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半神失格  作者: KoiToHimitsu


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第2話 『 帰路は閉じた』

影浦市の夜は、ぬるく澄んでいた。満月が屋根の上に白い硬貨みたいに浮かび、その輪郭は、この世界のものにしてははっきりしすぎていた。潮峰学園の屋上から見下ろす街は、光の層でできているように見えた。灯りのついた窓。静かな交差点。大通りの遠い輝き。さらにその向こうには、闇の中に鈍く切り取られた海の反射。


透花は屋上で、珍しく軽い笑みを浮かべていた。


影浦市での最後の一年は、人間の意味で難しいものではなかった。むしろ、機能的に孤独だった。ときどき混乱もした。小さなところで、少しずつ消耗した。任務が近さを求めたからではない。正確には、その逆を求めたからだった。小案件を担当する研修中の派遣者として、成功を条件に帰還が認められている身として、透花はこの街の人間たちとの接触を最小限に保つために、意識的な努力を続けてきた。


そして成功は、どうやらそこまで来ていた。


開口は彼女のすぐそばに現れた。安定した、細い光の裂け目。清潔で、ほとんど音もない。


帰還路だった。


透花は一歩踏み出し、それから止まった。渡る前にもう一度だけ、その高さから見える街のほうへ振り返る。ここから見る影浦は小さい。穏やかで、ほとんど信頼に値するようにすら見えた。過去十二か月、自分がこの街に与えてきたのは、名前を持つほどでもない小さすぎる裂け目から守るという、そんな程度の信頼だった。


そのとき、彼女は感じた。


任務の線が、内側でねじれた。一年間ずっと同じ、小さくてうんざりする論理に従っていた裂け目の署名が、報告書の一行を真ん中から裂くみたいに、突然反転した。何かが、反対側で開いた。


透花は一秒、あるいは二秒、動かなかった。


それから手を上げる。


「ヴェレディクタ」


剣は、最初からその呼び声を待っていたみたいに応じた。彼女の手に現れた刃は細く、明るく、峻厳で、月の反射をほとんど冷たい精度で受けていた。透花は手首を返し、斜めに振り抜く。背後の開口は即座に閉じた。まるで夜そのものが、光の傷を縫い合わせたみたいに。


帰路は消えた。


そして天霧透花は、動くより先に理解した。


小案件は、たった今死んだ。


公園では、凪がまだ黒い染みの前に膝をついていた。


もう一度引き抜こうとした。金属は動かない。


眉を寄せ、手の位置を直し、今度はもっと強く引く。しつこさで世界に説明を強要できるみたいに。三度目で力が外れた。手が滑る。影は上から下へ、あまりに薄い布を裂くみたいな嫌な容易さで真っ二つに割れ、凪は手のひらに土と冷たさをつけたまま後ろへ倒れた。


すぐに、自分が何かまずいことをしたという感覚が来た。


地面の黒い染みが割れた。最初は二つ。それから、もっと。小さな影たちが裂け目から離れ、速すぎる動きで別々の方向へ散った。コンクリートの上を、ベンチを、低い柵を、水盤を滑り、やがて跡形もなく消えた。


一秒だけ、公園は静かすぎた。


凪は顔に手をやって、一度息を吸い、もう一度吸った。それで意味が戻るなら、そうしたかった。戻らなかった。


ゆっくり立ち上がる。脚は従った。それだけでも、この公園の他のすべてよりまともだった。


一晩眠れば治るかもしれない。たぶん脳が、ついに創造的な形で自分を見放すことにしただけだ。


二歩進んだ。


公園を横切り始めたとき、不意に、自分はもう一人で歩いていないという感覚が来た。


考えるより先に足が速くなる。息が短くなる。空気が重かった。街灯と街灯のあいだの空間だけ、密度を増したみたいに。


そのとき、新しい影がひとつ、前に現れた。


凪は急停止した。


周囲では、あるはずのない場所に別の影が次々と生まれ始めていた。ねじれた角度で地面に張りつき、折れた膝、反った背中、長すぎる腕を思わせる形。震えているものもあった。光に対して遅れているように見えるものもあった。どれも、どの身体にも属していない。


凪は走り出した。


走るほど、増えた。


ひとつは左側、水盤に貼りついていた。


もうひとつは空の滑り台の脇に。


さらにひとつはベンチの根元から伸び、投げるはずの街灯には収まりきらない長さになっていた。


より大きな影がひとつ、進路を塞いだとき、凪は急停止した。胸が速すぎる呼吸で上下している。もうまともに考えられないまま後ずさろうとして、踵の裏に別のものが触れた。


地面じゃない。


コンクリートでもない。


影だった。


躓く。


そのとき、奈落を感じた。


足が暗闇に足首まで沈み、地面がそこから消えた。凪は横倒しになり、とっさに身体を支えようとした、そのわずかな時間で、もっと悪いことに気づく。


脚の感覚がなかった。


痛みも、冷たさもない。


何も。


膝から下だけ、世界がそのまま消してしまったみたいに。


凪は影から脚を引き抜こうとした。ほとんど盲目的な最後の力で、全身をひどく引きつらせながら、どうにか黒い穴から脚を引きはがす。感覚は断片的に戻ってきた。最初は痺れ。次に鈍い痛み。最後に重さ。安堵ではない。ただ、まだ完全には消えていないという確認でしかなかった。


彼のまわりで、公園が崩れ始めていた。


コンクリートの道の縁が、液体の影にほどけていく。中央の水盤はもう月を映さず、水に属するには深すぎる黒い染みだけを返していた。滑り台も、ベンチも、柵も、すべて形を保ってはいたが、それは権利ではなく、習慣でそうしているみたいだった。


