鏡石の首飾り
「いいか、おまえは善意の第三者だ」
そう言うと、ヘロックはチージョイルに首飾りをかけた。
そして、神妙な顔で人差し指をたてると、チージョイルの顔に寄った。
「一度しか使えない」
ヘロックは椅子に深く腰掛けると、背もたれに体を預けた。首飾りを指さす。
「フタを外すと光が出る。その光を当てればいい」
チージョイルは薄い円形の鏡石を裏にしたり、表にしたりして注意深く見つめる。
「丁寧な細工ですね。素人目で見ても高価な物だとわかりますよ」
「婆の物を全部売っぱらってやった。せいせいしたわ」
「……」
ヘロックは古い書物を机の上に出すと、ページをめくる。
そこには婆の姿がまだあった。
「しようもない指摘ばかりしてムカつくから、また封印してやった」
「バレてはいないんですね」
「売ったことか? 婆の|秘密の部屋《高価な物がたんまりある》の物だけだ」
「違います。封印のことですよ」
「任せろ。そこは問題ない」
「……私は共犯ではありませんよ」
チージョイルはふと視線を感じ、ヘロックの後ろに立つ護影を見上げた。
どこを見ているのかわからない、真っ黒な瞳。
「それで陛下を封印しようと企んでいるのか?」
護影が珍しく話しかける。
「違います!」
チージョイルは即答する。
ヘロックは振り返って、護影が被る兜の口元に人差し指を当てる。
「勘違いするなよ。オレは『誰』に『何をする』かは一言も言ってないぞ」
「相変わらず強気だな」
そう言うと護影は少しだけ鼻で笑って見せた。
初めて聞くその音に、二人は護影を見つめ、固まった。
◇◇◇
貸金組合。
そこは青々と葉を出す鉢植えで埋め尽くされていた。
不死王はそこに自ら顔を出し、席についていた。
そう、ここの長でもある。
「いつもすまないな」
|組合のメンバー《人のよさそうな中年男ジルエフ》が重そうに陶器の壺を抱え、不死王の前に置いた。
フタを持ち上げると、金貨があふれんばかりに詰まっていた。
不死王はそれをいくつか持ち上げると、長い人差し指を突き刺し、中を軽くかき混ぜる。
ジャラジャラジャラ……
「次ももう少しだけ便利な魔道具を高額で売りつけるか……? どうだ、まだ絞れそうか?」
「どうでしょう? 値切るための演技かもしれません」
そう言ってから、ジルエフは取引証明の紙を両手で持つと、頭を下げて、不死王に差し出した。
「慎重だな」
不死王は紙を片手で受け取ると、机の上に置き、フタで重しをした。
「ここで搾り取れると言っても私自身を無駄に追い詰めるだけですから」
「出世したくないのか?」
「些細な無理が破滅への綻びを招きますからね」
「そうだな……リスクを取るところではない」
「彼はすでに檻の中にいます。ゆっくり、ゆっくりでいいと思います。ほかにも優先したいことがありますから」
「ほぅ……。組合員らしからぬ発言だな」
そう言うと不死王は陶器から人差し指を出した。
取引証明の紙を広げると、自分が数えた金貨の枚数と一致することを確認する。
「うむ、ご苦労」
「……では、これで失礼します」
一礼すると、ジルエフはそれ以上目を合わせることなく、部屋を後にした。
---------
【あトがき】
これは少し前の話。
貸金組合の建物の中にて。
ジルエフ 「本当にいいのですか?」
不死王 「うむ」
ジルエフはためらう。
不死王 「何をしておる」
ジルエフは一度目を伏せると、すぐに顔を上げた。
鏡石のフタをゆっくりとズラし、そこから漏れる光を不死王に当てた。
不死王の右手が伸びて、ペンダントトップに吸い込まれるようとしている。
が、まだ不死王の本体は平然と目の前に座していた。
不死王も抗おうとしているのか、その右手はなかなかペンダントトップの光源には到達しない。
光源の吸い込む力と不死王の引く力。
しばらく拮抗する。
しかし、ジルエフがまばたきをした一瞬だった。
もうそこには不死王の姿はなかった。
ジルエフは鏡石のフタを閉める。
鏡石の裏には先ほどまではなかった不死王の姿が刻まれていた。
もう一度、フタを開けても光は出ない。
ジルエフはその首飾りを不死王の机の引き出しに仕舞うと、足早に部屋を後にした。
その日からしばらくの間、不死王の姿を見た者は誰もいなかった。




