9.その聖具、LEDブレスレット
深夜24時前。
終電の時間も終わり、静寂が支配する時間帯。
100円ショップ『スマイル』で働いているバイトのりんは、閉店前の店内には客が誰もいないことをいいことにスマホの画面を眺めながら、賞味期限切れ間近の安売りあんぱんをぼそぼそと食べていた。
このまま誰も心のなかで願いつつ最後のひとくちを頬張っていたときだった。
りんの背後のバックヤードの扉が『キィ….』と、音を立てて開いた。
冷気と共に流れ込んできたのは、鉄の錆びた匂いと、荒い息遣い。
「......(ごくん)いらっしゃいませー」
りんは慌てることなく咀嚼していたアンパンを飲み込みスマホから目を離さずに応対した。
入ってきたのは、使い古された革鎧に身を包んだ、まだ二十歳にも満たないであろう少年兵だった。
王都の夜警を務めているのだろう。
肩には紋章が入ったボロボロの上着を羽織っている。だが、その表情は青ざめ、膝は生まれたての小鹿のようにガクガクと震えていた。
「….お、お願いだ! 俺を、俺を助けてくれ! このままじゃ、今夜中に俺の首が飛んじまう!」
「……はあ....。今度は夜勤の兵隊さんですか。不法侵入で通報しますよ?」
りんは見るものがなくなったのかようやくスマホから顔を上げて正面を向いた。
「違うんだ、侵入じゃない! 追い詰められて、気づいたらここに.……。聞いてくれ、俺は今日、ようやく認められて初めて『魔の森』に隣接する北門の夜警を任されたんだ。だけど、さっき巡回中に……大事な『聖火のランタン』をドブに落として壊しちまったんだよ!」
少年兵は、ひしゃげた真鍮製のランタンをカウンターに叩きつけた。
「この街の夜は、聖なる火を灯し続けなきゃいけない決まりなんだ。火が消えれば魔物が寄ってくるし、何より軍律違反で死刑……。あと数分で交代の点検が来る。火種を魔法で起こそうにも、俺みたいな平民の三等兵にゃ、魔力なんて一滴もありゃしねぇ!」
少年はカウンターに泣き崩れた。
「暗闇の中で、俺の人生も終わりだ…。誰か、魔力も油もいらねぇ、永遠に光り続ける太陽の破片でも持ってねぇか……」
「….太陽の破片ねぇ。あー、それ、電池式でいいならありますよ」
りんは、絶望に浸る少年を放置して、「パーティー・応援グッズ」のコーナーへ歩き出した。
「え、? 今、何て….?」
「だから、火も魔法も使わずに光るやつ。ちょうどいいのがあるんで」
りんに連れられてきた少年兵は、棚に並ぶ色とりどりの物体を見て目を剥いた。
そこには、蛍光ピンクや鮮やかなブルーの、プラスチック製の輪っかが並んでいた。
「これです」
りんは、その中から一本の『LEDシリコンブレスレット(7色に光るタイプ)』を手に取った。
「これの、どこが……。ただの、柔らかい蛇の抜け殻みたいじゃないか。熱も、聖なる波動も魔力も何も感じねぇぞ」
「まあ見ててください」
りんはブレスレットの側面にある小さなスイッチをカチリと押した。
その瞬間。
「….っ!?」
少年の目が、眩い光に焼かれた。
ブレスレットが、目の覚めるような鮮烈な「青」に発光したのだ。さらにスイッチを押し込むと、それは赤、緑、紫へと目まぐるしく色を変え、最後には激しく点滅し始めた。
「ぎゃあああ! 目が、目がぁ! なんだこの輝きは!? 魔導師団長が放つ『極大閃光』よりも鮮やかじゃないか! それに、火も使ってねぇのに、なんでこんなに冷たい光が放てるんだ!?」
「あー、それLEDなんで。熱効率いいんですよ。あと、これならドブに落としてもそう簡単には壊れません」
りんは事務的に、少年の細い手首にそのブレスレットを装着させた。
サイズ調整の必要もなく、シリコンがピタリと腕に吸い付く。
「……信じられねぇ。腕が光ってる。俺の腕が、伝説の『光龍の角』みたいになってやがる....。これなら、ランタンなんて重いもん持ち歩く必要もねぇ。両手が空くから、剣だって構えられる!」
少年は、自分の手首から放たれる光をうっとりと見つめた。その光は、100円ショップの床を、異世界の夜道よりも不自然に明るく照らしていた。
「.…これは、聖騎士様が装備する『不滅の光輪』ですね? 凄まじい魔力だ。これ一個で、一個小隊の夜道を照らせるぞ!」
「いや、単なるボタン電池駆動の玩具ですけど。….まあ、夜警には十分でしょ。7色に切り替えられるから、異常事態の時は赤く点滅させて走れば、遠くの仲間にもすぐわかりますよ」
「緊急信号機能まで備わっているのか! 素晴らしい….! これさえあれば、俺はクビにならないどころか、英雄になれる!」
少年兵は、感激のあまり床に膝をついた。
「これを俺に譲ってくれ!いくらだ!? 俺の給料三ヶ月分……いや、一年分か!?」
「あー…まあ、金貨1枚でいいんですよ」
少年は懐から、使い古された布袋を取り出すと、中にある唯一の金貨を震える手で差し出した。
金貨1枚、それは若い少年兵からしたら大金であるがりんは気にしない。金貨1枚は金貨1枚だ。
「金貨1枚....?そうだよな。こんな到底俺が手に入れられないおようなもの....俺が平民だからってあんたは....あんたは慈悲の女神か何かか?」
「いえ、ただのバイトです」
少年は、7色に点滅する手首を誇らしげに掲げ、扉へと向かった。
「見てろよ! 今夜の北門は、太陽よりも明るくしてやるぜ!」
少年兵は、扉の向こう側へと、ピカピカと点滅しながら消えていった。
遠くから「うおー! 光ってる! 俺、光ってるぞー!」という歓喜の声が聞こえてくる。
「……あー、目に悪いわ、あの点滅。散歩の時の事故防止にはいいんだけどね。あのお兄さん、魔物に狙われなきゃいいけど….まあ、眩しすぎて逆に逃げるか」
りんは再びカウンターに戻り、店の外は再び静寂に包まれる。
LEDブレスレットの代金110円をレジの中に投入しながら彼女は欠伸を一つ噛み殺した。
夜の帳が降りた街で、一番不自然に輝いているのは、間違いなくこのバックヤードの入り口だった。
目があ!目があ!のセリフは某作品を思い出してニヤニヤしちゃいました。
LEDブレスレットお祭りのときによくつけてましたよね。
少し間が空いちゃいましたがまた更新していきたいと思います!
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