譲った玉座
「今日ですよ、今日」
「ん? 婆を解放する日か?」
ヘロックは愛用の封印本をめくりながら、チージョイルの言葉に一切の悪気なく答えた。
「……ずっと封印したままなんですか?」
「定例会議の前日に解放してる……。婆の野郎、警戒しやがるから封印の難易度がどんどん上がってるんだよ!」
言い終える直前に語気を突然強めたヘロック。
後ろに立っていた護影の腹部に右肘を勢いよくぶつけ、見上げる。
護影の兜の奥にあるはずの瞳を見ようとしている。
「順調に増えてますね」
チージョイルは机の上に置かれた封印本をそのまま向きを変えずにパラパラとめくりながら、つぶやいた。
ヘロックはチージョイルの言葉に我に返ると、何事もなかったかのように、再び椅子にそっと座った。
「貴族の半分は封印した」
パチッ、パチッ
護影が二度、手を合わせた。
その音を聞いたヘロックは険しい表情で素早く振り返る。
しかし、護影はすでにいつもの体勢に戻っていた。
ヘロックは護影の頭からつま先まで一通り見ると、再びチージョイルの方に体を向けた。
「今日、王妃のお披露目があります」
チージョイルの言葉にヘロックは片方のまゆげを上げる。
「詳しく聞こうか」
ヘロックは隣の椅子を引くと、振り返って護影を見上げた。
しかし、護影は微動だにしない。
ヘロックは引いた椅子の真ん中をちょんちょんと指先で突いて見せる。
それでも、護影は動かない。
「人の何気ない優しさが怖いのか?」
ヘロックが護影に問いかける。
当然ながら護影は答えないし、動かない。
チージョイルが続ける。
「今夜です。どうしますか?」
「夜? ……もちろん行く」
ヘロックは護影を見上げたまま答えた。
そのまま護影に問いかける。
「人前に出られるようになったか……安定期に入ったのか!」
「……」
「そうなのか? 懐妊も発表するのか?」
ヘロックはすがるような視線を護影の目がある場所に向けた。
「沈黙は肯定……よし、行くぞ!」
「どこに行くんですか! 夜からですよ!」
出て行こうとするヘロックを、チージョイルは心配そうな顔で見送った。
◇◇◇
王妃お披露目の二日前。
漆黒の巨城・玉座の間。
庭師の爺さん――コマゾスが玉座に座り、じっと目を閉じていた。
どこか充実した表情を浮かべている。
「どうだ? 気に入ったか?」
コマゾスの後ろから突然話しかける不死王。
コマゾスの肩が跳ねる。
「少しやってみるか」
不死王は骨の指で指し示す。
玉座の右手には木製の机があり、書類が山積みになっていた。
椅子の上部を持って、机の前にコマゾスを椅子ごと移動させる。
「裏から指示を出すのは得意なんだろう?」
「……」
コマゾスは書類を見たまま、何も答えなかった。
「アバンフの人間は本当に話さないな……とりあえず3日間だ。明日から玉座の仕事をやってもらう」
コマゾスは不死王の顔を見上げる。
その瞳には何もない。真っ黒だ。
コマゾスが固まっている間、不死王はコマゾスの手首を指先で一周なぞった。
少しの時間差でなぞった箇所が真っ黒に染まった。




