにこちらを見ていることに気づけなかった。
「親と離れて寂しいのよ。私はもう、忘れてしまったけど」
「家族ですか。ブルネットだけでなく、ブルネットの妹さんたちも連れて俺の親に会わせたいですね」
俺の親たちがまだ生きているかどうかは分からない。
ただ、俺の大事な人たちが生きて出会うことができたら、素晴らしいことだと思う。
「そういえば、あの子たちが最近俺にくっついて来ないのは……」
「それはもちろん私のせいよ。自分の男に、誰でも好き勝手近づけると思って?」
ブルネットの笑みが怖い。
半分は冗談だが半分は本気だろう。
俺の自力センサーではなく本能的な何かが、過去最大の警鐘を鳴らしている。
「でも」
ブルネットがくすりと笑う。
警鐘がいきなり止まって混乱している俺を優しい目で見てから、隠れようとして尻尾が隠れていない猫耳幼児たちを呼び寄せる。
「今のうちに派閥をつくってベリルちゃんたちとの差を広げておかないとね。ほら、こっちへ来なさい」
川の字にしては数が多すぎるが、ベッドの上が賑やかになる。
猫耳幼児たちは喜び、はしゃぎ、調子にのる。
いつもの悪ガキどもだ。
「大人しくしないと面白い話をしてやらないぞ?」
眠気は既に吹き飛んだ。
ブルネットとも今はそういう雰囲気でない。
なら、一時的に親役を果たすのも良いだろう。
「むかしむかし、遠い宇宙のどこかで……」
俺が話し始めると、子供たちが目を輝かせる。
ブルネットは穏やかに微笑んでいるようでいて、その目は『ずっと手に入らないもの』を見る目をしている。
俺はますます甲斐性が求められるなと思い、やる気が心身に満ちていくのを感じていた。
☆
「「「おっちゃん! そーだんがあるにゃ!」」」
「ちょっと待ちなさい」
俺は寝起きで頭がまわらない。
俺に何度も話をせがんで本人たちも睡眠不足のはずの猫耳幼児たちは、まだ容器に収まっているはずの地球人女性を引き連れていた。
「「「パイロットをスカウトするほーほーをおしえてほしいにゃ!」」」
俺は自分自身で事態をどうにかすることを諦めた。
「ブルネット! 社長! 状況を教えてください!」
「うーん……」
ブルネットは、怒ってはいないが困惑顔だ。
「サルくん」
ベリル社長は真面目な表情で、お手上げのポーズをする。
俺は仕方なく、地球人女性に質問する。
「あなたたち、もう起きても大丈夫なのか。ある程度回復するのにも長い時間がかかると聞かされていたんだが」
超絶の技術で体は治療できても、心までは無理だ。
もとに戻るかどうかは不明。
日常生活を送れるようになるまで数ヶ月かかってもおかしくないと、銀河通商から聞かされていた。
「すべてはお猫様の導きです」
透き通った瞳と微笑みで断言された。
他の地球人女性たちも似たようなものだ。
機嫌よく、ふりふりと揺れる猫耳幼児たちの尻尾を、地球人女性全員が常に目で追っている。
「ガキどもに変なことをしねーなら好きにしろにゃ。サル、こいつらへの治療費の請求はどうするにゃ?」
「ベリル運送にスカウトされるつもりがあるかどうかで」
取り立て内容を変えるつもりだ、というより早く反応があった。
「「「お猫様にお仕えさせてください!」」」
あまりの熱意にベリル運送の大人組が猫耳を伏せ、子供組が騒ぎ出す。
「スカウトするのはあたしにゃ!」
「ぼくにゃ!」
「にゃーにゃ!」
どうやら、個人でスカウトするつもりだったらしい。
ベリル社長が俺をスカウトするのを真似るつもりだったのかもしれない。
「まだ子供ですよ。まだ自立を考える歳ではないでしょう」
俺のボヤキにキンが反応する。
「少し早いだけにゃ。独立するわけじゃねーし、信用って意味ではあの大人猫耳どもとは比べものにならねーにゃ」
「海賊船に残っていたデータを見る限りでは、この人たちにはサルくんほどじゃないけど自力センサーがあるみたいだよ」
「サルさんと一定以上の距離をとるのであれば、私は反対しないわ」
こうして、猫大好き地球人がベリル運送の新入社員として加わった。
ついでに猫耳幼児の一部が、宇宙船のクルーや船長候補として猛訓練を開始した。
「2隻体制から4隻体制に変わる以上、適正な狩場も変わります。かなり厳しい戦いになりますよ?」
「サルくんなら大丈夫だよ! 新人の教育もお願いね!」
「正直あいつらが怖いんで、船長候補の猫耳も同席させてください」
タキオン砲を搭載する戦闘機1機と、3隻の小型宇宙船で構成された艦隊が宇宙で暴れ出す、数日前のできごとだった。
◆ BERYL THE GREAT
船体:1 / 跳躍:3 / 航続:1 / 装甲:0 / 居住:0 / 船倉:0 / 兵装:4
◆ CAT'S NEST(1/1)
船体:2 / 跳躍:2 / 航続:3 / 装甲:2 / 居住:2 / 船倉:2 / 兵装:0
◆ CATS TOWER(0/1) *2
船体:2 / 跳躍:2 / 航続:2 / 装甲:1 / 居住:1 / 船倉:1 / 兵装:1
◆ CREW
ベリル |船長Lv1 [財産Lv4]
サル |操縦Lv4 [疲労Lv2]
ブルネット|射撃Lv1 [事務Lv1]
キン |白兵Lv1 [整備Lv1]
妹猫耳ズ |白兵Lv1 [未熟Lv2]
新人猫社員|船長Lv1 [未熟Lv5]
猫耳の下僕|操縦Lv2 [疲労Lv8]




