愚者たちの箱庭
漆黒の巨城・二階・打ち合わせスペース。
その日、なぜかヘロックはなかなか帰ろうとしなかった。
それでもチージョイルは嫌な顔一つせず、話を聞く。
ただ、ヘロックの後ろに立つ護影はしきりに腕を組みかえていた。
「下の者が動いてくれるからな。オレはアイディアを出すだけでいいんだ。おまえと話しているとアイディアが生まれる」
「この時間も仕事のうちですか……」
「そして、失敗すれば下の者のせいにする。成功すればオレの手柄にする」
「相変わらず、最低ですね。無駄に敵を増やすだけですよ。目先の利益のために自分で自分の首を絞めているだけですよ」
護影もチージョイルの言葉に静かに頷いた。
チージョイルはヘロックの封印本をパラパラとめくっていた。
そこにはリンセンドルク商会の長の妻の姿が相変わらず、ある。
ただ、そのあとに別の人間のページが増えている。
「これ、どうしたんですか? 拉致したんですか?」
「すごいだろ? 全部、それなりの地位のあった人間ばかりだ」
「身代金でも要求するつもりですか?」
「馬鹿野郎。同意のうえだ。不死王がいなくなるまで封印してくれと頼まれたんだよ」
「……」
チージョイルは本をめくる手を止め、上目でヘロックの表情をじっと見つめる。
「言葉巧みに誘導して同意させたんじゃないでしょうね?」
「オレはただ不死王がいる限りは元の地位には戻れない。そして、その間は生きていても資産を食いつぶすだけという合理性を説いただけだ」
「……前の王の息がかかった者が新しく王にならない限りは元の地位に戻れないのでは? 今のままだと難しくないですか?」
「可能性の高い暗い未来よりも、少しでも可能性のある明るい未来を人は信じてしまうんだよ。誘導したんじゃない。提示しただけだ」
チージョイルは背筋を伸ばし、組んだ手を口元に寄せる。
「ヘロックさん。未来って、存在しないと思いませんか?」
「どうした急に?」
護影も興味を持ったのか、チージョイルの方に顔を向けた。
「絶対的な時間の流れがあって、その先に未来があると思ってました」
「そうじゃないのか」
「私は時間そのものが存在しないと思うんです」
「おい、どうした?」
ヘロックはうつむき加減で話すチージョイルを心配そうに見つめる。
チージョイルは続ける。
「過去も未来もひとつの状態でしかないと思っています。この封印本のようにある瞬間を切り取って記憶しただけです」
「何が言いたい?」
「私が言いたいのは、この封印された人たちにです。今できることをしない人間は目覚めた後も何もできないと思いますよ」
チージョイルはぼそっとつぶやくように言った。
一瞬、その階の音が無くなった。
パチッ……パチッ、パチッ……
護影が静かに拍手を始めた。
ヘロックが目を丸くして振り返り、護影を見つめる。
「おまえはそういう人間たちを一時的にでも消した。陛下に助力したということだ」
「ん……? あっ……」
ヘロックは打ちのめされたように背もたれに寄りかかった。
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「ここにいたか。チーくん」
ラスティネルの姿をした不死王が上からゆっくりと降りてくる。
チージョイルは不死王を見て固まる。
ヘロックはそれに気づかず、さきほどのショックを引きずったまま、茫然と床を見つめていた。
「これから大聖堂で打ち合わせだ。少し遅れててな」
護影のそばに立った不死王。チージョイルを手招きする。
不死王は法衣の脇から無数の薄いキズがついた丸い銀のアクセサリーを取り出した。
それを開けると、銀色の二つの針がついている。
チージョイル、不死王、護影の3人が横一列になったところで不死王がしっかりと芯の通った声で言った。
「私の肩に手を置いて、しっかり意識を持て」
チージョイルは普段とは違う、はっきりとした不死王の口調に少し戸惑いながらも恐る恐る不死王の肩に手を置く。
チージョイルが手を置くのを確認してから、護影も不死王の肩に手を置いた。
不死王は銀色の長い方の針を反時計回りに少しだけ指で動かす。
すると、3人以外の物や人の動きが高速に巻き戻される。
その途中、不死王はチージョイルと護影を連れて、消えた。
巻き戻されたあと。
ふと我に返ったヘロック。
しかし、辺りを見回してもそこには誰もいない。
さきほどのことなど、忘れたように目に力を取り戻し、しっかりとまばたきをしていた。




