7.その聖具、計量スプーン
深夜24時前。
りんは、客のいない100円ショップ『スマイル』のカウンターに突っ伏して、スマホの充電ケーブルが断線しかけているのを眺めていた。
「……..買い替えなきゃ。100均のやつだとすぐダメになるんだよね」
そんな独り言が、誰もいない店内に虚しく響く。
この100円ショップ『スマイル』のバックヤードがこの日本ではない、異世界につながるようになったのはいつからだっただろうか、りんはぼんやりと初めてのあの日を思い出していた。
ふと、背後のバックヤードのドアが『キィ…』と音を立てた。
噂をすればなんとやら....
いや噂はしてないな、思い出してただけだと心のなかでツッコみながらりんは気だるげにバックヤードの扉を見やる。
そこにあるはずの在庫の山はなく、代わりに広がっていたのは、黒煙が立ち込める薄暗い石造りの工房。
「…..くっさ、ケホッ、あー、なに?今度は火事?」
この煙大丈夫かな...火災報知器反応しないよね?と考えながら黒煙の中を凝視する。
黒煙の中央、そこには煤まみれの男がいた。手にはフラスコ。顔は、10連勤明けのサラリーマンよりひどい。
「…終わった。あと一滴、一欠片の配合が狂うだけで、全部が爆発する……。秤も、職人の勘も、何も信じられない。神は人間に、絶対の正解を与える気がないのか..…」
男はうわ言のように呟きながら、床に散らばった銀色の粉を、指で一粒ずつ拾い集めようとしている。
「…..お客さん。こっち掃除したばっかりなんですけど。こっちまで粉、散らさないでもらえます?」
りんの声に、男が弾かれたように顔を上げ、その目にりんを捉える。
「ど、どこだ!?俺は死んだのか...? 異界の門……いや、聖域か!? おお、慈悲深い御方よ、どうか正確に、誰がやっても同じ量だけを掬い取れる『不変の神器』を…!」
煤まみれの男が必死の形相で迫ってくるのは恐怖以外の何物でもないがりんはどこ吹く風だ。
「…..あー、不変の神器はないけど量りね。じゃあ、これ。三本組でお得ですよ」
りんがキッチンコーナーの店から取り出してきたのは、白いプラスチック製の計量スプーン。
「…..なんだ、この白い……。骨のように滑らかで、それでいて底知れぬ無機質さを感じる素材は…。いや、それよりこの『15』『5』という刻印は何だ?あとこの同じ素材でできている棒のようなものは?」
「あー...プラスチック??その刻印はサイズです。大さじ、小さじ。すり切りで量れば、誰がやっても同じ量になります。当たり前ですけど」
半信半疑で男がスプーンを受け取り、持参した瓶から粉を掬った。
そして、備え付けのヘラで、スッと表面を撫でる。
「………..…」
男の動きが止まった。
「…..これだ。これだよ。俺が、一族の家財をすべて売り払ってまで追い求めていた『絶対の真理』は、この白い匙の中にあったんだ….…。この10年は一体何だったんだ……」
男はその場に膝をつき、嗚咽をもらし始めた。
男の顔は煤と涙で言葉では表せないほど酷い有様である。
ゴラー映画に出てくるような黒い涙ってこうやってできるんだとりんは少し感心した
「……..あの、泣くのはいいんですけど汚さないでくださいね。掃除するの私なんで」
少し泣いて落ち着いたのか男は顔を上げて何かを決意したかのような表情でりんを見る。
「こ、これを譲ってほしい。いくらだ? 街の半分か? それとも俺の魂か….…?」
魂?何言ってるんだこいつとりんはため息を付く。
「いや、いいですよ。そこにある金貨一枚、置いていってくれれば。お釣り出ないんで」
「……き、金貨一枚? この神の尺度を、そんな、路傍の石ころのような値段で……..?」
錬金術師は異世界系のアニメや漫画だとお金稼いでる描写が多々あるがどうやらそれは本当らしい。
「バイトなんで、細かいことはいいです。用が済んだらドア閉めて帰ってください。煙がこれ以上入ってきたら火災報知器鳴っちゃいそうなんで」
男は黒い涙を流しながら、家宝を抱えるように軽量スプーンを握りしめて去っていった。
裏口のドアが閉まると、そこにはいつもの、少しカビ臭い在庫段ボールの山が戻っていた。
男がいなくなって静まり返る店内。
りんはカウンターに置かれた金貨を、自分のポケットに大事にしまう。
「…….っていうか、今まで目分量でやってたんだ。錬金術師って、意外と雑なんだね」
先程まで目の前で煤で顔を汚して嗚咽を漏らしていた錬金術師を思い出しながらそんな独り言がつい口から出てしまう。
しかし次の瞬間りんは、自分用にキープしていたカップ麺の在庫を数え直し、錬金術師のことはもうどうでもよくなっていた。
読んでくださりありがとうございました
もし自分が異世界転生するなら、錬金術師になりたいなと思ってしまいますね。
それか薬師になってポーションを作りたいなと他の方の作品を読んで妄想しています。
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