不死王を囲む者たち
崩壊した王城を一瞬で再構築し、漆黒の巨城へと変貌させてから数日が過ぎた。
当初、民たちは遠巻きにその異様な城を外から眺めるばかりで、中に入ろうとする者はあの少年以外にいなかった。
とはいえ、喉元を過ぎれば熱さを忘れるのが人間だ。あるいは、食うに困れば背に腹は代えられないということか。
少しずつ、再就職を希望する元役人や、一旗揚げようとする若者たちが城へと集まり始めた。
「次、入れ」
私は玉座に座る暇もなく、朝から晩まで面接官を務めている。
基本的には採用だ。この広大な城を維持し、国を回すには圧倒的に人手が足りない。
ただ、妥協はしない。
目を合わせない、話がやたらと長い、あるいは質問に対して要領を得ない答えを返す……そんな輩には、丁重にお引き取り願っている。
さらに国の根幹を担う文官の採用だけは、この不死王である私が直接、一人ひとり面接を行っている。
合格した者には、一冊の分厚い本を手渡す。
その名も『文官法』。
「これはお前に与える特別な権限であり、同時に首を絞める縄でもある。よく読んでおけ」
文官法には、職務上の倫理から日常の細かな規則までがびっしりと記されている。
そして末尾には、本人が内容を理解したという署名。さらに、その家族全員が「この者を推薦し、連帯して責任を負う」という旨を誓約するサイン欄があった。
もし文官が道を外せば、家族もろとも罰を受ける可能性すらある。
もちろん、ここまでしても違反者は出るだろう。
これは「予防」であり、いざという時に容赦なく断罪するための「口実」なのだ。
最初に文官として採用したのは、ヨトフという男だった。
私は、こいつを少しだけ気に入っている。
「……ほう。もう持ってきたのか」
面接したその日のうちに、彼は家族のサインが入った『文官法』を持参した。
物理的な移動時間を考えるだけでも、内容を精査していないのは明らかだ。
「いいか、ヨトフ。文官法には明らかな不正だけでなく、単に『疑われるような行為』をしただけでも罰を受ける規則があるのだぞ。わかっているのか?」
「承知しております。私は、この国に命を懸ける覚悟です」
「……そうか。ならばよい」
盲目的な忠誠か、あるいは相当なキレ者か。
私は彼の採用を決め、文官たちの統括を任せることにした。
それからというもの、彼とは毎日顔を合わせている。
「陛下、今後の公務のために、至急『王印』を作成したく存じます。改めて、御名をお伺いしてもよろしいでしょうか?」
「うむ。リッチだ」
「左様でございますか。ピッチ様でございますね。かしこまり……」
「リッチだ」
「ピッチ……」
「リ・ッ・チ」
「ピ・ッ・チ」
……なぜだ。なぜそうなる。
私の滑舌が悪いのか?
◇◇◇
ヨトフには、死霊兵を一名、護衛として常駐させている。
監視の意味もあるが、最大の目的は安全確保だ。
今、彼のような実務能力の高い人間に不慮の事故などで死なれては、私の時間が奪われてしまう。
死霊兵は、朝から晩までヨトフの影のように付き従う。
それはいい。問題は、ヨトフの対応だ。
「さあ、お湯が沸きましたよ。一緒に入りましょう」
婆さん経由で聞いた死霊兵からの報告によれば、ヨトフが死霊兵と一緒にお風呂に入っているというのだ。
さらに、彼は定期的に死霊兵の服を着替えさせ、食べる必要などないのに「さあ、冷めないうちに」と食事まで用意している。
あいつ、死霊兵をなんだと思っているんだ……?
それでも、ヨトフの仕事ぶりは完璧だ。
文句の付けようがないのだが、裏の行動が少々私を不安にさせた。
◇◇◇
ヨトフの部下として入ってきた若者に、モノジという男がいる。
彼こそが、この国で初めて私の名前を正確に呼んだ、記念すべき人間だ。
「私の名前は、リッチだ」
「リッチ様ですね。かしこまりました」
その言葉を聞いた瞬間、私の心をしっかりと掴まれたような感覚になった。
「……リッチだ」
「リッチ様ですね。承知しております」
「そうだ、リッチだ!」
「はい、間違いございません」
「リッチだ!!」
「……(困惑)」
私はあまりの嬉しさに連呼してしまった。
辺りが沈黙に包まれる――
その時、私はふと思い出した。自分にある「呪い」をかけていたではないか。
かつて別の国で王をやっていた頃、私は「信用に値する人間ほど、私の名前を間違えない」という呪いを自分にかけていたのだ。
何気ない会話の中で、相手が私をどう見ているかを瞬時に判別できる。
ピッチなどの一文字間違いは許容範囲だが、完全に一致するのは非常に珍しい。
たぶん、ヨトフの場合は私だけでなく、誰に対しても信用に値する人間だからだな。
つまり、モノジは私の「真の忠臣」になる素質があるということか。
◇◇◇
「……もう、わたしゃ家に帰りたいよ」
玉座の陰で、婆さんがわざとらしく喚いた。
国内に配置した三千の死霊兵。その視覚情報を一手に引き受けている婆さんは、文字通りこの国の目だ。
婆さんがいなければ、各地の治安維持は立ち行かない。
「もう少し……頼む。あと少しだけ居てくれ! 婆さんがいないと、まだこの国は回らないんだ!」
私は、かつての敵であるはずの婆さんに、低姿勢で必死に懇願する。
これは演技ではない。本気だ。切実すぎる。
「あんた、不死王のくせに情けないねぇ……」
「面目ない。だが、頼めるのはお前だけなんだ」
婆さんは目を閉じ、肩の力を抜いて、やれやれと首を振った。
「ふん……。仕方ないのう! もう少しだけ、付き合ってやるわい」
こうして、婆さんとの一日一回はあるこのやり取りをこなし、漆黒の巨城の一日は、今日も慌ただしく過ぎていく。
玉座にふんぞり返る暇など、当分はなさそうである。




