文官のヨトフと不死王③ ある週末の昼休み
昼休みになった。
ヨトフが連絡板を取り出した。
それに文字を書き始めると、書いた途端に消えていく。
『準備できまし』
「た」と書き足した瞬間、目の前の景色が変わった。
週に一度、ヨトフは不死王の執務室で昼食を食べていた。
婆さん、ヨトフ、不死王の三人。
今日は席が一つ空いている。
不死王は立って、空いている席をじっと見つめる。
ヨトフがまばたきをした瞬間、不死王が死霊兵の脇を抱えて連れてきた。
死霊兵は周囲を見回している。
不死王は抱えた死霊兵をそのまま持ち上げ、ヨトフの隣に座らせた。
ヨトフは少しだけ口角を上げ、死霊兵の右ひざを手のひらでしっかり押さえる。
「婆さん。ズルはするなよ」
婆さんは駒を並べながら、チラッと不死王を見ると、ニヤッとした。
不死王も駒を並べながら、ヨトフにそれとなく話しかける。
「首輪なしで採用しても構わんぞ」
「いいんですか?」
「ただし、仕事は城の中だけだ」
ヨトフは不死王の突然の言葉に駒を落としてしまった。
しかし、すぐに並べ直すと、駒を持ったままでなかなか置こうとしない死霊兵の駒も並べ始めた。
◇◇◇
チージョイルが席に座るなり、ヘロックは突然切り出した。
「オレも出世した」
チージョイルの顔をまっすぐ見てそう言った。
少しだけ間を置いてから、ヘロックは立ちあがると、自分の椅子を両手で持つと隣の椅子を目がけて、何度も何度も振り下ろして叩きつけた。
ヘロックが落ち着くのを待ってから、チージョイルは何事もなかったかのように話しかける。
「どうしたんですか? 何も言ってませんよ」
「心の中で思っただろ? 何かの間違いじゃないんですかって」
「思うだけなら別にいいでしょ」
「思うだけでも伝わる時があるんだよ!」
ヘロックは再び、椅子を振り下ろし始めた。
チージョイルの頭に天井から布が垂れてくる。
ヘロックを冷めた視線で一瞥すると、チージョイルはおもむろに机の上に立ち、垂れてきた布を元に戻した。
チージョイルはタイミングを見計らって、大きな声を出す。
「ところでヘロックさんの出世祝いのために呼んだんですか?」
ヘロックの動きが止まる。
「暗くて狭い会議スペースの隅っこでお祝いだと? しかも二人で? おもしれーじゃねぇか」
声が大きくなるヘロックだが、途中で本来の目的を思い出し、声を落とした。
「作戦会議のために呼んだんだよ」
「何の? あ……言わないでください。やめてくださいよ。私は死にたくありません」
「おまえに何かしてもらうことはないから安心しろ。情報だけでいい」
「私が死ななくても、他の人が犠牲になるんですね。最低ですね。静かな最期を迎えることができませんよ」
チージョイルは席を立つ。
ヘロックはあわてて、すがるようにチージョイルの手を掴む。
「わかった。もう誰も死なないようにするから」
「……仕事のことはしゃべれませんよ」
「それは城の外でだろ?」
「さすがですね。でも、しゃべりませんよ」
「文官法に触れないだろ?」
「誰も見てないところでも主人を裏切るようなことはできません」
チージョイルは目を閉じて静かに息を吸うと、席に座った。
「路頭に迷っていた何の使い道もない子供に声をかけてくれたことには感謝しています」
「そういうところがおまえのいいところだ」
「何言ってるんですか。反省してください」
チージョイルはそう言うとバラバラになった二脚の椅子に目をやる。
「ヘロックさん。いい加減そのクセやめないと誰もついてこないですよ」
「心配するな。チーくんにしか、こんな姿は見せない」
「気持ち悪いですね。その呼び方はやめてください」
「それで今日は何を企んでいるんですか?」
「忙しくてな……何もできなかった……」
ヘロックは人差し指で上を指すと、自分の首元で横にして右に引いた。
「次を楽しみにしておけ……水面下で着々と動いてる」
「余計なこと、しないでください」
◇◇◇
婆さんとヨトフ、死霊兵、そして不死王はまだゲームの途中だった。
目の前の立体的な地形図に四色の色々な形の駒がある。
四人は自分の手番が来ると、自分の駒を動かしていく。
ただ、不死王は忙しかった。
自分の手番が終わったら、すぐに転移する。
一本ずつ指を折り曲げていき、すべての指を曲げると一旦戻って、自分の手番を待つ。
それを繰り返していた。
不死王はまず食堂である人物――チージョイルを探していた。
さんざん探した。
端から端まで二回探した。
どこにもいない。
念のため見に来た二階でようやく、チージョイルを見つけた。
しかし、来客中。
ゲームの合間にちょくちょくチージョイルの様子を見に行く。
何度見に行っても、終わる気配がなかった。
昼休みが終わるまで続くかもしれない……。
しかし、今、ようやく終わったようだ。
不死王は自分の駒を動かすと「すぐ戻る」と言い残して、再び消えた。
二階の入り口からチージョイルのもとへと向かう。
ヘロックは、この時、はじめて不死王と間近ですれ違ったが気づかない。
不死王はチージョイルに声をかけた。
「チーくん」
一瞬、固まるチージョイル。
「モルネック夫人を引き抜きたい。紹介元に話を通してくれないか」
「はい……」
「たのんだぞ」
不死王はそう言うと、わずかに口角を上げ、そのまま去っていく。
チージョイルは不死王の足元を見ていた。
それはしっかりとした軽やかな足取りだった。
ふと我に返ると、チージョイルは走って、部屋を出て行ったばかりのヘロックのあとを追った。




