不死王に首輪をつけたい者たち②
玉座の間に、コツリ、と乾いた足音が響いた。
さきほど降りていったレヌンが、再び戻ってきた。
ふと視線を巡らすと、玉座の手前で団長たちがだらしなく、まどろんでいる。
レヌンは彼らを冷ややかな一瞥で切り捨てると、キレのある足取りで巨大な窓へと向かう。
「お、おい!」
レヌンに気づいた団長の一人が、慌てて声をかけた。
だが、レヌンの歩みは止まらない。
窓枠に足をかけたかと思うと、天を見上げ、表情を引き締めて上に飛び立った。
「待ってくれ!」
団長が窓際まで駆け寄り、身を乗り出す。
視線の先では、垂直な外壁を吸いつくように駆け上がるレヌンの姿があった。
不死王の居室――城の最上階へと、重力が存在しないような身のこなしで昇っていく。
団長は、遠ざかる背中に向かって精一杯の声を張り上げた。
「今夜、ここで宴を開きたい! ぜひとも、陛下にもご出席願いたい!」
その叫びが届いたのか。
レヌンは最上階の縁に手を掛けると一瞬だけ動きを止め、垂直な視界の中で団長と視線を交差させた。
表情は無に等しい。
レヌンは無言のまま、短く一度だけ頷いてみせた。
「頼んだぞっ!」
団長の念押しを背に、レヌンは最上階の部屋に入っていった。
◇◇◇
宴の直前、最上階にて。
私はもちろん、宴には参加しない。
そもそも食事が必要ないし、王としての仕事が立て込んでいる。
代わりに、レヌンと婆さんを丁寧に説得して参加させることにした。
宴の時間になると、レヌンは何のためらいもなく窓の外へと身を投げ出し、颯爽と消えていった。
注目は婆さんだ。どうするのだろうとさりげなく視線を送って様子見をしていた。
その婆さんが珍しく可愛らしげな声色で私に話しかけた。
「のう……下に連れて行ってくれんのか?」
手を貸すのは造作もないことだが、婆さんが死霊兵を操ること以外見たことがない。
どうやって下の階に行くのか、それを見てみたいという興味が勝ってしまった。
しかし、万が一、落ちて死なれでもしたら、死霊兵が使えなくなるので統治に影響が出る。
無事に玉座の間にたどり着くまで、婆さんの行動を注意深く見守ることにした。
「なるべく彼らとは顔を合わせたくない。一度姿を見せれば、そのまま宴の席へ引きずり込まれかねん」
「変装すればいいじゃろ」
「変装したまま、宴に参加することになるだろ。さらに面倒くさいことになる」
「……」
婆さんは渋々立ち上がり、死霊兵三人を外壁に縦一列に立たせると、それを伝って降りようとした。
「動くでないぞ!」
窓から下をのぞいた婆さんは、漆黒の外壁に張り付く死霊兵たちに向かって声を荒げた。
まず、一番上の死霊兵の頭におそるおそる足を乗せた。
そして、一歩、また一歩。慎重に降りていく。
ようやく玉座の間の窓枠の上までたどり着いた。
そこまで来て安心したのか、そのまま一気に飛び降りた。
……が、いつまで待っても着地しない。
「お?」
婆さんは逆さで宙づりになっていた。
袖が窓枠の上にある装飾にしっかりと引っかかっている。
宙を泳ぐようにしながら、髪を振り乱して、レヌンに助けを求めた。
「レヌン! レーヌーン!!」
気づいたレヌンが、あわてて窓に駆け寄って、婆さんを引っ張った。
――ビリリリリリッ。
静まり返っていた玉座の間に、小気味よい布の裂ける音が響き渡る。
婆さんの片袖は無残に引き裂かれてしまった。
破れた袖と、剥き出しの二の腕。そして、気まずそうに目を逸らすレヌン。
私はそれを見ないようにして、仕事に戻った。
◇◇◇
広大な玉座の間の一角に設けられた宴の席には四人が座っている。
ホスト側の団長と副団長。ゲスト側のレヌンと婆さん。
残りの使節団二人は、給仕としてこき使われている。
「それで、陛下はいつお見えになるのだ?」
団長が、痺れを切らして切り出した。
「陛下はそもそも食事を必要とされないし、酒も召し上がらない。来ないよ」
レヌンがそっけなく答える。それを聞いて、団長の頬がピキッと一瞬引きつった。
思い通りに行かない憤りを、団長は酒と一緒に飲み込む。
(なんだ、あのババアは……)
団長の視線が、隠しきれない軽蔑とともに婆さんへと向けられた。
無理もない。婆さんはさきほどのトラブルで髪はボサボサ、服はボロボロの状態で現れたのだから。
団長は気を取り直し、レヌンに揺さぶりをかける。
世間話から始まり、周辺国の情勢、果ては高度な政の駆け引き――
レヌンは一切の興味を示さない。あらゆる話題を右から左へ受け流す。
「ほう」「そうか」「知らんな」
一方の婆さんは、耳が遠いフリをしているのか、話しかけても無反応だ。ただ黙々と食い、黙々と酒を煽る。
つかみどころのない二人に、団長たちの苛立ちが募る。
どうせ答えないだろうと、遠慮していた質問をしてみる。
「ところで……一つ訊きたい。前の王を殺したのは誰だ? やはり、不死王か?」
これには珍しく、レヌンが食いついた。
「私一人でやった。陛下は一切関与していない」
さらりと、レヌンは告白した。
「陛下は混乱を収めるために渋々王をやっている。本当に迷惑をかけてしまった……」
団長は泳ぐ目線を強引に床に落とした。
想定していた「悪の不死王」という構図が崩れ去っていくのと同時に、目の前の男を警戒する。
結局、その夜は、何の成果も盛り上がりもなかった。




