レヌンの災難⑥ 祈りの儀式
ドームの地下二階、レヌンの檻の前。
ラスティネルはレヌンを檻に入れると、巻き付けられていたカエルの羽を回収した。
そして、座り込んだレヌンに冷たい目を向け、手のひらを出す。
「出しなさい。どこに隠したの?」
「全裸だぞ」
レヌンはラスティネルの目を真剣な眼差しで見上げ、「出しなさい」を言い終えた直後に早口で答えた。
「……それもそうね……。前回より、すごい治療になるから覚悟しなさい」
そう言うとラスティネルは振り返って、足音も立てずに立ち去っていく。
レヌンはその後ろ姿をまばたきもせずに見つめていた。
◇◇◇
レヌンは檻の中から周囲を見渡す。
ラスティネルが白い聖衣をしっかり着ている。
その佇まいは先程とは完全に別人。
最初見た時は、思わず二度見してしまった。
――シーチェルダによる祈りの儀式――
これから始まる。
レヌンの檻の前には白い祭壇が設けられていた。
さらに周囲と天井が白い幕で覆われている。
シーチェルダが静かに両手を掲げる。
空気が引き締まるのと同時に白い幕もピンと張り詰めたようになった。
シーチェルダの唇から細々と紡がれるのはヴェルトゥール神聖国建国時から伝わる祈祷文。
純白の小さな光の粒子が、その体から舞い上がっては消えていく。
一粒一粒の光は小さい。
しかし、その粒子は力強い輝きを放っていた。
祈祷文が読み進められていく。
すると、その粒子の波はうねり始めた。
そして、次第に大きくなっていく。
やがて、レヌンの全身を包み込むように収束し、優しく包んだ。
それが何度も繰り返される。
それは、魂の一切のケガレを洗い流すようだった。
シーチェルダから生まれた小さな光の波は何度もレヌンの体全体を覆っていく。
レヌンの体中の穴へと光がスッと消えていく。
しばらくの間、部屋全体の空気を波打たせるほどの神聖な力が、ゆっくりと注がれていった。
シーチェルダの祈りがようやく終わった。
レヌンは拘束具で全身を固定されたまま、顔の半分だけニヤリとした。
「この程度では物足りん! 後ろの女の方がもっとスゴかったぞ……」
シーチェルダの眉が、不可解そうにピクリと跳ね上がる。
ゆっくり振り返り、後ろに控えているラスティネルを見つめる。
「あなた、何したの?」
ラスティネルはそれに答えることなく、シーチェルダの横を通って、無言でレヌンに歩み寄る。
シーチェルダはそれを呆然として見つめる。
タッ、タッと静かでキレのある足取りが止まる。
ペッチーン!
ラスティネルが渾身の平手打ちをお見舞いすると拘束具の金属がガチャッと音をたて、レヌンの視線が何もない宙を虚ろにさまよった。
「何考えてるの! 私を貶めたいの?」
静かに顔を引きつらせるラスティネルの前で、レヌンは脳を揺らされ、一瞬意識が遠のいた――
その中で、レヌンはすぐに目に力を宿らせると、歓喜の声をあげた。
「ほら、これだよ! 見たか!」
シーチェルダはラスティネルの背中を心配そうに見つめる。
「ラスティネル……あなた……何したの?」
「治療以外、何もしてません」
ラスティネルは目を細めてレヌンを見据えたまま、落ち着いた穏やかなトーンで答えた。
「ウソつけ!」
ラスティネルの目の奥がキュッと締まると、レヌンをゴミクズを見るかのような嫌悪の眼差しで見下した。
ペッチーン!
平手打ちの衝撃でレヌンは右耳を鉄格子に打ち付け、痛みで思わず右目をつむった。
「ほら、おかしいと思わないのか?」
レヌンは笑顔を抑え、シーチェルダに同意を求めた。
「ラスティネル、やめなさい」
シーチェルダはラスティネルの肩を後ろからつかむと、引き離した。
ラスティネルの顔を覗いて、やさしく諭した。
「彼はどこも悪くないの」
ラスティネルはうつむいたままだ。
さらにシーチェルダがレヌンを憐れみの目で見て、つぶやいた。
「かわいそうに……」
レヌンは目線を下にして軽く頷き、口角を少し上げる。
ラスティネルはレヌンが口角を上げたのが気に入らないのか、ギッとニラむ。
シーチェルダがラスティネルの視線に気づき、何かを確信したように手を出す。
「檻と拘束具の鍵を出しなさい」
「イヤです!」
ラスティネルは即座に拒否すると、鍵を出すことなく、出口へと走り出した。
それを見て、シーチェルダも追いかけようとする。
「追いかけなくていい」
レヌンはそう言うと、「ふむっ」と体に力を入れ、拘束具を破壊した。
そして、拘束具の細い金具をまっすぐにすると、慣れた手つきで檻の鍵を開けた。
「あんたも大変だな……」
レヌンはそう残すと、軽い身のこなしで部屋を出て行った。
シーチェルダは口を開けたまま、言葉が見つからず、レヌンの背中をただ見送るだけだった。




