換金と、その後の異世界
深夜のバイト明け。
昼過ぎに起きた一ノ瀬りんは、ボサボサの頭のまま、近所にあるなんとも言えない怪しい外観の古物商のカウンターにいた。
本当は貴金属買取店に行きたかったが出所のわからない金貨など買い取ってくれるかがわからず、一か八か買い取ってくれそうなここに来たのだ。
「…..これ、お願いします」
りんに差し出された4枚の金貨を見て、いかにも怪しそうな見た目の老年の店員が一瞬怪しげな笑みを浮かべすぐに元の表情に戻ったのをたりんは見逃さなかった。
どうやらりんの考えは間違ってなかったらしいことにホッとしたが表情には出さずにその店員をりんはじっと見た。
少々お待ちくださいと査定をしてくれているなか、りんは退屈そうに終わるのを待っていた。
どれくらいの時間が過ぎたのか店員の声でどこかに飛んでいた意識が浮上してくるのがわかる。
「お客さん.…鑑定の結果だけどね、不純物が一切ない驚異的な純金だね。しかも見たこともない刻印……。これ、一体どこで手に入れたんだい?」
「…….裏口の掃除してたら落ちてました。」
嘘ではない。レジの真後ろ(異世界側)で拾ったようなものだ。
全てを見透かしているような何処か居心地の悪い店員の視線を無視し、りんは何人いるかわからない渋沢栄一を奪うように受け取ると、店を後にした。
帰り道、スーパーに寄る。
いつもなら「増量中」か「割引」のシールがついた弁当一択だが、今日は違う。
「…..今日は一番搾りのビールと...スイーツ..お菓子も買っちゃおう」
異世界の王や魔王を救った報酬が、少しの贅沢に変わる。
それが、りんのささやかな勝利だった。
その頃。りんが全く知らない「扉の向こう側」では、劇的な変化が起きていた。
【魔道士少女のその後】
とある異世界の王立魔導神殿。
厳かな空気が満ちる広間の中央で、白いローブをまとった少女が両手を掲げていた。彼女の周囲には、色とりどりの輝きを放つ魔導核が、まるで意志を持ったかのように整然と並んで浮遊している。
「おぉ….見事なものだ……! わずか一瞬で、全ての魔導核を一点の狂いもなく浮遊させるとは!」
「神の重力の巫女様、万歳!」
かつて、魔力の暴走に怯えて失敗を恐れていた少女の面影はもうない。彼女の胸元には、金貨1枚と引き換えに手渡された、小さな銀色の金属――「異界の聖石」がペンダントとして飾られていた。
「すべては、あの異界の神が授けてくださった聖なる引力のおかげ….。私はこの奇跡を胸に、世界を平和に導きます」
少女の澄んだ声が広間に響き渡ると、集まった魔導師たちは一斉にひざまずき、涙を流して祈りを捧げた。
彼女は今や、国中から神の使いとして崇められる「神の重力の巫女」として、その名を轟かせていた。
【老執事のその後】
とある大国の王宮。きらびやかなシャンデリアが照らす大広間で、晩餐会が開催されていた。
各国の要人が集まる中、老執事は主君の背後に控え、静かに給仕を行っている。
「おい、見てみろ。あの礼装を……」
「なんと美しい黒だろう。まるで闇夜の星々を全て吸い込んだかのように、微かな汚れ一つない」
隣国の貴族たちがざわめき、主君もまた満足そうな笑みを浮かべて老執事を見やった。かつて交渉を難航させていた不吉な影は消え去り、今や彼の立ち振る舞いは最高級の芸術として称賛されている。
「見事だ。お前の身にまとうその輝きこそ、我が国の誇りである」
「勿体なきお言葉でございます」
老執事は国王に称賛されている主君を、見つめながら自らの懐にある『聖絶の剥離』をそっと撫でた。異世界の神具は、今や彼のキャリアを不動のものにしていた。
【不眠症の魔王のその後】
魔王城の謁見の間。
かつては魔力の暴走による轟音と紫の稲妻が飛び交っていたが、今の謁見の間は驚くほど静まり返っていた。
「……スピー.…、…プチッ、プチッ……、.…スピー……」
巨大な玉座の足元。そこには『弾ける小宇宙』の山があり、魔王はその山に顔を埋めて、赤子のように深い眠りについていた。
物陰から、側近の魔将たちがひそひそと会話を交わしている。
「おい、見ろよ。魔王様が三日三晩、一度も目を覚まさず眠っていらっしゃるぞ」
「ああ、何という平穏……。荒ぶる魔力もすっかり落ち着いて、世界の平和が保たれている….」
側近たちは感動のあまり涙を拭った。魔王が健やかでさえあれば、世界征服なんてどうでもいい、と魔王軍の幹部たちは心から安堵していた。
【放浪の勇者のその後】
とある異世界の雪深い荒野。かつて凍えながら放浪していた勇者は、今や立派な砦に身を寄せ、暖かい湯気を仲間とともに囲んでいた。
「皆の者、食べてくれ。これが、異界の神から授かりし『精霊の茹で釜』の奇跡だ」
勇者がプラスチックの容器に水を張り、乾燥パスタを投入すると、突如として激しい沸騰が起きる。レンジのような熱源がないこの世界において、なぜそれが起きるのかは彼らにとって神の奇跡そのものだった。
ほんの数分で茹で上がる極上の小麦は、飢えていた戦士たちの肉体を癒やし、勇者のカリスマをさらに高めていた。
「勇者様、今日も素晴らしい精霊の加護でございますな」
「ああ、異界の神は、我々に生きる力を与えてくださったのだ」
勇者は容器を我が子のように大切に磨き上げ、異界の店員に今日も心の中で感謝を捧げるのだった。
そんな異世界の騒ぎなど、知る由もない。
「…..ふぅ。やっぱり揚げ物は、胃にくるな」
アパートの安っぽいテーブルの上。
空になった弁当の容器を見つめ、りんは一つ、大きなため息をついた。
金貨を換金して手に入れた万札の束も、数カ月分の家賃と光熱費、税金を払えば、またいつものカツカツな生活に戻る。
それでも、昨日の自分よりは少しだけ腹が膨れている。
「…..さて。そろそろ、寝るか」
彼女はいつもよりは、幸せな気分のまま布団に潜り、深い眠りの中に落ちていった。
よんでくださりありがとうございました。
スーパーやコンビニの割引や増量中のシールはなんだかすごくお得に感じてしまいますよね。
某コンビニさんまた増量キャンペーンしてくれないかな
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