椅子の座り心地
アバンフ中央にある塔の最上階。
兵士隊長シエンスが庭師の爺さんの前で膝をついていた。
怒りに震えたような声でコマゾスに伝える。
「ロレンスマークとオルトが……消えました」
椅子に寄りかかり、前後に小刻みに動くコマゾス。
「それで?」
「……消えました」
「それだけか?」
「……はい」
「逃がしたのではないのか?」
「いいえ」
「見当はついているのか?」
「いいえ……。おそらく先日襲ってきた者たちの仕業かと……」
コマゾスはあっさりと軽やかに言葉を返す。
一方、神妙な面持ちで慎重に言葉を選んで発言するシエンス。
時折、コマゾスの目をチラッと見て、目線をすぐに落とす。
コマゾスは突然、語気を強めた。
「ヴァンフを呼べ」
「はい」
~~~
ヴァンフがコマゾスの前で膝をついていた。
その後ろには何事もなかったかのように、シエンスは平然と立っていた。
コマゾスがヴァンフに話し始める。
「ロレンスマークの代わりは……」
「ぜひとも、その役目、私に命じていただけないでしょうか?」
コマゾスはうつむいたヴァンフの頭をしばし見つめてから言った。
「おまえじゃ務まらん。他にいないか?」
「ぜひとも、私にお命じ下さい」
「おまえじゃ務まらん。他にいないか?」
「ぜひとも、私にお命じ下さい」
ヴァンフは笑みを殺しながらも、希望あふれる力強い声を張り上げた。
何度も同じやり取りを繰り返す。
ただ、コマゾスはまったく表情も語気も変わることはない。
「……」
ただ、疲れたのか、黙ってしまった。
そして、しばらく考えたあと、ヴァンフを突き放すように言った。
「もういい」
コマゾスはシエンスに目線を向けて言った。
「元役人の爺さんがいただろ? 連れてこい」
「はい」
シエンスはヴァンフの脇を後ろから抱え、引きずって連れ出す。
その間もヴァンフは期待の眼差しを一切崩すことなく、コマゾスを見つめ続ける。
コマゾスはその様子を一瞥もくれず、深く、深く――静かに息を吐いた。
~~~
元窓際文官フェトス。
一時期、ヘロックのパートナーだった男。馬が合わず、働き口を探してアバンフに来ていた。
まばらに混じる白く太い眉毛、深い目じりのシワ、目つきが妙に鋭く据わっている。
「どうだ? この町の長をやってみないか?」
「やりません」
コマゾスの言葉に、表情を変えずに即答した。
コマゾスは思わず目を大きくし、フェトスの目を見る。
「理由は?」
「やる理由がありません」
フェトスはどこか遠くを見つめ、答えた。
「わかった。もういい」
コマゾスはフェトスの後ろに立っていたシエンスに目で合図をした。
フェトスが去った後……。
(ちょうどいいのはおらんのか……)
コマゾスは一人、アバンフの新しい長について考えていた。
ここの人間は表面ばかりを取り繕うばかりだ。
少し若いが仕方ない。
仕事をそつなくこなす男と聞いている。
王都の元役人だが、おそらく不死王の息はかかってないだろう。
その表情、言動を見ても素直な感じが見て取れる。
心配なのは権力を手にして人間が変わってしまうことだ。
コマゾスはモノジをこの町の長に決めた。
◇◇◇
漆黒の巨城最上階、不死王の執務室。
不死王はモノジからの連絡板を見つめていた。
『アバンフの長になるよう言われました。正直、戸惑っています』
「うむ?」
モノジは首輪付き文官だった男だ。
あまりに不死王に対する忠誠度が高かったがために、首輪を外し、アバンフに潜入させていた。
~~~
アバンフ中央にある石の塔。
長の部屋で執務机に座るモノジ。
その前にはありのままの不死王の姿もあった。
「コマゾス?」
「はい。最上階にいます」
部屋の中央にある低いテーブルの上で、不死王は仰向けになって胸の上で両手を組んでいた。
コマゾスという初めて聞く名前に考え込む。
両肩を上げ下げして、コクコクと音を鳴らす。
「ミントは見つかったか?」
「いえ」
「直接聞いてみるか……」
不死王は独り言のようにつぶやくと、モノジに顔を向けて告げた。
「モノジ。これも経験だ。一長として、余計なことをせずに普通に統治するのだぞ」
モノジは背筋を伸ばし、手をヒザの上に置く。
「わかりました。一長に徹します。リッチ様」
モノジは唇を噛みしめ、頭を下げる。
その姿を横目で見る不死王。
「うむ」
◇◇◇
不死王は石の塔の上空にうつぶせで漂っていた。
そこから見えるのは庭師の爺さん――コマゾスしかいない。
しばらく眺めていたが、ふと目が合った。
そのままゆっくりと降りていく。
そして、着地すると話しかけた。
「ミントはどこにある?」
「……」
ありのまま、骨だけの姿で少しずつ近寄る不死王。
その姿に後ずさりするコマゾス。
「シエンス!! シエンス!!」
大声を出すコマゾス。
コマゾスの口をゆっくりと押さえる不死王。
目を見開くコマゾス。
「ううぅぅぅ……ぅ」
不死王は顔をグッと近づける。
周囲の景色が変わったことに目を大きくしたコマゾス。目だけを動かして辺りを見回す。
広い部屋の奥に木製の少し大きめの椅子があるだけ。
「外を見てみろ」
不死王は一歩下がると、コマゾスに促した。
開け放たれた石造りの大きな窓。
コマゾスはそこまで静かに歩いていくと真下を見下ろす。
漆黒の外壁がどこまでも続く――
「王都か? あの忌まわしき城の中か?」
冷たい石枠で動いていた人差し指が止まった。
「お前がここの主か?」
「うむ」
不死王はコマゾスの肩にそっと手を置く。
「次は私から質問だ。お前はアバンフをどうするつもりだ?」
「……」
コマゾスは一点を見つめたまま、その額に汗をうっすらとにじませる。
「どうした?」
コマゾスはうつむく。
「それは長が決めること……」
「往生際が悪いな」
不死王の言葉に、コマゾスはすぐに顔を上げた。
コマゾスは唐突に後ろから抱えられると、背もたれの高い漆黒の椅子に座らせられた。
玉座から見える光景。
周囲は全面、石造り。両脇に大きな窓がある。
さらに高所には、いくつもの小さな窓があり、それぞれから光が差し込む。
あまりにも物がなく、殺風景だった。
ふと背後を確認する。
立ち上がって、手をかざし、周囲を見回す。
しかし、もうどこにも不死王の姿はなかった。
光の加減で見えにくかったが、正面の大きな扉の前、全身に鎧を着た人間が一人立っているだけ。
それはしばらくコマゾスの方向を見ていたが、外へと出ていった。
コマゾスは再び椅子に座ると、肘掛けにそっと手を添える。
深く座り直し、背もたれに背中を預けた。
そして、その感触を確かめるように、目をゆっくりと閉じる――
こわばった口角がわずかに緩んだ。




