コマゾスも蝶のように舞えるのか?
「私たち、いつになったら分かり合えるんれすか?」
「自分以外の人間とは原則、分かり合えない」
コマゾスは書類をめくりながら、話を続ける。
「分かり合う必要はない。歩み寄る気持ちがあるかどうかだ」
「……わかりました」
ヘーレスはすぐに立ち上がると、早足で玉座の間から出て行った。
珍しく素直だ。でも、こういう時こそ、油断ならない。
絶対にろくでもないことしか考えていない。
ヘーレスがそっと扉を閉める様子を見て、コマゾスは嫌な予感を抱いた。
~~
その日の午後、一息ついた時。
それは突然訪れた。
扉が開くと同時に耳障りな声が聞こえてきた。
「私は蝶れす!」
入ってきて早々、見慣れない妙な乗り物――自転車を優雅に乗り回すヘーレス。
ペダルに片足だけを乗せ、サドルに片手を置き、もう一方の手を高く掲げ、玉座の間を縦横無尽に動き回る。
「私は……蝶よ!」
ムカッ
「私は……蝶よ!」
「うるさーーい!」
コマゾスは書類に目を落としたまま、大声を出して立ち上がった。
ガッと顔を上げ、ヘーレスが優雅に自転車に乗る姿を怒りの目で追う。
ヘーレスは自転車に乗ったまま、コマゾスの前までやってきた。
「これで少しは気分転換になるのれす」
「なんだ、それは?」
「私からの贈り物れす」
「気持ち悪い」
「あっ、傷つきました。せっかく、一日中書類仕事は大変だろうと、これに乗って気分転換してほしいなって思って、わざわざ買ってきたのに『気持ち悪いですか』。それがいい大人の発言れすか。年下の歩み寄りを『気持ち悪い』の一言で片づけるんれすね。それは大人としてどうなんれしょう。本当に血が通っているんれしょうか。その仕事をする資格があるんれしょうか」
「……」
ヘーレスはコマゾスが見ていた書類に人差し指の先をグリグリと押し当てた。
コマゾスはそれをじっと見つめる。
そして、何事もなかったかのように質問する。
「どうやって乗るんだ?」
ピキッ
一瞬動きが止まるヘーレス。
しかし、我慢して、大人の女性を演じることに徹するようだ。
「もう一度、乗って見せてくれ」
ヘーレスはコマゾスの言葉に少しだけ表情を引きつらせながら、自転車に乗った。
玉座の間を一周してみせた。
その姿を見て、コマゾスは腕組みをして頷く。
ヘーレスはコマゾスに自転車のハンドルを握らせる。
コマゾスも早速乗ろうとするが、うまく乗れない。ふらふらして、左右のバランスが取れない。
「最初は難しいのれす。私が後ろを持ってあげます」
「そうか」
コマゾスは時折、勢いよく振り返って、ヘーレスの動きを確かめる。
決して警戒は怠っていない。
ただ、ヘーレスに「前を向いてないと危ない」と何度も注意されてしまうコマゾスだった。
~~
コマゾスは自転車のコツをつかんできた。
ただ、こぎ始めはヘーレスが後ろを持っていないと走りだせない。
そこで、ヘーレスは提案した。
「立ちこぎをした方が加速しやすいし、私の支えもいらなくなるのれすよ」
コマゾスは自転車を見て、しばらく考えていた。
ヘーレスの言うとおりにやることを渋々決めたようだ。
最初は何度か、派手に転倒してしまった。
そのたびにヘーレスは手を口に当て、笑いをこらえる。
それでも根気よくやりつづけるコマゾス。
そのうち、できるようになってきた。
「持ってないか?」
「持ってないれすよー」
コマゾスはすっかり立ちこぎをマスターしていた。
「立ちこぎの方が難しくないか?」
「勢いをつければ安定するのれす! 立つのれす!」
そう言うとヘーレスは手際よくサドルを取り外して、コマゾスを送り出した。
コマゾスは時折振り返る。
その視線の先はいつもヘーレスだった。
サドルがない自転車で優雅に立ちこぎを始める。
少しずつスピードが出る。
どんどん加速していく。
玉座の間の外周をあっという間に疾走する。
しっかりとスピードに乗ったところでコマゾスは表情を緩めた。そして、デンッと勢いよく座った。
サドルがついていた銀の棒におしりが刺さる。
「おぉぉぉぉぉーーーー」
コマゾスの情けない声が玉座の間に響き渡った。
ヘーレスは、コマゾスの「あうあう」と開閉する口の動きを横から見て、こらえきれずに爆笑する。
壁を擦っても自転車は止まらない。半周くらいしたところで勢いがなくなり、ようやく止まった。
ヘーレスは床に座り込むコマゾスに駆け寄る。
ワクワクした表情で、コマゾスの顔を覗き込んだ。
目を見開いて遠くを見つめるコマゾス――
肩で息をして、おしりをさすっている。
「歩み寄ると、より面白くなりますね……」
「やかましい!」
コマゾスはヘーレスを見上げるとすぐに立ち上がった。
顔を赤くしてヘーレスをにらむ。
コマゾスがヘーレスに一歩近づくと、ヘーレスが一歩下がる。
また一歩近づくと、一歩下がる。
それがだんだん速くなっていく。
そして、コマゾスはヘーレスを全力で追いかけ始めた。
ヘーレスも全力で逃げる。
窓辺の石枠に軽やかに登ると、外へと走って出て行った。
コマゾスも不格好に石枠を登ると、そのあとを追いかける。
その目はヘーレスの背中しか見ていない。
ヘーレスは階段を満足げに下りていく。
途中、やってきたコマゾスを見上げると「また明日」と口の動きだけで告げた。
そして、笑顔のまま見えなくなった。
コマゾスも階段を下りようとするが、鎧男たちに止められる。
「ここまでです!」
「絶対に許さんぞ!! 戻ってこーい!!」
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翌日。コマゾスは窓辺で立って仕事をしていた。
ヘーレスは後ろで手を組み、ニヤついた顔で近づいていく。
「どうしたの? 座らないの?」
「……うるさい」
(コマゾスはおしりに響くので大きな声を出したくない)
鼻歌混じりに踊りながら、すぐに部屋を出て行くヘーレス。
それを横目で見ながら、しみじみと外の風景を眺めるコマゾスだった。




