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4.その聖具、パスタ調理器

深夜24時過ぎ。

 

『CLOSED』の看板を出した駅前の100円ショップ『スマイル』のレジカウンターで、一ノ瀬りんは自分の夕飯の準備をしていた。


「……..お腹空いた。けど、お湯沸かすのも鍋洗うのも無理……。もうこれでいいや」


家に帰ってからなにか食べればいいのはわかっているが、時間ギリギリに起きたせいで何も食べずにこの時間になってしまったため、空腹に支配されている頭では正常な考えは今のりんにできそうにない。


品出しの合間に、売り場の棚から拝借(後で自腹を切る予定)したプラスチックの容器に水と乾燥パスタを突っ込む。


精神力(HP)が尽き果てた人間にとって、『レンジで茹でるパスタ』は命を繋ぐ最後の砦だ。


りんはレジの背後にある、スタッフ用の古びた電子レンジに容器を放り込み、タイマーをセットした。


その瞬間、背後のバックヤードへの扉が『キィ…』と、頼りない音を立てて開いた。


そこにあるはずの在庫の山はなく、代わりに広がっていたのは、吹き荒ぶ雪嵐が舞い込む、ボロボロの山小屋。


そしてその中央では、ボロ布のようなマントを羽織り、剣を抱き枕のように抱え激しく震えている青年――放浪の勇者がいた。


「……..くっ、ここまでか。魔王軍に追われ、食糧も尽き、火を熾す魔力すら残っていないとは……。私は、ここで力尽きるのか….…」


勇者は凍えた手でカチカチの乾燥肉を噛もうとして、力なく落とした。


りんはレジカウンターに肘をつき、椅子の向きをクルリと背後の扉の方へ変えた。温め中のレンジが放つ『ブォォーン』という低い駆動音をBGMに、気だるげに声をかける。


「……あの。そんなところで震えてると、見てるこっちが寒くなるんですけど。……っていうか、雪が入ってくるんで扉閉めていいですか?」


「なっ...!? 異界の門……!? 救いの女神か……?」


 勇者が虚ろな目で、暖かい光に満ちた100円ショップのレジ内に座る不審な女――りんを仰ぎ見る。


「バイトが終わったただの女です。メシの準備中です。….お腹空いてるんですか? だったら、私の半分あげますよ。ちょうど二人分入れたし」


自分が食べようとしたパスタを分けるのは惜しいが、目の前で勇者に死なれるのは寝覚めが悪い。


ちょうどその時、電子レンジが『チン!』と軽快な音を立てた。


「な、なんだ今の音は!? まるで天の宣告……! そして、その箱の中から感じる、凄まじい熱量と.…狂おしいほどに食欲をそそる香りは……..!」


パスタが茹で上がったときのあの独特な匂いがりんと勇者のいる空間に広がっている。


「あー、これ? 容器にパスタ...そっちだとなんていうんだろ...麦で作った麺?と水入れて、この箱――電子レンジに入れるだけ。この中には『火の精霊(マイクロ波)』が閉じ込められてて、そいつが超高速で運動して熱を出してるんです。……たぶん」


りんはレンジからアツアツの容器を取り出し、申し訳無さそうなサイズの手洗い場に水を捨てパスタをフォークで軽く混ぜた。勇者の目には、プラスチックの箱から溢れ出す湯気が、極上の癒やし魔法のように見えていた。


「お、おのれ……! 上位の火の精霊を、これほど小さな箱の中に封印し、あまつさえ調理の奴隷として使役するとは……! 貴公、もしや伝説の賢者か、あるいは禁忌を犯した魔導師か!?」


さっきまでガタガタと震えていた青年とは同一人物には思えないほど、少し怒気をはらんだ口調で詰め寄ろうとしてくる。


「いや、ただのバイト。……..はい、これ。熱いから気をつけて」


りんは、売り場から持ってきたレトルトのミートソース(110円)をぶっかけたパスタの半分を、勇者に差し出した。


「う、美味い……! なんだ、この黄金の細糸は! 噛むたびに弾力が弾け、血肉が再生していくようだ……! 聖なる麦の恵みが、火の精霊の加護によって昇華されている..……!」


ミートソースを口の周りいっぱいにつけているのに青年の勇者は気づいていないがそれを指摘するほどりんは世話好きでもなんでもない。


りんの頭の中はこの状況を早く終わらせて家に帰ることだけだ。


「….それ、110円のソースとと110円のパスタなんですけど。あ、その容器も欲しければ、金貨1枚でいいですよ。火の精霊のレンジは非売品なんであげれないですけど」


「金貨1枚でこの『精霊の茹でパスタメーカー』を!? ありがたき幸せ……! これさえあれば、極寒の地でも飢えを凌げる……!」


青年の勇者は涙を流し、懐からずっしりとした金貨を差し出すと、宝物のようにプラスチックの容器を抱えて、吹雪の向こうへと去っていった。


静まり返る山小屋。


りんは椅子を再びレジ側へ戻し、残った半分のパスタを啜りながら、金貨をスマホのライトで検分した。


「……よし。今回もいっちょあがり」


彼女は自分の財布から、パスタ、ソース、容器の代金330円を取り出し、レジに『チャリン』と投入した。


「はい、お買い上げありがとうございましたー」


誰もいない店内に、やる気のない声が響く。

お腹は半分しか膨れなかったが、手元には金貨。


「…..あーあ。パスタ100gじゃ全然足んない...でも、もう一回茹でるの面倒くさいな……」


りんは死んだ魚の目のまま、金貨をポケットにねじ込み、後片付けをしたが金貨のことを考えると口角が少し上がるのを止めることはできなかった。

読んでくださりありがとうございました!

普通に犯罪なので、ちゃんとすぐに支払いはしましょうね、りんちゃん。

レンジ茹でられるパスタ最高ですよね、自分も夜ご飯はこのレンジチンするだけで茹でれるパスタにはお世話になりすぎてるくらいです。

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