不死王に首輪をつけたい者たち①
崩壊した王城を一瞬で漆黒の巨城に作り直してから、しばらく経った。
私の目下の悩みは、近隣諸国との距離感だ。
南の森林地帯に住まうゴブリン共には、城をプレゼントしてやった。
とにかく大きな城だ。自分たちの生活空間を作るために引きこもらざるを得ない。
当分、時間は稼げた。
問題は東。
大きな湖を隔てて接する神聖国とは、前の王の時代からベッタリの仲だった。
治癒師や薬の往来が頻繁で、一部の高名な治癒師などは我が国の政にまで口を出していた。
その癒着があだとなり、神聖国の連中は前の王族とともに瓦礫の下に埋まってしまった。
今は、東の湖に新たな住人として魔龍を住まわせてある。
龍が放つ濃厚な瘴気のおかげで、双方の往来はほぼ不可能だろう。
西側は峻厳な山脈だ。その方向の人々とは交易すら、ないに等しい。
残りは北側。
北の隣国スロフェツトから使節団が向かっていると、婆さんから聞いている。
そして今。
玉座の間には、五人の男たちが立っていた。
先頭に立つ団長とやらは、一見すると非の打ち所がない貴公子風の男だ。
(……様子見、といったところか)
私は玉座に深く腰掛け、内心の溜息を隠して彼らと向き合う。
和やかな挨拶、社交辞令の応酬。
だが、その裏では互いの腹を探り合う、泥泥とした心理戦が繰り広げられていた。
この団長、笑顔の裏に隠しきれない「独占欲」と「支配欲」が透けて見える。
獲物を狙う蛇の目だ。
「陛下、ぜひ我々に協力させてください。優秀な文官や、治安維持のための兵も出しましょう。報酬はいりません。この城の一部を活動拠点として使わせていただければ……必ずやお役に立ちます」
協力者を演じながらも、毒を混ぜ、食い込もうとしてくる。
おそらく私を監視下に置き、コントロールしたうえで、最終的にはこの国を乗っ取る算段だろう。
「すぐには回答できんが、数日なら空いている場所を自由に使いたまえ」
私はあえて、彼らの滞在を許した。
毒を食らわば皿まで。
◇◇◇
団長たちは朝から晩まで必死に私を探して城中を駆け回っている。
しかし、一度も私に接触できていない。
私は玉座の真上、城の最上階にある居室に引きこもっているから、無理もない。
そして、この漆黒の巨城には「最上階へ続く階段」が存在しない。
物理的に行き来する方法はただ一つ。
城の外壁を命がけで伝うしかない。
我ながら、素晴らしい構造にしたものだと思う。
玉座の間。
不死王の出現を今か今かと待ち構えていた団長たちの前に、それは唐突に現れた。
音もなく、玉座の対面にある大きな窓から舞い降りた男――レヌンだ。
「あ……」
誰かが気づいて、思わず声を漏らす。
レヌンは彼らを気にする素振りもせず、華麗な身のこなしで床に着地すると、そのまま流れるような足取りで玉座の間を後にした。
団長は、そこでようやく違和感に気づく。
不死王は、ここよりもさらに上で座しているのだと。
「上か……。階段を探せ!」
団長の号令で団員たちが一斉に動き出す。
玉座の間をどれほど捜索しても、上階へと続く階段を見つけられなかった。
「おい、おまえ。外から登って確認してこい」
団長が冷酷な指先を向けたのは、一人の若い団員だった。
指名された男は、みるみるうちに血の気を引いていく。
「何をしてるんだ! 早く行け!」
有無を言わさぬ圧力に押され、若い団員は震える手で窓枠に手を掛け、上を見上げた。
わずかな足場しかなく、さらに漆黒の壁。
天気のいい昼間でも見えにくい。
「ひっ……あ、あああぁぁぁぁぁ!!」
短い悲鳴が、風の音に掻き消されていく。
足場を固めようとした時に踏み外してしまい、その体はあえなく宙を舞った。
城の中にいた団長たちは、その無残な最期に気づくはずもない。
待てど暮らせど、若い団員が戻ってこない。
「様子を見てこい」
苛立った団長に促され、別の団員が窓の上を確認した。
「いません!」
「おまえも行って、引きずりおろしてこい」
「……」
団員は登る前に一度、何気なく下を見た。
その視線の先――遥か下の地面に人だかりができていた。
「団長……。あいつ、落ちたかもしれません。確認してきます」
報告を受けた団長は口元をゆがめた顔で、苦々しく頷く。
その後、団員の死を知った団長は、忌々しげに舌打ちし、最上階に乗り込むことを断念した。




