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その後の異世界

「んー....まぶし...今何時?」


カーテンの隙間から光が差し込み、りんの意識がだんだん浮上する。


バイトのシフトが入っていない日はアラームをかけずに好きなだけ惰眠を貪る、誰にも邪魔されない1人暮らしの特権だ。


りんは光が入ってこないようカーテンを締め直しもう1度ベッドに潜り込む。

換金に行くべきか、食料の買い出しに行くかまどろむ意識の中で考えながらりんの思考はそこで途切れた。



【カトリーヌのその後】


公爵邸で開催された夜会は、前代未聞の混乱と驚愕に包まれていた。


会場の明かりが落とされ優雅な旋律が流れ始めたその時、重厚な扉が開く。そこから現れたのは、もはや「令嬢」という概念を超越したものの姿だった。


カトリーヌの胸元、扇子、果ては髪飾りにまで仕込まれた計十個の『光の聖域(自撮りライト)』が、物理の限界を超えて夜会を白昼のごとく照らし出したのだ。


「ま、眩しいっ!? 目が、目が潰れるっ!」


「いったい何だ!?侵入者か!?」


招待客たちが悲鳴を上げながら顔を覆う中、ターゲットである『氷の公爵』は、あまりの光量に眉間に深い皺を刻んで立ち尽くしていた。光で毛穴どころか鼻の造形まで消失し、ただ発光する真っ白な楕円形の中に、瞳のキャッチライトだけが不気味にギラついている。


「公爵様! 私、貴方のためにこれほどの輝きを手に入れましたわっ!」


カトリーヌが扇子を仰ぐたび、強烈なLEDの光が会場をサーチライトのごとく照らす。

公爵は、影すら消し飛ばされた彼女の顔を直視できず、手袋をはめた手で目元を覆った。


「……狂っている。君の言っていた美しさというのは、網膜を焼き他者の視界を奪う暴力のことだったのか。もはや公爵令嬢ではなく、ただの『発光体』だ。もう帰ってくれ」


冷徹な拒絶。


だがカトリーヌは挫けなかった。


「見て! 彼は光に耐えかねて目を逸らしたわ! 恥ずかしがっていらっしゃるのね!」


現在、カトリーヌは「歩く照明」として国中の夜会から出入り禁止を食らい、その光線に耐えうる頑強な角膜を持つ婿を募集しているという。




【冒険者のその後】


冒険者ギルドの解体場では、ある「奇跡」が日常の風景となっていた。


「おい、例のブツを準備しろ!」


リーダーの合図とともに、三人の冒険者が神妙な面持ちで1枚の白い網――『聖なる結界網(水切りネット)』を捧げ持つ。


かつて泥まみれの魔石を泥臭い金に換えていた彼らは、今や「純度100%の魔石」を安定供給する大陸一の抽出業者『ポリエステル商会』という商会を立ち上げ、貴族顔負けの権勢を誇っていた。


「見てくれ、この完璧な濾過を。神の繊維が不浄を撥ね退けていく…」


バケツに落ちる魔石の音は、もはや聖歌にしか聞こえない。彼らはギルドの片隅に特製の「祭壇(流し台)」を築き、一回の抽出ごとに祈りを捧げる。


「いいか、これは使い捨ての聖具だ。一度使えば役目を終え、不浄を抱いて昇天する。なんと儚い聖具か...」


しかし、この技術革新は思わぬ副作用を生んでいた。


あまりに効率よくスライムが間引かれ、純度の高い魔石が市場に溢れかえった結果、魔石の相場が暴落したのだ。代わりに、その抽出に不可欠な「聖なる網」の価値が暴騰したのだ。



「…残り、あと3枚か」


リーダーは金庫の奥に鎮座する、残り少なくなったネットを眺めて震えた。

1枚破れるごとに、彼らの築いてきた王国が崩壊へと近づく。


「なんとしてでもまたあの店へ行かなければ....!」


彼らは知らない。聖なる結界網(水切りネット)があちらの世界では生ゴミをキャッチして捨てられるためだけに使われている最も儚い消耗品であることを。



【錬金術師のその後】


100円ショップ『スマイル』から持ち帰った「不変の神器」こと計量スプーンは、異世界の錬金術に革命をもたらした。


彼は生涯をかけ、あらゆる物質を「大さじ・小さじ」で定義した全10巻の聖典『不変の調合』を書き上げる。かつての爆発魔は「真理を掬う聖者」として歴史に名を刻み、大陸中の錬金術師が彼の「匙」を模倣しようとした。


だがここで悲劇が起きる。

死の間際、後世のためにと「聖なる匙」の寸法を測らせたところ、目盛りはどこにも存在しなかった。ただ一つ、スプーンの裏に「MADE IN CHINA」という謎の古代文字が刻まれているのみ。


「いいか……。この匙の窪みに満ちる『すり切り』こそが、神が許した唯一の均衡なのだ。絶対に、一粒たりとも違えてはならない……」


事切れると共に、世界は未曾有の「大さじ論争」に突入した。


他国の職人がどれだけ精密に模倣品を作っても、本物のプラスチックが持つ「絶妙な歪み」や「樹脂の厚み」を再現できない。結果、聖典を読んだ錬金術師たちが自作のスプーンで調合するたびに、大陸のあちこちで「すり切り一杯分」の特大爆発が巻き起こった。


現在彼の起こしたギルドは、本物の「聖なる匙」を唯一保管する聖地として君臨している。

年に一度、選ばれし者だけが、分厚いガラスケースに収められた「110円のプラスチック計量スプーン」を拝み、一滴の狂いもない『大さじ一杯』を脳に焼き付けるという。



【聖女のその後】

聖界に帰還した聖女を待っていたのは、驚愕に震える司教たちだった。


「おお、聖女様! その指先…不浄を一切寄せ付けぬ、金剛石のごとき輝きは一体!?」


彼女が祈りを捧げ、かつて爪を砕いていた『聖光』を放つと、指先は割れるどころか、硬化ジェルの膜を通じて光を増幅し、ステンドグラスのように七色の聖光を撒き散らした。


教会はこの現象を、神が彼女に授けた奇跡『光り輝く聖甲シャイニー・ネイル』として経典に刻んだ。


彼女は独り自室で、賢者りんに教わった儀式を執り行う。


「筆を寝かせて、スッと…。青き深淵の光よ、我が指を灼け…!」


330円のUVライトに指を入れ、硬化熱に耐えながら悦びに浸る。彼女にとって、指先を襲うあの熱さは「神との契約の痛み」であり、ジェルの化学薬品の臭いは「高位精霊の芳香」であった。


今や彼女の爪は、魔王の爪撃すら弾き返す伝説の防具と化している。聖女はうっとりと、虹色に光る自らの指先を見つめ呟いた。


「……賢者様。私はさらなる高みを目指したく存じます。だからきっといつかま会えますように」


その夜、教会のゴミ捨て場には、聖女が「不要な肉体の殻」として剥ぎ捨てた『剥がせるネイル』の残骸を研究しようと必死になり探す魔導師たちの姿があった。

読んでくださりありがとうございました。

カトリーヌちゃんが氷の公爵様と結ばれるか拒絶されるかはちょっと迷ったのはここだけの話です。

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