不死王を侮る者たち
漆黒の巨城を建て、王として君臨してからしばらく経った。
「不満がある者は門を叩け」と大見得を切ったものの、今のところ門を叩きに来たのは少年一人だけ。
私は、薬屋の主人を城に招き、バルコニーを改造して、そこに薬草畑を作らせた。
風に揺れる草たちを眺めながら、ようやく訪れた静寂に心を休めていた――
「……ふむ。ようやく、わしの出番のようじゃな」
隣でお茶を飲んでいた婆さんが、唐突に立ち上がろうとした。
私は反射的にその肩を押さえ、無理やり床に座らせる。
「どうした? 急に魔力を練り始めて」
「ゴブリンどもが、大勢でこちらへ向かってきおったわい」
婆さんが国境付近に配置した死霊兵。その五感を共有して知ったのだろう。
「まさか、死体の回収に行くつもりか?」
私の問いに、婆さんはニヤリと、不気味な笑顔を浮かべた。
◇◇◇
この国の南には広大な森林地帯があり、そこには古くから「緑の魔王」を自称する上位個体に率いられたゴブリンの群れが棲みついていた。
王家が全滅し、街が混乱に陥ったことを嗅ぎつけたのか。
ゴブリンたちが一気に押し寄せていた。
「せっかくの休息が台無しだ」
私は渋々腰を上げ、街から離れた湖へと向かっている。
「旦那! どこに行くの?」
「少年か? ついてくるでないぞ!」
私は少年に視線を向けることもなく、歩き続ける。
少年はあきらめない。足音の間隔を狭めて、必死に後をついてくる。
「旦那!」
「これ以上ついてくると、瘴気にやられるぞ。死にたくなければ、ここまでだ」
「?」
少年は意味が理解できなかったのか、口を「ぉ」の字にしたまま固まっていた。
この隙に走った。少年の足音は聞こえてこない。
待機させていた魔龍の背に飛び乗り、一直線に森林地帯へと飛んだ。
◇◇◇
森林地帯のど真ん中、魔龍とともに舞い降りた。
あたりは鬱蒼とした森の中。日も当たらない。
私は指輪を外し、指輪の中の亜空間から城の模型を取り出した。
それを人差し指と親指でつまむと、目の前に浮かせた。
両手を重ね合わせ、手の平から解放した魔力を城の模型にぶつけた。
やがて、その魔力は私と魔龍を飲み込むように、禍々しい空間『死の帳』を作っていく。
その中では漆黒の魔力が激しく渦巻き、手のひらに乗っていた小さな城の模型が、奇妙な音を上げ、周囲の木々を押し出しながら、徐々に大きくなっていく。
そして、死の帳が弾け飛ぶと、そこには森の主が住むにふさわしい緑の巨城が、厳かに姿を現した。
ふと横を見ると、城の中に身体を押し込められ 、魔龍が窮屈そうに私を見つめている。
「……おい。なるべく壊さずに、そこから出られるか?」
魔龍は静かに目を閉じる。
次の瞬間、凄まじい破壊音とともに城の最上部が砕け散った。
辺りに飛び散る瓦礫の中から、悠々と青空へ躍り出た魔龍。
その背に乗った私は、眼下の巨城の惨状が小さくなっていくのを感慨深げにしばらく眺めていた。
◇◇◇
森林地帯のど真ん中のはるか上空。
私は目を凝らし、緑の魔王を探そうと眼下に広がる一面の緑を睨んでいた。
以前、遠目からそれらしき姿を一度だけ見かけたことがある。
外に出ていればわかるのだが、緑の魔王は見つからない。
少しずつ北に向かって緑を抜けると、砂地で我が国の南部を北上する群れを見つけた。
おそらくあれはゴブリン。あの中に緑の魔王はいるはず。
群れの進行を塞ぐように魔龍ととも空から音もなく舞い降りる。
魔龍の尾が周囲の岩などを一掃し、一瞬にして地面をならす。
弾け飛んだ岩の一部がゴブリンたちに当たりそうになり、群れの動きが完全に止まった。
魔龍の背に立つ私の威圧感に、緑の魔王は少し顔を引きつらせている。
私は名乗りもせず、ただ指先で緑の魔王の背後を示した。
そこには、先ほど作ったばかりの緑の巨城がその森林地帯を支配するかのように建っている。
「聞け。……お前が住む気がないのなら、私が住むぞ」
「は……? いきなり、何なんだ、お前は」
「もう一度だけ言う。お前が住む気がないのなら、私が住むぞ」
私は抗う間を与えず、 緑の魔王のこめかみを両手で押さえ、強引に緑の巨城を見せた。
そして、改めて緑の巨城を指さして、もう一度告げた。
「お前が住む気がないのなら、私があの城に住むぞ」
緑の魔王はようやく事態を把握したようだ。
こんな化け物が目と鼻の先に居座られては、生きた心地がしないだろう。
彼は必死に頭を回転させてから、辺り一帯に響く大きな声で配下たちに叫んだ。
「撤退だぁぁ! 今すぐ引き返す!!!」
私は満足げに頷くと、懐から一本の重厚な鍵を取り出し、緑の魔王の前に差し出した。
「これが城門の鍵だ」
「あ、ありがとうございます……っ!?」
怯えているのか、慎重に鍵を掴もうとしているのか、わからない。
震える手で鍵を受け取った緑の魔王を置き去りにして、私は再び魔龍に跨った。
これでいい。
ゴブリンたちの労力を城の維持に逸らしておけば、当分は我が国へちょっかいを出す余裕もなくなるはずだ。
(うむ。これでようやく、静かに薬草を眺められる)
帰路につく魔龍の背中の上。
心地よい風に吹かれながら、私はふと思い出した。
緑の巨城の屋根をぶち抜いてしまった事実。
緑の魔王に伝え忘れてしまったことを少し後悔した。




