大人になった女性、ヘーレス
玉座の間。
一面が水浸しになっていた。
入口の近く。
ヘーレスは何やら、チージョイルと真剣に話し込んでいる。
大人の女性として、事前の打ち合わせをしっかりとやっている。何事も準備は怠らないのだ。
打ち合わせに一区切りがついたのだろうか。
ヘーレスはチージョイルの肩に手をかける。
すると、床が外れ、チージョイルが姿を消した。
ヘーレスはその床を覗き込む。
少し経ってから、ヘーレスもあとに続いた。
~~
真上から落ちてくるチージョイル。
クッションに尻餅をついて、そのまま立った状態になった。
あとに続くヘーレス。クッションでバウンドして、宙で回転して着地して見せる。
「どうれすか?」
「……これは怒りますよー」
チージョイルは続ける。
「おしりの衝撃が強いかもしれませんね。ご老体ですよ? 大丈夫ですか?」
「じゃあ、もう少しやらかいクッションにします」
チージョイルは靴底で床をなでる。
「もし、頭を打ったりしたら危ないですよ」
「やらかい床にしてます! 衝撃と滑りがないとキレイに落ちないのれす!」
「うーーん……」
ヘーレスは目をうるうるさせながら、チージョイルの顔を見つめる。
「……だったら、いいんじゃないでしょうか……」
「お墨付きですね」
「待ってください! 私は関係ありませんよ!」
「……」
ヘーレスはうなずく。その目には力強さがみなぎっていた。
◇◇◇
玉座の間の外。
コマゾスがアバンフから帰ってきた。
いいことでもあったのだろうか。少しほくそえんでいる。
玉座の間の扉を開ける。
一歩足を踏み入れる。
ペチャ
水浸しの床を見て固まる。
しばらく考える。
怒りの形相で顔を上げると、キレッキレで辺りを見回す。
窓の石枠に腰掛け、片足を伸ばし、膝に両手を置くヘーレスの姿があった。
大声を出そうと息を吸ったが、そのまま飲みこんだ。
濡れていない床が少し先にある。
そこに向かってジャンプした。
床が外れた――
目の前が真っ暗になった――
~
それはウォータースライダー。
ゆるやかにカーブを何度も経由しながら、少しずつ加速していく。
「ぉぉぉぉぉーーーー」 スッ
横向きに滑り、水しぶきが顔に当たって咳き込む。
「ぉぉぉぉぉーーーー」 スッ
カーブで若干減速した隙に仰向けになって体勢を立て直す。
「ぉぉぉぉぉーーーー」 スッ
なぜか胸にそっと手を当て、見上げる。
コマゾスは止まらない。
延々と滑ったのち、光に包まれると、舞い上がった。
光のない穴に落ちる。
シューーーーーーッと、どこまでも落ちていく。
そして。
再び光に包まれた。
尻餅をつくと、前に押し出される。
そこには黒い、大きな毛玉があった。コマゾスは頭から埋もれた。
――安寧の時――
ガァァーーーー
目の前に雷でも落ちたかのように、コマゾスは後ろに手をついて、後ずさりする。
それは一度、玉座の間で見た“黒い怪物”だった。
手が何かに触れ、後ずさりを止める。
「すごく探しました」
コマゾスの前に逆さまのヘーレスの顔が現れた。
「やっぱり、お前か! なんだ、これは!」
ヘーレスはコマゾスの言葉には反応しない。
無視して、歩き始めた。
コマゾスは唖然として、その背中を見つめる。
ヘーレスは三歩歩いて立ち止まる。
腰に右手を置き、横を向く。
もう三歩歩くと、立ち止まる。
腰に左手を置き、横を向く。
それを繰り返して、ライちゃんの横まで歩みを進めた。
「ライちゃん。ちょっと、こっちまで来なさい」
そう言って、ヘーレスはライちゃんを手招きする。
ライちゃんは四つの足を一つずつ小刻みに動かし、その巨体をヘーレスのそばまで横移動する。
ライちゃんの後ろには……。
娘のクーリャ、その夫ロレンスマーク。
そして、コマゾスの元奥さんと息子がいた。
ヘーレスは笑顔でコマゾスに言った。
「よかったですね。ご健在で」
固まるコマゾスは反応しない。
少しやつれた元奥さんと大人の息子を見つめたままだ。
――――ようやくコマゾスは元奥さんと息子に対して、声を出した。
「何しに来た!」
「私が無理やり連れてきたんれす」
すぐにヘーレスが答える。
ヘーレスは上を指さし、続ける。
「しばらく本当のおうちに戻ります。なので、“歩み寄り”させてみました」
「本当に余計なことを……」
円形のテーブルにコマゾスの“家族”を座らせるヘーレス。
率先して仕切る。席順も予め決めていたようだ。
「あとは一人でできますか?」
ヘーレスをにらみつけるコマゾス。
それを見てクーリャが寂しそうな目をする。
クーリャの視線を感じ、作り笑いを見せるコマゾス。
ヘーレスはだまって、ライちゃんとともにその場をあとにする。
途中、少しだけ振り返る。
円卓でぎこちない会話を始めるコマゾスの家族たち――
コマゾスが駆け寄ってくる。
「本当にお前が王妃なら、とんでもない極悪夫婦だな」
「何か水を差すようなこと、言いました?」
そう言ってコマゾスの古傷をグリグリするヘーレス。
「ぉぉぉぉぉぉぉーーー」
静まり返る。
ヘーレスはコマゾスの家族たちに会釈すると、手を振って去っていく。
去り際、クーリャの内なる氷が解け始めたような笑顔が一瞬、見えた。
ヘーレスの口元が緩む。
振り返ると、ライちゃんの首にかかった極太な金色のネックレスを再び手に取り、歩き始めた。
(次はコマゾス、あなたが不死王に歩み寄る番ですよ。)




