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8.その聖具、ジェルネイル(+UVライト)

深夜24時前。


街の喧騒が眠りにつき、静寂だけが支配する時間帯。

100円ショップ『スマイル』のバックヤードの扉が『キィ……』と、音を立てて開いた。


冷気と共に店内に流れ込んできたのは、明らかにこの場にそぐわない異質な花の香り。


レジカウンターで、賞味期限ギリギリの「お値打ちコロッケパン」を無感情に咀嚼していたりんは、振り返ることなく言った。


「….いらっしゃいませー」


入ってきたのは、純白のシルクに金糸で緻密な紋章を刺繍した、豪奢な法衣を纏う少女だった。


年の頃は十六、七。透き通るような銀髪に、吸い込まれそうなほど深い蒼の瞳。しかし、その神々しいまでの美貌には、深い苦悩の影が落とされている。


何より目を引くのは、彼女が胸の前で祈るように組んだ両手だった。指先から手首まで、幾重にも包帯が巻かれているがところどころ血が滲んでいる。


「……お救いください、異界の賢者様。私は隣国の聖教会にて、神の言葉を紡ぐ者……。ですが、我が身に宿る力が、もはや私の肉体の限界を超えてしまったのです」


「…はあ。聖女様ですか。今日はお怪我で?」


りんはパンの袋を丁寧に畳み、ようやく振り返った。客が誰であれ、彼女の態度は変わらない。彼女にとって、異世界の聖女も、近所の酔っ払いも、「深夜に来店する面倒な客」というカテゴリーにおいて平等だった。


「いいえ….これは傷ではなく、代償なのです。私は民を癒し、国を浄化するために日々祈りを捧げますが、その際、指先から溢れ出す『聖なる光(聖光)』があまりに強烈すぎて……私の爪が、その負荷に耐えきれずに砕け散ってしまうのです」


聖女が震える手で包帯を解いた。

そこには、今にも割れそうなほど薄くなり、縦に幾筋もの亀裂が入った、ボロボロな爪があった。指先は光の余波によるものか、赤く熱を持っているように見える。


「聖光を放つたびに、指先に激痛が走ります。これでは神への印を結ぶことも、傷ついた兵士の額を撫でることもできません。高位の治癒魔法をかけても、爪という『末端』までは再生が追いつかないのです.…。どうか、私の指先を、神の光に耐えうる鋼へと変える秘術を授けてはいただけないでしょうか」


聖女の瞳から、大粒の涙がこぼれ落ち、その涙はとめどなく次から次に床に吸い込まれていく。


「….あー、なるほど。光の出力にハードウェアが追いついてない感じですね。」


りんは事務的に状況を整理すると、気だるげに立ち上がった。


「そんな大層な秘術はないですけど。物理的に補強すればいいだけの話ですよ。」


りんは店内の奥、照明が一段と明るい化粧品コーナーへと向かった。


手に取ったのは、小さなガラス瓶に入った『剥がせるジェルネイル(クリアカラー)』。そして、レジ裏の「高額商品ケース」から取り出したのは、USB給電式の『UVライト(330円商品)』だ。


「これを使ってください」


カウンターに戻ったりんは、聖女の前にそれらを並べた。


「……これは、何ですの? この小瓶の中には、まるで精霊の涙を煮詰めたような、不思議な光沢を放つ液体が..…。そしてこの、口を開けた魔獣のような奇妙な箱は一体?」


「液体のほうは補強材です。まずこれを、爪全体に薄く塗ってください。….あ、聖女様、そんなに緊張しなくていいですよ。筆を寝かせて、スッと」


聖女は、慎重に壊れ物を扱うように、自分のボロボロの爪に透明な液体を乗せていく。


「….不思議ですわ。塗ったそばから、爪の亀裂が埋まっていくような感覚があります」


「塗り終わったら、その指をこのライト…..箱の中に突っ込んでください」


りんは、モバイルバッテリーに繋いだUVライトのスイッチを入れた。


「バチィッ!」という音と共に、箱の内部から神秘的な、それでいてどこか毒々しい青紫色の光が溢れ出す。


「…….っ!? 青い……深淵の底のような、聖なる青光が指を包み込んで.……!? あ、熱いですわ! 賢者様、指先がカッと熱を帯びて……..これぞ、不浄を焼き払う浄化の炎!」


「あー、それ硬化熱なんで。数秒で収まりますから我慢してください。あと、動かさないで」


聖女は必死に目を見開き、自分の指が青い光に焼かれる(実際には330円のLEDで照らされているだけだが)様子を見つめていた。


彼女の住む世界では、光とは「放つもの」であり、このように箱の中に「閉じ込め、定着させる」という発想は存在しなかった。


数十秒後、タイマーが切れてライトが消えた。


「…….はい、終わり。触ってみてください」


聖女が恐る恐る、ライトの中から指を引き抜く。

そこには、先ほどまでのボロボロな姿はどこにもなかった。

光を反射し、ガラスのような艶を湛え、真珠のように滑らかで、それでいて鉄のように硬質な「究極の爪」が完成していた。


「……信じられません。私の爪が、金剛石ダイヤモンドのような硬度に….…。これほど強固な守りがあれば、どれほど聖光を放とうとも、指先が砕けることなどあり得ませんわ! 賢者様、これは……..これこそ、指先を神域へと変える『聖光のルミナス・アーマー』ですわね!」


「まあ、それで祈祷にも耐えられるはずですよ」


聖女は、キラキラと輝く自分の指先をうっとりと眺め、それから何度も印を結ぶ動作を繰り返した。そのたびに、ジェルの表面が蛍光灯の下で美しく光り、彼女の顔を明るく照らす。


「素晴らしい…..! それに、この液体の香りは、どこか懐かしい……」


「あ、それ化学薬品の匂いなんで、あんまり嗅がないほうがいいですよ」


「かがく….…?。とにかくこれを私に譲っていただけませんか」


「あー...この瓶とライトのセットで440.....金貨1枚でいいですよ」


聖女は深々と頭を下げた。


「賢者様。金貨1枚では私の気が済みません、我が教会の至宝を受け取ってください」


彼女がカウンターに置いたのは、透明な水晶の瓶に入った一輪の「黄金のバラ」だった。


「これは、神の庭に咲くと言われる『永久の薔薇』。数百年枯れることなく、周囲に癒しの波動を振りまき続けると言われています」


「……あー、お客さんからは何も受け取るなって言われてるんでお気持ちだけもらっときます」


どうしても受け取ってほしい聖女と、軽く言い合いになったが最終的には金貨1枚だけに落ちついた。


聖女は、感激のあまり何度も何度も「440円の神具」を胸に抱きしめ、扉の向こうへと消えていった。


「…….あー、今日も疲れた」


りんは、聖女と同じ『剥がせるジェルネイル』が塗られた自分の爪を眺めた。


「…….やっぱりこの色、ちょっと派手だったかな。明日剥がそ」



読んでくださりありがとうございました

みなさんネイルは好きですか?

100均にはいろいろな色のマニキュアやジェルネイルがあって全部可愛いですよね。

やっぱり異世界ものは聖女が主人公の物語も好きなのでちょっといつもよりボリューム多くなっちゃいました。

もしよければブックマークと評価していただけると嬉しいです。


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