レヌン、命拾い
祈りの儀式が終わった。
その後、レヌンは地下のドームから無事抜け出した。
今は泳ぎ切った湖畔で横になっている。
黒いモヤで見えない湖の向こう、ロレンスマーク王国を目を凝らして見つめていた。
あまりにも全裸に慣れすぎて、服と靴を探すのを忘れてしまった。
さっきは、ラスティネルはカエルの着ぐるみを着ていなかった。
絶好のチャンスだった……。
カエル人間になったラスティネルには警戒せざるをえない。
何度やっても、あの緑のヒモは自分の力では解けなかったからだ。
ザザザザッ
遠くの方で水しぶきの音がした。
と思ったら、そのカエル人間が現れた。
ラスティネルとシーチェルダが浮き輪に座り、左右に高い水しぶきを上げながら湖面を爆走している。
緑のヒモで全身を縛られた時の感覚が蘇る。
あれはシャレにならん……。
そのスピードはすさまじく、ただ行き先を見守ることしかできなかった。
ラスティネルたちはそのまま減速することもなく、湖畔を上がると、森の中へと消えていった――
音が聞こえなくなるまで待ってから、ゆっくりと立ち上がる。
スーッと息を静かに吐くと、湖に飛び込んだ。
◇◇◇
レヌンはラスティネルがいないからといって、泳ぎ切った湖を再び戻る気になれなかった。
いつ戻ってくるかわからない……。
背泳ぎしながら、魔龍のもとへとゆっくりと向かっていた。
ミオンを頭に乗せ、魔龍の巨躯がまっすぐ上に向かって昇り始めた。
それは天を貫く漆黒の槍のようだ。
レヌンは湖面に仰向けに浮かんだまま、魔龍を優雅に見上げる。
何かを思いついたように、目にチカラを入れた。
「ミォォーーーン!」
何度も叫ぶが、ミオンには届かない。
浮いているだけのはずが少しずつ、自分の頭の方へと引っ張られていく。
――魔龍が湖から出ていく引き波――
それは音もなく、大きな力でレヌンを引っ張る。
スピードがだんだん速くなっていく。
頭を上げようとしたところで、渦に巻かれ、シュッと湖の中へと引きずり込まれた。
下への水流が強い。
頭を上げることすらできず、ただ沈んでいくだけだった――
そこに硬い物が全身に巻き付く。
それは水流をものともせず、レヌンを湖から引き上げると、一緒に空へと飛び立った。
しばらく上昇すると、周りの景色が急に止まった。
レヌンは尾を抜けると、魔龍の頭を目指し、鱗を伝ってよじ登り始めた。
ミオンがレヌンの姿を見て、鉛筆を持つ手がビクッとする。
「何してんだ?」
「仕事」
ミオンはレヌンの顔をチラッと見て、絵を描き続ける。
レヌンはミオンの描いている絵を上から、そっと覗き込む。
「悪い……」
そう言うとミオンから離れ、下の光景を眺めた。
◇◇◇
目下、ところどころに白い雲が流れている。
その少し上空で静止している魔龍。
魔龍の後頭部でレヌンは佇んでいた。
見上げれば、魔龍の目は閉じられ、その口ヒゲが風に流されている。
レヌンは下に広がる山合いをあぐらをかいて漠然と眺めていた。
ミオンの方を時々見やるが、鉛筆を動かす手は止まらない。
頬に手をあて、再び下の風景を眺めていると、ふと目線が一点で止まった。
――山の斜面にある不自然な黒い穴――
上空から見ると、小さな穴。
ただ、そこからはゾッとするような異様なモノを感じた。
周囲は緑が深く、道らしい道も見当たらない。
ミオンがちょこちょこ歩いて、後ろにやってくる気配がした。
「何してるの?」
「あそこ行こう」
レヌンはその穴を見続けたまま、指をさした。
ミオンはその指先に顔を近づけて視線を合わせ、あそこを見ようとする。
穴を確認すると、特に表情を変えることなく、言った。
「どうやって行くの?」
「山のてっぺんから浮き輪で滑ろう。気持ちいいぞ」
「行けるかな?」
「心配するな。なんかあったら、オレが助けてやる」
レヌンはそう言うと余裕の笑みで、少し心配そうな顔をするミオンを見上げた。
◇◇◇
山のてっぺん。
その少し上に魔龍の巨躯が浮かぶ。
辺り一帯は影になっていた。
まず、ミオンが浮き輪を背負って魔龍の尾からちょこんと飛び降りた。
レヌンも魔龍から降りると、ミオンの浮き輪を指さし、質問する。
「それ、ブレーキないのか?」
「ある」
「じゃあ、大丈夫だな」
そう言って、レヌンは浮き輪に仰向けで寝る。
ミオンはいつものように、レヌンに跨り、浮き輪のふちに両足を置いた。
「いくよ!」
ミオンは覚悟を決めたのか、笑顔で振り返り、後ろのレヌンと目を合わせる。
レヌンは頭を少し上げて「ぉぅ」と小さく返事すると腕組みをした。
ザァァァッ
二人を乗せた浮き輪がゆっくりと斜面を滑り始めた。
だんだんと加速していく。
浮き上がる体に一瞬目を見開いたレヌンはすぐに浮き輪を掴み、肘をつけた。
暗い林の中、冷たい風が全身を駆け抜けていく。
次々と迫ってくる黒くて細い木。
目の前にあるミオンのお尻がそれを避けるように、左右に揺れた。
前に乗った時よりもお尻のキレが良くなっている。
さらに斜面を滑り降りていく。
そして、少し盛り上がった場所に到達して視界が開けた瞬間――
その先は大きな黒い穴だった。
ブレーキがかかったのか、浮き輪は土煙を上げる。
その反動でミオンは前方へと投げだされ、レヌンは浮き輪とともにスッと勢いなく、穴の中へと落ちていった。
ミオンは穴を飛び越えた。
その勢いのまま、斜面を少し滑ると、すぐに振り返る。
そこにはもうレヌンの姿はなかった。
穴のふちまで駆け寄って、中を覗き見ようとするが、真っ暗。
何度も「レヌン!」と呼びかけたが、返事は一切聞こえなかった。
首にぶらさげていた連絡板を出すと、急いで指先で書いた。
『レヌンが落ちました』
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【あトがき】
神聖国までシーチェルダを送り届けたラスティネル。
シーチェルダ「ほんとにいいの?」
ラスティネル「いいです!」
ラスティネルはまだ怒っていた。(シーチェルダがレヌンを勝手に解放したと思ってる)
カエル人間の姿のまま、神聖国に寄って行くことなく、浮き輪に乗って猛スピードで帰って行った。
シーチェルダはラスティネルが高速で山の斜面を駆け上がって、山の向こうへと消えて行くまで見送った。




