6.その聖具、水切りネット
深夜24時になる少し前。
駅前にある100円ショップ『スマイル』には、傘を買うために終電帰りの客が一気に押し寄せた。
どうやら外は雨が降っているらしい。
駅構内にあるコンビニではなく、道路を挟んで向かいにある100円ショップに傘を買いに来る人が多かったのはこの物価高も関係しているのかもしれないが、りんは客たちの持ち込んだ泥で汚れた床を掃除する仕事が増え、ため息を付いた。
....はあ、なんで雨降るの、おかげで仕事増えたじゃん。
心の中で悪態をつきながら汚れた床の掃除がようやく終わったかと思うとレジのすぐ背後にあるバックヤードへのドアが、『キィ……』と音を立てて勝手に開いた。
ドアが開くと同時に、鼻を突くような生臭い匂いと、ドロドロとした不気味な音が店内に広がった。
なんだここは、と驚いている複数の男たちをりんの視線が交差する。
「頼む! 助けてくれ! このままじゃ俺たち依頼が達成できずに違約金を払うことになっちまう…!」
現れたのは、ボロボロの鎧を纏った三人組の冒険者だった。彼らが抱えている大きな革袋の中には、粘り気のあるスライムの残骸と、泥、そして鈍く光る『魔石』がぐちゃぐちゃに混ざり合っている。
「…….うわっ、汚。なんですかそれ。ゴミなら外のゴミ箱に捨ててくださいね」
りんは露骨に嫌そうな顔をして、鼻をつまんだ。
「ゴミじゃない! これはスライムの核からとれる魔石だ! これを綺麗に抽出できれば高値で売れるんだが、中身が細かすぎて、手じゃどうやっても分離できないんだ!」
「魔法で焼こうとしたら、魔石まで燃えちまうし…!」
冒険者たちは半泣きだった。彼らにとって、それは死活問題なのだろう。
だが、りんからすれば、それはキッチンの排水溝に詰まった生ゴミと大差ない。
「…..あー、はいはい。抽出ね。ちょっと待っててください」
りんは気だるげに歩き出すと、キッチン消耗品コーナーへ向かった。
手に持ってきたのは、『水切りネット(ストッキングタイプ・浅型用・40枚入り)』。110円。
「これ、使ってください」
冒険者たちの眼の前にズイッと差し出すとまじまじと水切りネットをみている。
「なんだ、この透けるほど薄い、網目の見えない布は……? まさか、伝説の『精霊の繭』で編まれた聖なる網か!?」
「いや、ポリエステルです。伸縮性あるんで、そこのボウル…..じゃなくて、バケツに被せて、上からそのドロドロを流してください」
ポリエステルなんて説明してもい世界の住人には伝わらないが別の言葉に言い換えて説明するほどりんには思考力も親切心もない。
冒険者たちは震える手で、水切りネットをバケツの口にセットした。
そして、スライムの残骸を一気に流し込む。
――ズルルッ。
ネットの極小の網目が、スライムの不純物と泥だけを完璧にキャッチした。
そしてバケツの底には、不純物が一切混ざっていない、純度の高い「魔石の欠片」だけがポロポロと、真珠のように転がり落ちたのだ。
「おおおぉぉ…..!? な、なんだと! 一つの無駄もなく、純粋な魔石だけが抽出されている…..!」
「俺たちが三日がかりでやっても無理だった作業が、たった数秒で……..!」
冒険者のリーダーは、ネットの中に残った「スライムのカス(ゴミ)」を見て、感激のあまり震えていた。
「この網……伸縮自在で、どんなに重い液体を流しても破れない! これこそ、あらゆる不浄を濾過する『聖なる結界網』だ…….!」
普通の人であれば自分のところの商品をこれだけ喜んでくれている客を見れば嬉しくなって笑顔になるだろうがりんは無表情のままだ。
「…それ、使い捨てなんで。終わったらそのまま縛って捨ててくださいね。40枚入ってるから、当分保つでしょ」
「よ、40枚も!? この神の道具が40枚だと!? 貴殿は聖女か!? それとも商売の神の化身か!?」
「ただのバイト。40枚入ってるし、金貨1枚でいいよ。」
40枚も入ってて金貨1枚ならと冒険者たちは、まるで奇跡を目撃したかのような顔で、水切りネットを宝物のように抱えて去っていった。
嵐が去った後の店内で、りんは金貨を眺めながら、自分の財布から110円を取り出した。
「……はい、110円。まいどありー」
チャリン、とレジに小銭を放り込む。
「……..さて。床の掃除して、帰ろ」
床掃除をしながら、りんは欠伸を漏らした。
彼女にとって、異世界からの客も、こっちの世界の客も、同じお客でしかなかった。
読んでくださりありがとうございました
皆さんは水切りネットを使いますか?
シンクの排水口はもちろんですが、自分はお風呂の排水口にも水切りネット使っています。
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