凪は立ち上がろうとしたが、もう逃げる方向がない。公園そのものが、出口という発想に従っていなかった。


そのとき、光が見えた。


上から降りてきた。速く、清潔に。まるで誰かが、空に判決の線を刻んだみたいに。


少女は、彼と暗闇のあいだに、ありえない軽さで着地した。もう誰にとっても地面ではなくなっていた場所に、彼女の足だけが支えを見つけたみたいに。潮峰学園の制服は同じままだったが、彼女が着るともっと峻厳で、もっと冷たく、この現実そのものから少しずれて見えた。黒い髪は月明かりを受けても輪郭を失わず、それまで穏やかだった顔は、絶対的な精度にまで削ぎ落とされていた。


右手にはヴェレディクタ。


刃は長く、細く、美しかった。ただし、それは見惚れさせる美しさではなく、服従を要求する美しさだった。青白い刀身は固められた光でできているみたいで、その中央を生きた金の線が走っていた。まるで判決そのものが金属の内側で点灯しているみたいに。刃の表面には幾何学的な紋が無言の順序で浮かび、彼女がそれを持ち上げた瞬間、周囲の空間までが不本意そうに整列した。街灯の揺らぎが止まる。足元の影が地面へと押し潰される。空気に軸が通る。


透花は、すぐには彼を見なかった。


最初に見たのは公園だった。


影。


裂け目。


それからようやく、低い声で言う。


「離れて」


凪は、まだ地面にいたまま目を瞬かせた。顔は見覚えがある。ありえないのは、状況のほうだった。


透花は一歩進み、剣を振り下ろした。


その一撃は、斬撃というより決定に見えた。


夜には属しえないほど真っ直ぐな金の線が、空中に一瞬だけ開く。すぐ近くの影たちは即座に後退し、地面の上で身をよじった。自分たちは身体ではないのだと、無理やり思い出させられたみたいに。凪のまわりの暗い領域は後退し、どうにか呼吸できるだけの空間を返した。


彼は後ろへ這った。


透花は手首を返し、今度は水盤のそばの大きな裂け目に向かってもう一度振るう。刀身は暗闇の深くへ入っていき、一瞬、本当に閉じるかに見えた。穴の縁が震える。公園は小さな範囲から形を取り戻す。最も近い街灯は、正しい方向へ影を落とし直す。水盤は歪な月の反射を返す。


そこで抵抗が来た。


内側から。


透花の目つきがわずかに硬くなる。ヴェレディクタが手の中で小さく、だが確かにぶれた。裂け目は、もはや空間にぶら下がっただけの開口ではなかった。向こう側の生きた一点に繋がっている。


彼女の呼吸が、一瞬だけ乱れた。


ほんの一瞬。


だが、凪は見た。


透花は刃を引き戻し、半歩下がる。そしてようやく、彼に向けてまっすぐ視線を向けた。剣よりも鋭く切れるほど冷たい目だった。


「成瀬くん、触れたのね」


問いではない。


判定だった。


公園の影はまだ落ち着いていなかったが、もうさっきほどの飢え方では動いていなかった。地面は再び地面らしく見える。水盤はまた水の顔をしている。街灯の光も正しい位置へ戻りつつあった。けれど、その秩序にはどこか嘘があった。犯罪のあとで、急いで片づけられた部屋みたいな。


透花は剣を消さずに下ろした。


凪は片手をコンクリートにつき、ゆっくり呼吸するよう自分に命じた。脚はまた動いていたが、反応には遅れがあった。感覚そのものが、戻ってくる許可を取りに行っていたみたいに。


「なんだよ……」声が掠れた。「あれ、何だったんだ」


透花はすぐには答えなかった。彼女の視線は、凪の右手へ落ちる。


そこでようやく、彼も気づいた。


指の近くの暗がりが、まだ元に戻っていない。影が多すぎた。薄くて、生きているような黒い膜が、ゆっくり呼吸するインクみたいに皮膚に張りついていた。


ズボンで手を拭ってみる。


染みは落ちない。


透花が一歩近づいた。


「もう何にも触らないで」


「何に触ったのかも分かってないんだけど」


「それで十分」


それだけで、十分冷たかった。


凪は彼女を見上げた。近くで見ると、学校できれいだとしか思っていなかったその少女は、もう別の種類の現実に属していた。制服も顔も同じなのに、それ以外のすべてが、夜そのものですら逆らえないみたいな厳しい精度に変わっていた。


透花はヴェレディクタの切っ先を、彼の手に張りついた影へ触れる寸前まで下ろした。


刀身の中央の金線が灯る。


黒い膜は即座に反応した。縮み、震え、一瞬だけ凪の足元の影まで遅れて応答する。二つはもう完全には同じものではない、とでも言うみたいに。


透花は目を細めた。


「……違う」


それは凪に向けた言葉ではなかった。自分が今たどり着いた結論に向けた否定だった。


凪の胃が強く縮む。


「何が」


透花はようやく視線を上げた。


「もう、外にはいない」


二人のあいだに落ちた沈黙は短かった。だが、公園全体に重みを与えるには十分だった。


「成瀬くんが開いたの」と彼女は言う。「だから今は、成瀬くんを通して呼吸している」


凪は動かなかった。


ほとんど何も分からなかった。けれど、それがまずいことだけはすぐに分かった。


透花はヴェレディクタを消した。剣の整った光が消え、夜が再び二人のまわりに閉じてくる。その冷たさは、空気のものではなかった。


再び口を開いたとき、彼女の声からさっきまでの判決の切れ味は少しだけ抜けていた。別の何かになっていた。ほんの少しだけ、冷たくないものに。


「これはもう、小案件じゃない」


彼女は彼の手を最後にもう一度だけ見た。


「もう、成瀬くんを一人にはしておけない」

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