一向に攻略できないアバンフ
漆黒の巨城。
その最上階にある隠し部屋。
壁際に隙間なく置かれた鉢植えの草は大人の背丈を超え、まっすぐ伸びていた。
力強い緑の壁を演じている。
部屋の真ん中、板張りの上。
一人の小柄な老婆が目を閉じて正座していた。
三千の死霊兵を操るネクロマンサー、タウィンガノスだ。
カチャッ
小さな茶色い陶器から緑の塗り薬を中指の腹ですくい取った。
両手になじませる。
手の表も裏も、くまなく……。
中指を押し当て、丁寧に、丁寧に顔に塗り込んだ。
緑が肌の中に吸い込まれるように消えていく。
仕上げにパン、パンと頬を軽く叩く。
灰色でしわしわだった顔が血色豊かで艶やかになっていた。
ただ……
――ぼさぼさでまとまりのない白髪は後ろで束ねられ
――下から見上げる疑り深い目はまばたき一つしていない
それらは相変わらずだった。
◇◇◇
外は日差しがまぶしい。
ただ、丸太小屋の中までは入ってこない。
外では、ジーーーーッと虫の鳴き声が絶え間なく続いている。
しかし、小屋の中では包丁や鍋の音がそれをかき消していた。
死霊使いのタウィンガノス、緑の秘薬の爺さん、筆頭文官のヨトフ、そして不死王。
その四人が山奥の食堂でテーブルを囲んでいた。
不死王の対面にタウィンガノス、左側にヨトフ、右側にガボ。
その中央には地図の模型が置かれている。
さらに各人の手元には人の形をした駒が置かれていた。
不死王が駒を手に取り、話し始めた。
「ミントの場所はまだわからないか?」
「わからないねぇ。アバンフの中だろうねぇ。それ以外はもう探しつくしたよ」
タウィンガノスがもう懲り懲りだというような声で話した。
不死王が間を開けずに答える。
「急を要するものでもないが、場所は押さえておきたい」
「硬貨の切り替えが終われば意味がなくなるのにねぇ」
「そう……だから、腑に落ちないのだ」
タウィンガノスの返答に不死王は語尾の声量を少し強めた。
ガボは駒の配置を終えると、席を立つ。
窓際で額にしわを寄せ、外の景色を眺める。
~
「アバンフと契約ができればいい。コマゾスが首を縦に振れば終わりと思っている。ただ、それをしない……」
「なぜ、それほど執着しているのか、それとも何かを守ろうとしているのか。それがまったく見当もつかない」
不死王は続けざまに言うと、頭を抱える。
ヨトフはその姿を見て、少し身を引いた。
タウィンガノスが不死王に話しかける。
「アバンフから引いた死霊兵はいつ戻すんだい?」
「……」
不死王は伏せたまま答えない。
ガボが席に戻った。
タウィンガノスがガボの顔をチラッと見て、小さな陶器を滑らせた。
「どうだい?」
ガボはそれを両手で受け取った。
陶器の蓋を開けると、まず匂いを嗅いだ。
緑色をした粘り気のあるものを指先に付けると、少し眺めて口に含んだ。
鼻をスンとする。
そこへ、料理が入った大皿が次々と運ばれてきた。
――山菜のサラダ
――豆のスープ
――木の実の蒸しパン
――白身魚のあんかけ
不死王は席を立つと、大皿から小皿へと取り分ける。
まずサラダ。三人分、均等に取り分ける。スープもだ。
そして、平らなプレートに入った焼き立ての蒸しパン。
三角形の金属ヘラで切り分けようとする。
「どうだ? 食べない者はいるか?」
「「「……」」」
誰も返事をしない。
白身魚は一尾ずつ取り分けた。
不死王の分はない。コップすらもない。食事の必要がないからだ。
食べない代わりに取り分けをしているようだった。
ガボは小さな陶器をタウィンガノスに戻す。
タウィンガノスと目を合わせると、眉を上げて言った。
「上等だ。すばらしい」
ヨトフが席に戻った不死王に口を寄せ、話しかける。
「調査させますか?」
「ん……ヘーレスに任せているから、もう少し待ってみようと思う」
そう言うと不死王は顔を上げ、駒を手に取った。
◇◇◇
コマゾスは柩の中で仰向けになり、目を開けていた。
ヘーレスがコマゾスの目を見て、顔を撫でる。
コマゾスの目が閉じられる。しかし、すぐに目が開く。
すぐに柩から出ようとするコマゾスをヘーレスは静かに止める。
「待って」
「命が尽きたあとでいいではないか」
そう言うと、コマゾスは面倒くさそうな顔をして頭を起こそうとする。
すかさずヘーレスがコマゾスの目を手のひらで押さえ、顔を撫でる。
目が閉じられる。しかし、すぐに目が開く。
「そうね……でもね、残される人たちのことを考えてみなさい。悲しみに暮れているのよ。ぴったりの柩なんてすぐに用意できないわ。最後くらい、気を使ってあげてもいいんじゃないの?」
ヘーレスがコマゾスの目を見て、顔を撫でる。
目が閉じられる。でも、すぐに目が開く。
「もういいのではないか? わかっただろう」
バンッ!
「おぉぉぉぉぉおい!」
ドンドンドン!
口元に笑みを浮かべたヘーレスは去っていく。
あとには柩の蓋だけが揺れていた。




